アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

シャイニング(小説)

2012-09-28 22:35:13 | 
『シャイニング(上・下)』 スティーヴン・キング   ☆☆☆☆★

 キング初期の傑作、『シャイニング』を久々に再読。欠点もあるが、やはりこの時期のキングならではのねっとり濃密な物語を満喫できる傑作だ。映画も有名だが、物語の濃さははるかに小説の方が上である。まず映画ではほとんど描かれなかったジャック・トランスの過去、そしてトランス一家のどん詰まりの状況が実に丁寧に描写されている。ジャックの癇癪癖、過去アル中になりかかったこと、そのせいで離婚の一歩手前まで行ったこと、なんとかそれを回避した経緯、学校をクビになった経緯、その中で起きた弁論部の生徒とのいざこざのこと。

 更には、ジャックの両親のこと。父親が酒を飲んでどんな暴力を母親に振るったか、母親はどんな風にそれに耐えたか。いやまったく、ゲップが出そうなほど詳しく詳しく描きこんでいくのだが、それがまたいちいち面白いから始末におえない。読者は癇癪癖やアルコールの怖さをつくづくかみ締めつつ読み進むことになるが、もちろん本題のホテルでの事件において、それがどれほど効果的かは言うまでもない。本書が物語面において映画よりはるかに面白いのは間違いない。

 それからまたうまいのは、ジャックとウェンディという夫婦の間の、微妙な感情のあやの描写である。ストーリーはご存知の通り、ジャック、ウェンディ、そして一人息子ダニーが一冬、管理人一家としてオーバールック・ホテルに住み込み、だんだんジャックがおかしくなっていくというものだが、ジャックとウェンディはお互いに愛し合っていて、(過去にジャックがダニーの腕を折ったという事故があったにせよ)ジャックはダニーの良き父親である。しかしどんなに仲の良い夫婦でも、日常を一緒に送っていれば気にいらない癖や、ついイラっとしてしまう瞬間はあるものだ。ジャックとウェンディにもそれがあり、たとえばジャックは、昔自分がダニーの腕を折ってしまったこと、そしてアル中になりかけたことに罪悪感を持っている一方で、いまだにウェンディがそれを許していない(ように思える)ことに不満を持っている。またウェンディは、ダニーが自分よりもジャックになついていることに、時折嫉妬のうずきを覚えることがある。

 こうした感情が微妙に絡み合い、増幅しあって、だんだんと夫婦関係がこじれていく。それからまた、生活苦の問題。ジャックもかつては(有望な)作家志望者であり、安定した教職についていた。それが学校をクビになり、小説も書けず、家もぼろアパートに引っ越さなくてはならなくなった。かつてあんなに将来への希望に満ち溢れていた自分たち夫婦は、これからどうなっていくのか。やがて救貧センターの列に並ばなければならなくなる、そんな日も近いのではないか。ダニーの将来は、一体どうなるのか。

 そんな悩みを抱えつつ、トランス一家はホテルの管理人の仕事をもらってやって来た。ダニーは「シャイニング(輝き)」と呼ばれる、テレパシーや予知といった一種の超能力を持っていて、不吉なビジョンを幻視し、一方でジャックは血と犯罪にまみれた不気味なホテルの歴史に興味を抱く。ウェンディとダニーは怯え、ホテルを出て行きたいと考えるが、ホテルを出ると一体どうなるのか。仕事はない。金もない。ホテルの仕事を紹介してくれた友人の顔を潰してしまう。自分自身怯えながらも、ジャックはホテルを逃げ出すことができない。そしてホテルを逃げ出したいというウェンディとダニーに、苛立ちすら覚えるようになる。自分には責任があるんだ、どうして妻と子供はそれが理解できないのか。それをきちんと言い聞かすこと、もしかしたら、少々お仕置きをするぐらいのことは、一家の主人としての自分の義務ではないのか……?

 とまあ、こんな具合に話は進む。このジャック、ウェンディそれぞれの心理の揺れが、実に丁寧に描かれていて読み応えがある。そしてじわじわと、破滅の予感が高まっていく。キングの独壇場である。

 ホラー的な仕掛けも数々あるが、映画でそのまま使われたものは意外と少ない。尺の関係もあるだろうが、たとえばすずめバチの巣(殺したはずのすずめバチがまた蘇り、ダニーを刺す)、生け垣動物、消火用ホース、などは映画にはない。生け垣動物と消火用ホースは映画向きのアイデアではないだろうが、すずめバチの巣は使えたかも知れない、と思う。ラストも違う。例によってキングの小説では、映画と違って壮大なカタストロフが訪れる。

 という風に面白さ保証つきの本書だが、個人的な不満としては、終盤ホテルの力が強くなってからホテルが邪悪な存在として擬人化されてしまい、喋り始めたりすることである。ホテルのコックのハローランを近づくなと脅したり、ジャックに乗り移ってウェンディやダニーに話しかけたりする。これが始まるとたちまち子供騙しになってしまい、怖くなくなってしまう。だから私は、トランス一家の過去や人間ドラマをじっくり描いた前半の方が好きである。



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