『新・事件 ~ドクターストップ~』 ☆☆☆☆★
アマゾンで昔のNHKドラマのDVDを入手した。これは若山富三郎主演の弁護士もので、松坂慶子や大竹しのぶ、永島敏行が出ていた映画『事件』のTVバージョンである。映画では丹波哲郎が演じていた弁護士役に若山富三郎を起用し、さまざまな事件を通して人間模様を描写する趣向だ。なかなかしっかりした脚本のドラマで評判が良いようだが、私がこのエピソードだけ入手したのはもちろん、松田優作が出演しているからである。
このエピソードは離島で起きた事件を扱っていて、若い医者が妊娠した恋人の看護婦を崖から突き落として殺そうとした、というのが事件の内容。看護婦は一命をとりとめ、病院に収容されて生死の境を彷徨う。犯人である医者は自分がやったと自首し、裁判にかけられる。この弁護を引き受けるのが若山富三郎演じる弁護士だが、被疑者の若い医者を演じるのが松田優作である。こういう役は非常に珍しい。殺し屋でも、刑事でも、探偵でもない松田優作。自分から志願して離島に赴いた、東大出の医者。全然柄が悪いわけではなく、優秀でマジメで寡黙。あんないいお医者さんはいない、と島の人々から言われるような役である。
もちろん殺人容疑で逮捕されている医者なので、マジメに見えて実はとんでもない医者なのかも、とかそういう不気味さを秘めた役でもあり、松田優作の独特の存在感がミステリアスなムードを盛り上げる効果を出している。一方で、東大卒のエリート医者でかつ離島勤務を志願した聖人のような医者という役にはミスマッチ、という声があるのもまあ分かる。松田優作にはそうした清廉潔白なムードはない。結構冒険的なキャスティングだったと思うが、個人的には面白かった。いつもと雰囲気が違う役をかなりの濃密さで演じているので、少なくとも松田優作ファンは大いに見る価値があると思う。
物語も非常にへヴィーだ。若い医師が逮捕され、被害者の看護婦は意識が戻らない。事件を調べる弁護士は、色々と不可解な事実に直面する。自分が殺そうとした看護婦を医師が徹夜で治療したこと、法廷で自分の罪を重くして欲しいという異様な申し出をしたこと、そもそもこの医師は結婚を迫られたからといって恋人を殺害するような人間ではないと多数の証言があること。当然、医師は誰かをかばっているのではないかという疑念が湧く。しかし弁護士が調べるにつれ、医師と看護婦は昔からの知り合いで、かつ同時に大学病院の小児科を辞めたことが分かる。そこに一人の女性が現れ、あの医者は私の子供を殺したのだと告げる。果たして、彼らの過去に一体何があったのか?
重たく、ディープな物語である。島での事件が、過去に埋もれた大学病院での出来事につながっていく。そこには赤ん坊の死が関係している。この先どういうテーマに発展していくのかここでは触れないが、非常に難しい倫理上の問題提起がなされる。と同時に、関係者たちの葛藤と苦悩が重厚に描き出されていく。
この深刻さと湿り気は昭和期のドラマ独特のもので、最近のドラマじゃ、どんなにシリアスに作ってもこういう味は出ないんじゃないか。間のとり方や、カメラの動きなども今とは微妙に違う。脚本も充実していて、暗く深刻なムードである一方ストーリー展開や謎の呈示のしかたがうまく、グイグイ引き込まれる。そしてやはり特筆すべきは、若山富三郎と松田優作の火花散らす演技合戦だ。両者ともすさまじいテンションの高さで、鬼気迫る演技といっても過言ではない。特に、いつものおちゃらけやバイオレンスを完全に封印して、普通の髪型で白衣を着て、誠実な医師の苦悩を演じきった松田優作は実に新鮮。私が知らないだけかも知れないが、この人のこんな演技を観たのは初めてだ。やはり、独特のカリスマがある。そして、人間の心の懊悩の中に降りていくような痛ましい物語の果てに訪れる、静謐で穏やかなラストシーン。なんとも心に沁みる。
看護婦を演じた松尾嘉代も良かった。まだ若い角野卓造もなかなか重要な医者の役で出てくるし、チョイ役で時任三郎や田中美佐子も出演している。当然、二人ともメチャメチャ若い。何気に豪華キャストだし、当時のじっとりと重たいドラマの雰囲気たっぷりで、一見の価値があるドラマである。
アマゾンで昔のNHKドラマのDVDを入手した。これは若山富三郎主演の弁護士もので、松坂慶子や大竹しのぶ、永島敏行が出ていた映画『事件』のTVバージョンである。映画では丹波哲郎が演じていた弁護士役に若山富三郎を起用し、さまざまな事件を通して人間模様を描写する趣向だ。なかなかしっかりした脚本のドラマで評判が良いようだが、私がこのエピソードだけ入手したのはもちろん、松田優作が出演しているからである。
このエピソードは離島で起きた事件を扱っていて、若い医者が妊娠した恋人の看護婦を崖から突き落として殺そうとした、というのが事件の内容。看護婦は一命をとりとめ、病院に収容されて生死の境を彷徨う。犯人である医者は自分がやったと自首し、裁判にかけられる。この弁護を引き受けるのが若山富三郎演じる弁護士だが、被疑者の若い医者を演じるのが松田優作である。こういう役は非常に珍しい。殺し屋でも、刑事でも、探偵でもない松田優作。自分から志願して離島に赴いた、東大出の医者。全然柄が悪いわけではなく、優秀でマジメで寡黙。あんないいお医者さんはいない、と島の人々から言われるような役である。
もちろん殺人容疑で逮捕されている医者なので、マジメに見えて実はとんでもない医者なのかも、とかそういう不気味さを秘めた役でもあり、松田優作の独特の存在感がミステリアスなムードを盛り上げる効果を出している。一方で、東大卒のエリート医者でかつ離島勤務を志願した聖人のような医者という役にはミスマッチ、という声があるのもまあ分かる。松田優作にはそうした清廉潔白なムードはない。結構冒険的なキャスティングだったと思うが、個人的には面白かった。いつもと雰囲気が違う役をかなりの濃密さで演じているので、少なくとも松田優作ファンは大いに見る価値があると思う。
物語も非常にへヴィーだ。若い医師が逮捕され、被害者の看護婦は意識が戻らない。事件を調べる弁護士は、色々と不可解な事実に直面する。自分が殺そうとした看護婦を医師が徹夜で治療したこと、法廷で自分の罪を重くして欲しいという異様な申し出をしたこと、そもそもこの医師は結婚を迫られたからといって恋人を殺害するような人間ではないと多数の証言があること。当然、医師は誰かをかばっているのではないかという疑念が湧く。しかし弁護士が調べるにつれ、医師と看護婦は昔からの知り合いで、かつ同時に大学病院の小児科を辞めたことが分かる。そこに一人の女性が現れ、あの医者は私の子供を殺したのだと告げる。果たして、彼らの過去に一体何があったのか?
重たく、ディープな物語である。島での事件が、過去に埋もれた大学病院での出来事につながっていく。そこには赤ん坊の死が関係している。この先どういうテーマに発展していくのかここでは触れないが、非常に難しい倫理上の問題提起がなされる。と同時に、関係者たちの葛藤と苦悩が重厚に描き出されていく。
この深刻さと湿り気は昭和期のドラマ独特のもので、最近のドラマじゃ、どんなにシリアスに作ってもこういう味は出ないんじゃないか。間のとり方や、カメラの動きなども今とは微妙に違う。脚本も充実していて、暗く深刻なムードである一方ストーリー展開や謎の呈示のしかたがうまく、グイグイ引き込まれる。そしてやはり特筆すべきは、若山富三郎と松田優作の火花散らす演技合戦だ。両者ともすさまじいテンションの高さで、鬼気迫る演技といっても過言ではない。特に、いつものおちゃらけやバイオレンスを完全に封印して、普通の髪型で白衣を着て、誠実な医師の苦悩を演じきった松田優作は実に新鮮。私が知らないだけかも知れないが、この人のこんな演技を観たのは初めてだ。やはり、独特のカリスマがある。そして、人間の心の懊悩の中に降りていくような痛ましい物語の果てに訪れる、静謐で穏やかなラストシーン。なんとも心に沁みる。
看護婦を演じた松尾嘉代も良かった。まだ若い角野卓造もなかなか重要な医者の役で出てくるし、チョイ役で時任三郎や田中美佐子も出演している。当然、二人ともメチャメチャ若い。何気に豪華キャストだし、当時のじっとりと重たいドラマの雰囲気たっぷりで、一見の価値があるドラマである。
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