アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

マネーチェンジャーズ

2012-09-30 21:18:43 | 
『マネーチェンジャーズ(上・下)』 アーサー・ヘイリー   ☆☆☆☆☆

 再読。これは私が読んだ二冊目のヘイリー本で(一冊目は『ニュースキャスター』だった)、ヘイリーのストーリーテリングに病みつきになったきっかけの作品である。実際、この『マネーチェンジャーズ』はヘイリー作品の中でももっとも出来が良い作品の一つといっていいと思う。読者を惹きつけるエピソード、バランス良く平行して進んでいくプロット、業界情報の使い方など、彼のストーリーテリングの才能が最高の形で発揮されている。

 中でも一番印象的なのはプロット組み立ての妙で、今回の舞台は銀行だが、次期頭取の座をめぐる駆け引き、盗難事件、住民のデモ、スパイを使った偽クレジットカード犯罪組織との戦い、取り付け騒ぎ、そして多国籍企業シュープラナショナル・コーポレーションとの不正取引をめぐる葛藤。どれを取っても面白いが、それはヘイリーが問題の本質を掘り下げて物語に反映させようとする作家的誠実と、話を引き立てるギミック、たとえば窓口係のファニータが数字にかけては天才的な記憶力を持つ、などの設定を導入する手法において優れているからだと思う。また大方のヘイリーの小説と同じく、本書でもアレックス・ヴァンダービルトとロスコー・ヘイワードという二人の対照的な人物が中心となって物語を牽引していく。アレックスは銀行も社会貢献すべきという考えの持ち主で、常に銀行の使命に忠実たらんと努める。一方でロスコーは利益こそ至上目的と考えており、自分の出世を念頭において政治的に振舞う。

 この善悪二人のキャラがステレオタイプなのはいつものことだが、味付けとしてのディテールも豊富で、たとえばロスコーは気位の高い妻のせいで金欠に苦しんでおり、夫婦生活ももはやなく、その反面信心深い。彼が破滅を目前にして、自分の生涯でもっとも幸福だったのはコールガールと過ごしたひと時だった、と回想する場面で哀れで、読者に複雑な思いを抱かせるだろう。またアレックスにしても、精神を病んだ妻シーリアへの罪悪感に苦しんでいる。ヘイリーのキャラクターは雰囲気や言動はパターン化されているが、設定や肉付けは意外と複合的なのである。個人的にはマイケル・クライトンあたりよりずっとテクニシャンだと思う。

 本書では色んなプロットが同時進行していくが、メイン・プロットはシュープラナシュナル・コーポレーション(通称シューナトコー)との違法性の高い取引にアレックスの銀行が踏み込んでいく過程といっていいだろう。アレックスは警告を発するが、ロスコーをはじめとする取締役会はこの取引に有頂天になり、聞く耳を持たない。それどころかアレックスはロスコーへの嫉妬から反対していると見なされ、取締役会で孤立する。この会議の場面は読んでいて辛い。それから圧巻なのがシューナトコーの会長・クォーターメインの豪奢な生活ぶりで、自家用ジェットを乗り回し、合衆国副大統領とバハマの休日を楽しみ、超高級コールガールを常時はべらせ、王侯貴族のように振舞う。ロスコーもバハマに招待されてこの現実離れした豪奢に圧倒されるが、実際にこんな生活してる奴がいるんだろうか。いるんだろうな。

 その他、女弁護士が銀行に仕掛けるエスプリに満ちた抗議活動(貧しい住民たちが「銀行を援助するために」数ドルの口座を開こうと銀行に押しかけ、支店の機能を麻痺させてしまう)も面白いエピソードだし、ロスコーが一流コールガールに溺れていく過程、あるいは投獄されたエリート銀行員マイルズが同性愛に適応してしまった自分に苦悩する、などのディテールはどれも生き生きしていて、物語を効果的に彩る。こういう説得力のあるディテールでストーリーを膨らませることに関しては、ヘイリーは天才的である。

 また面白い話を創り出すだけでなく、銀行というものについての考察がしっかりしているところも読者をひきつけるポイントだろう。借りた金はいつか返さねばならない、という単純な真理が本書のあちこちで、色んな人物の口を借りて表明される。本書のストーリーを簡潔に要約するならば、貪欲は破滅を招く、ということに尽きる。終盤近くでアレックスが回想する、故人となったFMA頭取の「真の意味で利益を上げるためには、受け取るだけでなく逆に与えることも必要」という言葉が、本書の土台にあるテーマと言っていいと思う。

 更に、本書のクライマックスとなる偽クレジットカード犯罪組織との戦いのスリリングなこともまた特筆ものである。息をもつかせぬ展開とはこのことだ。最後の最後で、ファニータの天才的記憶力が再び大きな意味を持ってくるところなどもよくできている。読者はエンターテインメントの醍醐味を満喫しつつ、本書を閉じることになるだろう。



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