アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

どーも

2011-07-03 22:27:52 | 音楽
『どーも』 小田和正   ☆☆☆☆☆

 小田和正の新譜が出た、ということで迷った挙句に購入。もともとオフコース大好き人間の私だが、小田和正のソロ・アルバムは初期を除いていまいちテンションが上がらなかった。『BETWEEN THE WORD & THE HEART』ぐらいまではまだオフコースっぽくて良かったが、「東京ラブストーリー」あたりからおかしくなってきて、『Looking Back』で決定的になった。あの気合の入らない「Yes-No」を聴いて私がどれほど愕然としたことか。もう小田和正はダメだ、と思ったものだ。アレンジはワンパターンで、パラッパーという安直なシンセのブラスが多用されるし、多重録音の繊細なコーラスは影をひそめ、かわりに変な掛け合いみたいなヴォーカル・アレンジが増えた。メロディはどれも似たような感じで区別がつかない。もはや淡々と自己模倣を繰り返す職人さんになっちゃったんだな、と寂しい思いをしていた。『Looking Back 2』ではちょっと持ち直し、最近のシングル「まっ白」「こころ」あたりは「おっ」と思ったが、オフコース時代と比べるとどうしても不信感が拭えなかった。

 そういうわけで新譜の購入も躊躇したのである。前の『そうかな』も持っているもののほとんど聴いていない。おまけにジャケットを見ると輪をかけてミーハーっぽい。はっきり言ってダサい。が、結局まあ聴いてみるか、という感じで買ってみた。

 ところが、良い。すごく良いのである。これはどうしたことだ。なんだかすごく感動的なアルバムになっている。ジャケットとの落差が激しい。オフコース時代とは違うソロ・アーティスト「小田和正」の音楽がとうとう開花した、次のステージに来たという感じがする。この人はやはり只者ではなかった。60歳を過ぎて更なる進化を見せるとは。

 まず、サウンドが違う。一曲目でいきなり耳に飛び込んでくるのはアコースティック・ギターのシンプルな響き。それだけをバックに小田和正の歌声が流れてくる。内省的な歌詞とメロディ。小田和正自身の「ウー」というバックコーラス。とてもナチュラルで、素朴だ。それがかえってこれまでになかった深みを感じさせる。そして2曲目の「グッバイ」もアコースティック・ギターとパーカッションのイントロ。素朴でオーガニックな響きが新鮮だ。キラキラしたシンセは控えめになり、ツボを押さえたさりげないアレンジにとって代わられている。にもかかわらず、劇的な曲の展開が大きなカタルシスをもたらす。

 特筆すべきは歌詞の素晴らしさ。最近の小田和正は昔のようなラブソングではなく、人生の応援歌みたいな歌詞が多くて、個人的にはちょっと苦手だった。このアルバムでもその傾向は同じだが、言葉の重み、力強さが違ってきている。たとえば「グッバイ」のサビ。「まっすぐな愛と くじけそうな夢と ちっぽけな誇り それだけを抱えて ぼくらは 向かうべきその場所を めざしてゆく 他はない」この力強さはどうだろう。目指して行くんだでも、目指して行こうでもなく、目指してゆく他はない。歌詞の雰囲気はこれまでと一緒なのに、何だか違う。いつの間にこうなったんだろう。

 このサウンドの自然さと深化、そして歌詞の重み、研ぎ澄まされた感じは、アルバム全体を通して感じられる。

 それが頂点に達するのは、最後から二曲目の「今日もどこかで」である。これはめざましテレビのテーマ曲らしいが、これまで一度も聴いたことがなかった。明るく、さわやかな曲調。まっすぐな、ギミックのないメロディ。なんてことないなと思いながら聴いていたら、曲が進むにつれてぐいぐい何かが胸に迫ってきて、最後のサビの大合唱では涙で目の前がぼやけていた。たまらん。まさにこのアルバムの美点を凝縮したような曲である。衒いのない、素直で自然なメロディ。力強い、確信に満ちた言葉たち。それらが一体となって激しく心を揺さぶってくる。「誰かが いつも君を見ている 今日もどこかで君のこと 想ってる めぐり会って そして愛しあって 許しあって ぼくらは つながってゆくんだ」

 私が選ぶベスト・チューンは「グッバイ」と「今日もどこかで」である。ピアノをバックに情感たっぷりに歌い上げる「さよならは言わない」「東京の空」のバラード二曲ももちろん聴かせるが、「グッバイ」「今日もどこかで」のナチュラルな感動がとにかくいい。それにしても、このアルバムを締めくくる「さよならは言わない」「今日もどこかで」「東京の空」の三連発は完璧だ。この圧倒的な歌唱力。音楽を聴いてここまで感動したのは久しぶりである。

 それにしても小田和正、まったくすごいアーティストだ。もうこの人はダメだ、なんて思っていた自分が恥ずかしい。オフコース時代のクリスタルみたいな硬質な美とは違うが、ヒューマニスティックな感動という意味では今の方がまさっている。この信じられないほど美しい歌声といい、ひょっとしたら彼は今が絶頂期なのではないだろうか。ワンパターンなどと言われながらもこつこつと積み重ね、いつかは確かな場所へと到達するその姿勢にも感服。国は彼を人間国宝に指定すべきである。


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