風雲雷雨担当の神様は誰だったかな、どうも雨を溜めた池の底に穴が開くいているのではないか、四月に入って雨が続き、青空を見たのは二三日しかない。
Kさんは96才、杖こそ突いているが頭というか口は達者だ。七十過ぎの息子さんを小僧扱いして威張っている。つい先日一人住まいは危険だからと東京郊外から当地へ引き取られてきたらしい。発信の方は当意即妙なのだが、補聴器が外れても知らんぷりなので受信が芳しくない。足が浮腫んでいるので、「食事は摂れていますか、何でも食べますか?」と大声を張り上げて聞く。
「按摩の笛・・・」と答えられる。べらんめえのせいか聞き取りにくい。「いや、按摩の笛以外は何でも食べるって言ってるんですよ」と息子さんが解説してくれる。按摩の笛以外、へえーそういえば聞いたことがあると感心してしまう。胸部X線写真で恐らく高血圧が関係している心不全兆候が認められた。降圧利尿剤とアルドステロン拮抗薬を少量出して、四日後に再受診して貰うことにした。貧血や心腎機能を確認するため採血もオーダーする。
耳が遠いので声が大きい。採血して貰うのに、「若くて綺麗な看護婦さんだ・・」と褒めているのが聞こえる。えっ誰が採血当番だっけと耳を疑ってしまう。勿論、96才から見れば四十過ぎの大年増も、当然若いわけだが。採血を終え、受付に向かいながら「お綺麗な看護婦さんばかりで」と声を掛けてゆく。不思議なことに杖を突いた96才のお爺さんにでも褒められると嬉しいらしく、喜んでいるのがなんとなく伝わってくる。