駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

突然の和解に戸惑う

2016年03月06日 | 政治経済

                

 政府が沖縄県と辺野古訴訟を廻り、晴天の霹靂の和解を申し入れた。米軍優先の安陪首相が沖縄県の言い分を受け入れて突然和解するのはどういうわけだろうと不思議な気がした。しかし、安倍晋三首相は和解が成立したその日に、記者団に対して「辺野古が唯一の選択肢であるという国の考え方に変わりはない」と語ったとの報道で、なんだまた形を変え先送りする名演技かと合点がいった。

 世界平和の為にと言われれば、面と向かっては直ぐには反対しにくいのと同じで、和解の文字にはごり押しでなく柔軟に対応している姿勢を見せる効果がある。なぜ今、実質棚上げの和解を申し入れたのだろうか。ご自身のお考えなのか、誰か参謀の入れ慈恵か、選挙が近いのでどうしても戦略的なものを感じてまう。

 判断を委ねられた司法も困ると思うのだが、恐らく技術的で限定的な判断が出るのではないかと思う。

 いずれにしてもこの和解によってもたらされる小休止が、どのような効果を持つのか、政治的な思惑も絡むようで一般国民には分かりにくい。翁長知事もしたたかだからそれなりの計算をして握手したはずで、これですんなり行くとは思えない。

 小指か薬指あるいは踵かつま先か、沖縄をそうした部位に例えては悪いが、そうした部位に出来た瘤をどう治療するかに似ている。末梢だからと切り離して考えることが出来るだろうか。躯幹を守るためにはある程度の犠牲はやむを得ないのだろうか。どのような危険があるのか、どうやって身を守るか、考えに考えても分からない。唯一確かなことは匙を投げるわけにはいかないということだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする