筒井清忠『帝都復興の時代』は東日本大震災のあと、衝撃を受けて書かれた本だそうで、現在の日本の状況と比べながら読むと、なかなか興味深い。
関東大震災の直後に山本権兵衛内閣が成立します。
当時の新聞は山本内閣を期待していたそうです。
「『朝日新聞』は、多数党が腐敗し、第二党が陋劣な中、既成政党打破と政界改革を「変態内閣」に期待するとしている。犬養にも期待しつつ、総選挙において既成政党外の真に国民の意志を代表する新勢力が勃興することを期待する、というのである。『東京日日新聞』は、既成政党は国民からあきられ厄介者扱いされている、という。党利を中心都市「国利民福」を考えないからであり、それは「営利機関」化し国民と「別個の存在」となっているので、超然内閣による政界の廓清を期待するとしている」
筒井清忠氏は続けて新聞批判をします。
「日本の新聞はいつも、既存の政党の批判と新勢力の台頭への期待ばかりを言いつのっていることがわかろう。議会政治は政党政治たらざるを得ず、従ってその発展はいかにして健全な政党を育成するかにかかっている、ということへの認識が不足しているともいえよう。昭和前期に「新勢力」=陸軍が台頭しやすい環境を新聞が作っていたといえなくもないのである」
山本内閣で一番人気があった閣僚は後藤新平内相でした。
後藤新平は新党を作って政界再編をしようと画策します。
「後藤はこの頃、「無党派連盟」の重要性を強調していた。新聞論調があのようなものであれば、国民的支持を得ようとすればこうした主張となるのも当然であろう。(略)「無党派連盟」という主張にはわかりにくいところもあるのだが、既成政党に属さない新しい政治勢力の結集という風に解せば、そのためには普通選挙が実施されなければならないことは自明であった」
しかし、後藤新平の新党計画は挫折し、山本内閣は三カ月で総辞職します。
筒井清忠氏はまとめの中でこう指摘しています。
「政党政治確立期に政党的基盤を持たなかった後藤は、大衆的人気を支えにするしかなく、いつも壮大なアイデアを出して耳目を引いたが、それを確実に遂行する誠実な持続力や安定感を持たなかった(「後藤子は常に云う所の立派な事は世人総ての見る行である而(しか)も行わんとする所は余りに拙く小規模であるのを遺憾とする」とは第47臨時議会における憲政会議員〈横山勝太郎〉の言である)」
後藤新平にはこんな評価があります。
三浦梧楼「風呂敷を拡げ其括(くく)りの出来ぬは後藤の病気である」
西園寺公望「後藤は実に馬鹿な男だ」「芝居掛り等にて彼是面倒のことを云う人」etc
後藤新平は大風呂敷を拡げて人気をさらうのが得意であっても、それを実行する政治的意志と技法に欠け、後始末ができなかったそうです。
『帝都復興の時代』を読んでいて、私は後藤新平と橋下徹氏とがダブって感じられました。
橋下徹氏は受け狙いのためか発言がコロコロ変わっているし、橋下府政で大阪府の借金は増えているそうですし、日本維新の会の公約に最低賃金制度の廃止なんてとんでもないのがありますし、正直なところ馬脚を露わしたと言ってもいいと思います。
それなのに日本維新の会に投票しようという人が少なからずいるのはどうしてでしょうか。
「橋下さんならやってくれる」と期待しているんでしょうけど、具体的に何をしてもらいたいんでしょうね。
島田佳幸中日新聞社会部長がこんな記事を書いています。
「比例で自民党に入れるとした人の三割弱が、「憲法九条」の改訂には反対だと答え、実に半数近くが、将来的な「原発ゼロ」を求めているのである。(略)
こうした〝矛盾〟、考えられる理由は二つだ。一つは、九条や原発以外にその党を選ぶ決め手の公約があるという可能性。そして、もうひとつは、その党の主張をよく咀嚼せず、「何となく」投票先に決めているというパターンだ。前者ならまだしも、後者はあまりに危険である」(12月5日)
やっぱりそうなのかと思いました。
自民党に投票する人だけでなく、維新の会に投票する人も橋下徹氏の公約や政策そのものには関心がないのかもしれません。
まだ後藤新平の大風呂敷のほうがましだと思います。
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たぶん私が苦労しないようにと、言ってるのだと思うのですが、実母の言ってることが、ごもっとも、と思わないことが、ときたま、あるのは、たぶん、存命だからでしょうか?
円さんは、そういうことないですか?
「自殺した生徒にも問題があったのでは」
などと言っているバカがいるそうです。
「いじめはいじめられるほうにも問題がある」
というのと同じです。
だったらお前の子供がいじめられても黙っているのか、と言いたくなります。
おっしゃるとおり「女だから」「オバサンはねえ」というのも単純化した決めつけです。
自死問題やいじめ問題も単純化して言われがちですよね。
体罰は、あきらかに虐待です。虐待は連鎖していくと思います。被虐待児の症状を「第二の発達障害」と呼ぶ専門家もいるそうですね。
虐待を防ぐ手立てをみんなで、考えたいものです。
ええ、男だから女だから、と言うのは多くは印象論でしょうね。ついでに言えば、中年女性だからとか、言うのも、たぶん・・・
昨日も、ある会で、自分たちのころもしょっちゅう殴られていた、
今の子は弱いんじゃないか、昔の仲間と会ったときに、あれで鍛えられたと
そのころのことを懐かしく話をする、という趣旨の発言をする人がいました。
体罰肯定論プラス昔はよかった論ですね。
どこまでが体罰で、どこからが暴力なのか、その明確な基準はありません。
死刑でもそうで、死刑と他の刑罰を分ける判断基準はありません。
この理由で死刑に反対する人もあるように、体罰も一律やめるべきです。
男だからこうだとか、女はどうだとかを良く言いますが、多くは印象論で言ってるだけだと思います。
先日も体罰で生徒さんが、亡くなってしまいました。体罰は、絶対、反対です。一概に、弱いからとは、言いきれない事情は、十分理解できますが、どうも、亡くなってしまうのは、男の子が多いような気がして。
教育の場での体罰は、まずいって言ってた人もいましたが、しつけの場の家庭においても反対です。
加害者の75%が男性、被害者の70%が女性とのこと。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2666555/4944703
受刑者の95%が男性ですが、男はこういう面でも弱いのかもしれません。
母が費用を出さなくたって、自分の働いてるお金で、行けるのですが、親の気持ちも、有難く受け取らないといけないって考えているのです。いつも、言われてるんですよ。ほったらかしで育てた子に、世話掛けることになったって。母は職業婦人でしたからねぇ。入学式も卒業式にも、一度も来ていませんでした。でも、なんとか、私程度には、育つものですね。総代したとき、「こんな時も、みよちゃんのお母さんは、来ないのね」って、友達のお母さんに言われたのは、少し寂しかったかも。
ええ、私の友人はそういう人多いです。あまり、旦那様に介護されるなんて、考えていないみたいです。たぶん、元気なお友達が多いのかな?
我が家の場合は、老後のことは、二人で相談してあります。
それと、前に「夫の介護が待っている」と書かれましたけど、自分が夫に介護されることもありますよ。
あまり気張ると、親達の方が、子どもらの人生の重荷になっているのでは?と考えてくるようですね。
「お正月は、大変だったから、骨休みするように、旅行に出かけて来たら?」と母が、外国旅行の費用を出してくれることに、なりました。本当は夫婦で行きたいけれど、外国に行くときは、かわり番で、残った方が、両方の母たちのこと考えています。
長年、看病して身体を壊しても、それは同じ。
悔いが残るかどうか、性格もあるのではないかと思います。
そういったチェック表を見たら、自分は○○だったのか、と思ってしまいがちですよ。
仕事に行って、帰ってから家の用事をすませないといけないわけですから。
時間的な余裕は専業主婦のほうがあるんじゃないですか。
エホバの証人なんてはずれっぱなしですから。
それでも信仰が失せない人の頭の中はどうなっているのでしょうか。
ちょっとおしゃれなレストランや話題の映画はオバサマたちでいっぱいです。
人生を楽しんでいるように見えますよ。
どんなに、デタラメでも、占い師は残るみたいです。マヤ歴で、中国では、おそろしくお高いシェルターが売れたとか。ボロ儲けしている人、どこにでもいるんですね。
経験者は語る。
いっときですが、専業主婦の時、すごく、大変でした。子育てにしろ、家事にしろ、完璧を求められてる感じがしましたよ。夫からではなく、世間からですけど。PTA役員だって、専業主婦の方は断れない雰囲気でしたねぇ・・・
子育てが終わると、親の介護。私の友人に、老親を介護する今になって、パートを始めた人がいます。その方は、3人姉妹なのですが、「あなたが一番自由が効くのだからということで、2年間一手に介護を引き受けていたそうです。が、疲れ果て、ほかの姉妹と同じ立場に。自分の精神を、安定させるためには、その方がよいらしいです。占いで決めたのではないようです。
ですけど、だまされる人はインチキの証拠を見せても、やっぱりだまされるんでしょうね。
2012年は、マヤ暦がどうのとか、アセンションがとか、いろいろ言われましたが、何ということもありませんでした。
でも、この類を信じている人たちは少しもくじけていないようです。
たとえば↓
http://ada323newage.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300757318-1
アメリカでも50年代は専業主婦が存在してましたが、今は何%が専業主婦なんでしょうか。
ワーキングプァーって、いつ頃から、できた言葉なのでしょうか?悲しい言葉と思います。
「日本的労使関係の源流」によると、第一次世界大戦の好景気で、大工場で働いていれば、基本的に旦那様の収入だけで、家族を養えたようです。日雇い旦那様でも、9割強、奥様は専業主婦化していたらしいです。
軍需景気のおかげってとこでしょうか・・・
日本だって、生活保護を受けて、子供手当をもらえば、そこそこの生活はできますよ。
だからといって、日本の福祉が充実しているわけではありませんけどね。
働いている人が「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」状態なのが大問題です。
核家族もそうですが、結婚しないと、普通に考えたら、お子さん、できないですよね。フランスは、未婚でも、子ども4人産めば、食べていけるってお話、本当なのでしょうか?
手助けする人や相談する人がいないわけですから。
『ノーベル経済学賞の40年』(未読)によると、ノーベル経済学賞を取った人も大間違いばっかりしているそうです。
http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070005000c.html
どういう経済政策をとればいいか、やってみなければわからない、ということかもしれません。
消費ということを考えると、これからは介護・福祉の分野だと思います。
『舞姫』については、谷口ジロー『坊っちゃんの時代 第二部 秋の舞姫』がいいですよ。
子育ての環境が、私が子育てしているときより、更に良くないような気がするんです。少子化は、やはり、問題だと思います。
安倍首相は、「大胆な金融緩和」発言していました。これは、失敗のリスクも多いようですね。
長い目でみたら、子育ての環境をもっと整えることが、経済発展にも、役立つと思うのです。そのためには、お母さんだけに「無償」ということを期待するのは、お母さんにとって、荷が重い言葉だと、思ったのです。
時代がどうなるのか、経済学者や歴史家などの予測は、意外に外れると書いてある本を読みました。過去を振り返ってみると、小説家がその時代を先取りしてる傾向があるらしいです。
「舞姫」読んだとき、これから、こういう主人公みたい人、もっと増えるんだろうなぁと、思いました。
>「母の愛は無償」って教科書で教えるのは、いかがなものか
とは言ってませんよ。
母の愛は無償だという趣旨の随筆を中学校の教科書で読んだけど、無償とは言えないのではないか、と書いた記憶があります。
母性本能という言葉を批判する人もいますね。
安井息軒の言葉で有名なのは
一日の計は朝にあり
一年の計は春にあり
一生の計は少壮の時にあり
では、ないかと思います。
私は現代国語の教科書で、「舞姫」を習いました。ゆとり教育で森鴎外の作品も、教科書から消えるって話題になったことございましたね・・・私の時代にしたって、古典みたいでしたもの・・・
今では、去年のことですが、、「母の愛は無償」って教科書で教えるのは、いかがなものかなって、そのようなこと、円さんがコメントしてらしたことあったと思うのですが・・・
母の無償の愛・この言葉で、お母さんもお子さんも、苦しめられてしまうこと、あるんでは?と私も常々考えておりました。
私の間違いかもしれませんが、「ふゆ」という言葉を昔の日本人は「冬」という漢字に当てはめたわけでしょ。
日本語の「ふゆ」の意味と中国語の「冬」の意味は同じではないかもしれません。
「冷ゆ」は「ひえる」という日本語でしょ。
「ひゆ」という日本語が「ふゆ」に音が変化したということと、中国語の「終」と「冬」との関係とを、同一に論じることに違和感を感じただけです。
日本人が書いても、文語文や訓読文と呼ばれているのは、漢文なのです。
「冷ゆ」も日本語だろうから、漢文とは関係ない気がしますけど。
もちろん、折口信夫説が正しいかどうかはわかりませんが。
「魔女の宅急便」は、こどもと映画を見ました。ユーミンの音楽は、なかなか、マッチしていたと思いました。
29日は晴れて、暖かかった。
今日は雨が降って、寒い。
折口信夫による「冬」は「冷ゆ」ではなかったと思い出して調べましたら「増える」だとか。
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/%82%8Eakazawa74.html
お寒くなかったですか?冬は、冷ゆが、なまったとか。
毎日、ポイント絞ってお掃除してると、年末にあまり慌てないで大丈夫かも。
火曜日・・・火の周りのお掃除
水曜日・・・水周り
木曜日・・・ウッドカーペットとか、床のお掃除
金曜日・・・お鍋とか、カネ製品。お掃除に関係ないけど、、家計簿の点検したり
土曜日・・・土で庭掃除
日曜はお休みして、月曜日は、その他、気になるところを。こんなこと、ワザワザ書かなくても、奥さん、既にわきまえていらっしゃるかも・・・
私は、今日は、映画鑑賞してきました。大掃除済んでる方、たくさんいらしたような?
例えば
「花散る里は吉田町鮫ケ橋」
これ、すぐ、理解できます?
鰻→鮫。連想。
2500円くらいが、相場ですって!
そういうのは結構あるんじゃないでしょうか。
厩火事なら、『論語』を読んでなくても、それなり笑えるような。
オチは「千早は源氏名で、彼女の本名が『とは(とわ)』だった」。
教養がないと落語も笑えないような。
おからくれないで、水くくる・・
とは、はどうした?永久に幸あれ、で締めくくるバージョンの方が面白いと思いました。
百人一首するご家庭も少なくなってきてるでしょね・・・核家族で過ごすご家庭も、多いみたいですし。人数集まらないと、カルタはつまらないし。
我が家は、大変なんです。みんな集まってきちゃって。いとこの独身連中やお子さんのないおば様とか。もちろん、私たちの家族も集まるし。大昔の大家族みたい。
そこで旦那様が、一足先に娘と私に、慰労会してくれるんです。
今から、のんびり、温泉に行ってきま~す。今から行けば、朝スキーも。
では、また、お近いうちに、ご機嫌よう・・・
円さんも、永久に幸あれ!!
落ちたらいけないので「登三」と改名したそうです。
彼も漢詩作ってるらしいのですが、読んだこと、まったくありません。もし読んでいたら、旧字体も知っていたかも。
でも彼が、文部省主催の学徒出陣の壮行会で藤田東湖の詩を引用して「天地正大の気、粋然として神州に鐘る」と演説したという話は聞いたことがあります。あの状況でも、本当に勝てると思っていたのでしょうか?ひどい話。
ゴダイゴのガンダーラ、ふと口ずさみました。
変わってる天皇、多いでしょ?百人一首の陽成院の和歌、情熱的。、伝え聞くお話とこの和歌が、結び付くまで時間がかかりました。
そうそう、男女川ってお相撲さんもいたのですか?
後醍醐天皇のほうがよっぽど変わってると思いますけど。
ウィキペティアでは「東條英機」となっていて、「新字体で東条英機とも表記される」とあります。
ところで、東条英機は、足利市にお参りに行った形跡あります。私は歴史や地理に弱いのですが、東条英機って東條って名乗っていたこと、あるんですか?
しかし、東條英機は昭和天皇のために一生懸命頑張ったし、戦争責任が昭和天皇に及ばないよう東京裁判では苦慮しています。
昭和天皇は東條を信任していたし、戦後になっても高く評価しています。
司馬遼太郎は東條英機をけなすことで、東條を信任していた昭和天皇を批判しているのかと深読みしました。
軍人で活躍して行政でも活躍した人らしいけど、この感覚、実に驚きました。
そういう感覚の持ち主が、増えていそうで、本当に怖いです。
自衛隊が国防省になるという話で、再軍備への警鐘が主題です。
だけど、もう防衛省になってるし、国防軍という名称になるだろうし。
幸せな方です。
中道左派が位置的にはいいように思うのですが、極右が受ける昨今の状況はどういうことなんでしょうね。
石破さんって、なんか、政治オタクって感じしませんか?細かいこと知ってるけど、大事な点見落としてる感じ。阿部さんは、ご自分の外国での評価、ご存知なのでしょうか。知ってたら、恥ずかしくなると思うけど。
でも、一見、支持されているかに見えるのは、今のうちだけ。近いうちに、また、支持率下がると思います。しかし、右翼って雰囲気醸し出したら、中国にとって好都合。また、いろいろ言ってくることでしょう。そしたら、我慢・我慢。じっと耐えねば。挑発にのって言い返しては、まだまだいけない。
残念。
そんな募集があったのですか。そうだったんですね。そういえば、今日はお若い方いらしてました。二人ほど。
安部さん、なんか心配。また、お腹こわしたりしないでしょうか?喟然。クリントンさんも、過労で大変そう。政治家は、やはり体力も勝負でしょうね。
履霜。霜を履む段階を経て、堅い氷に。ものごとには、順序があります。前兆を見て、禍が起こることを、未然に防がなくては、いけないのに。今回の結果、どうなるのでしょうか?おおよそ、わかってしまって、なんとも喟然。
http://www.city.chuo.lg.jp/kurasi/senkyo/20touhyoutachiaininbosyuu/index.html
http://chiaki-nkhr.way-nifty.com/workpoorlife/2010/04/i-11de.html
安倍氏や石原氏は今の憲法をけなしますけど、そういうことが言えるのは今の憲法のおかげだと認識しているんでしょうか。
言論の自由が日本にはなかったわけです。
アメリカの押しつけだからダメだったら、言論の自由は必要ないとか、言論の自由があるから日本人がダメになったとか、そういう理屈になると思うんですけどね。
さて、本題?歴史家の書く明治維新や明治時代は面白くないと思うんです。でも、歴史小説は誇張表現あるし躍動感ばっちりですから、読んでいて飽きないでしょ?そこで、ややもするとその主人公や登場人物に感情移入して、それを真実と捉え影の部分を忘れてしまうきらいは、あると思います。
維新10傑の一人、横井小南なんて、「共和」という藩連合の政治を考えていたみたいですし、植木枝盛という思想家もそういうこと、考えていたようです。ここで言う「共和」って普通に用いる共和制とは、だいぶ違うようですが。
近代日本創業の明治を学ぶことは、かつては中国の学習材料にもなったようですが、日本のこれからの針路にも役立つかもしれませんね。
明治の新聞は、留学帰りの人が投書していて論客もたくさんいて、発売禁止処分もあったらしいですね。
今は、そういうことは、ないけれど・・・
皆さん、大切な一票、入れたくない人ばかりでも、何とか考えて投票所に行きましょうね。
たしかに日本が欧米の植民地にならず、世界の一等国になったのは明治の日本人のおかげです。
でも陰の部分があるわけで、そこもちゃんと見ていかないといけないと思います。
おバカな候補でも当選してしまう現在の選挙制度は改めるべきです。
というか、国民が新聞ぐらいちゃんと読めばいいだけの話ですけど。
だいたい、明治の維新革命にしたって、その当時の体制が続いても苦しいし、その体制が続くことになんの魅力もない人たちが、いっそのこと今までの体制を壊してやろうって考えて起したとか。大衆にしてみても、世の中の様変わりを期待して、応援していたわけです。
ところが、と言うか、それなのに、と言うべきか、豈にはからんや、と言うのがいいのか、例えば、山形有朋なんて出世街道を登っていくプロセスで、すごい野心持っちゃって権力の権化みたくなっていくじゃないですか。そして天皇の軍隊に選ばれるのが、名誉という風潮に持っていったでしょ。軍隊を作らないと日本帝国は危ないという感覚。その後の日本の歴史を振り返ると、歴史に弱い私だって、こわいものを感じます・・・
政党を支持するのも、ファッョンみたいな感覚で応援してる人達、けっこう、いるんじゃないでしょうか。例えば、ロングブーツが流行ればそうするみたいに。憲法9条のことにしたって、それが本当は良くないんじゃなくて、今の日本の現実は、外交折衝が下手下手だから起きているんでしょ?歴史はアインマーリッヒなんて言う人もいたみたいですけど、実は一回一回の史実が後で、重要な意味を持っていて影響もすごかったということありますでしょ?
そう考えたら、選挙もよ~く考えて投票したいと思ってくるものです。