三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

『宮本武蔵』

2008年08月12日 | 

井上雄彦『バガボンド』を27巻まで読む。
私は「バガボンド」とは『天才バカボン』、すなわち「bhagavat世尊」のことかと思っていたら、英語で「放浪者。さすらいびと」という意味なんだそうだ。
で、原作を読みたくなり、吉川英治『宮本武蔵』を読んだ。

『バガボンド』は基本的には原作通りだが、かなり脚色してある。
たとえば『宮本武蔵』での佐々木小次郎はあまりにも傲慢で、ずるい、悪役の典型なのだが、井上雄彦は佐々木小次郎の人物像をあっと驚くほど変えている。
そして、鐘捲自斎の苦悩とか、落武者のエピソードなどを加えるなどして、話をかなりふくらませている。

武蔵はひたすら道を究めようとし、そのためにただただ禁欲的である。
武蔵は絵を見て考え、茶を飲んでは思いにふけり、釘を踏み抜いては己の至らなさを感じる。
我以外皆我師という吉川英治らしく、出会う人もすべて師匠。
それも、僧侶、商人、武士、遊女などなど、まるで善財童子の旅である。
つまりは、主人公が人生遍歴を重ねながら成長するという教養小説なわけだ。

極真空手の大山倍達は『宮本武蔵』を座右の書としていたと『空手バカ一代』にあった。
佐藤忠男は内田吐夢『宮本武蔵』評でこういうことを書いている。
「吉川英治は、以前は筋のおもしろさに主眼をおく通俗作家と見られていたのが、この作品で人生の教師のように見られるようになった」
「戦時中と同じく戦後も、日本人はひたすら禁欲的に頑張りつづけることによって高度経済成長を達成したのである。忠義のためでも一人の女のためでもなく、努力することそれ自体が生きがいでなければならぬというふうに吉川英治版の武蔵の精神は読み継がれた。忠義という伝統が失われても、また私生活の充実という西欧的な理想になじめなくても、とりあえず役に立つ強力な発想が、そこには魅力的に存在したのである」

『宮本武蔵』ではないが、田中森一『反転』に、中村天風の本を読むと「不思議に精神が落ち着いた」とある。
中村天風が言っていることがどういう内容かというと、「簡単にいえば、人生はすべて心の持ちようで決まる、という趣旨の自己啓発本である」ということである。
田中森一は中村天風のすべての作品を読破し、「天風作品に救われてきた」「心のよりどころと言っても過言ではない」とまで言う。
そういうものかとも思うが、百戦錬磨の田中森一氏が「とりこし苦労をするな」「怒らず、恐れず、悲しまず、今日一日を元気に過ごせ」という中村天風の単純な教えにそこまではまるものかと不思議になる。
そして、「また時代小説もよく読んだ。人間が窮地に立たされたとき、どのような行動をとるか。それを戦国時代や明治維新を舞台にした時代小説から学んだ。国のために命を捨ててきた時代小説の主人公たちを思えば、自分自身の悩みなど小さく思えてくる。しょせん私の場合は個人の問題なのだ。そう思うと気が楽になる」とある。
『宮本武蔵』的なものが救いになっているわけである。

主人公が修行してレベルを上げていく物語はおもしろいことはたしかだが、優れた能力を持っている人ならともかく、一般人には『宮本武蔵』は人生の参考にはならないと思う。
宮城『正信念仏偈講義』の中に、
「安田理深先生のことばでいえば、「仏道というのは向上の道ではない、向下の道だ」ということです。向上の道は能力によって差別ができるでしょう。理想を求めて向上していく。向上の世界ならば力あるものがより向上していける」
とある。
能力によって勝ち組と負け組に分かれてしまう。
『宮本武蔵』を読みながら、能力のない者はどうなるかと思う。

武蔵は苦難を乗り越えるだけの能力を最初から持っている。
おまけに、なぜか武蔵は女にもて、沢庵や光悦といった有名人に好意を寄せられ、どこからともなく助けの手がさしのべられる。

武蔵が大変な努力をしていることはたしかだが、武蔵に敗れる者たちだってそれなりに頑張ってきている。
たとえば吉岡道場の門弟たちといった、名前がつけられていないその他大勢だって、剣の道をひたすら修行してきたのだが、悲しいかな彼ら凡人は一乗寺下り松であっさりと殺される。
吉岡道場の生き残りはその後も物語に登場するが、どうしようもない負け組である。

武蔵の幼なじみで、酒と女にだらしないくせに威勢のいいことばかり言っている本位田又八は、結局のところ禅寺に入って修行し、そうして一児の父として地道に暮らす。
能力のない者はそれなりに、ということか。

『宮本武蔵』では吉岡一門の人たちは傲慢すぎて滅びるみたいな感じだが、『バカボンド』では、彼らが死ぬのはわかっていて闘うのはなぜか、そこらの心理描写をきちんとしているのが好ましい。
敗者への目配りがきちんとなされている『バカボンド』では、これから又八がどうなるのか楽しみである。

     
人気ブログランキング

コメント (46)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 田中森一『反転』 | トップ | 北京オリンピックと人権と »
最新の画像もっと見る

46 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
中村獅童の叔父さん (京都8月2日)
2008-09-12 11:02:40
私、内田吐夢監督のは見てないです。
稲垣浩監督で、戦後の東宝のは見たのですが・・・

武蔵は、三船さん。
これが・・・・どうも、ミスキャストで(笑)
反対に、小次郎役の鶴田浩二さんは、美しく素晴らしかったですね。主役を喰ってしまったというやつで。

でも、今、黒澤特集をBSでやっていて、香川京子さんがゲストで出てましたけど、管理人さんのおっしゃる通り、若い頃は、確かに長澤まさみに似ています。



返信する
ストイックでは生きられない ()
2008-09-12 20:36:05
恥ずかしながら、萬屋錦之介、中村獅童が華麗なる一族とは知りませんでした。
といっても、中村時蔵家は梨園でははしっこらしいですね。

>武蔵は、三船さん。これが・・・・どうも、ミスキャストで(笑)

ええっ、どうしてですか。
禁欲的でぴったりという感じですが。

>小次郎役の鶴田浩二さん

内田吐夢作品では高倉健でしたが、ストイックな健さんではなく、傲慢さが似合ってました。

>若い頃は、確かに長澤まさみに似ています。

長澤氏、最近どうもぱっとしませんね。
ちょっと心配。
返信する
子連れ狼は、純粋の梨園育ち (京都8月2日)
2008-09-14 14:32:37
>ええっ、どうしてですか。

先に「椿三十郎」や「用心棒」を見たもので、その後で見ると、少し三船さんがソフトな感じがしましたね。でも、今見ても、あのカラーの技術は大変だったんだろうなと思います。いや、個人的な勝手な見解で、申し訳ないです。

>中村時蔵家は梨園でははしっこらしいですね。

そうですね。
それに、<萬屋>という屋号も新しいんですよね。錦之介・中村嘉津雄両氏は映画界入って、更に、中村獅童のお父さんは、歌舞伎辞めていますし、歌舞伎界に親がいない中村獅童は、大変ですね。

竹内結子も梨園の奥さんは、無理でしたね。
緋牡丹のお竜さんと違って。

>ちょっと心配。

主演ドラマ「ラスト・フレンズ」は視聴率良かったようで・・・・
「隠し砦の三悪人」はコケたみたいです。






返信する
八千草薫はお通にぴったり ()
2008-09-14 18:12:37
>先に「椿三十郎」や「用心棒」を見たもので

黒沢作品、特に時代劇の三船氏は本当にすばらしい。
稲垣浩『宮本武蔵1』の予告編がありました。
http://www.veoh.com/videos/v15819137PZ2Nd6fK?jsonParams=%257B%2522user%2522%253A%2522okusanman21%2522%252C%2522veohOnly%2522%253Atrue%252C%2522order%2522%253A%2522mr%2522%257D&context=CHANNEL&viewType=user
1954年の作品ですから、三船敏郎34歳の時、武蔵にしては老けていると思いました。
でも、中村獅童氏が『ピンポン』に出演したとき30歳だったんですね。
梨園では女遊びは芸の肥やし。
それに我慢する女性でないとつとまらないということでしょうか。

>「隠し砦の三悪人」はコケたみたいです。

さすがに私も見に行きませんでした。(笑)
黒沢作品のリメイクはやめたほうがいいですね。
返信する
芸能界、向き不向き (京都8月2日)
2008-09-21 16:20:45
オリジナルの「隠し砦の三悪人」も最近見ましたが、いや~、お姫様役の上原美佐さんも美しいです、色っぽいです。

でも、撮影時には、「芸能界は向いていないな」と思い、周囲の反対を押し切り、芸能生活を2年で引退。その後で、一般男性に嫁がれたということです。
そちらの方で、正解だったかな・・・・と。

「七人の侍」も「隠し砦の三悪人」も、最初からスターを出さず、千秋・藤原両氏のようなスターではない人で、30分近く持たすというのが凄いですね。





返信する
女の幸せは ()
2008-09-21 17:39:23
上原氏は自ら引退したんですか。
黒沢明氏の奥さんの矢口陽子氏は『一番美しく』の主演女優です。
結婚して引退したんでしょうね。
黒沢氏は一時、高峰秀子氏と仲が良かったけど、高峰氏の母親の反対で別れたそうです。
その高峰秀子氏はやりたくて女優をしていたわけではなく、いつもやめたいと思っていたと自伝に書いています。
三船敏郎氏の奥さんである吉峰幸子氏もたぶん結婚で引退したんでしょうけど、三船氏は暴力亭主だったそうで、結婚が女の幸せともかぎりませんね。

>最初からスターを出さず、千秋・藤原両氏のようなスターではない人で、30分近く持たすというのが凄いですね。

『隠し砦の三悪人』は城が落ちるという、本来ならクライマックスのとこから話が始まり、どう話が展開するのかさっぱりわからない脚本のうまさ。
『影武者』以降は話がおもしろくないのがね。
返信する
弟子ひとり持たず。 (京都8月2日)
2008-09-22 13:55:16
>どう話が展開するのかさっぱりわからない脚本のうまさ。

せっかく、三船さん演じる真壁六郎太が必死で、事を運んでいるのに、千秋・藤原コンビが水を差すようなことをしたり・・・藤田進さんの武将の描き方も好きですね。

>黒沢作品のリメイクはやめたほうがいいですね。

一部ですが、黒沢作品の助監督をつとめた人を調べると、加藤泰・野村芳太郎・中平康・堀川広通・森谷司郎・・・・と、匆々たるメンバーで、「隠し砦の三悪人」の野長瀬三摩地さんは、映画こそ撮れなかったものの、「ウルトラQ」や「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」で良作を連発してますから、弟子の人の映画・ドラマをリメイクするのも難しいのに、ましてや、その師匠の作品をリメイクするとは・・・・。








返信する
ほんまもんやのう ()
2008-09-23 20:28:41
『隠し砦の三悪人』で、三船氏が敵兵士を馬に乗って追いかけ、手綱から両手を話して一刀のもとに切り倒したシーンには圧倒されました。
すごい役者だとほんと思いましたもんね。
でも、最後の関所で藤田進氏に言葉で説得して逃げるというのは安易な気がしました。
それまでは知略と腕で突破してましたから。

リメイクはもちろん、黒沢明氏の脚本で他の監督が映画化しているのも、『暴走機関車』『海は見ていた』『どら平太』といずれももう一つ。
『雨あがる』はよかったですが。
『暴走機関車』は志村喬、木村功、そして三船敏郎の三氏で見たかったです。
返信する
話は前後しますが・・・・ (京都8月2日)
2008-09-24 20:33:53
>高峰氏の母親の反対で別れたそうです。

高峰さんが、戦後に映画1本のギャラが、何百万でしたが、松山善三さんと結婚する時に、有り金が6万円しかなかったとか。
どれ位、母親に搾取されていたのか・・・
母親が亡くなった時、周囲は喜んだとかいう話しは聞いた事あります。

成瀬巳喜男監督作品の高峰さんが、一番本人に近いような気がします。

>『隠し砦の三悪人』で、三船氏が敵兵士を馬に乗って追いかけ

いやぁ~圧倒されます、三船さん、芝居下手とか、言っていることが不明瞭とかいわれますが、それを超える運動神経と反射神経があるんでしょうね。
反対に斬られた人も凄いですし、最初に血だらけで斬られる武将役の加藤武も馬に蹴られて、大丈夫かな・・・と思いました。

>黒沢明氏の脚本で他の監督が映画化しているのも

あっ~、これらは見てないです、見なければ。
私の母が、黒沢脚本・谷口千吉監督の「暁の脱走」をリアルタイムで見て、面白いといってました。
森一生監督の「決闘・鍵屋の辻」も見たいですね。




返信する
訂正 (京都8月2日)
2008-09-24 20:40:07
加藤武→加藤武さん
返信する

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事