三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

山崎浩子『愛が偽りに終わるとき』と『自立への苦闘』4

2011年04月20日 | 問題のある考え

『愛が偽りに終わるとき』で山崎浩子氏は、統一協会のマインド・コントロールについて書いている。
「私はマインド・コントロールの恐ろしさを知った。普通に生活し、普通に自分の頭で考えてきたつもりだったのに、いつのまにか、自分自身でさえ情報コントロールをし、心をコントロールするようになっていた。統一教会の考えで、すべてを考えるようになっていた。自分でない自分がおおいかぶさっていたのだ」

芹沢俊介氏は『「オウム現象」の解読』で、山崎浩子氏はすべてをマインド・コントロールのせいにしていて、無責任だと非難する。
「マインドコントロールという言葉を有名にしたのは山崎浩子さんです。彼女はもとは統一教会の広告塔で今は反統一教会の広告塔になった人です。彼女だって統一教会の広告塔として活動したんだから、社会的に引き受けるべき問題は彼女の側にあったはずです。社会的レベルでやったことはそれなりに責任を問われるべきものなのに、マインドコントロールと言ったとたんにその部分は免除されてしまったのです」

しかし、『愛が偽りに終わるとき』を読むかぎり、山崎浩子氏がマインド・コントロールのせいにして責任逃れをしているとは思えない。
山崎浩子氏は〝拉致・監禁〟されたマンションで元信者の牧師の話を聞きながら、統一教会に疑問を持つようになる。
そして、こう書いている。
「もし、統一原理が間違いであるとしたら、私個人の問題ではなくなる。私は世間に対して、統一原理に太鼓判を押してしまったのだから」
「私は自分が信じたものを真理とし、正しく検証することなく、他の人にすすめてきたのだ。私は、私自身の手によって、人の人生をも狂わせてしまったことになる」
「私は、自分自身が手を染めていなくとも、先頭に立って統一教会の旗をふってきたことを本当に悔いた。幸せそうな笑顔をふりまく私たちを見て、多くの人が勇気づけられ、霊感商法をやっていたのかと思うと、怖くなった。私は被害者である前に、知らずに加害者になっていたのだ」
「私がマインド・コントロールを訴えると、自己正当化していると言われても仕方がないが、彼ら統一教会員の末端信者がいい人であって、いいと思って霊感商法をしていることを知ってほしいだけである。マインド・コントロールの手にかかると、人さえも簡単に殺せてしまう。その恐ろしさを知ってほしいと思うのである」

どこまで本音かはともかくとして、『愛が偽りに終わるとき』を執筆した動機は統一協会の恐ろしさを伝えるためだと思う。
『愛が偽りに終わるとき』は1994年の発行だから、芹沢俊介氏は『オウム現象の解読』を出版する前に読むことはできたはずである。
芹沢俊介氏が山崎浩子氏を非難する前に、
「あまりにもみんなに迷惑をかけすぎ、多くの人を傷つけてしまった。私のせいで、どれほど多くの人の人生を狂わせてしまったのだろう。実際に、私が統一教会は素晴らしいと証をしたために、今もまだ、その時の言葉を胸に、一生懸命神のため、メシアのためと歩んでいる人たちがたくさんいるのである。そのことを思うと、心が痛む。だから、この過ちを決して忘れることなく、歩んでいかなければと思う」という山崎浩子氏の文章に目を通してほしかったと思う。

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする