三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

林博史『BC級戦犯裁判』

2006年02月05日 | 戦争

私は、BC級戦犯裁判は戦犯にとって厳しい裁判であり、ひどく不公平で、冤罪も多い、戦犯はかわいそうだ、と思っていた。
それは橋本忍『私は貝になりたい』(映画のほう)の影響もある。
主人公の二等兵は、上官の命令で米軍兵士の捕虜を処刑することになるが、臆病だったので銃剣で突き刺すことができなかった。
そもそも捕虜はその前に息絶えていたののに、主人公は死刑に処せられてしまう。

ところが、林博史『BC級戦犯裁判』を読み、『私は貝になりたい』の原作を読むと、ところがどっこいでした。
林博史氏はBC級戦犯裁判の持つ数多くの問題点を指摘している。

具体的には、被告の選定が恣意的であったこと、人違いにより罰せられた者が少なくなかったこと、通訳の不適切さ、検察側の証言が一方的に採用されたこと、弁護の機会が十分に与えられなかったこと、日本軍の捕虜になった者が裁判官や検察になり公平でなかったこと、反対尋問なしに宣誓供述書が証拠として採用され被告に著しく不利になったこと、上官の命令に従っただけの下級兵士まで裁かれたこと、その一方では、部下の犯した犯罪について何も知らない上官が責任を取らされたこと、などが挙げられる。


その上で、林博史氏はこう言っている。

日本での議論は、感情的に戦犯裁判を非難するものが多く、残念ながら、冷静な議論ができていない。(略)そしてしばしば戦犯裁判を否定することによって、日本がおこなった侵略戦争とそのなかでの残虐行為の事実すらも否定し、日本(と自己)を正当化しようとする政治的弁論に利用される傾向がある。


たとえば『私は貝になりたい』で二等兵が死刑になっているが、兵長以下の兵で起訴された者は、軍人の戦犯全体のほぼ一割でしかなく、死刑は3%ほどにすぎない。
二等兵の場合、死刑判決が下されたケースはあるが、すべて後に減刑されており死刑が執行された者はいない。

ということで、『私は貝になりたい』は事実をねじ曲げている。
おまけに、『私は貝になりたい』の原作は、加藤哲太郎という戦犯とされて裁判を受けた人が創作した曹長の遺書である。
実話ではないし、主人公は二等兵ではない。

原作者の加藤哲太郎氏がテレビドラマの『私は貝になりたい』を批判したことをどこかで読んだことがあるが、金の問題がこじれてのことかと思っていた。
ところがそうではなく、加藤哲太郎氏は怒っているのは、「思想的追究が不徹底である」、すなわち戦争への反省が薄められ、戦犯が被害者になっているからである。
林博史氏は、戦犯裁判がもし行われなかったら、日本人に対する大規模な報復が起きていたとしても不思議ではないと言う。
それだけひどいことを日本軍はしてきたのだ。

たとえば、シンガポール華僑粛清事件
シンガポールを占領した日本軍は抗日分子を一掃するため、華僑の男子を一斉に処刑し、日本軍が認めた人数でも約5000人が虐殺されている。
この事件では少将と中佐の二名が絞首刑となっているだけである。
ここでもあの辻政信が処刑の企画立案をし、虐殺を指導しているが、うまく逃げている。
結局は要領の悪い者が割を食う結果となるわけだ。
他にも、マレー半島やフィリピンなどでは、百人単位の住民虐殺があちこちで行われている。

そして、日本軍の捕虜になった者のうち28.5%が死亡している。
しかし、捕虜を殺したことで死刑になった兵士はいない。

インドネシアでは、抑留所に収容されていたオランダ人女性ら約35人が強制的に慰安婦にされている。
現地の女性を慰安婦にした例はもっと数多くあるのだが、ほとんど問題にされていない。
慰安婦問題について、あれは売春婦だと言う人がいるが、強制的に慰安婦にされた人がちゃんといる。

林博史氏は、

戦犯裁判に問題があったことはその通りであるが、それを批判するときに、日本軍の残虐行為の犠牲になった人々、そのために生活やその後の人生を徹底して破壊されてしまった人々の悲しみや怒りを真摯に受け止めなければならないだろう。そうでない裁判批判は、アジアの被害者にとっては加害者の責任逃れとしか受け止められない。

と言うが、まさにその通り。

被害者の痛みを自らの痛みとして想像できるなら、戦争なんだから、あるいは上官に命令されたんだから仕方なかったなどとは言えないはずだ。

戦犯裁判を批判しながらも、加害者であることを忘れないということが林博史氏の立場だろうと思う。
戦犯裁判を考える中で、イラクやアフガニスタンなどで行われていることも新たに見えてくる、そういう視点がこの本にはある。

コメント (2)
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