三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

男系天皇正統論について(1)

2006年01月16日 | 天皇

女性天皇・女系天皇に反対する意見をよく見かける。
問題点を私なりに整理すると、「血の幻想」と「女性差別」という二点あると思う。

 1 血の幻想

皇族に男子の後継者がいない現状をこのままにしておくと、男系が途絶えてしまう。
そこで男系天皇論者は、旧宮家を皇族として復帰させるべきだと主張する。
しかし、旧宮家は平成天皇とはあまりにも血縁関係が遠すぎる。

三笠宮仁は、継体天皇、後花園天皇、光格天皇がかなり離れた傍系から天皇になっているから、旧宮家を皇族に復帰させることは問題がないと言う。

これは誤りである。

継体天皇は応神天皇の五世の孫とされているが、実際のところはよくわかっていない。

妻が仁賢天皇の娘、武烈天皇の妹ということで天皇になっているわけだから、継体天皇以降は女系ということになる。
後花園天皇の場合は8親等と離れているようだが、北朝の崇光天皇のひ孫である。
光格天皇も東山天皇のひ孫であり、先代の後桃園天皇の一人娘を妻にしているから、女系とも言える。
いずれも天皇との血縁関係がそれほど遠いわけではない。

かりに三笠宮仁に息子がいたら大正天皇のひ孫になるから、その息子は現皇太子とは7親等ということになる。

ところが、旧宮家はすべて伏見宮家の分家で、伏見宮家は初代(1351~1416)が崇光天皇の息子なのである。
今までこれほど男系の血縁関係が離れているのに天皇になった人はいない。

だったら、南朝の末裔だという熊沢天皇だっていいじゃないかという話になる。

ずっと以前、鹿児島の知り合いから、明治天皇の落とし胤が近所にいるという話を聞いた。
本当かどうか知らないが、血の濃さを言うなら明治天皇の落とし胤が天皇になってもおかしくない。
しかし、DNA鑑定で明治天皇と血縁関係があるとわかったとしても、多くの人はそういった人が天皇になることはいやだと思う。
血よりもイメージなのであって、神武天皇のDNAが問題なのではない。

血というのは幻想である。

我が家は300年続いていると自慢する人がいる。
途中、養子をもらって血のつながりは切れていても、気にせず、血縁で長年続いてきた由緒ある家なんだという幻想を持っている。

こういう家信仰の総本家が天皇家である。

家信仰が血となり肉となっている私たちは、天皇家は万世一系なんだ、純粋さを保ってもらいたいという幻想を抱いているにすぎない。
こうした血の幻想が女性への差別を生んでいる。

 2 女性差別
もともと日本は母系社会だったのに、父系になったのは中国の影響である。
中国では伝統的に、男子がいなければ家は絶え、先祖祭祀をしてもらえなくなるので、死者は苦しむと考えてきた。
日本でも跡が絶えた家は「無縁」と言われ、気にする人もいる。
養子はダメなのかというと、日本人はそんな杓子定規なことは言わない。
とにかく家が続けばいいという考えである。
日本人はそういういい意味でのいい加減さがあるが、中国人の場合、そうはいかないらしい。

「風の旅人」という雑誌に、李小明「永遠の魂―中国、カトリック教の村―」という文章がある。

これがなかなか面白い。
現在、中国には約1000万人のカトリック信者がいる。
中華人民共和国になってからずっと弾圧され、今は緩和政策がなされているといっても圧力があることには変わりない。
中国政府が抑圧政策をとっていたため、カトリック信者のほとんどは田舎で暮らしている。
陝西省のカトリック信者の住むある村の話。

ここに300を越えるカトリック教徒の家族、そのほとんどが、捨て子を養子にしている。捨て子のほとんどは女の子であり、もし男の子であるならば、障害者であることが多い。


70年代の終わり以降中国は一人っ子政策を採用してきた。中国では伝統的に、健康な男の子がいなければその家系は途絶えるとされており、生まれてくる赤ちゃんが女の子や障害を持った男の子であると、赤ちゃんを捨ててしまう。
近隣の村人は、カトリック教徒なら必ず子供を育ててくれると知っており、わざわざ教会の前に子供を捨てる。

男系にこだわるあまり自分の子供ですら捨ててしまう中国のことを、男系天皇論の人は笑えない。

女系天皇反対の人は、女は中継ぎにすぎないと公言し、女性を切り捨てているのである。

コメント (14)
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