水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

疑問ユーモア短編集 (21)絶好調

2020年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 絶好調のとき、人はいい気分で浮かれる。それが何故なのか? は疑問だが、テンションが上がっていることが原因の一つとは分かる。概(がい)して、こういうときほど思わぬことで人は不調に陥(おちい)りやすい。要は、絶好調を保つ秘訣(ひけつ)として、浮れ過ぎない! ことが肝要(かんよう)ということになる。^^
 とある会社の社長室である。業績不振に喘(あえ)いでいた昨年までとは異(こと)なり、今年は業績が順調に伸びたためか、社長の礼儀(れいぎ)はホクホク顔で社長席に踏(ふ)ん反(ぞ)り返っていた。そこへ副社長の不躾(ぶしつけ)が入ってきた。
「社長、おはようございます。今月も売り上げは順調に伸びておるようでございます」
「ほう、絶好調かっ! それは、なによりだ」
「ははは…。いやまあ、絶好調とまで回復しておるとは申せませんが…」
「というと?」
「はあ、まあ。好調くらいまでは…」
「好調? うんっ! それでもまあ、不調じゃないんだからね、ははは…」
 礼儀は、ふたたび社長席で踏ん反り返った。そのとき、踏ん反り返り過ぎたためか、椅子の背凭(もた)れが折れて外(はず)れた。その弾(はず)みで礼儀はフロアへ倒れ込んだ。
「おおっ! 社長、大丈夫ですかっ!!」
 不躾は、慌(慌)てて社長席へ駆け寄った。
「ははは…なんの、これしきっ! ぅぅぅ…」
 そのとき専務の作法(さほう)が、小忙(こぜわ)しく社長室へ踊り込んできた。
「副社長、偉(えら)いことですっ! B社の手形が不渡りにっ!」
「なにぃ~~っ!! B社は我が社一番のお得意じゃないかっ!! こりゃ、好調から不調、いや、倒産かっ!!」
 叫び口調で礼儀は返した。
「き、君っ!! 不吉(ふきつ)なことを言うなっ! 不吉なことをっ! ぅぅぅ…」
 不躾は、ようやく立ち上がると、腰を片手で摩(さす)りながら椅子へ座り直した。そのとき部長の挨拶(あいさつ)が、祁魂(けたたま)しく社長室へ飛び込んできた。
「せ、専務!! B社の株がどういう訳かストップ高で、手形がOKにっ!」
「なにっ! それは、事実かっ!!」
「事実も素質もありませんっ! 本当ですっ!」
「おっ! 上手(うま)いっ! 君達、こりゃまた、振り出しへ戻(もど)たぞっ! 絶好調じゃないかっ! はっはっはっ…」
 大笑いしながら社長の礼儀は、ふたたび踏ん反り返ろうとしたが、背凭れが外れたことを思い出し、慌てて背を伸ばした。
 絶好調なときほど兜(かぶと)の緒(お)を締め、いや、背を伸ばさないといけない訳だ。^^

                                完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする