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1966年のポップス ㉘ ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス「蜜の味」「ワーク・ソング」

 

 

 ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス( Herb Alpert & the Tijuana Brass)の「蜜の味(TheTaste of Honey)です。ハーブ・アルパート(1935年~)はトランペット奏者・作曲家・編曲家・歌手・プロデューサーで1962年にジェリー・モス(Jerry MOss)とA&Mレコードを設立、「ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス」のグループ名でファースト・アルバム「The Lonley Bull」を1962年にリリースしました。

 ティファナ・ブラスはアメリアッチ・サウンドと呼ばれるメキシコ風のサウンドで人気を博し、アルバム「The Lonley Bull」は10位にランク、同名のシングルも6位ランクされました。アルバム「Volume 2」(1963年)は17位、「South of Border」(1963年)は6位、「Whipped Cream & Other Delights」(1964年)はシングル”蜜の味”がヒットし、アルバム・チャートで1位にランクされました。

 ”蜜の味”はボビー・スコット(Bobby Scott)とリック・マーロー(Rick Marlow)の作品で、英国の演劇”蜜の味”(1958年)のために書かれました。米国ではハーブ・アルパートとティファナ・ブラスのシングルが1965年に全米7位にランクされ、グラミー賞を受賞しました。日本でもヒットし、「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1966年年間チャートで29位に選ばれています。

 

 

 

 ハーブ・アルパートとティファナ・ブラスの”ワークソング(Work Song)”です。米国では1966年に最高位18位にランクされました。ジャズ・トランペット奏者のナット・アダレイ(Nat Adderley)の作曲で、7枚目のアルバム「S,R,O」に収録されています。

 文化放送「9500万人のポピュラーリクエスト」では1966年9月8日に20位で初登場、10月13日に最高位7位、10月27日13位までランクされました。「TBS今週のベスト10」では7月31位に15位で初登場、9月11日に2位、10月23日17位までランクされました。「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1966年年間チャート21位に選ばれています。

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1970~73年の洋楽 ⑧ ホリーズ「喪服の女」「安らぎの世界へ」(1974年)

 

 

 ホリーズ(Hollies)は"兄弟の誓い(He Ain't Heavy He's My Brother)"(1969年)のヒット後、1970年に"I Can't Tell the Bottom from the Top"が全英7位、"Gasoline Alley Bred"が全英14位、1971年に"Hey Willy"が全英22位、1972年に "The Baby"が全英26位とヒットに恵まれませんでした。

 "The Baby"につぐシングル"喪服の女(Long Cool Woman (In a Black Dress)"(1972年)が、英国では最高位32位でしたが、米国とカナダで1位にランクされ、全世界で200万枚売れる大ヒットになりました。シャキシャキッとした爽快なロックンロール・ナンバーで、作詞作曲はアラン・クラーク(Alan Clarke)、ロジャー・クック(Roger Cooke)です。

 日本ではホリーズといえば"バス・ストップ"、ロック・ファン"にはグラハム・ナッシュがメンバーだったアルバム「Butterfly」までなので、"喪服の女"も名曲”兄弟の誓い”と同じようにヒットしませんでした。

 

 

 

 ホリーズは1972年にアラン・クラーク(Alan Clarke)がソロ活動のため脱退し、レコード会社もデビュー以来在籍したUK Parlophon(日本では東芝)からポリドー(Polydor)に移りました。

 1973年夏にアラン・クラークがホリーズのメンバーに復帰、英国では1974年1月にリリースされた"安らぎの世界へ(The Air That I Breath)"が全英2位、ビルボードで6位にランクされました。日本で"カリフォルニアの青い空(It Never Rains In Southern California)"がヒットした、英国のシンガーソングライターのアルバート・ハモンドの作品です。

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