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1965年のポップス ㉓ べンチャーズ「逃亡者」「クルーエル・シー」

 

 

 ベンチャーズが日本で1965年7月にリリースした”逃亡者(The Fugitive)”(東芝-LR1300)です。米国ではアルバム「THE FABULOUS VENTURES」(1964年)に収録され、シングルは全米126位にランクされました。テレビドラマの「逃亡者」とは関係ないオリジナル曲で、イントロの犬の鳴き声から始まる、とても格好良いナンバーです。

 

 

 

 ”逃亡者”とのカップリングで発売された”クルー・エルシー(The Cruel Sea”です。米国では1964年に”Walk Dont Run '64"のB面としてリリースされました。オリジナルは英国のグループ、ダコタス'(The Dakotas)で1963年に全英18位にランクされました。

 文化放送「9500万人のポピュラーリクエスト」では1965年9月2日に21位で初登場、10月14日、21日に4位、12月16日に18位までランクされました。TBS「今週のベスト10」では8月1日に18位で初登場、9月26日には9位にランクされています。「洋楽ヒットチャート大事典」では1965年年間チャートで37位に選ばれています。

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1965年のポップス ㉒ マージョリー・ノエル「そよ風にのって」「慕情の季節」

 

 

 フランスの女性歌手マージョリー・ノエル(Marjorie Noel)の「そよ風にのって(Dans Le Mems Wagon)」です。マージョリー・ノエルは1964年にバークレイ・レコードよりデビュー、1965年にはユーロビジョン・ソング・コンテストに出場し、”慕情の季節(Va Dire A L'Amor )”を歌い9位に入賞しました。”慕情の季節”に続く「そよ風にのって」が日本で大ヒットし、1966年に来日してTV出演や日本語でのレコード録音が行われました。

 ”そよ風にのって”は「TBS今週のベスト10」で1965年11月7日に20位で初登場、12月19日に最高位2位、1966年2月6日には13位にランクされました。「文化放送9500万人のポピュラーリクエスト」では10月28日に20位で初登場、1966年1月20日に1位、3月10日に14位までランクされました。

 「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1965年年間チャートで31位、1966年年間チャートで43位の選ばれています。

 

 

 

 マージョリー・ノエルの1965年ユーロビジョン入賞曲”慕情の季節(Va Dire A L'Amor )”です。日本ではシングル”そよ風にのって”のB面でリリースされました。

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1965年のポップス ㉑ フランス・ギャル「夢見るシャンソン人形(日本語版)」、「クリスチャンセン」

 

 

 フランス・ギャル(France Gall)の”夢見るシャンソン人形(Poupee de sire,poupee de son )”の日本語版(PILIPS FL-1120)です。”夢見るシャンソン人形”が日本で大ヒットしたので、岩谷時子の歌詞で1965年10月に発売されました。岩谷時子は超一流の作詞家なので、日本語の歌詞で覚えている人のほうが多いと思います。弘田三枝子、中尾ミエがカヴァーしました。

 

 

 

 フランス・ギャル(France Gall)の日本での3枚目のシングル”シャルマーニュ大王(SacréCharlemagne)”(PHILIPS-1165)のB面”クリスチャンセン(Christiansen”です。フランスでは1964年にシングルでリリースされ、19位にランクされました。ポップで明るい爽やかな曲です。

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1965年のポップス ⑳フランスギャル「夢見るシャンソン人形」「ジャズる心」

 

 

 フラン・スギャルの大ヒット曲”夢見るシャンソン人形(Poupee de sire,poupee de son )”(PHILIPS FL-1173)です。日本では1965年8月に発売されました。

 文化放送「9500万人のポピュラーリクエスト」では8月19日に19位で初登場、10月14日、21日にビートルズを抜いて1位、12月16日に14位までランクされました。「TBS今週のベスト10」では8月22日に17位で初登場、9月19日、26日、10月3日、10日に1位、11月21日に11位ランクされました。「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1965年年間チャートで9位に選ばれています。

 1965年第10回ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝したのをきっかけに、ヨーロッパだけでなく、中南米、日本でも人気を博し、フランスで5位、ドイツでは2位にランクされました。フランス・ギャルの少女のような声がぴったりで、今聴いても良い曲ですね。

 

 

 

 ”夢見るシャンソン人形"のB面、”ジャズる心(Le coeur Qui Jazz”です。フランスではフランス・ギャルの4枚目のアルバム「Poupee de sire,poupee de sonに収録されています。”ジャズ・ア・ゴーゴー(Jazz a gogo)”と同じ、ジャズ・ピアニストで作曲家、編曲家のアラン・ゴラゲール(Alain Goraguer)の作品なので、ジャズ度満載の曲です。

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1965年のポップス ⑲ フランス・ギャル「恋はおとなしく」「ジャズ・ア・ゴー・ゴー」

 

 

 フランス・ギャルの日本での2枚目のシングル”恋はおとなしく(Soyone sages)”(PHILIPS-FL1154)で、1965年5月に発売されました。フランスではセカンド・アルバム「Mes Premieres vraise vacances」(1964年)に収録されています。

 

 

 ”恋はおとなしく(Soyone sages)”のB面”ジャズ・ア・ゴーゴー(Jazz a gogo)”です。フランスでは3枚目のシングルとしてリリースされました。ジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家のアラン・ゴラゲール(Alain Goraguer)の作品なのでジャズのアレンジで、パーカッションやオルガン、トランペットのソロをバックに、フランス・ギャルがスキャットを交えて歌っています。

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1965年のポッップス ⑱ ベンチャーズ「夢のマリーナ号」「バード・ロッカーズ」

 

 

 ベンチャーズの「夢のマリーナ号(Marinar No,4)」で、日本では1965年5月にリリースされました。米国ではシングル未発売で、アルバム「KNOCK ME OUT」(1965年)に収録されています。「KNOCK ME OUT」は全米31位にランクされました。

 文化放送「9500万人のポピュラー・リクエスト」で、1965年5月20日に20位で初登場、6月24日に3位、7月22日15位までランクされました。

 

 

 

 ”夢のマリーナ号”のB面”バードロッカーズ(Bird Rockers)”です。この曲も米国ではシングル未発売で、アルバム「KNOCK ME OUT」に収録されています。

 

 

 

 

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1965年のポップス⑰ベンチャーズ「10番街の殺人」「ラップシティー」

 

 

 日本中にエレキ・ブームが巻き起こる中、”ダイアモンド・ヘッド”に続いて1965年2月に発売された、ベンチャーズ(Ventures)の"10番街の殺人(Slaughter on Tenth Avenue)"です。米国では1964年にリリースされ、最高位35位にランクされました。リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)の作曲で、ブロードウェイ・ミュージカル「On Your Toes」(1936年)の挿入歌です。

 日本では文化放送「9500万人のポピュラー・リクエスト」で、1965年3月4日に19位で初登場、5月13日に1位、6月24日14位までランクされました。「TBS今週のベスト10」では5月9日、5月16日、6月6日に1位、7月18日15位までランクされました。「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1965年年間チャート3位に選ばれています。

 

 

 

 ”10番街の殺人”のB面”ラップ・シティー(Rap City)”です。米国でもAB面同じカップリングでリリースされ、米国では135位にランクされました。

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1965年のポップス ⑯ クリフ・リチャード「ぼくのエンジェル」エルヴィス・プレスリー「ぼくの天使よ」(1962年)

 

 クリフ・リチャード(Cliff Richard)の”ぼくのエンジェ(Angel)”(東芝OR-1314)です。英国ではLP「Cliff Richrd」(1965年)に収録され、6月にEP(4曲入り)でリリース、シングルはリリースされませんでした。ヨーロッパやオーストラリア、香港などのアジアの国でシングル・カットされました。オリジナルはエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)の映画「夢の渚(Follow That Dream)」(1962年)で挿入歌として使われました。

 アップ・テンポのアレンジで、クリフ・リチャードの軽快で甘い歌声が活かされていて、個人的にはエルヴィスのヴァージョンより好きなくらいです。「TBS今週のベスト10」では9月12日に18位で初登場、10月3日、17日に6位、10月30日に16位までランクされました。文化放送「9500万人のポピュラーリクエスト」では9月30日に20位で初登場、11月25日に最高位2位、1966年1月6日に14位までランクされました。「八木誠の洋楽ヒットチャート大事典」では1965年年間チャートで46位に選ばれています。

 

 

 

 エルヴィス・プレスリーの映画「夢の渚(Follow That Dream)」(1962年)から、”ぼくの天使よ(Angel)”です。ソフトでロマンチックなバラードです。日本でも米国と同じように「夢の渚」のサウンドトラックEP(4曲入り)として1962年にリリースされました。

 

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1965年のポップス ⑮ スプートニクス 「霧のカレリア」 フィーネーズ 「哀愁のカレリア」

 

 スプートニクス(Spotniks) の”霧のカレリア(Karelia)”です。スプートニクスはスウェーデンのエレキ・インストゥメンタル・バンドで、1957年に結成され、別名で活動していましたが、1961年にソ連が打ち上げた人工衛星にちなんで、スプートニクスと改名。1965年から1966年にかけて日本で”霧のカレリア”が大ヒットしました。

 文化放送「9500万人のポピュラー・リクエスト」では1965年10月21日に20位で初登場、12月16日、23日、30日に1位、1966年2月24日に20位までランクされました。TBS「今週のベスト10」では1965年10月3日に18位で初登場、11月21日、28日には最高位4位、1966年1月23日に20位までランクされました。「洋楽ヒット・チャート大事典」(八木誠著)では1965年年間チャート18位、1966年年間チャート85位に選ばれています。

 

 

 

 ”霧のカレリア”はフィンランドのグループ、フィーネーズ盤(タイトルは”哀愁のカレリア”)との共作で話題を呼びましたが、スプートニクスのリーダーだったボー・ウィンバーグが多重録音で別会社に吹き込んだ作品だったことが後になって分かりました。

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1965年のポップス」 ⑭ クリフ・リチャード 「ダイナマイト」 「オン・ザ・ビーチ」

 

 クリフ・リチャード(Cliff Richar)の”ダイナマイト(Dynamite)”です。日本では1965年春に発売されましたが、英国では1959年10月に”Travellin’Light"のB面としてリリースされました。”Travellin’Light”は5週間1位にランクされるヒットになりました。B面の”ダイナマイト”も最高位16位にランクされました。

 日本では文化放送「9500万人のポピュラー・リクエスト」で1965年4月15日に19位で初登場、6月24日、7月1日、8日に1位、8月26日に14位までランクされました。TBS「今週のベスト10」では5月9日に16位で初登場、6月3日には1位、8月1日には9位にランクされました。「洋楽ヒット・チャート大事典」(八木誠著)では1965年年間チャート11位に選ばれています。日本のポップスファンに受けるだろうと考え、6年前の曲なのにシングルををリリースした東芝洋楽部の方の慧眼には感心します。

 

 

 

  クリフ・リチャード(Cliff Richar)の”オン・ザ・ビーチ(On the Beach)”は、クリフ主演の映画「Wonderful World」(1964年)の挿入歌です。英国では1964年11月にリリースされ、最高位7位にランクされました。

 日本では文化放送「9500万人のポピュラー・リクエスト」で1965年7月22日に21位で初登場、7月26日、9月2日、9日、16日に最高位2位、10月3日に20位までランクされました。。「洋楽ヒット・チャート大事典」(八木誠著)では1965年年間チャート15位に選ばれています。

 

 

 

 

 

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