人が生きる世の中(サランサヌンセサン)
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韓国時代劇ドラマ 「商道」④ (2001~2002年 MBC)
韓国時代劇ドラマ 「商道」③ (2001~2002年MBC)
韓国時代劇ドラマ 「商道」② (2001~2002年MBC)
韓国時代劇ドラマ 「商道」① (2001年~2002年MBC)
韓国時代劇「明成皇后」② (KBS 2001~2002 124話)
時代劇ドラマ「明成皇后」はハードなドラマでしたが、女性の側から描かれたドラマでもありとても楽しめた作品でした。
胸を打つセリフがありました。「月の光を飲む」というセリフです。月の光がこんなにも神聖なものなのかと初めて知りました。
月光を飲んでいました
月を眺めていると
月が私の目に映り
私が月になります
その時
胸を大きく開いて
月の光を飲むのです
「即位する以前の貧しい両班の娘だった頃のセリフ」
月の光を飲んでおります
月を眺めながら
息を深く吸えば
月の精気が体に入り
世俗の埃を
きれいに払ってくれます
すると私の体や心が
鳥の羽のように軽くなり
空に舞い上がっては
逆に月の中に入っていく気分になります
「懐妊を強く望むときのセリフ」
妃に即位したものの王の高宗にはすでに愛人がいて、なかなか来てはもらえない長い夜を孤独に過ごすジャヨンでした。ムン・グニョンが寂しそうな妃をせつなく演じていました。(秋の童話で家族と別れるときの寂しいムン・グニョンのようでした)
王の子を懐妊できないということは、妃の立場が危うくなったり、権力を後妃に明け渡すことでもあります。
ドラマでは22代王イサンの母親が書き記した「閑中録」などを読むシーンがありました。耐え忍ぶ日々を書物が擦り切れるほど読んで過ごし、ある意味その日々は理論が培われた日々でもあったと思います。
成人の明成皇后を演じた主人公イ・ミヨンは寂しい少女時代と違い、凛とした姿勢で激しさを内に秘め、素晴らしい女性を演じました。80話で降板してしまいまいたが、最終回までイ・ミヨンの明成皇后を観ていたかったというのが本音です。
81話以降はチェ・ミョンギルが演じましたがオーラがなく残念でした。普通の皇后という感じでした。
韓国時代劇ドラマ「明成皇后」(KBS 2001~2002 124話)
19世紀半ばの東アジアのダイナミックな歴史をしっかりと把握できずに124話を一気に観て、ツタヤに返却してしまい残念です。歴史の資料として見ごたえがあり、もう一度じっくりと堪能したいドラマでした。
只今明成皇后の外伝のような時代劇ドラマ「風と雲と雨」(2020年)を視聴中で毎週楽しみにしています。
朝鮮王朝24代国王「憲宗」(1834~1849年)に子供がいないので王族から王を迎えます。25代国王に選ばれた「哲宗」(1849~1864年)も子供たちが夭折していて、26代国王をまた王族から選ぶことになります。
選ばれた26代国王「高宗」(1863~1907)の妃が主人公の明成皇后です
24代国王「憲宗」の時代からすでに権力は李氏国王から離れて安東金氏と豊穣趙氏の権力争いの時代です。王の権威は地に落ちていました。
有能な王族イ・ハウンは金氏の屈辱にも耐えて息子が王位に就いた暁には、権力トップの金氏を追い落とし、皇太后の趙氏権力も弱めてしまいます。
事実上イ・ハウンは息子「高宗」の父「興宣大院君」として権力を手にして、民は貧しく、腐敗政治の朝鮮王朝の立て直しに着手しました。時代は欧米列強が東アジアに派遣し植民地化を狙う怒涛の幕開けでした。
国王の妃は先代妃の閥から選ばれます。興宣大院君は趙氏候補を退けて、後ろ盾がない(邪魔な外戚がいない)閔氏のミン・ジャヨンを自ら選び、明成皇后を誕生させてしまいます。
明成皇后も卓越した頭脳と感性の持ち主です。即位した数年間は王が訪れることもなく寂しく過ごしじっと耐えていましたが、息子の誕生で興宣大院君と対峙することになりました。
耐え忍んできた経験は興宣大院君と明成皇后は同じ。鉄の芯を持つ同士ですが国政に関しては守旧派(鎖国派)と改革派(開国派)の大きな違いがあります。
舅と嫁の内戦が、熾烈な戦いが始まっていきます。
ドラマでは、大院君が清によって天津に幽閉、親日的な開化派の甲申政変、袁世凱率いる清軍、ロシアの南下政策、イギリス牽制、親ロ政策、東学党の乱、日清戦争での戦場、日本人の井上馨、伊藤博文も描かれ、
小さな国朝鮮に西欧、ロシア、清、日本が関わり歴史は否応なしに動いてしまうのでした。
興宣大院君を演じたユン・ドングンと明成皇后を演じたイ・ミヨンの心理戦は見ごたえがありました。
ウイキペディアとドラマを比較すると明成皇后を「悪女」と「国を守った烈士」大きな違いがありました。
明成皇后を暗殺したのは日本人なので日本人を悪く描いているとの批判もありますが、私は歴史は真実のみあると思っています。
韓国時代劇 「イサン 正祖大王」(2007年~2008年MBC)②
2011年に観た韓国時代劇ドラマ「イサン 正祖大王」 (2007年~2008年MBC)を全話観返しました。
観終えて改めて感じたことは、”韓国の民主(民のための政治)運動・進歩主義は朝鮮王朝時代から根深く強固なものだった!”ということです。
実在の王「正祖」の生涯はウイキペディアにも詳しく載っていますが、ドラマのほうがより具体的でわかりやすかったです。イサン(正祖)は1770年後半~当時朝鮮で最も先進的な考えを持っており、身分制度を改め例えば庶子(正妻の子ではない)や派閥を越えた人材を登用、奴婢制度の廃止、専売商人の権益廃止、教育改革、農業、生産性の拡大などを進めました。徹夜の毎日で体をこわし、急死してしまいましたが、イ・サンの改革は100年後、200年後の人々の歩む道をしさしたのかもしれません。
2020年になって「イ・サン」を観たのはイ・ビョンフン監督の監修作品「大王の道」(MBC 1998年)を観たからです。イ・サンの父”思悼世子”と、祖父で21代王”英祖”の確執がどのようなものだったのか、父の残酷な死と無念などを知るにはとても参考になった「大王の道」でした。
ドラマ「イ・サン」では大妃が悪役に描かれていましたが「大王の道」ではそれほど悪人には描かれていませんし、ファワン王女も思悼世子を慕っていました。ずいぶん脚色したのでしょうか。
巨匠イ・ビョンフン監督のドラマ「イサン」です。臨場感たっぷりにイサンの子供時代から王位につくまで、王位就任後の改革はイバラの道、ワクワクハラハラなドキドキ感は最高でした。爽快で面白いドラマ作りをしたと感心するばかりでした。なかでもお忍び行脚で逸材と出会った数々の場面は夢中になって観ていました。
ですが中盤から右腕、忠臣、盟友ともいえるのホン・グギョンが変質していき、それをくどくどと何話も描き続けたのは食傷気味でした。それより改革を中心としたドラマ展開にしてほしかった。歴史に禍根を残した大妃を生かしたイサンの寛容さが、”改革派が粛清されてしまうのではないか”と心配しながらドラマを観終わったので、後味が相当悪かったです。マイナス2点
「イサン 正祖大王」(2007年~2008年MBC)
監督 イ・ビョンフン
脚本 キム・イヨン
出演 イ・ソジン ハン・ジミン イ・ジョンス イ・ビョンホン組の俳優陣
あらすじ イ・サンは10歳の頃に老倫派の陰謀によって父が米櫃の中で餓死させられる直前にソン・ソンヨン、パク・テスらと出会い、身分を超えた友情を結ぶ。世孫に擁立され10年後3人は再会。即位を阻止しようとする陰謀、何度も暗殺未遂事件があり、忠臣やテス、ソンヨンの活躍で危機を脱する。第22代国王の王位につく。朝廷内の派閥争いや当時の朝廷内の機関である図画署(トファソ、主に朝廷内で起きた行事を絵で記録するための部署)も描き、即位後も常に命を狙われつつ、政治の改革に着手する
韓国時代劇「イサン 正祖大王」(2007年~2008年MBC)①の記事↓
https://blog.goo.ne.jp/yakkogacha/e/4f3be61fba75955983d9b2faf0520860
採点
王位につくまで10点満点中/8点
即位後10点満点中/6点
韓国時代劇 朝鮮王朝 「イサン 正祖大王」(2007年~2008年MBC)
張嬉嬪(チャン・ヒビン)の子「景宗王」(第20代王 キョンジョン)が在位4年で逝去した後、チャンヒビンの仇敵チェ氏(後の淑嬪)の子が第21代王「英祖」(ヨンジョ)(1724~1776)として即位します。英祖は朝鮮王朝歴代最も長生きし、在位期間も52年と最も長い王でした。