湘南徒然草

湘南に生まれ、育ち、この土地を愛し、家庭を持ち、子育てに追われ、重税に耐える一人の男の呟き。

負け戦の悲惨

2015-08-13 10:52:00 | Weblog
終戦70年とかで
総理大臣が、どんな談話を発表するかなどと
どうでもいいことを、マスコミや、中韓が騒いでいます

現在の生存者の戦争の記憶は
ほとんどが、少年時少女期の記憶であり
戦争というものが何なのか
自分の経験した現象面のことしか分かっていません
したがって、衣食住の不自由をしたエピソードなどは
現象面だけを取り上げるなら
戦争の悲惨と、自然災害による悲惨との違いを
明確に分けることすら出来ません

戦争経験者の話を聞いたり、新聞の特集を読んだりして
私が得た結論は

”戦争は負けてはいけない”

と、いうことです

原爆の悲惨も、満州の悲惨も
日本の敗北直前から、敗北後に起きたことです

大東亜戦争を始めるまでの日本は
国民の間に、戦争忌避の感情がありませんでした
負け戦の悲惨を、国民が知らなかったからです
大東亜戦争は、日本国民に、負け戦の悲惨を教えた意味で
日本史上、画期的な出来事でした

一旦戦争が始まれば、国際法など守られないのです

米軍は、非戦闘員を攻撃、虐殺しました
捕虜も虐殺しました
ロシア人も同じでした
捕虜になった日本人は、殺されたり、虐待されたり
強制労働させられたりしたのです

敗戦後の避難民は
ロシア人や中国人、朝鮮人に、殺害、暴行、略奪されました

それが戦争であり、負け戦なのでした

戦争したこと自体が間違いであると、多くの人が考えています
しかしながら、満州における悲劇は
ロシア人が不可侵条約を破り、一方的に攻めてきたものです
むしろ、日本は、ソ連に停戦の仲介を依頼していたのです
裏切られ、一方的に攻撃された戦争を
日本が防ぐ手段など、あるわけがないのです






コメント
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