ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

味本・旅本ライブラリー<7> 『旅マン』 ほりのぶゆき著

2005年09月10日 | 味本・旅本ライブラリー
 突然ですが、皆さんは旅に何を求めますか?名所旧跡や景勝の中に身を置いて、ひとり静かに旅情に浸る。またはテーマパークで遊びまくり、豪華温泉旅館でくつろぎ、名物料理に舌鼓などパーッと楽しむ。この旅の2大目的は一見、背反するようが、実はひとつの旅の中に共存する光と影であり…。

 あ、今回紹介するのは別に観光心理学の本ではなく、れっきとしたギャグマンガです(笑)。

 話は主人公「旅マン」が、下落合の地下200mのところにある旅マン基地で目覚めるところから始まる。改造された彼は、謎の人物の指令に従って旅をする使命を課せられた。週に1回旅をしないと、彼は死んでしまうのだ。その日のうちに下落合の旅マン基地に戻らなければならない(戻れないと死ぬ)、そして前回よりも遠くへ行かなければならない(前回より近くだと旅をしたとみなされず死ぬ)、なのに高速移動ができない(新幹線や特急などで移動しても旅をしたとみなされず死ぬ)という過酷な条件の中、彼は毎週旅を続ける…。

 平たく言えば、「高速列車や飛行機を使わずに、日帰りでどこまで行けるか?」を追求した体当たりルポマンガという訳ですね。しかも話を重ねていくうち、特急が使えないという設定のつらさが表面化(これは作者の取材のつらさも意味しているようだ)。そこで草津温泉の話で効能強烈な湯を浴びた旅マンが、ショックで特急が乗れる体に進化する強引な展開!う~んバカバカしさと作者のご都合主義の極み!

 冒頭の2大目的のうち、前者のいわば「心の旅」を是とする旅マンに対し、「旅は享楽」を象徴するのが、ライバルの旅魔人ぶるる(あれ?逆さに読むと「る○ぶ」のもじり?)。毎回旅先に現れては、旅マンの行く手を気だるく阻む、といったズッコケ珍道中で笑わせてくれるのだが、時には旅の真理を突き思わずハッとすることも。安くもない入場料を払い資料館だの見て、観光地丸出しの土産をせっせと買うのって、客観的に見ると結構恥ずかしい。一方で、碑とか跡でいにしえの情景の思いを馳せて浸る、なんてのも実は不気味。白河の関の話の作者のコラムを引用すると、『…芭蕉がかつて訪れた土地で、彼が句を詠んだ同じ視点に立ってみるなんてぬかしやがった日にゃ、思い上がるにもほどがあるっていってやりたくなりますね。芭蕉と同じレベルにいるのか、お前は!』この言葉に、この本の旅へ対する強い提言が感じられます。いやギャグマンガなんですけどね…。

 このふたり、「旅とは何か?」を捜し求めて行き倒れとなった若者(毎回指令を出していた謎の人物)の、ふたつの心の化身として作り上げられた人造人間。それに気づいた旅マンは、意識を取り戻した若者の制止も振り払い、下落合から神戸三宮まで日帰り限界に挑む旅に出る。が、帰る途中で乗り過ごし、日帰りは不可能に!今までの労をねぎらい新幹線特急券を渡す若者。しかしそれを振り切る旅マン。長年のライバル・ぶるる(あれ?ひょっとして「ブ○ーガイド」のもじり?)と合流して去っていった数日後、思わぬフィナーレが…。ラストシーンへ向けての展開の速さとテンポの良さは、ギャグマンガなのを一瞬忘れさせるほど。最後の場面は本当に感動を覚えてしまいました。迂闊にも。

 このマンガがビッグコミックスピリッツに連載されていたころ、作者のほりのぶゆき先生ほか、4コマとかギャグマンガが充実していました。吉田戦車(伝染るんです!)中川いさみ(くまのプー太郎)、中崎タツヤ(じみへん)などなど。バブル期が過ぎ、ちょっと世の中が脱力的な時代、いわゆる「不条理マンガ」がはやった時期です。そんな中、ある意味で志の高いマンガだったといえるでしょうか?単行本化にあたり、装丁も幕の内弁当を模していて凝っています。思わず弁当と間違って買ってしまいそうな…訳ないけどね。

◎『旅マン』 ほりのぶゆき著 小学館刊 本体700円+税