メタ認知能力という言葉を最近知りました。
メタボリック症候群のメタとは何の関係もありません。
Metacognitiveの略だそうです。
新しい言葉なので、和訳は難しいですが、相対的に、とか俯瞰的に、とか言った意味になるようです。
主に教育学者や教育心理学者などが唱え始めたそうで、メタ認知能力が高いと、大人になってからの収入や社会的地位が有意に高いそうです。
どう定義づけられているかというと、
① 能力を監視する知識
② 知っているということを知っていること
③ 認知していることの認知
④ 自分の理解していることを理解すること
となるそうです。
平たく言えば自分の能力や知識を客観的、かつ俯瞰的に自覚する能力ということになりましょうか。
これは国語や算数などの授業科目の優劣以上にその後の人生に大きな影響を与える能力で、就学前からの家庭での教育や、就学後は学習に対する保護者の態度によって決まるとされ、先天的、遺伝的な才能はほとんど関係ないとか。
就学前においては、ルールは守るとか、人に親切にする、とか言った基本的な道徳を教え込むことによって、就学後は、学習に対して過干渉でも放任でも駄目で、子どもが何が分からないかを自分で考えさせ、背中を押す程度の態度で接することが、最も効果的だそうです。
わが国では今、道徳を授業化しようという動きが進んでいます。
鉄は熱いうちに打て、と言いますから、なるべく頭が柔らかい幼児のうちから道徳教育を行うべきでしょう。
なるべく就学前の、幼児の頃に家庭において基本的な道徳を教えることが重要で、小学生になってからでは遅きに失した感がありますねぇ。
人間、自分が認知する自分、他人が認知する自分、客観的に見た自分の3つの自分が存在すると言いますが、メタ認知能力の最終的な目標は、3つの自分が一致することかもしれませんねぇ。
翻って私の認知能力を考えると、どうもメタ認知能力は相当低いような気がします。
私は傲慢なまでの自信家ですから、他人から見たら滑稽に感じるでしょう。
しかし40代半ばまでそうやって生きてきてしまったので、今さら変えようがありませんが。
だから収入も少なく、社会的地位も低いのかもしれません。
この概念が広く社会に浸透し、全世界でそのための教育を行うようになったら、世界は変るかもしれません。
そうなるには100年やそこらかかるとは思いますが。
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メタ認知的アプローチによる学ぶ技術 |
Alberto Oliverio,川本 英明 | |
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メタ認知―学習力を支える高次認知機能 |
三宮 真智子 | |
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