T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「五年の梅」を読み終えて!

2009-09-25 22:01:20 | 読書

生き直し

                                                

乙川優三郎の「五年の梅」は山本周五郎賞受賞作品で、一言で言えば熟年者がより共感できる作品だと言える。短編5話から成るものだが、共通のテーマは「人生の生き直し」だ。

                                  

後瀬の花(追いつめられた男女があの世の入口で幸せを得る話)

 矢之吉は太物屋手代だが、番頭になるにはこの先何年もかかる。そんな男が、小料理屋の女中おふじに惚れた。

 矢之吉は自分の欲望と店を出したらとの女の口車に乗って、おふじと一緒になるために店の金を盗みおふじと逃げる。

 しかし、追手に追い詰められ、矢之吉はおふじと逃げたことを後悔し始め、お前に騙されたと怒り、おふじは男らしくないと責めて、それぞれが本性をあらわしたような泥仕合をはじめる。

 その後、山道を逃れ、生まれ変わってもう一度やり直してくれと、二人は、あの世への崖下へ飛び降りる。

 矢之吉は目の前に広がる清閑な景色に見入っていた。夢と欲とを取り違え、一歩一歩歩いて上がっていれば上がれる山だったと思う気持ちと、何もかも女のせいにして嘆いていた自分を浅ましく思う気持ちが交錯し、冷水を浴びたように体が震えた。

 傍におふじの声が聞こえた。「二人で戻ってみない。もしも生きていたら、そっとお金を返して何処かで遣り直しましょうよ。」矢之吉の手を握ったまま……。「今度は何だって辛抱できるわ。」

 矢之吉はおふじの手を握り返し、見なよ、後瀬に卯の花が咲いているぜと言う。そして、か細い枝に綺麗な花を付けるもんじゃねえか。俺達も、あんな風に生きればよかったのかも知れねえなと呟く。

                                        

行く道(夫に見切りをつけて男の所へ行くとこだったが、それを留まった話)

 料理屋の女中をしていたおさいは小間物売りの多兵衛と世帯を持ち、共に懸命に働き今は名の通った店持ちとなった。

 しかし、多兵衛が三年前に中風で倒れ言葉も思うように使えず寝たきりになり、息子はまだ若く、おさいが店を守っているが、おさいの心を重くしているのは、多兵衛に僅かな愛情すら感じていないことだ。

 というのも、八年前におさいが軽い労咳を患い病臥した時、多兵衛は全く傍らに近寄ろうとしないで、下の世話まで息子に任せるほどだったので、おさいは、女房を見放した銭儲けだけの多兵衛に絶望したからだ。

 立場が変わった今は、女中に多兵衛の面倒をみさせ、もう半年ほど顔も見ていない状態だった。

 そんな時、同業の寄り合いで久し振りに幼馴染みの清太郎に会った帰路、二人で酒を共にした。

 その後、清太郎から数度目の誘いがあって出かけようとした時、女中から多兵衛の調子が悪いと言われたが相手にせず出かけた。

 途中、古い下駄を履いてきたことに気付き、橋の上で佇んでいた女性の下駄と取り替えてもらったら、その女性が身投げしようとしたので漸くにして止めた。

 そして、おさいは、次のように捲くし立てながら女性を諭し、自分も無意識のうちにやっぱり引き帰さなくちゃと思うのだった。

 「みんな、辛いことなんて幾らだってあるわ。でも一つ一つ乗り越えてゆくしかないの、人間なんて皆そうやって生きてゆくのよ。逃げたらお終いで、そこから先は何一つ変わらないんだから。」

                                        

小田原鰹(夫に見切りをつけて一人で生き直す女の話)

 鹿蔵とおつねは育ちも考え方も違う初めからそりの合わない夫婦だった。

 鹿蔵は貧農の家に育ち、両親は夫婦喧嘩に明け暮れ、子を慈しむことなど忘れてしまった親だったから、鹿蔵は身売りされて密かに喜んだほどだし、家族愛など全く心に無かった。

 おつねは父の放蕩で料理屋が潰れ、母は板前と逃げ、父は女と心中し、彼女も天涯孤独だった。しかし、父母の情愛は十分知っていた。

 鹿蔵は転職の繰り返しで無職になり、気が向かないと今の内職もしないし、世間が悪いのだとおつねに鬱憤のはけ口を求め、女中以下に扱い、すぐ暴力を振るうのが常だった。

 息子の政吉に対しても、子は親の為に働くものだと思っており、政吉が小銭を稼ぐようになると稼いだ金を取り上げるのだった。そのため、母親のことを心配しながらも、政吉は鹿蔵を嫌って黙って家を出た。

 おつねは仕立物を届けた帰り道、10年振りに板前になっている政吉に会い、嫁や孫にも会って土産に政吉がつくった折り箱を二つ貰って帰る。

 帰る道々、子より大切な金、働かずに身の不遇をかこち、貧しさは世間のせいにし、花を見ても愛でる欠片も持たない鹿蔵と一緒に息子の折り箱を食べても美味しくないと路傍の木陰で一人で食べる。

 帰ったら思った通り出向かえたのは鹿蔵の平手だった。おつねは一瞬気を失いかけたが、政吉の心尽くしの折り箱が台無しになるのが心配で這うようにして取り上げた。

 その翌朝、おつねは仕立物を届けるといって家を去った。

 その後、鹿蔵は昔の朋輩の伊助に騙された脅しで牢屋に入れられ入墨のうえ敲き放しとなった。世間との繋がりが無くなって孤独になり、働くことしかなく内職が捗るようになった。

 数年たった初夏に、家主が預かっていたと、初鰹二尾と送り主がみちの名前で長屋の皆様と召し上がれの添え文を鹿蔵のところに持ってきた。毎年それが続き、長屋の者も仲間にしてくれ、鹿蔵もなぜか気持ちよく過ごせるようになった。

 さらに数年過ぎた初夏、鹿蔵は茶店のソテツの木を見て花が咲くのかと尋ねて、夏だとの答えに一度どんな花か見てみたいものだと言った。

 その時、目の先に若い女を連れた伊助を見つけ、女に女誑しの悪党だから逃げろと言って目を反らした隙に、伊助に匕首で刺された。意識が薄れる中で、おつねも人様に鰹を送れるほど幸せになったのだと、鹿蔵は生まれて始めて深く満たされたように感じた。(おつねの母親の名がつねといつたことを覚えていた。)

 小田原で多くの人に助けられて居酒屋を営んでいるおつねは、忘れたくとも忘れられないものがあることが心に残り、その後も一人を通すことにするのだった。

                              

(高禄家の庶子の女性が三度目の結婚で始めて住処を得た話)

 志乃は中老の家の庶子として生まれてすぐ養女に出され、祝言の直前になってその事実を知らされる。

 養家配下の嫁ぎ先では腫れ物に触るように扱われ、夫と同衾することなく三年で離縁になる。

 すぐに、さらに家格の低い家に再嫁すると、夫には事実上の妻が居て食客に過ぎず、一時は我儘な生活をしたが、志乃は婚家への迷惑を誰よりも理解していて、その後は、静かに形だけの嫁を装っていた。

 再度離縁され、今度は十俵二人扶持の柔術師範で百姓家と変わらぬ家に住む岡本岡太に嫁ぐことになった。岡太は粗忽なようにも鷹揚なようにも見えるが何か憎めない男だった。

 二人だけでの祝言は、米はなく蟹だけだったが、岡太が蟹の食べ方を手に取るように教えてくれてとても美味しく食し満たされた思いがした。

 しかし、岡太は優しく志乃を労わるのだが、岡太も夜を共にしようとしないことが不思議だった。

 志乃には過去に夫以外に二人の情を通じた男が居た。その男達が又現れ、志乃を求めようとしたが、助けに来た岡太の影を志乃は見つけた。

 岡太との夫婦の喜びが胸にこみ上げ、志乃は、密かに妻の汚れた過去を清算してやりたいとの岡太の心情が呑み込めたのだ。

                          

五年の梅(軽率な行動から慕う女性と別れて苦労をかけるが最後に添い遂げる話)

 村上助之丞は、将来一緒になろうとお互い心に思っている弥生の兄の矢野藤九郎を突然尋ね、自分に子供があったことが分ったと嘘を告げ、喧嘩別れをして去った。藤九郎は本気にして弥生には内緒にした。

 数日後、近習の助之丞は、藩主の食が細くなっていくことが、台所奉行の藤九郎にその責任が及び始めたので、藩主に、病気ではないので自分の立場を心得て気持ちを確りと持って欲しいと諌言する。当然、助之丞は蟄居させられた。

 二年後に、裏で金貸しをしている吝嗇の鳥飼宗八に嫁いで一子を儲けたが、子供は生まれながらの盲目で、宗八は厄介者扱いにし、医者に診せようともしない状態だった。相談相手の兄が江戸詰になっていたので、自分の力で江戸の医師に見せたいといえば無駄なことだと、むしろ子を外に出さないようにした。

 そのことを知った助之丞は、嫁ぐまでの弥生の苦悩を十分に考えなかった浅薄な行動が、今の不幸をももたらしたのだと責めるのだった。

 蟄居が解けた助之丞は、弥生の子の役に立てようと開墾の話を一人で請負い、やり遂げて30両の金子を手に入れる。

 弥生に、子の治療に使ってくれと頼むが弥生は断る。助之丞はどうすることもできず泥酔する。

 そこに、国詰になった藤九郎が五年前の詫びと弥生の離縁を知らせに来たのだが、その時、城が火事になり、駆けつけないと又蟄居になるぞと助之丞を叱る。

 翌日、助之丞は硝煙蔵を防火したことから藩主から褒美をとらすとのことで、江戸詰と江戸の医師による弥生の子の治療の願いを申し出て許される。

 三人が歩く梅林は少しぬかるんでいて、時には弥生の子を抱いてやり、ある時は助之丞が差し出す手に弥生の震える手が伸びている姿があった。

 

 

                                   

                      

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