つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

自浄其意

2014-06-28 | Weblog
自然の猛威を思い知らされる。が、
自然の猛威とは、日常にあるいつもとは少し違ったという異常な振る舞いというのではない。
そのすごさ人知をはるかに超えて絶体絶命の力がある。

昔も今も自然の脅威は変わらずにあるのだが、
その威厳さは、環境の汚れの増減に反応して現れてくる。
自然を汚すだけでは当然排除されるのが道理である。

自然は、エネルギーの円運動という法則によって生じているもので、
故に、浄化の性質となっている。あらゆるものが一旦ゼロに戻り、
再びという繰り返しによって進化している。
その変化は不増不減であり、常となっている。

季節があり、夏至と冬至があるように、、その長短は対等なもので、打ち消し合って釣り合っている。
どちらかに傾きかけても、一方となることは無く、その時の対処増減で元に戻る。
常に対等にして成り立っている自由を持っているのである。

悪が増えればそれとなく対処に与り、常に清らかという浄に帰す。

さて、人の心とその行為に対処して、自然は示し申し諭す。
その促しに疎ければ、絶命は避けられないものである。
それは絶対である。是であるためである。
是が法則であるためで、自然の法則、エネルギーの法則であるためである。
その自由によって、人の悪のエネルギーに対応して、今までありえないという状況を
少しづつ、そして頻繁にと現れてくる。

一人一人の心は小さいものであるが、集まり、大衆ともなればそのエネルギーも大きい。
自然に多大な影響を与えてしまうものである。
それが、我儘なものであれば、言わずと知れず自然は反応するのである。
法則に沿わないものは淘汰されるのである。浄化である。
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