つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

心身ともに

2010-05-29 | Weblog
恐慌がこの国を襲う。
未曾有の不況となって、
慌てふためく平和ボケ民族。
格差是正はされることがなく、
ただ自己責任と謳われる。
愛をなくした哀しい国。かばいあうことなく、
批判しあうだけ。助け合うことなく引き摺り下ろすだけ。
我が身に置き換えて考えられない人の住むところは、
廃れる。

大恐慌が訪れる。物資豊かなこの国に。
心が貧しいいために身も貧しくなる。
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自分を楽しむ

2010-05-27 | Weblog
他に従属するな。
自分に従え。
道徳を心得て、徳を知り、智慧を持って生きていく。そうすれば、
何を師と仰ぐこともない。
路傍の石に身を委ねても
哀しいだけである。
好く身を調えた自分に依るのは
楽しいものだ。
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未来の夢

2010-05-26 | Weblog
この100年、21世紀内にて
人類の滅亡が訪れる。
もうすでにカウントダウンに入っている。
夢はそう告げる。
これは法によるものであるために、避けることのできない事となっている。
法の予言である為に、誤りの無い予言となっている。
夢は過去の記憶の現象、何度となく繰り返されてきた事柄である。
滅亡と再生が繰り返されてきた法の機構。
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なくならないが法則となっている

2010-05-25 | Weblog
何度も唱える。
般若心経を身につけなさい。
人生省みれば、苦しみばかりとおもうなら、
般若心経唯一つ、我が身に持つことができるなら、
それだけで人生、幸せに値する。
生命の目的が達成できることとなるために。
それほど、心経は価値がある。
生命は、無くなることの無いエネルギーでできている。
記憶という円い玉の容で輝きながら。
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苦楽のために

2010-05-24 | Weblog
般若心経の功徳は未来永劫である。
般若を正しく訳し、波羅蜜多を正しく解してこそ、
はじめて心の問題であることを知る。その時、無は「ない」という否定の
言葉ではないことに気付く。すべてが「無くなることの無い」という存在のための言葉であることを知る。
その無をどのように捉えていくかという心のあり方を訓えている。
無が「無くなら無い」と訳されるのは、法則が円の容となっているからである。
般若心経は、この世の姿、宇宙のかたちを三世に渡って見通し、エネルギーの法則で作られているものである事を訓えて、「なくならないものであるために」どうするかを、
こころで解くものであることを訓えているものである。
人の苦楽のために。
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ララララララ~だ

2010-05-22 | Weblog
人間なんて切ないもんだね。
切ないもんだ、人間なんて。
ただ生きて消えていく。
そんな人のなんと多いことか。
愚かに尽きる
ただ一言。
あぁぁ、人間なんてララララララ~
人間なんてララララララ~だね、確かに。

二度と生まれてきたくは無いけどねぇ・・・。
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謹んで

2010-05-20 | Weblog
謙虚に
そして倹しく、
足ることを知り、
欲はなるべく持たず、
損得勘定を抜いて、
ただ目の前に現れた事柄に素直に対処する。
そうすれば、困りごともそれほど困らず、
大事に至るべきも大事に至らずと、事穏やかにして通り抜けていく。
ただ謹んで生きていけば、よく道理に守られていく。
歳を重ねるたびに、気づかされる。
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真の姿

2010-05-19 | Weblog
シャボン玉が円い形になるように、
これといった形無く存在するものの真の容は円である。

人は心によって動く。その
心もまた形あるものでないために、その真の形は円い。
光り輝く浮遊する玉である。人の姿である。
気である。エネルギーの形である。その気は、色によって
様々に分かれる。
邪悪な気は暗い色彩を持ち、清浄な気に近づくにつれ白色に輝いていく。
黒いものから赤色になり、淡い色にと変わっていくにつれ、輝いていく。
人の姿は仮の形。その背後に様々な色彩を放って生きている。
心の模様を描いた色が放たれている。その時々に微妙に変化しながら。
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心模様

2010-05-17 | Weblog
心模様が映像となって現れ、
悲しい目に遭ったり、楽しいことに出会ったりする。

一日がよい日でありますようにとつぶやくが、
心模様を知らないで願うため、ただ人ごとのように。

いつも悲しい目に遭って、
切ない想いを繰り返す。

欲も無く、ただ偶然、
生きているために生きた一日が、素直に生きられた。
苦も無く、不条理に遇うことも無く。

心の様は、その画用を綺麗に描いて、
よい映像を作りだす。いつになく、
心を綺麗にしていれば、心配事は消えていく。
綺麗な人に出会い、好いことにめぐり合う。
心が世界をつくるゆえに と、あの世もこの世も心の世界。

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自由

2010-05-16 | Weblog
人に雇われることなく、
人を雇うことなく、
自分を主として暮らすことは楽しい。
人の道を歩み、その理を解して、徳を積み、
慎ましく、倹しく、足るを知り、暮らすことは楽しい。
主人をもつ身は不自由である。
「すべての隷属は苦である」と
仏が言うように、
自分を正して、良く調えられた自分に依るのは
楽しいものだ。
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