つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

気持ち

2024-08-21 | Weblog
理論的にはタイムトラベルは可能である。
理屈の上では可能であるが、実際には未だである。未来となっている。
もう少しの時間を経ては普遍的妥当性にある。いや、「今」という時間線の平行的幾何学にしてはすでにある妥当。違いは、自身の思考によってである。そのうえで、すでに少し先の時間を予め見る。
アメリカ合衆国大統領選、以前の大統領に戻っている。
何とか世界は「共に和む」に収まっている。何も時間を旅することなくも、
今の大統領時、副としてある立場の人がなっては、今と変わらずとも、さらに悪化していく。それは、現在の世界情勢を見ていれば分かることであるが、凡そ、
偏向報道に振り回されて、日和見にあるため右往左往する。
「人間万事塞翁が馬」の言葉を学ぶことである。自身が「慾」に囚われず、損得勘定になければ、
情報に振り回されることは無く、亦、自身の心の在り方に現れてくる。
それは良くも悪くも自身の「勘」である。
勘=直感的に感じ取る心の働き、第六感。
自然にして在れば、外部の刺激に振り回されることはない。
良くも悪くもあなたの心の現象となっている。
因みに、
今を不幸とする人もいれば、幸せとする人もいる。
だから、
心の持ち方は大きく左右する。
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客観的にとする主観

2024-08-21 | Weblog
一心に信じる、と
その念い、一念岩をも通す、となり
思い通りの現象となっていく。つまり、幻想が現れてきて、
その幻想に振り回されてしまう。どういうことかと言えば、
神仏を一心に信じることに由って、自身の心に神仏が現れてくる。これは本来事実として現れているのではなく、脳による錯覚、錯誤である。幻覚である。
「錯覚」=事実と違ったように見たり聞いたりすること。
「錯誤」=その人がそう思っている事と客観的事実とが合致しないこと。
「幻覚」=極度の疲労や脳お機能障害などによって、そこの無いものが見えたり聞こえたりすること、と辞書にある。
まーなんと言うか、催眠に掛かったような状態、’信じる者は救われる’に陥る。
ある意味ピンチ(混乱)状態となる。宗教というのは洗脳でもあるために、
掛かってしまうと、自ら疑う事は無い。その現象に振り回されてしまうのは、
心が、地獄の世界となっているためである。今で言う、バーチャルリアリティー(仮想現実)である。その世界に入ると写実的でもあるために、ほんとの現実と区別がつかなくなってしまう。地獄の世界となっていることに気が付かなくなり、寧ろ、写実的描写となって疑う余地も無くなる。その洗脳を解くのは難しい。自らが顧みる(省みる)気持ちが必要となる。
全てが「自由」であるためである。
「描写」={小説・絵画・音楽などで}実際の状態・情景をできるだけ客観的に写し表すこと。
私達は、「客観的に」としてあるも、それ自体が主観である。

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宇宙構成エネルギー、意志

2024-08-19 | Weblog
死んだら終わりと考えていながら、お墓参りに行く。
矛盾、死んだら何もかも終わりとしているなら、お墓参りに行く必要もない。
魂の存在を理解していないために、矛盾な行為をしてしまう。
人は心に従い心に由って動かされるものである。その心とは。魂である。
霊魂である。霊魂は物体ではないために物理には無い。量子エネルギーの結集、
陽子が六つ、中性子が六つ、陽子に対する電子が六つ、その周りを雲の様に囲む電子で炭素原子となり、組み合わさって分子となり、分子が集まって細胞となり、その細胞が集まって臓器となり、臓器が組み合わさって肉体が構成されている。炭素化合物が意志を持ち生物となっている。炭素原子は安定性が薄く電磁波によって砕かれやすい。つまり、腐敗しやすい構造となっている。それが、悪魔の数字6,6,6と言われる所以である。しかしながら、霊魂である精神的エネルギーはその物理には無い。腐敗し消滅してしまう事は無い。ただ肉体と言う物質に宿り、進化するエネルギーである。肉体経験を介してのみ成長する性である。
肉体が物理に由って消滅すると、霊魂は肉体から離脱する。霊魂は精神エネルギーであるために、無くなることの無いエネルギーとなっている。それは、エネルギーそのものが円運動の自由によって存在しているためである。
霊魂の姿形は、光の玉として捉えられている。エネルギーが円運動であるために、円い形となっている。だから、宇宙もすべて円い姿となっているのである。
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我はゆく青白き頬のままで、さらば、統一

2024-08-18 | Weblog
魂の使命とは、なぜ私はそれが好きなのか?この世に遣わされた命、
分からないままに天命として、その事に従事する。性質、性(さが)の質は、
回る変化の刺激、それぞれの波動の調に反応して、なぜだか分からないが「好き」なんです、と、気になる事に勤しんで喜びとする。ただそれだけである。
受けた生の調、性質を育んで、天命と悟。天帝にあやかって本望とする。
それは、すべてが「愛」によって成り立っている。この虚誕の世の金融支配社会にあって、本物の愛情を貫くは、ただ過酷にしても守られる。不思議と生き永らえ、やがて功を奏す。
貴殿が、この世に誕生していることは、いうなれば菩薩の意味としてある。
♪さんざめく名も無き星たちよ、せめて鮮やかに、密やかにその身を照らせよ♪

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一笑に付す人

2024-08-17 | Weblog
優先順位は先ず消費税が廃止されていく。それから、しばらくして財務省消滅、
国税局解体、荒唐無稽と一笑に付す人、笑止千万と取り合わない。金融支配社会の当然である。
さて、‘政府は嘘つかない’として、世界大戦にのみ込まれていった少し昔の時代、悲惨、地獄を見せられた。東京の空には敵国の飛行機が飛んできているのに、日本は勝っていると言い、空の下では、女子供が竹やりをもって戦う練習、洗脳報道と言うのは恐ろしい。
本来、本物の指導者というは、民衆の「縁の下の力持ち」であらねばならない。そして、質素にしても威厳がある。「名は体を表す」であった。
経済は、経国済民、経世済民のこと。経済に由って、人々の生活苦を救う政治をすることであるが、真逆になって、経済によって人々を苦しめている政治を行っている。政治家が、国民から集めた税金に群がり、今だけ金だけ自分だけとして政治をしてきた。だから、政治家は皆資産家となっていく。
私利私欲に塗れ、国民の意識にほど遠く、一種異様な組織となっている。
貧困で苦しむ人達のことなどに意識が及ばない。選挙の時だけ「お願いします」と頭を下げるのは、自分の名誉と生活の安定を守るため、つまり、よき就職のためである。だから当選してしまえば、あとは知らんぷり、横柄な態度になる。
先生、先生と呼ばれ有頂天、胡坐をかいて裸の王様である事に気づかない。
「先生、先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃない」と、チヤホヤの言葉づかいを諫める人はまだしもながら、同じ穴の狢である。
そんな人達が政治を行っているのだから、世の中はよくならなかった。が、
道理からして、仁政にないのはおかしいのでは?と気が付いてきた。
それは、様々に起きた「不正」な事柄によってである。
ぬけぬけと上国民とはよく言ったものだ。そんな人達からの失態事、頻発から気づかされた変革である。
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