現代社会は、悪のエネルギーとなって進化している。
もう助かる見込みは少しも残ってはいない。
自然災害の強大さは、人類の悪のエネルギーに対しての現れである。
今は未だところどころに脅威を現しているが、21世紀中、それもここ数十年には、
自然の驚異が、地上全土同時に起こると思われる。そのとき、いよいよ
滅亡が真実であることに気づくのだが、気づいた時には時すでに遅しである。
21世紀は人類には越えられないのである。なぜなら、悪のエネルギー進化となった、
人類の時間線上は、その自由に由って、動かし難いものとなってしまっているからである。
エネルギーの法則は、自由が根本性質である。人間の思いにある善悪などない。
ただ回る運動であるために、すべてが元に戻り、再び始まっていく自由となっている。
だから、矛盾などない。
この自由は、円運動であるために浄化となっていて、すべてがきれいになる。
ゼロの形で円い。空洞でありエネルギーが満ち満ちている。
円満である。
これが法の正義であり、自由の正義である。そのために存在となっている。
善悪などないための絶対善である。
存在の外側を存在であるものが、思考することはできない。
関わることができないためである。
この宇宙の外側はどうなっているのかと考えるが、答えることはできない。
不可思議となっているためである。それは、
思考がエネルギー(存在)であるから、
存在でないものを考えることができないのである。
この宇宙は、一つのブラックホールにある。
だから、宇宙は暗闇である。
どんなに太陽が巨大であっても、その周囲すら真っ暗である。
この宇宙の中には、いくつものブラックホールが存在するが、
例えて吸い込まれても、また同じ宇宙空間である。
宇宙は円運動の法則でできていて、唯一の法則である。
昨日があり今日があり明日がありと、一日が違う一日であるが、
同じ一日に違いが無いようなものである。
実数で計算しても答えが出せないのに、虚数で計算すれば答えが出てくるようなものである。
私達は、意識の存在である。そのために、思考が、直線的思考をすると矛盾となってくる。
宇宙は、円運動の存在である。この法則の存在であるために、円思考することに由って、
前後が見えてくる。矛盾が無くなっていく。進化は常に退化と一緒であると気が付くことができる。
便利は進化して不便を強いることになることがわかってくる。
便利に慣れると、不便を感じてくるはずである。
この自由の法則に添って生きていくと、知恵が生じてくる。
この知恵は、法則の知恵となるために、惑わされることのない判断を得られる。
釈迦が予言したように、人類は、自らの作った悪の進化によって、必ず滅亡していくために、
意識に恐怖を抱かず、受け入れていくことであると説いた。
生命エネルギーが法則に由って、無くなることのないエネルギーであることを理解すれば、
滅亡は、新たな進化の始まりであることが知れてくるために、生命の未来に希望をもって
地上に訪れる自然の変化にただしく対応していくことである。
死が、生命の無くなることでないことがはっきりと知れてくるために、
死を恐怖と思わないことである。
間違えて生きた人生だったならば、やり直せる機会を与えられると、感謝に思うことである。
意識に死は無いのであるから。意識は連綿である。
常識に囚われていてはいけない。
もう助かる見込みは少しも残ってはいない。
自然災害の強大さは、人類の悪のエネルギーに対しての現れである。
今は未だところどころに脅威を現しているが、21世紀中、それもここ数十年には、
自然の驚異が、地上全土同時に起こると思われる。そのとき、いよいよ
滅亡が真実であることに気づくのだが、気づいた時には時すでに遅しである。
21世紀は人類には越えられないのである。なぜなら、悪のエネルギー進化となった、
人類の時間線上は、その自由に由って、動かし難いものとなってしまっているからである。
エネルギーの法則は、自由が根本性質である。人間の思いにある善悪などない。
ただ回る運動であるために、すべてが元に戻り、再び始まっていく自由となっている。
だから、矛盾などない。
この自由は、円運動であるために浄化となっていて、すべてがきれいになる。
ゼロの形で円い。空洞でありエネルギーが満ち満ちている。
円満である。
これが法の正義であり、自由の正義である。そのために存在となっている。
善悪などないための絶対善である。
存在の外側を存在であるものが、思考することはできない。
関わることができないためである。
この宇宙の外側はどうなっているのかと考えるが、答えることはできない。
不可思議となっているためである。それは、
思考がエネルギー(存在)であるから、
存在でないものを考えることができないのである。
この宇宙は、一つのブラックホールにある。
だから、宇宙は暗闇である。
どんなに太陽が巨大であっても、その周囲すら真っ暗である。
この宇宙の中には、いくつものブラックホールが存在するが、
例えて吸い込まれても、また同じ宇宙空間である。
宇宙は円運動の法則でできていて、唯一の法則である。
昨日があり今日があり明日がありと、一日が違う一日であるが、
同じ一日に違いが無いようなものである。
実数で計算しても答えが出せないのに、虚数で計算すれば答えが出てくるようなものである。
私達は、意識の存在である。そのために、思考が、直線的思考をすると矛盾となってくる。
宇宙は、円運動の存在である。この法則の存在であるために、円思考することに由って、
前後が見えてくる。矛盾が無くなっていく。進化は常に退化と一緒であると気が付くことができる。
便利は進化して不便を強いることになることがわかってくる。
便利に慣れると、不便を感じてくるはずである。
この自由の法則に添って生きていくと、知恵が生じてくる。
この知恵は、法則の知恵となるために、惑わされることのない判断を得られる。
釈迦が予言したように、人類は、自らの作った悪の進化によって、必ず滅亡していくために、
意識に恐怖を抱かず、受け入れていくことであると説いた。
生命エネルギーが法則に由って、無くなることのないエネルギーであることを理解すれば、
滅亡は、新たな進化の始まりであることが知れてくるために、生命の未来に希望をもって
地上に訪れる自然の変化にただしく対応していくことである。
死が、生命の無くなることでないことがはっきりと知れてくるために、
死を恐怖と思わないことである。
間違えて生きた人生だったならば、やり直せる機会を与えられると、感謝に思うことである。
意識に死は無いのであるから。意識は連綿である。
常識に囚われていてはいけない。