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蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

資本主義の中で生きるということ

2025年01月19日 | 本の感想
資本主義の中で生きるということ(岩井克人 筑摩書房)

経済学者である著者の2000年代からのエッセイ(学術的な内容のものも多い)を集めた短文集。

(本書によると)著者の主な研究テーマは3つあって、貨幣論、法人論、信任関係論。

「貨幣とは誰もが貨幣であると予想しているから貨幣である」→貨幣の「価値」とはこの人間の「主観」とは独立に「客観的」に実在している(そうでないと誰も受け取らない)→客観性をもつ「科学」の対象として研究できる。
貨幣とは社会の中で交換を媒介し続けることによって価値が維持されるが、他方で貨幣はその媒介機能によって人間社会を支えている。
資本主義は貨幣を基礎として成立し、その差異(収入マイナス費用)の追求を行動原理といsている単純で(理解しやすいゆえに)普遍的なシステムである。

普遍的な資本主義社会の中で、法人はモノでありながらヒトでもあるという多元的な構造をもっている。会社の株主は会社資産の所有者ではない(スーパーの会社の株主だからといって売り場から商品を持っていったら犯罪だ、という例えがわかりやすかった)。株主は会社をモノとして所有しているが、一方で会社はヒト(法人)として会社資産を所有し、契約の主体となり、裁判の当事者となっている。
会社の唯一の目的は株主の利益であるとする株主主権論は法人化されていない個人企業と法人企業である会社を混同している。

会社と経営者の間にあるのが信任関係。信任は信頼によって任される関係で非対称的であり、契約関係とは対立する概念である。信任関係は「忠実義務」によって維持されており、経営者は自己利益を最小限にして会社の利益に忠実であることが求められる。
アメリカで経済的格差を広げた要因は(資本所得でも企業家所得でもなく)賃金所得である。経営者が報酬として株式を付与される制度の導入によるもので忠実義務からはほど遠い。
米英法において信任法が、忠実義務を外形基準化する方法として「利益相反」と「不当利益」の禁止への置き換えを行っており、これにより法定における証拠認定手続きの原則を「想定無罪」から「想定有罪」へ転換させており、信任受託者は自らの行動が忠実義務違反でないことを「十分な明確性」を持って否定できなければ有罪となってしまう・・・という解説が興味深かった(日本国の法理にはないそうだが)。

迷うな女性外科医

2025年01月19日 | 本の感想
迷うな女性外科医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

佐藤玲は、(シリーズ主人公の)雨野の先輩でそろそろベテランの域に入ろうかという外科医。手術の技術を上げるのがトッププライオリティで、海外に赴任した恋人とは別れた。
癌で入院してきた中年男性の主治医を命じられるが、彼は玲が新人時代に憧れた外科医だった・・・という話。

著者の経験を反映させていると思われる主人公の雨野のネタが尽きてきたのか、前巻は離島に赴任する話で、今回はサイドキャラの話だった。外科医としての悩みや屈託を描くというテーマは同じなので、やはり雨野の牛ノ町病院でのエピソードが読みたいかなあ。

本作に登場する外科医は、みな、手術が三度の飯より好きで、夜中に呼び出されても嬉々としてでかける、みたいなワーカホリックばかりなのだが、実際の現役外科医はそういうものなのだろうか。
患者としては、そういう意欲満々の医者に巡り合いたいので、ホントの話と思いたいが、若い医者の多くが研修を終えると美容外科に進むという話を聞くと、眉にツバをつけたくなってくる。
現役外科医の著者としては、そうした風潮を嘆いて、カッコいい外科医像を作ってみたいのかもしれない。

ねじまき鳥クロニカル

2025年01月15日 | 本の感想
ねじまき鳥クロニカル(村上春樹 新潮文庫)

岡田亨は、失業中。特に求職活動はせず、公営のプールに通うなど気ままに日々をすごしている。おじから格安で借りた借家にくらしていたが、妻のクミコが浮気して家出してしまう。飼い猫をさがすうちに見つけた古井戸に気分で降りてみたが、戻れなくなってしまう・・という話。

著者の代表作の一つといわれる本書。やっぱりタイトルがすごくて、見ただけで読んでみたくなる。
のだが、文庫が初めて出た時に第一部を買ってずーっと読んでなかった。
もうそろそろ読まないと(私の)人生が終わってしまいそう、とうことで、第3部まで読んでみた。

都内の(多分それなりに)高級な住宅地の格安な借家に住みながら共働きでも子供ができたら生活するのが難しくなるような収入しかない主人公は、特段の理由もないのに勤務先の法律事務所を辞めてしまい、特に職探しもしない。そのまま何ヶ月かが経過するうち、妻は愛想を尽かして出ていってしまう・・・というのが本書の主筋である。あとは辻褄が合わない話ばかりなので、それはきっと主人公の妄想なのだろう。

本書を初めて読んで思ったのは、「もしかしてこれってギャグ?」(以下は例)
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普通こんな仕打ちにあったら、奥さんは当然出奔するわな、という状況なのに、主人公は「なぜ妻は浮気して家出したのだろう?」と第三部の終わりに至っても悩んでいる。いいかげん気がつけよ、と誰もがいいたくなるだろう。

主人公の夢?に出てくる登場人物の名前が加納マルタ&クレタの姉妹とか赤坂ナツメグ&シナモン親子とか、冗談としか思えない命名。

主人公が喫茶店などに呼び出されて行くと、勘定を払うのは、決まってゲストのはずの主人公。

主人公はカネに困って、宝くじを買う(すでにこの時点でリテラシーがない)が、買ったとたん当たるはずがない(傍点付き)と確信して破り捨てる。
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こんな話が続いたら、本を放り出したくなるが、最後まで強力な吸引力で読み通させるところが、著者たる所以であろうか。

間宮中尉が登場するシーンは上記のようなおふざけ?はなくて、緊迫感に満ちて読み応えたっぷり。この部分だけの方がよかったよね。(個人の感想です)

「1Q84」にも登場する牛河が、本書でも良かった。スカした日常を送る主人公のアンチテーゼのような存在で、全般的に牛河に近い見かけ、人生遍歴を送る私としては、本書でも共感できるところ大であった。大長編2作に登場させるくらいなのだがら、著者もお気にいりキャラのはず。次は牛河が主人公の長編を書いてくれないだろうか。それがねじまき鳥と1Q84の謎解きになっていたら最高だ。


コードブレイカー

2025年01月14日 | 本の感想
コードブレイカー(ジェイソン・ファゴン みすず書房)

1916年、高校を出たばかりのエリザベスは、シカゴの図書館でシェイクスピアの研究をしようとしていた。そこに、富豪で(自分の趣味で研究所を運営していた)フェイビアンが現れて彼女をスカウト、研究所のあるリバーバンクに連れ去る。エリザベスはそこでシェイクスピア作品に仕込まれたフランシス・ベーコンの暗号を探すプロジェクトに従事する。彼女は暗号を読み解く類まれな才能を発揮しはじめ、やがて重要な外交・軍事暗号の解読の第一人者になる・・・というノンフィクション。

リバーバンクの研究所で知り合って結婚したウィリアム・フリードマンも暗号解読の達人だったが、本書によるとエリザベスの能力は彼を遙かにしのいでいたらしい。

機械や出始め?のチューリングマシン、あるいは人海戦術を用いることなく、彼女一人が紙とペンだけで暗号のキモ(解読のキー)を発見してきたことに驚く。たまたま解けたのではなくて、莫大な数の暗号を解いたし、重圧がかかり神経を使う仕事にもかかわらず、それを何十年も続けることができたというのもすごい。実際、夫のウィリアムは精神を病んでしまったらしい。

本書は、読み物としてのノンフィクションというよりは、学術的・資料的価値を追求している面が強く、本筋以外の部分が冗長で、全体的に読み進めにくいが、歴史に埋もれていた驚きの事実を発掘したのは素晴らしい業績だと思う。

ディア・ファミリー

2025年01月10日 | 映画の感想
ディア・ファミリー(映画)

1970年代 ゴムヒモなどメーカーの会社を経営する坪井(大泉洋)は、娘が心臓の難病で治療法がなく、それほど長くは生きられないと告げられる。坪井は当時開発の著についたばかりの人工心臓を自らの手で作ろうと決意するが・・・という実話に基づく話。

原作を読んでから見た。
筋を知っていたせいか前半はやや退屈な感じがしたが、終盤になってかなりぐっとくるシーンが増えた。

実話なので、結末はけっこうほろ苦いのだが、自らの保身しか頭にない医学部の教授(光石研)にギャフンをいわせるシーンもあってけっこうカタルシスが感じられた。

大泉洋は本当に上手。引く手あまたな理由がよくわかる。