蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

達人、かく語りき

2022年10月15日 | 本の感想
達人、かく語りき(沢木耕太郎 岩波書店)

インタヴュー集。4巻シリーズの初巻で、吉本隆明、吉行淳之介、淀川長治、磯崎新、高峰秀子、田辺聖子、瀬戸内寂聴、井上陽水、羽生善治との対談を収録。

巻末の書き下ろしエッセイ「「あう」ということ」がよかった。
インタヴューの名手といわれる著者だが、若い頃、山本七平と対談して、山本の語りに圧倒されて、それ以降、対談の仕事は断ることが多かったという。
しかし、(本書に収録された)吉本隆明については、自身が熱心な読者だったために引き受けたそうだ。そして吉本が著者の作品を多く読み、対談にあたっては原稿用紙50枚におよぶメモを作ってきたことに感激し、対談の魅力に目覚めた、ということだった。

本巻に登場する対談相手の多くが故人であり、対談時期は著者が若い頃であったケースも多い。
そんな若造?のインタヴューであるにもかかわらず、当時の巨匠クラスの人達が(世辞やベンチャラではなく)著者との対談できることを喜んでいる雰囲気が感じられた。
沢木さんって80~90年代においては、ホントに斯界のスーパースターだったんだなあ、と思った。
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ゴールデンカムイ(マンガ)

2022年10月15日 | 本の感想
ゴールデンカムイ(野田サトル 集英社)

多分、当初は10巻くらいで完結させる予定だったのが、好評を得たために、登場人物を次々に追加し、杉元たちの旅も樺太を含む北海道全体にまで広がったんじゃないかと思う。
なので、正直、途中で話がよくわからなくなりそうな時もあったが、31巻の大団円では、杉元の目的(戦死した友(寅次)の未亡人に黄金を届ける)もアシリパの目的も達せられたことが告げられる、めでたし、のエンディングに落着して、長々と(今どきマンガで31巻は短い方かもしれないが)読んできた甲斐があったというものだった。

杉元は、最後の最後まで「不死身の杉元」だったし、性格や日頃の行動の面でもあまりに欠点がなさすぎて、どうにも現実感?がなかった(最初の頃、私は、絶対死なない杉元はアシリパの幻視なのでは?と疑っていたが、リアルキャラだった)。

私の好きだった登場人物は、鯉登少尉で、31巻では重要登場人物を一撃で斬り殺すというハレ舞台?も用意されていてうれしかった。さらに彼は後に第7師団長(中将)にまで上り詰めるらしく、ファン?としては満足この上なかった。彼の父親の海将が指揮する駆逐艦隊の砲戦の場面もよかったなあ。

週刊誌連載なのに、背景などの細密描写やごまかさず?にリアルに表現されたアクションシーンがふんだんで、作者の画力には感心させらせたし、巻を追うごとにうまさに磨きがかかったようにも思えた。
ここまで人気が出てしまうと、次回作が難しくなるかもしれない。31巻でちょっとだけ登場した新選組時代の土方がとてもかっこ良かったので、次は幕末モノでどうだろうか?
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カーテンコール!

2022年10月13日 | 本の感想
カーテンコール!(加納朋子 新潮文庫)

萌木女学園大学は閉学することになったが、最後の卒業年次生のうち、成績不振等で卒業できなかった学生に、半年の特別猶予期間?を設けて学生寮に缶詰にして補講を行うことになった。補講参加者は、トランスジェンダー、起立性調整障害、エナジードリンク中毒?、拒食症、肥満症、出産のために単位未取得、毒親など様々な事情を抱えていた・・・という話。

上記の事情の多くは現代的な症状・課題であって、補講を企画した角田理事長は、「規則正しい生活、きちんと管理された食生活、毎日必ず太陽の光を浴びて、適度な運動をする、極めてシンプル」な方法によってそれらは克服できる、としてそれを実践しようとしていたのだった。

そして「あなた方は未来の自分に対して、きちんと責任を持つべきなのです。未来の自分に過去の自分が選び、成してきたことを悔やませてはならないのです」という。
これは、キレイゴトと言ってしまえばそれまでだが、私を含む多くの読者にとって耳が痛い諫言ではないだろうか。
私の「未来」は、もう随分短いものになってしまったが、その短い先の未来の自分に対する責任を果たさないとな、と素直に思った。

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MINAMATA

2022年10月11日 | 映画の感想
MINAMATA

ライフ誌の連載等で有名な写真家ユージン・スミス(ジョニー・デップ)は、アル中気味で仕事にも行き詰まっていた。通訳のアイリーンに誘われて公害病が疑われていた日本の水俣に取材に出かける。チッソの排水が原因と思われる水銀中毒に苦しみ、チッソの責任を追求する住民たちと交流するが・・・という実話に基づく作品。

水俣の情景描写は、ややエキゾチックすぎるような気がしたが、日本人役のキャスティングが真田広之、國村隼、加瀬亮といった達者な人達のせいか、よくあるような、外国人が描いた日本に感じる違和感はあまりなかった。

資料を見ると、水俣問題の解決に至る道筋は相当に複雑で、本作の時代(1971~74)においてもそこは同様なのだが、省略すべきところは省略してコンパクトでわかりやすい筋立てになっていた。

(以下、終盤のストーリーに触れています)
チッソは大企業だが、被害の範囲が広すぎて患者の求めるままに賠償すると財務が保たない状況だった。このため社長(國村隼)は住民の要求をかなくなに拒否していたのだが、スミスが撮った有名な写真(母親が患者である子を入浴させるシーン)を見て、賠償に踏み切る決断をした・・・というのが本作の見たてなのだが、ここも実話なのだろうか?
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絶対悲観主義

2022年10月10日 | 本の感想
絶対悲観主義(楠木建 講談社α新書)

経営学者である著者のエッセイ。自叙伝風かつ自慢話風の内容だが、むやみに面白かった。
絶対悲観主義(上手く行かないだろうな、という予想のもとにことに当たる)の例として挙げられた、カープの前田智徳の例が面白い。前田は天才と言われるほどの打者だったが、第一打席は常に四球狙いだった、という。いわく、
***「ピッチャーの体力がいちばんあるときに打とうなんて考えは甘い。第一打席はフォアボール狙いに決まっている」***

著者は中学生時代からずっと日記をつけているが、15歳のころの日記を読むと・・・
***「今とまるで同じじゃないの・・・」と、驚きを持ってつぶやくと、15歳の自分が「お前、初老になってもほんとに変わってねえな」と投げ返してくる。***
そして、過去の幸せな出来事を振り返ることこそが幸福である、とする。

***他人との比較 より厳密に言えば嫉妬 これこそが幸福の的であり、人間にとっての最大級の不幸のひとつだと僕は思っています***
***自分について根拠のない有能感を持っているほど、無意味な他者との比較に陥りがちです。「俺はデキルのに・・・」という思い込みがあるから、他人と自分を比べて嫉妬にかられる。その点、始めから自分の能力に確信を持たない絶対悲観主義者は、嫉妬とは無縁です。***

組織力よりチーム力が大事、といい、例としてナポレオンの縦隊編成を挙げる。
***世界で初めて小規模縦隊戦を展開したのはナポレオンです。(中略)指揮をするのが難しい横隊に代わって、小規模な縦隊戦が初めて可能になりました。戦争における「チーム」の誕生です。ナポレオンの縦隊戦は圧倒的に強かった。疾風怒濤の進撃で、連戦連勝でした。横に広がって待ち受けていた敵の王様の軍隊は、機動的な縦隊にずたずたに切り裂かれました。戦闘力の規定因が組織力からチーム力へと移っていったわけです。***

ある種の人にはオーラがあるそうだ。大銀行の有名な頭取と対談した際
***元大バンカーは続けました。「偉くなるということがどういうことか、君に教えてあげよう。それは、自分の体から光が出ているような気分になることがだ」 毎朝、本店の車寄せで黒塗りの社用車から出てくると、「あ、頭取だ」とみんなが挨拶する。受付を通れば「あ、頭取だ」と空気が変わる。(中略)本当に自分から光が出ているわけではないけれども、そういう立場に慣れ親しんでいるうちに、確かに自分から光が出ているような気になってしまう。***

オーラに似たもので「まなざしの深さ」を感じた人もいたそうだ。
***カンボジアではポル・ポト政権による大量虐殺がありました。スレイの一族郎党も殺されています。妹と二人で田んぼの中を隠れて逃げて生き延びた。映画「キリング・フィールド」そのままの世界を経験した人です。(中略)彼は当時カンボジアの財務省の官僚で、政府から派遣された留学生でした。とても穏やかな人でしたが、その目には僕がこれあmでに見たことのないなにかがありました。後で生い立ちの話を聞いて、第一印象で強烈に残った彼のまなざいは、極限の経験をした人だけが持つ凄みだったことを知りました。(中略)その時、僕は、彼が国を背負って日本に来ているということに気付かされました。いろいろなものを失って、なおかつ祖国に貢献しようと覚悟を決めた人間の目、そのまなざしの深さ。***

「なりふり構わず目標直撃」といった獣性を嫌い、「品」が大切という。
***品の良さの最上の定義だと僕が思うのは「欲望に対する速度が遅い」です。もともとは立川談志さんが行ったことだそうです。この定義は欲望の存在を否定していません。品が良いということは、お釈迦様のように世俗的な欲望から解脱してしまうことではない。普通に欲はある。ただそれをなりふり構わず取りに行かない。欲望が「ない」のではなく、あくまで欲望に対する速度が「遅い」ということです。期待がすぐに実現するとは思っていない。自然な流れの中でうまくいくことも、いかないこともあるわけで、それをじたばたせずに待っている。慌てず騒がすなりふりを大切にする。これが上品な人だと思います。***
談志さん自身はオカネに対する欲望速度は相当なものだった、という噂を聞いたことがあるが・・・

失敗した時に回復するためのカギは脱力であるとする。
***チャップリンの名言に「人生はクローズアップでは悲劇だが、ロングショットでは喜劇だ」というのがあります。ちょっと引いて自分と自分の状況を俯瞰してみる。この視点転換ことが脱力力の肝だと思います。(中略)「これはツライなあ」というとき、「でも、今まさに空爆を受けている人がいる」とか、「飢餓に苦しんでいる人がいる」と考えると、自分の状況がひどくラクなものに思えます。あるいは時間を飛ばして「これが戦国時代だったらどうなっただろう」と考える。切腹するまでには至っていないわけで、大体のことは平気になる。新渡戸の言う「気分の問題」にだんだん近づいていきます。***

最後から2番目の章「発表」がよかった。著者は発表が大好きで、オーディエンスがいる時はもちろん、聞いたり読んだりしてくれる人がいないセルフ発表もイイという。

最後の章「初老の老後」は週刊現代のマーケティング戦略を語る?内容で、私には爆笑モノだった。

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