蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

焼き場に立つ少年

2011年08月14日 | Weblog
焼き場に立つ少年

昨日(8/13)の日経新聞最終(文化)面に「焼き場に立つ少年」というタイトルの写真が掲載されていた。
小学生4-5年生くらいの男の子が背筋を伸ばして立っている。
背中にはおんぶひもでくくりつけた2-3歳くらいの幼児がいる、という写真である(撮影1945年、ジョー・オダネル)。

数年前、この写真を初めて見たとき、私は、そのタイトルから、親の亡骸を火葬する場面に立ち会っている少年なのかと思った。
しかし、真相はそうではないことを2007年の産経新聞の記事で知った。以下はその引用である。

******************
焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。
小さな体はやせ細り、ぼろぼろの服を着てはだしだった。
少年の背中には2歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた。(中略)
少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止まる。わき上がる熱風にも動じない。
係員は背中の幼児を下ろし、足下の燃えさかる火の上に乗せた。(中略)
私は彼から目をはなすことができなかった。
少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見つづけた。
私はカメラのファインダーを通して涙も出ないぼどの悲しみにうちひしがれた顔を見守った。
私は彼の肩を抱いてやりたかった。
しかし声をかけることもできないまま、ただもう一度シャッターを切った。
*****************

少年の表情は、私が見たことがないほど、真剣で厳しいものである。
弟か妹の死体を彼が運んできたからには、おそらく彼の両親は既に亡くなっていたのだろう。
彼は生き延びることができたのか。

今日の私たち、日本人は、生きるための戦いをしなくてもよくなった。
そういう世の中は彼のような人々によって築かれてきたことを忘れてはいけないと思う。
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酔いがさめたら、うちに帰ろう。

2011年08月14日 | 映画の感想
酔いがさめたら、うちに帰ろう。

主人公(浅野忠信)は重症のアル中。
中毒もさることながら、あまりにも飲みすぎて全身がボロボロ。
売れっ子漫画家の妻とも、家庭内暴力の末、原稿を破ったことが原因となって離婚。しかし、離婚後も子供二人を交えて交流は続く。症状がこうじて精神病院に入院することになり、いくらか中毒症状がおさまってくる。
その時、主人公が末期がんであることがわかり・・・という話。

主人公が、アルコールをぐいっと飲むのが、なんか痛々しい反面、とてもうまそうに見えてしまったのは、見てるこちらもすでに中毒気味ということか?

主人公は、入院してから食事に異常に執着する。胃腸の具合が悪いので軽めの食事が用意されるのだが、納得いかない。特にカレーライスが好みなのだが、なかなか出してもらえない。アル中の症状が進むと食欲がなくなってひたすら酒が飲みたくなると聞いたことがあるが、主人公は例外だったということか?カレーライスが食べたいなんて、健康体でないと難しそうな気もするのだが・・・

本作の主題は、精神病院の様子を描くことだと思うが、あまりセンセーショナルな筋立てにせずに、淡々と静かに描写されていたのは好感できた。半面、妻子とのからみがもう少しあってもよかったかなあ、と思った。こっちもつられて淡白になってしまったのか。
あと、西原さんの漫画の色付け方が描かれているシーンも興味深かった。
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