老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

神戸・東須磨小・教師間の暴行・暴言・いじめ事件

2019-10-17 15:50:52 | 社会問題
何ともおぞましい事件だ。元教師としては、ここまで教育委員会・学校・教師の倫理観が落ちてしまったのか、と慄然とする。

何はともあれ、具体的事実から、問題の本質を考察してみる。

【具体的事実】
・羽交い絞めにされ、激辛カレーを無理やり食べさせられたり、身体に塗られた
・車の上に乗られたり、車内にわざと飲み物をこぼしたりされた
・目や唇に激辛ラーメンの汁を塗りたくられた
・無料通信アプリで第三者に性的なメッセージを送るように強制された
・携帯電話にロックをかけて使えなくされた
・自宅までの送迎を何度もするように強制された
・「反抗しまっくって学級を潰してやれ」など子供の前で被害教員の悪口を言われた
・熱湯の入ったやかんを顔につけられる
・何十回もカバンに氷を入れられ、中の書類をびしょびしょにされた
・指導案に落書きをされた
等々。
・・・・・・・神戸市教委調べ

神戸新聞は、市教委・校長の記者会見から以下のように書いている。
・・「会見では、加害教員がたびたび職員間で問題を起こし、管理職から指導を受けていた実態が明らかになった。だが、市教委に具体的な報告はなく、管理職も厳しく追及することはなかった。
 市教委によると、2018年度には加害教員の一人に、女性教員へのセクハラや若手教員をやゆするあだ名で呼ぶなどの行為があった。19年2月にも、前校長に「職員室で若手教員へのいじりが度を過ぎている」という訴えがあった。
 
このため前校長は加害教員らを指導。ただ、暴行や暴言は収まらず、前校長は市教委に「詳しく聞き取っておらず、認識が甘かった」と釈明したという。一方、この前校長を巡ってもパワハラ相談があったことが明らかになったほか、後任の仁王校長は加害教員への指導について「前校長ときちんと共有できていなかった」と述べた。・・・・・・・・・・・・・・

実は、この仁王校長の話には多少疑念が残る。というのは、仁王校長は、2018年より東須磨小の教頭を務めており、前任の校長の部下だった。その彼女が、前任校長の学校経営について詳細を知らなかったというのは、おかしい。校長の学校経営を支え助力するのが教頭。知らなかったでは済ませられない。

わたしたちの時代、教頭が同じ学校で校長になる事はほとんどなかった。だから、当初は、赴任したばかりの学校だから、良く分からなかったのだろうと考えたが、同じ学校で昇任したのだったら、【よく共有できていなかった】では済まされない。同じ管理職として前校長と同等の責任があると言わざるを得ない。

【いじめの原因】

(1)教師の個人的資質

上記のいじめの具体的手口は、子供たちのいじめの手口とほぼ同じ。大人としての知恵も想像力もない。いじめをしている動画も残っているが、いじめを嫌がっている人間をいたぶる事に隠微な喜びを感じている卑劣な人間性がもろみえで、みていて気分が悪くなる。

教師が立派な人間などと言う話は、おとぎ話に近いが、それでも今回のようないじめ行為を喜んでするような人間は、滅多にいない。

今回のいじめの原因については、様々な要因が考えられるし、指摘もしたいと思う。しかし、今回の問題については、主犯とされる教師や付和雷同をした教師たちの個人的資質が大きいと言わざるを得ない。人間、ここまで劣化するのか、と、慄然とせざるを得ない。

(2)学校環境

学校は、きわめて「閉鎖的空間」であり、学校独自のメカニズムが働いている。そのため、学校内部での教員間の「いじめ行為」は昔より存在した。

それでも昔の学校は、校長・教頭・教諭という三段階の位階しか存在しなかったので、管理職VS平教諭という図式での対立はしばしば顕在化したが、教諭VS教諭という図式は比較的少なった。(ないわけではなかった)

ところが、近年は、学校内部にも会社と同様な位階制が導入され、学校内部の権力構造が大きく変化している。

具体的に書くと以下のようになる。

🔷学校のヒエラルヒー
・校長⇒・副校長⇒教頭⇒主幹教諭⇒指導教諭⇒教諭 ◎ここまでが教員採用試験合格者で正式教員  ⇒助教諭⇒講師(常勤と非常勤)
その他、養護教諭と栄養教諭と司書教諭

わたしたちの時代とは全く違うヒエラルヒーが形成されている。

今回のいじめ加害教師たちを仁王校長は、【中核教師】と呼んでいた。わたしたちの時代には全くなかった言葉である。主幹教諭や指導教諭を意味しているのだろう。

神戸新聞によれば、前校長の覚え愛でたかったのが、加害教師たちだと報じている。仁王校長は、【中核教師】と呼んでいる。つまり、加害教師たちは、意識の上でも実質でも、上級教師だったのだろう。

被害教師たちは、このヒエラルヒーの下部に存在していて、常日頃上部教師たちの指導と言う名目の支配下にあったという事である。

これが加害教師の「いじめ」に一種の心理的正当性を与えていたと考えるのが至当だと思う。神戸市教委や仁王校長の会見には、この発想は皆無。彼らが自らの「加害者意識」に目覚めない限り、問題の根本的解決には程遠いと思う。

🔷職員会議の権能の縮小の問題

わたしたちの時代は、職員会議の権能がかなり大きかった。多くの問題が職員会議で決定された。【荒れた学校】時代には、それこそ白熱した議論が行われたものである。

時代が進むにつれて校長の権限が拡大され、職員会議が【伝達機関】化されはじめ、様々な問題が噴出し始めた。文部省は、決定権者を校長に限定。職員会議は、その決定を周知徹底させるための会議に限定した。

それぞれの学校には、それぞれの学校なりの事情がある。子供の状況も地域によって大きく違う。都市部と農村部、漁村部では、保護者の気質も子供気質も地域性も全く違う。

都市部の学校で育った校長が漁村部の学校の校長になり、都市部の学校のやり方を強制しても、うまくいくはずがない。強引にやればやるほど失敗する。かっては、そういう場合、校長のやり方に待ったをかけ、その学校の地域性に合ったやり方を話し合い、決定していたのが、職員会議だった。

ところが、現在は、全ては校長が決定し、職員会議はその伝達機関。誰も校長の決定に異議を差しはさまない。
 
しかし、地域の特殊性を知らない校長の決定は失敗する場合が多い。だから、校長は有能な上級教師に頼る場合が多い。そうなると、有能な(校長がそう思っている)教師の影響力は拡大する。事実上、その上級教師は、学校を牛耳ってしまう場合も出てくる。そうなると、その上級教師の【万能感】は拡大する一途。その心理が下級教師に対する【蔑視感】や【差別感】を増幅する。

今回の東須磨小の「いじめ暴行」問題の背景には、現在の公立学校で進行している位階制の問題点が大きく横たわっている。

(4)人権意識の衰退

神戸市は、人権教育(同和教育)の先進地域だった。各学校で人権教育が積極的に行われ、わたしたちも何度か視察に出かけたものだった。今回の事件。かっての神戸市の教育体制なら考えられない酷い事件である。教育委員会・校長・加害教師たちは、本当の意味での人権を理解しているのだろうか。

神戸新聞等で報道されている前校長のパワハラ問題、前校長の就任期間で顕在化している今回の「いじめ問題」。どう考えても、前校長の学校経営に対する姿勢そのものから導き出された可能性が高い。そんな人材を校長にしている市教委の人事。これも鋭く問われなければならない。つまり、【人権に対する認識】が校長選任の条件になっていないのだろう。

見習い期間さんや名無しの探偵さんが指摘されている台東区の役人が行ったホームレスの排除問題も、行政の【人権意識の希薄】さの問題である。

(5)帝国主義の弱い環

教育現場で進行している事態は、これから何年か後、日本社会で顕在化する問題である。

レーニンが帝国主義論の中で指摘しているように、帝国主義の矛盾は、一番弱いところに最初に顕在化する。日本社会の矛盾は、その一番弱いところ、【教育現場】や【ホームレス保護などの福祉の現場】などに顕在化する。

神戸市東須磨小で起きた【いじめ暴行】問題は、形態は違え、全国の教育現場で起きている問題だと考えなければ本質は見えない。文部省によって主導されている教育改革なるものの実態は、教育現場の階級制・差別性の強化と教育の効率性の強化である。

教育を実質的に預かる教師連中が、今回のような【不自由】さと【差別】と【支配の暴力性】の中で生きざるを得ない実態があるとするなら、教育を受ける子供たちがその影響を受けないわけがない。日本が根本から根腐れするわけである。

これを機に教育問題を「国家国旗問題」や「靖国問題」などと離れて、純粋に【国家百年の計】として考え直さなければ、日本の未来はない。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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