デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 




ワット・マハタートの裏にあるプラ・チャーンの屋台街へ。その途中にはワット・マハタートの傍ゆえか、小物の仏具を扱う店や露店がずらりと並んでいた。


高名なお坊さんだろうか。そして仏教の機関紙みたいなものまである。



今にして思えば、数珠の一つくらい買って
帰ってもよかったかもしれないと思う(笑)


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スバウグスタ駅(Subaugusta)を出る

地下鉄A線でスバウグスタへ。この駅名は「サブ・アウグスタ」と読めるが、アウグストゥスの名が入っているのはいかにもローマらしい。
画像にあるとおりローマの地下鉄の入口を示すマークは「M」の文字である。それにしても広告ビラと落書きが(笑)。


テルミニ駅では意識しなかったが、地下鉄から出たとき
この旅行での初めてのイタリアの太陽を浴びた気がする


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地下鉄のホームにて。あと1分で列車が来る

ツーリスト・インフォメーションを後にして地下鉄A線へ。自動券売機で7日間乗り放題券を買ったが、そのとき「購入をお手伝いしましょう」と申し出る家族連れ?が券売機の前で話しかけてきた。
私でも英語表示でならなんとか購入できるので、必要ありませんと断り券売機を操作したが、朝のラッシュ時に券売機の前に立たれるとちょっと迷惑に思う人もいるかもしれない。ただ、ローマ在住の人は定期券に相当するものを携帯しているようで、もっぱら券売機の前で並ぶのは旅行者が多いのであろう。


朝のラッシュ時では来た車両に乗れず、あとの車両になることも



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登る前にきれいに見えたんだが…

運動のためにいつもの大文字山へ。↑の木々に黄昏の光が当たってきれいだった。でも、きれいなものをきれいに撮ることはなかなか難しいと撮った画像を見直してすぐに思った。





カメラが光を拾うせいで空は明るく写っているけど、
山道はだいぶ暗くライトを持っていないと危ない。

いつものところまで登って体操をしていると、立派な三脚を立てて刻々と夜景が映えだすさまを撮っている男性がいた。私は体操に時間をかけるのでそれなりの時間、この場所に居続けるわけだが、やがて空も暗くなる時間となった。
体操を終えて山を降りようする際、刻々と変化する夜景をカメラに収めていた男性に、「時々(ここに)いらっしゃるのですか?」と訊ねたら、彼はあわてた様子で「I'm from Taiwan」と返事をした。日本語で話しかけられてやっぱり焦っている様子が分かったけれども、私が台北旅行の体験をボロボロ英語で話すと、彼はうれしそうに目を輝かせ台北に住んでいるという(笑)。
空が暗くなって、彼がカメラと三脚を片付け始めたので私が彼の手もとをライトで照らしていると、彼は「下山するのにあなたの後をついて行っていいか?」と言うので私は「もちろん」と返事し、送り火の説明をしながら火床の横から一緒に下りて行った。
山道が終わり安全な道まで来ると私の山に登る目的を話し、彼に日本や京都の印象、滞在日数やこれからの予定を訊いた。すると、彼は明日、奈良県に移動するのだという。
それを聴いた瞬間、約一年前にも韓国の青年たちが明日帰国するという日に京都のラストの地を雪で足場が悪くなっていたこの山にしていたことを思い出した。
暗くなってからでも何とか行ける場所としてある程度外国人旅行者に知られているのかもしれない。たとえ移動日前日であっても、旅をする者の心理として滞在した町を最終日に鳥瞰したり眺望したくなる気持ちが働いたとするならば、その気持ちは私個人もよく分かるつもりだ。
それにしても、夜景をカメラに収めていた彼は、寒かったとはいえ空気が澄み大阪のビルの明かりまでよく見える日に登ってきていてとてもラッキーだっと思う。このことを伝えようと、下山しながら「今日は特に遠くまで見えましたが、いつもはそうではありません」と言おうとしたが、どの単語を使っていいか悩んでいるうちに麓まで着いてしまったのであった。

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一昨日の昼間、けっこう気温が上がり、この場所で15℃もあった。気温は体の動きにも影響し、いつもやる体操がとてもやりやすかった。



大学の部活でトレーニングのため登っていた学生さんたち。登り口から同時にスタートしたのに、彼らは走って次々と私を追い抜いて登っていく(笑)。後から登ってきた部員にも追い抜かれ、結局私はビリであった。登る速さやスタミナは現役の部員には敵わないなぁと思った。

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マイナス2℃の山に登る前に歯医者に寄った。
歯に痛い箇所があるわけでなかったし虫歯も無いのだが、しばらく歯医者に通わないうちに、茶渋が歯に付着して見た目にあまりよろしくない状態になっていた。毎日、歯は磨いているけれどそれは惰性の内であって、自分の歯をまじまじと見つめることをせず「普段の歯の色」に慣れてしまっていたのである。
クリーニングの最中、となりで治療している人の声が聞こえてきたとき、茶渋が付着していても虫歯無く過ごせている人と、歯が真っ白けなのに虫歯がいくつかあり何度も治療に訪れている人とが、となり合わせになることに当惑したような気持ちになった。
歯石になりかけていた部分の除去も含め二日かけて歯をクリーニングしてもらうと、上下裏表、再び真っ白になってやっぱり気持ちいい。次にまた世話になる時まで、「虫歯はないので、前回と同じクリーニングで十分です」と言われるような状態を保ちたい。

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朝のテルミニ駅

ローマ・パスが(この日は)購入できないと分かった以上、ローマ・パスの対象になっている入館料が高めの博物館を堪能したのちに古代ローマの遺跡を見てまわるという当初の計画を変更しようと思った。災い転じてということではないけれど、計画の実行が無理なら先に無料で見れる遺跡に出かけてやれ!という踏ん切りがついたことは、結果的によかったかもしれない。(それにローマ・パスは場合によっては元をとることは難しい、しかしチケット購入の列に並ばなくて済む確率は高いという点で価値がある)
ツーリスト・インフォメーションを後にしようとすると、日本人観光客の女性が私にローマ・パスのことを訊ねてきた。窓口の人から言われたことを端折り、とにかくパスはここ1週間ほど扱ってないが明日か明後日ならば買えそうと伝えると、彼女は小さく「えっ?」と声を発し驚き表情が少し曇った。
私は不躾なようだが彼女に、どういったところを周ってみたいのですか?ローマの旅行では何を優先されますか?と訊ねてみた。すると、古代ローマ遺跡や博物館をめぐりたいとのことだった。それならば、使用開始日から1週間有効の遺跡を中心に周ったらお得かもしれないパス(カード)がありますがご存知ですかと訊くと、知らないという。そのカードのことが載っているガイドブックのページを示すと、彼女は真剣な表情でカードについてメモをとり、書き終えるとその表情は晴れやかになった。
「(入場料のかかる遺跡で)このカード買います。ありがとうございます」と感謝されて、私は正直とてもうれしく思った。3分もかかっていないやり取りの中で、旅行の目的が同じ方向を向いているかもしれない人の役に立てたのだ。
「これからどちらへ?」と訊かれたので、私は「きょうはこれから水道橋跡に行くことに決めました」と即答し「もし、どこかの遺跡で見かけたら声かけてください。ではお気をつけて」と言って別れた。朝の八時過ぎだった。

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もうすぐ中国の旧正月(春節)である。
中国の旧暦の行事については、昨年、こちらの本を読んだこともあり、また旅行で日本の中華街を訪れた際、カマド神という神様の版画図像や人形の口元に飴が塗られていたのを見たことがあったので、自ずと意識してしまうところがある。
なんのためにカマド神の口元に飴が塗るのか。この行事について少し詳しく書けば、旧暦には掃塵節というのがあり、その掃塵節にカマド神が存在感を放つのだ。カマド神は竈王(ザオワン)、竈王爺(ザオワンイエ)、竈君(ザオヂュン)、竈神(ザオシェン)などとも呼ばれていて、年に一回カマドのある調理場(現代ではキッチン)から(煙に乗って?)天界に上るのだが、それが起こるとされているのが掃塵節である。
実はこのカマド神、平素、その家の住人たちの生活ぶりを観察しているのだ。カマド神が年に一度天界に上るのは、その家の善事悪事をすべて天帝に報告する任にあるためである。
家の住人にとっては、過ごしてきた一年の善事悪事をすべて報告されるわけだから、たまったものではない。よって、掃塵節になればカマド神の版画図像や人形の口元に飴を塗って、甘いことだけを(善いことだけを)天帝に報告してもらおうとする。いわゆる地獄の沙汰も何とやら、といったユーモアを感じられるのが掃塵節のカマド神祭りなのである。
私が見た中華街での掃塵節は12月だったように思っていたが、よくよく考えれば掃塵節は旧暦の年末の行事なので、新暦(グレゴリオ暦)でいえば1月末から2月上旬のはずである。となると、私が日本の中華街で口元に飴を塗られていたカマド神図像を見たのはおそらく1月下旬か2月だったのだろう。(まぁ寒い時期だったのは間違いない(笑))
昨日、散髪店で自分の番を待っていると、店内ラジオでリスナー情報として竈神祭のことが紹介されていて、そのリスナーの家ではキッチンにケーキを置くのだという。たしかに飴に劣らず、ついつい言うべきことを忘れてしまいそうになる甘いものである(笑)。

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テルミニ駅のホーム

ツーリスト・インフォメーションに行こうとしていたが、タバッキを見かけたこともあって一旦引き返した。


タバッキ(たばこ屋)

タバッキにはタバコだけじゃなくて、新聞や切手、ちょっとした食料やお菓子、雑貨・日用品などが売っていて、日本でいえばコンビニみたいな機能がある。さらに、初日の項でも少し書いたが便利なことに切符や回数券、うまく利用すれば旅行者にとってお得になるパスまで扱っているから、わざわざツーリスト・インフォメーションに行かなくてもタバッキで現金購入できるパス類もある。
この日の朝、欲しかったのは「ローマ・パス」というローマの主要施設や公共交通を利用できるパスであった。ただ、この行列だったので、やっぱりツーリスト・インフォメーションに向かった。


ツーリスト・インフォメーションをしめす標示



朝早いからかまだ開いていない



まもなくして観光客がちらほらと

私がローマに着いてからの三日間はローマ・パスを買えなかった。インフォメーションの職員さん曰く、(英語がよく聞き取れなかったので内容はあやふやであるが)なんらかの理由でローマ観光局がパスを一週間ほど発行しておらず、明日か明後日にはまた取り扱えるだろうとのことだった。どうやら、たまたまとはいえパスについては運に見放されたようであった(笑)。

(これから数時間後に別の場所のタバッキで訊いたら、ローマ・パスの料金改定の為にパスは一旦店頭から姿を消しているとのことだった)

(注:弊記事は2015年現在の現地情報ではありません)

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本堂に上がりこんでいる猫(笑)

バンコクの寺院にいる猫は人間が近づいても逃げたりすることが少なかったように思う。この猫も私のことなどかまわずに毛づくろいに余念がなかった。


ワット・マハタートの仏像はワット・アルンの仏像より少し
大きく見えた。本堂の大きさせいもあるかも知れない。

ワット・マハタートの境内は静かで、短い時間でもゆっくり瞑想したい人にはいいところのように思った。たまたま私が足を運んだ時間帯に人が少なかっただけかもしれないが、ひょっとすると旅行ガイド書に願掛けのパワースポットとして紹介されていないことも影響している可能性とか考えてみた。


テントの中ではお土産?用の仏像を販売していた



境内のもう一つ本堂と呼べそうな建物の中に仏塔があった。

この建物の中にいた年配のご婦人が私に話しかけてくれた。私がタイ語で挨拶をすると、ご婦人は片言の日本語と英語で、この仏塔に仏舎利が祭られているとおっしゃった。その真偽のほどは分からない(私はおそらくここには仏舎利は祭られていないと思う、もし祭られていたら参拝客でもう少し賑やかになっていてもおかしくないから)が、ご婦人には長く付き合っている日本人の友人が大阪にいるとのことで、どうしても日本人観光客を見ると話したくなるのだという(笑)。
ふと、台北の孔子廟で出会った交流事業その他で日本へ渡航歴があって、ついつい日本での思い出を語りたくなるという年配のご婦人のことを思い出した。台北の孔子廟の時ほどではなかったにせよ、ワット・マハタートで出会ったご婦人とも声を控えめにして少し大阪のことを話した時間はやっぱり楽しかった。

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