デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



機動隊とブロック壁と鉄条網



一般車は通れないので道路の真ん中を
歩くことができたが複雑な気分だった。






これでもバンコクに到着した初日に
バスから降り立った同じ通りなのだ。



横断歩道も



バス停も「不在」という感じだ






ラーマ5世騎馬像やアナンタ・サマーコム宮殿、動物園
などの方には人が通れるようスペースが開けられていた。


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雨が若干弱まった。ワット・ベーンチャマボピットへ来た道を引き返すことにした。
それにしても一つの寺院に十回分の記事を使ってしまった・・・。


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修行中のお坊さんたちを窺うこともできる



狛犬じゃなくて狛獅子






年期の入った仏像だ









ワット・ベーンチャマボピットは大理石寺院とガイドブックに
書かれるほどふんだんに大理石が使われている。石はイタリアの
カッラーラから運んできたというが、たしかミケランジェロも
自分の作品をカッラーラから切り出された大理石を彫って創って
いたように思う。20世紀に入ってからも石の産地は現役なのだ。


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ドストエフスキー『ステパンチコヴォ村とその住人』(新潮社,「ドストエフスキー全集3」)読了。

Ф・ドストエフスキーは出獄後『死の家の記録』を発表するが、その前にいくつかの作品を発表している。『ステパンチコヴォ村とその住人』(1859)はそのいくつかの作品のうちの一つである。けっして有名ではないが長年この作品を読みたいとは思っていた。この作品には1860年以降の作家の大作の登場を窺わせるような試作品のようなところがあると、どこかで読んだことがあったからだ。
私にとって7年ぶりとなったドストエフスキー作品、出獄後の作家の力量が熟しきらない時期の作品だから仕方が無いとはいえ、なんだか必要以上に誇張癖があってグロテスクな描写が多いなぁと正直感じた。フォマのいびりやフォマ信者たちがロスターネフを寄って集ってつるし上げる場面には途中で読む気がうせて数日開けてから続きを読んだほどだ。
しかし、ドストエフスキー作品について関心を深めたいならフォマやロスターネフの人物像は注目すべきだろう。前者は若い頃から虐げられてきた弱くて病的な人間が蹂躙されてきた身から解放されて権力を持った途端どのような振る舞いに起こしうるか表現した人物、後者は世の中がよくないのは自分の心が穢れているからだと真っ先に思いたがるメシアニズム的人物のカリカチュアである。これらの人物が枝分かれしていって後期の傑作の登場人物たちが作り上げられているのは良く分かった。
また作家の十八番である思いもよらぬ人の突発的行動や明らかに場違いな席で周囲を当惑させる「唐突なふるまい」の極端な描き方は、こんな人間いないだろうと思いつつも、心を打つものがあったし、潜在的に人には何十年付き合っても分からないことがあることを改めて考えさせてくれたのはさすがである。それにドストエフスキーがそののち最初の妻マリアに隠して愛人つくるような重大事を予見するようなキャラが作品に出てきて一席ぶるのには笑ってしまった。

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15世紀のマリア像、ど派手な色で素人が修復=スペイン(時事.com)

修復どころか新たなる芸術かもしれない(笑)。それにしても偶然なんだろうがまたスペインでとは…。

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私の区域では台風は恐ろしい風の音を立てて過ぎ去ったが、いよいよ通過しようかといった頃から停電に見舞われ、懐中電灯で一晩を明かした。
照明・エアコン・扇風機、モバイル類の充電、電気を使うものはすべて使えなくなった。街灯も信号機も消えているので外に様子を見に行くにも億劫になり、電化生活の便利さを思い知った。
自分のなかで腹の立ったことがあった。それは他の地区では停電が起こっておらず、それに対して後ろ向きな羨望を覚えたことだった。他の地区へ車を走らせファストフード店やファミレスで一晩明かしたら多少ラクかもと考え、同時に夜になればもう寝るしかない電気の通っていないような所を旅した経験が生きてこないことにも苦笑いせざるをえなかった。人間はどんなことにも慣れてしまう動物であるのは確かだろうが、不便を強いられた時のストレスをいかに転換するか耐性があるかといった、いざという時の人物像が問われるような場面ってこういうときだろうなぁと分かったようなことを思ってしまった。

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余華の体験的中国論と社会批評である2冊、『ほんとうの中国の話をしよう』(河出文庫)、『中国では書けない中国の話』(河出書房新社)を読了。2冊とも数ヶ月前には読み終えていたが、感想を書こうと思うまで時間が掛かった。
余華の作品は『兄弟(BROTHERS)』が印象深く、バルザック以上にグロテスクで随分血なまぐさい容赦の無い描写が多いなと思ったものだが、今回の2冊を読んで『兄弟(BROTHERS)』が文革時代の中国を身を持って体験していないと書けない作品であるのは当然だなと思うと同時に、旅行者頭の私には内容的にかなり読んでいてきつく深刻なものだった。それでいて本に出てくる人たちに不思議と同情を覚えさせ、ページを繰るごとにユーモラスな苦笑いが起こってくるものでもあった。
とくに文化大革命が起こった当時は倒すべき階級が存在しなかったのに文革を起こしてしまった悲劇があったが、改革解放後こそ文革が必要な事態に陥っているという指摘には、かなしいかな鋭いものがあった。また著者にとって文革は、若かりし頃に文革の名分を嵩(かさ)にきて盲目的に行動し時に立場の弱い人に対し暴力でもって制裁を加え悦に入っていた時代でもあったわけだが、当時の自分の行動を思い起こすと心の痛みとなって著者を襲っているという告白は、まさに著者の痛みは中国の痛みであることを示すものだろう。
個人的には『ほんとうの中国の話をしよう』の「魯迅」の章が最も印象に残った。私は世界から高く評価されている国民的作家の作品は自国民にとっては学校で習わされる単なる先人の権威の押し付けな解釈の内容しか覚え込まされないもので、ひょっとすると少なくない人が生涯「単なる先人の権威の強要の印象」を抱いたまま倦厭したままで終わり、自身による再評価はおろか再読も試みないのではないかと思っているが、どの国でも同じようなものであることが多いのかもしれない。ただ余華の場合、魯迅作品のすごさに衝撃をうけたり、魯迅作品が中国人の著者にとってどういったものだったのか考えさせられたりしたのが歳を重ねてからであったという。単に再読や再鑑賞に耐ええるものこそ傑作というだけには収まりきらないこういった体験談を読み、私は自分も自国で醸し出されたものに対してじっくり向き合っていないことが多いことを意味するようにも思った。

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8番目の仏像は日本や中国でもよくあるようなタイプのように見えた。
それにしても何故回廊に置かれている仏像を撮りつづけてしまったのか・・・(笑)。現地にいると「これは全部写しておいたほうがいいのじゃないか?」といった熱情に駆られることがあるが、そのような意識になってしまっていたと思う。

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