デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 




引越しの作業はもうこんな感じ。今週中には完了する可能性が高い。
それにしても家にある家財や道具類が運び去られると、こうも静かになるものなのか。

新居でインターネットが開通するまではしばらくかかりますので、ブログの更新が滞り気味になってますが、開通次第またボチボチ更新していきたいので、なにとぞよろしくお願いいたします。

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こちらで引越しの作業中であることを書いたが、だいぶ片付いてきている。画像では分かりづらいかもしれないが、いまはガランとした状態だ。主要な荷物や家具類は新居に移った。
ところで引越しのときに、最後に運ぶものの定番って、最低限の衣類や掃除道具と電話の受話器ぐらいかと思っていたが、今回の引越しで少しその認識が変わったかもしれない。
というのは最後まで残りそうなもののなかに、パソコンとインターネットにつなげる機器類、そしてプリンタがあるのである。これらは今や新居での電気・ガス・水道の使用申し込み手続きや、転居にあたってのさまざまな書類のコピーなどで、転居直前まで使用するのである。
おかげでここ数日、畳の上にパソコン類を置いて、こうやってブログの更新までしているのだが、まさかこんな時代になろうとはなぁ…(笑)。

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ギュスターヴ・モロー《ヘシオドスとムーサ》
 きれいな写りの方はこちら

イタリア留学、そのあと更なる研鑽を重ねたモローは、実に9年ぶりにサロンで自己の独創性を問うた。その作品は現在ニューヨークにある《オイディプスとスフィンクス》で、その後は古代神話を独特の解釈で図像化する個性的な画家という評価が定着していく。
普仏戦争や、パリ・コミューヌ(パリ市民が蜂起して誕生した労働者階級の自治による革命政府)のなかでも想像力を最大限の創作エネルギーとしてイメージを練り続けたモローは数々の作品を発表し、1878年のパリ万国博覧会、80年のサロンに参加する。
その後は、彼のコアなファンが作品を待ち望み、仕上がるとすぐに持って行ってしまうような、(ある意味幸せな)ありさまだった。パリ内でひっそり?と彼は、ドローネーやシャヴァンヌ、愛人アレクサンドリン・デュルに囲まれ、充実した芸術生活を送ったとされる。
アレクサンドリンを亡くしたモローは、友人ドローネーの意志を汲んで、美術学校教授になった。そして20世紀の美術を担う若手の成長に大きく貢献するのだが、彼の画風は時代とともに忘れ去られていく。
私がモローの好きなところの一つは、教授になってから生徒たちにもっぱらルーヴルで学ばせ、生徒の個性を伸ばすような教育をしたことだ。人間はなんだかんだいって、自分のスタイルというものを後世にお仕着せさせたい心理が働くと思うのだが、彼は自分の画風を生徒たちに教えるというよりは、アカデミーに学ばせた。
ということは…変な書き方だが、かえって自分の画風はモローだけのものになった、という逆説が考えられるのではないか。つまり、自分にしか描けないことは亜流を生み出さない結果となり、鑑賞者が大きい美術館の中でも誰が見てもこの画風はモローの絵だ!とすぐにわかるような、自分だけのものが残ったのではないか。
逆にいえば、多くの研鑽を重ね、自己の独創性を追及し続けたからこそ、生徒たちに古典の絵画の研鑽を、しかしながら生徒たちに自己のスタイルと確立させる導き手になったのかもしれない。
この後、20世紀の美術に欠くことのできないジョルジュ・ルオーやアンリ・マティスらが出るが、その導き手としてモローというなくてはならない教育者の存在もあった。

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30年近く住んだ、阪神淡路大震災のときでも壁にひびが入ったぐらいでなんとか建っていた我が家であったが、家屋の老朽化に伴い、築5年の同じ町内の新居へと引越しをすることとなった。引越しは9月末に話が決まった。
そこで、先月から徐々に新居へ持って行く物、この際だから思い切って処分する物などの整理をしていたわけだが、そういう作業をしていると、いつ買ったか、誰からもらったか分からない、それでいて使えないようなものまで出てくるのは、いわばパターンである。が、しかし中には首を傾(かし)げるものもあったりする。
↑のプラモデルは確かに自分が小さい頃に組み立てたものだ。F-1のサンマリノGPで他界したアイルトン・セナと、中嶋悟が1987年に乗っていたロータス・ホンダのマシンのプラモデル。どこでどんな風に無くなったか忘れてしまったが、右のバックミラーがないまま整理中に出てきた。



CDが市場に出回る前に活躍していたテープレコーダー(カセットデッキ)。廃品回収業者ですら持っていってくれないので分解した。中には電池が残っていて、腐食していたりしていたが、こうやって分解してみると技術の粋というものをまざまざと感じる気がする。



上に用いられていた基盤のアップ図。昔思い描いていた未来都市のモデルみたい。


さて、この記事のタイトルにふさわしいものの登場である。大衆漫画の金字塔「サザエさん」が好きな方には伝説とさえいわれる「全自動卵割り機」に匹敵するぐらいの物だと、個人的には思っている。



その名も「電気卵ゆで器」

 



使った覚えがまったくないのだが(笑)


卵をセッティングしている時間でゆで卵が出来てしまうとツッコミが入っても仕方あるまい。ちなみに説明書によれば「かたい」「ふつう」「やわらかい」のどれかを選んで茹でられる。その際に左にかろうじて写る水の計量カップが活躍するのだ(笑)。



高校に入って間もなくして、漫画類はすべて買い取り店に売ったつもりだったが、この一冊だけは残っていた。市場でどれほどの値打ちがあるか分からないが、この作品はすごくよく出来ているリアリスティックなボクシング漫画だと思う。残っていて本当によかった。



これを見て、すぐにピンと来た方は、非常に懐かしい思いをされたのでは?と思う。レコード・プレーヤーの(サファイアの)レコード針である。本来は上下逆につけるもので、撮影の都合上あえてひっくりかえしてある。



レコード・プレーヤーとLP盤レコード


我が家には主にクラシックと60年代ポップスのレコードがあるが、押入れの奥にずっとしまいこんであった。両親はいつかまたレコードをかけてみたいと思っていたものの、この引越しの機会まで鳴るかどうかも分からない、交換用のレコード針が手に入らないかもしれないレコードのプレーヤーのことは、ほったらかしにしていたようなのである。
自分としてはCDが手に入る今、思い切ってプレーヤーは中古のオーディオを扱う店に売ってもいいのではと思っていたが、両親がともに新居に持っていくと決めた。
そうなるとプレーヤーの細部にいたる部分までの掃除や点検などの面倒を見るのは私になったわけであったが、一通りやってみるとレコード盤が回るではないか。左に写るカセットテープの再生は機能しなかったが、レコードは動いたのである。
あとはレコード針をどう見つけるかだけだったが、幸いにもネットオークションでダイヤモンドの針を格安で入手できた。出品者の方に感謝である。
針を交換し、画像にあるLPの「くるみ割り人形」(チャイコフスキー)をかけた時の感動は、どう表現していいか分からない。贅沢というか至福、デジタルではない生身の音がよみがえったという嬉しさ、よみがえらせたという自負が渾然一体となった感情を味わったのだった。
ときどき、CD(の音)はパソコンや携帯型のプレーヤーで電子データとして残り、CD自体はアナログのレコードよりも早く姿を消すかもしれない、オーディオマニアやレコードの音の良さを知る人がいる限り、アナログの方が残りつづける可能性があるという見方を耳にするが、分かる気がした。昔のオーディオを買いあさるつもりはないが、ただこのプレーヤーだけは残していこうと思った。
そうやって狂喜乱舞している最中、、別の部屋では今使用したら危ないやろ?と思うような電気毛布が押入れの奥から出てきた。なんとスイッチが「入」と「切」しかなく、温度調整のつまみなどが見当たらないのである。なぜそんなものがあるのか、謎過ぎる(笑)。しかし謎過ぎる物が時代を感じさせてくれるのは確かだった。



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日本バスケットボールリーグのパナソニックトライアンズ対日立サンロッカーズの試合を、京都市体育館まで見に行ってきた。バスケの生での観戦は、昨年のWリーグ以来である。
用事があったので前半の第二クォーターからの観戦だったが、久々のスポーツ観戦となるといろいろなものに目が行ってしまった。
日本で最も人気のあるバスケットリーグだけあって観客も多かったのだが、応援団や学校の部活単位での団体で観戦している一団のなかには、通路に荷物を置きっぱなしにして一般の観客の移動を妨げたり、足を放り出したりして座るどっかの高校生のそばを通ると、他人様にいわゆる「めんちぎり」してガン見する者がいたりと、マナーの点で若干気になることがあった。まぁスポーツ観戦の現場では、どのスポーツであれ多かれ少なかれ、起こりうることかも知れぬ。
しかし、運営の面は前のバスケ観戦とは異なり、どっちのチームがホームコートとしてプレーしているか、はっきりしていたし、ホームチームのオフェンスとディフェンス、そしてハーフタイムやタイムアウト時の音楽に変な音が入ることもなく、メリハリがあってよかったと思った。


動きは激しく、速い!

後半からは1F席に移って観戦したが、2Fとは段違いの迫力だった。選手同士のぶつかり合いや、ダンクシュートのビッグプレーなどを目の当たりにすると、自分も気分が高揚してくるのがわかった。デジタルカメラの電池を充電し忘れて、携帯のデジカメで代用し残念に思ったりと、ちょっと余計なことに意識が行ってしまったりした。
そういう意味では自分のデジカメのことなど気にならなかった全体のゲーム展開が分かる2Fでの観戦のよさについても、少し分かった気がした観戦だった。
ゲームはホームのトライアンズが前半にリードを広げ、サンロッカーズは追いつくきっかけをほとんど見出せないまま、少ないチャンスを活かしきれないまま終った、という感じだった。


ローマ兵?を意識したかのようなトライアンズのマスコット(笑)

試合後はコートで選手達がクールダウンをしていたが、その後ロッカーに引き上げるときにファンの手にタッチする交流も当然のように行なっていたところがよかったと思う。実際、私個人もプロのバスケの選手に触れられるとは思いもしなかった。こういうことって大事なんだなぁと、一観戦者として肌で体験した。

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『トム・ジョーンズ』を読み始めたとたん「イギリス臭」を感じ始めたことは既に書いたが、その典型だなと思った箇所に遭遇した。(以下、少しでもネタ割れがいやな方は読まないことをおすすめする。)

主人公の「育ての親(母)」が夫と死別し、死んだ夫の後釜を狙おうとする宗教家と道徳家が、未亡人の近づくにあたり、道義的な問題はないかと考えるのだが、その際に自分を納得させた「論理」の進め方が、いかにも「イギリス臭」らしいと思った次第である。

…若いころからついぞ美人との評判も立たずしかも今では人生の下り坂のほうに少し踏み込んでいるこの婦人に希望の目をむけるというのは、めずらしいことと思えるかもしれない。が現実の世界では莫逆の友も親友も、友の家の特定の女性に自然に心を寄せる傾向がある――つまり相手が金持ならその祖母、母、姉妹、…(略)…あるいは小間使いに。
 ただし読者諸君は、スワッカムやスクウェアのような人がらの人物が、かたくるしい道徳家からはいささか非難を受けたこともあるこの種のことを企てるのに、まず入念によく調査し、またそれが(シェイクスピアの言葉を借りれば)「良心の問題」であるかないかを考えてみなかった、と想像してはいけない。スワッカムは、隣人の妹に欲情を起こすことは聖書のどこにも禁じてないと考えて、計画さしつかえなしと判断した。また彼は、すべて掟を解釈するにあたってはExpressum facit cessare tacitum というのが原則であると心得ていた。その意味は、「すべての法の制定者がその意図を明らかに書き記している場合、吾人の好き勝手な解釈は許されない」ということになる。されば隣人の持ち物を貪るべからずと定めた神の掟に特定の女性がいくつか挙げてあって妹という言葉が落ちている以上、彼はこの計画を合法的なりと結論したわけである。
(第三巻の六)

私は『ヴェニスの商人』の「契約書にない血の…」という場面を即思い出した。『トム・ジョーンズ』の第三巻の六からの引用は、「イギリス臭」というよりシェイクスピア臭といったほうが適切かもしれない。
なんというか、私はこの論法こそがあの国の秘密であり、未だ世界を覆い尽くしている文による不文律の一形態のような気がした。
もとをたどれば、現代に脈々と受け継がれている法による統治の形をつくったのは古代ローマだ。ということはこの手の論法がイギリスに上陸したのは、カエサルがブリタニアに上陸した時としていいのだろうか?(笑)。
しかし、ローマは論に負けても理に勝つようなことが、より認められていたような印象を持っている私としては、古代と近世とでは性格の相違があるように思えてならないのである。

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ご覧の通り、初めてモバイルポイントと呼ばれる無線LANをつなげられる場所に、自分のノートパソコンを持ち込んで、ネットに繋げているところの写真である。
昨年末にデスクトップPCがつぶれ、今のノート型に買い換えたとき、いつかこういう日が来るかもしれないと思ったものだが、それが今日という日になった。
私の本格的なネット歴はそこそこあるつもりだが、自分のパソコンを外でネットにつなぐという体験は初めてである。
これからは機器の管理により気をつけたい。それにしても機材さえ揃っていれば、外で撮ったデジカメの写真をその場でこうやってアップロードできる、なんともすごいものだ…。

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