若気の至りムンムンの頃に見てたら、ものすごい影響を受けたであろう熱い映画を見た。実在したアメリカの毒舌漫談家レニー・ブルースの後半生を描いた『レニー・ブルース』である。監督はボブ・フォッシー、主演ダスティン・ホフマン。
レニー・ブルース(本名レオナルド・アルフレッド・シュナイダー)は1923年ニューヨークの下町ブルックリンのユダヤ人家庭に生まれ、その家庭環境から世間の良識や常識を別アングルで観察する少年期を過ごした。16歳で家出、それから2年間はロングアイランドの農場に住み込みで働いたが、その期間がもっとも快適で愛情に満ちた日々であったという。
1942年、未成年だった彼は見習い水兵として米海軍で戦争を体験する。戦場で極限状態や不条理を何度も体験した彼は、除隊を決意、「陸軍では頭がオカシクなると除隊になる」という話をヒントにして、わざと婦人海軍部隊の制服を着て夜な夜な戦艦のデッキを歩き回る行動に出た。精神科医の診察や軍法会議を経て除隊した彼は、こういった戦争体験をのちにコメディに活かす。
戦争で気がふれた感覚を活かして、戦後、毒のこもったユーモアがふんだんにあるシック・コメディを、レニーは1950年台後半から60年代にかけて公演した。その内容は(映画でも描かれているのだが)社会や人間の持つ矛盾を見事なコメディに料理して見せている。作品の中で黒人の観客もいるなかで蔑視用語である「ニガー!ニガー!」を連発して、最後には「ニガー!」という言葉から差別的な語感を取り除いてしまう場面などは本当にすばらしい。どういった風にすばらしいかは漫談や落語の小噺の構成などをイメージした上で、実際に映画をご覧になっていただきたい。
ところで、今回みたDVDにある解説には、ビートルズが1963年ロイヤル・バラエティ・ショーでの演奏の最中、エリザベス女王の前で、ジョン・レノンが
「安い席の人は手を叩いてください、その他の人は指輪をガチャガチャ鳴らしてください」"Will the people in the cheaper seats clap your hands? All the rest of you, if you'll just rattle your jewelry."(宝石と訳されることが多いが、ここは指輪の方がいいように思う)
と言ったこのセンスを、『レニー・ブルース』と絡めて論じている。イギリスでは戦場で爆撃に見舞われ「気が狂ってしまった」その感覚を活かし、戦後のラジオ・コメディ番組をつくった人がいるのだ。そのなかの一人にスパイク・ミリガンという人がいて、彼のつくる番組「グーン・ショー」でミリガンのつくるコントは、およそ常人では思いつかないような支離滅裂なものであり、描かれる不条理は凄みのあるものだったという。のちのイギリスのコメディで「グーン・ショー」の影響を受けていないものはないといわれるほどの番組を、ジョン・レノンは10代の頃に大ファンとして聴いていた。
レノンは多くのジョークを飛ばしたが、彼が影響を受けた社会の不条理や欺瞞を衝くシック・コメディは戦争体験から得た感覚でつくられたもので、その変遷が未だに語り草になるというのは実に興味深い。毒のあるシックなトークやその中のジョークが、本質を衝いているものならば、言語や国を超えて理解される、『レニー・ブルース』ではそのことがよく分かる、そういったことをいろいろ考えさせられる映画だった。
| Trackback ( 0 )
|