デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 




先日、また運動がてら大文字に登ったのだが、登り始める前の自転車での移動時から天気が怪しくなってきた。












それでも火床までは雨にかろうじて遭わなかった。
しかし、数分休んでいると徐々に南の方の雲の具合が…まさに風雲急を告げる。


きつい雨が降っている地区があるのが分かる










































雷光を撮ろうとしたがうまくいかなかった

完全に雨は上がらなかったが、暗くなる前にさっさと下山した。

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学生の頃、私を政治団体に勧誘しようとしてきた人々、先輩や同期の人間はせめて『静かなドン』のようなこういった本を読んでから政治運動に身を投じるべきだったんじゃないかな、と後の祭り様なことを考えてみたが、恐らくそういった先輩やその先輩を勧誘した人たちも、『静かなドン』を最後まで読みとおせた人はいなかったのでは、というのが読了直後の感想だった。
さて、読書が趣味でない人がつまむ程度でも、ロシア文学・ソ連文学について急遽話しのネタをこしらえたいのであれば、プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』、レフ・トルストイ『戦争と平和』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、チェーホフ『戯曲・短編集』そしてショーロホフ『静かなドン』のあらすじ本を熟読すれば大体「通」とみなされるかもしれない(笑)。逆に言えば『静かなドン』は欠かせない。
すぐれた小説には、畢竟「人間とはなにか」といった視点で書かれ、また読者にもそのテーマを深く考えさせるところがあるように思うが、『静かなドン』もそういったすぐれた小説である。
物語が後半に入ってくると、これはもう革命と反革命の各々の側についたドン地方の地元民同士の暴力の応酬・因果応報の話しになってくるが、どうしてそうなったのかといえば、戦争のせいなのであり、またコサックの歴史や政府の政策を背景にして、新思想に感化されて新体制で成り上がり官僚的になってしまい人よりもシステム(保身)が大事になってしまう者らが引き起こす略奪行為、それからわが身を守ろうとする者らの応報からの殺し合いが延々とつづくせいなのである。そうした中での、本編に登場するグリシャカ爺さんが白軍のついたグリゴーリイと赤軍で成り上がったミシカ・コシェウォイに、自省を促すため聖書を読み聞かせたところで、何の功も奏さない場面は極めて印象的だ。
赤軍にしろ白軍にしろ、食糧徴発部隊やそれに反抗する徒党にしろ、「正義のため」と称し、やっていることは私怨を晴らしたり女性を強姦したり弱者を痛めつけて食糧を奪い去り飲んでしまうといった行為である。その事実を容赦なく描いてあるところは読んでいて辛いが、よくぞ描いたと思う。このあたりの描写については、セリーヌの『夜の果ての旅』を社会主義運動の錦の御旗にするには人間憎悪が激しすぎると評するくらいの迫力がある。実際、『静かなドン』は当時のソ連政府が好むご都合主義な視点から「革命」を描いているわけではないし、「革命」を賛美するにも到底無理な内容であることは明白である。
しかし、悩ましいところだが、戦争によって略奪される民衆・弱者も、かつては戦争を支持し戦局が順調な時には熱狂した人々なのだ。その人々は、戦地で負傷し、勲章を得たり部下を束ねる立場へと出世したりして凱旋すると、望んでもいないのに身内の家族が勲章を見せびらかしに町中を練り歩いたり、自分の息子が戦功を挙げた戦士だと英雄扱いされるときには自慢し有頂天でいることができるのである。小説の終盤で「なまり」のある農婦が、鞭を手にするフォミーンに対して「正論」を言い放つ場面は心を打つが、その「なまり」のある農婦も「かつての熱狂」を味わっていたであろうことについては、私の頭からずっと離れずにいた。
家をきりもりすることを日々たんたんとこなす者、畑を耕し河で魚を獲ることに生きがいを得ている者、勤勉で真面目な労働者や学生、そういった普通の人々が、どうしてこうなった、また、どうしてこうなるのか。戦争で家の男手(働き盛りの夫や将来を託せる青年)が死亡し、家族の悲しみだけにとどまらず地域が疲弊し、そういった所で生き残って、苦労しながら年をとって初めて「どうしてこうなった、また、どうしてこうなるのか」に気づくのだ。
『静かなドン』はなんとなくタイトルから私は国破れて山河ありというイメージが得ていたのだが、最後のページを読み終えてこのイメージを抱き続けていてよかったと思っている。革命期に翻弄された様々な登場人物たちによる目を背けたくなるような描写を通し「人間とはなにか」といった問いにショーロホフは答えてくれている。

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ショーロホフの『静かなドン』読了。感想は後日まとまれば書く。

NHK BSで放送された街歩き番組で二週連続でサンクト・ペテルブルグを歩いた放送があった。その中で、かつて歩いた場所であり小説ゆかりの場所であるところがじっくり映っていた。映像の中の白夜のペテルブルグは美しく、とても懐かしく感じた。チャイコフスキー作曲の戯れ歌には笑った。

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映画「サラエボの花」を見て一時間も経たないうちに、ファストフード店でショーロホフの『静かなドン』の続きを読んでいた。
私から一つテーブルを置いて、勉強している学生がいたので、これは静かに読めるわいと思っていた。しばらくして、横の席にかなり年配の女性と大手のちょっと有名なデパートの紙袋を持った中年の女性と三十台前半ぐらいの男性という三人連れが座った。
あー、ついてない、と思いつつ気にしないように読書を進めていた。しかし、中途半端に声が大きく、いやでも会話内容が聞こえてしまうのであった。
いやらしい話だが、三人づれのその会話の流れと内容が嫌でも気になってしまった。どうやら年配の女性を顧客に持つ中年の男女という構図らしく、「株の配当が出て、本当によかった」と年配の女性に対してとすごく丁重に言葉を選びながら中年の女性の方がその場の会話をつづけようとしている。
会話は株の配当の話しから、世間話、年配の女性が着ている服がヨーロッパのどこどこで作られた生地のしっかりしたものだとか、外国で食った料理に舌鼓を打ったとか、株の配当が出た割にはファストフード店のフルーリー一個で続ける会話とは思えないようなものだった。
しかし、外国で食したものが時に戦前の日本の食糧事情と似たものに出くわしたことの回想が、年配の女性の記憶を鮮やかに甦らせたのか、18の少女だったころの学校の訓練で、アメリカ軍が本土に上陸してきたことを想定し、兵が来るという設定の下、木でこしらえた鉄砲で「敵」を撃つ訓練をやらされ、おかしかったことといったらありゃしない、といったことを、年配の女性が語りだした。
私は語りに火がついたな、と思った。それからというもの、中年の女性が「聞き上手」に徹する更に低い物腰で、年配の女性を語らせるように相槌をうつ。男の方も「その時代、誰もおかしいとはいえなかったんでしょうねえ」と負けてはいない。
年配の女性は空襲の際、電灯の光が家からもれないように電灯を布で覆ってこと、完璧に覆ったはずなのに、近所の人から文句を言われたこと、その文句は年配の女性がピアノを練習していたときに空襲に遭い、音が漏れていることと混同されて近所が文句を言ってきたことなどを語り、終戦が近づくにつれて食べ物であればなんだって食べた話しへと移っていった。
芋のつるは今でも郷土料理として食べられているところもあるが、戦前のことを思い出すご老人は食べたがらない人もいるそうですねぇと、中年の女性が話題を加速させるのを聞こえてしまうなか、私は『静かなドン』のダーリアがシドリン将軍から褒章をもらってからたどったエピソード、パンテレイ・メレホフの一家が散り散りになっていくさま、そしてナターリヤの悲惨な運命をグリゴーリイが知った場面を読み、抗争や戦争、紛争の映画・小説・生の語りを数時間のうちに鑑賞したり読んだり聞いたりすることになったことで、「なんて日だ。しかし印象に残る日には違いない」と思いながら背筋を伸ばしたり腰を少し動かしたりしていた。
そのとき、男の方の様子が目に入った。「お客」とはいえ明らかに長い語りに辟易としているのが分かるように身体を背もたれにもたれ、視点が定まらず、そわそわしようとするのを隠すにも隠し切れないようすであった。それでも中年の女性は「接待」をやめようとしない。こりゃ長期戦だなと、正直私は思い、「はて? それにしても戦時中にピアノある家庭もあるにはあったろうが、電灯の光が漏れるうんぬんで文句言われるのであれば、少なくとも夕刻、夜の空襲時であろう。しかし夜にピアノなんて弾けたんか?」などと聞こえてくる話しに対して、愚かしい疑問を頭の中でこねくりましていた。
そして、時は来た。年配の女性の話しが落ち着いてきて「何より平和が一番」という締めが何度か繰り返された直後、中年の女性が間髪いれずの見事なタイミングで「配当も出たことですし」と言い放った。その一言で三人に共通の満面の笑顔が戻り、おしゃべりを「満喫」した三人連れは満足げに、うち中年の二人は接待の態を崩さぬように店を後にしていった。
ただの話しだと私は思うように努めた。人が人と話す限り話題と言うものはころころ移り変わるのが常だし私もそのように思う。しかし見た映画や読んでいる小説のこともあってか、私の中で何かが引っかかった。
しばらくの間、気を落ち着けてから、私はナターリヤがたどった運命の最後の描写まで読み進めた。

つづく

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先日、消し炭拾いに行ったあとの筋肉痛は普段の運動不足をまさに痛感させられるものであったので、登れるときには登って足を慣らしておこうと思うに至った。



これらの画像と撮ったときは、今年3度目登山であるから、一年ぶりに頂上に行ってみようと思った。夕景を狙える時間帯に行けたのはよかった。















デジカメの機能に「WIDE」というものがあったので、試してみた。しかし通常で撮った分の上下をカットし、中央部をすこしズームした程度ほどの差しか無いことがわかったが、広角を意識したいときに使ってもいいとは思った。



雨が降る前兆のような空だったが、降らなかった。






カメラの機能の夕景モードせいでもあるが、オランダの風景画の夕景っぽくなった。

夕陽を見るのもいいが、ずっと火床にいるとすぐ暗くなり足元が見えづらくなるので、明るいうちにさっさと下山したほうがよい(笑)。

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