デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 




ワット・チャイワッタナーラームまで来るのに使用したルートをちょうど引き返す形で自転車を走らす。走っている間、レンタサイクルでバイクを借りて走る外国人旅行者を見かけたり、私のように自転車を借りて町をまわる旅行者とすれ違ったりする。旅行者同士、すれ違いざまに互いに帽子に手をやって軽く脱帽し合ったりして楽しかった。


 



灰燼号、ふたたびオールド・ロッブリー川に

 



暑ければ木陰で休むことも

 


 



一般の民家のようだ。乾季は過ごしやすそうな家だ

 



左の道を行きたくなった

 



熱帯という感じである


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他にも見たい遺跡がある
ので、なくなく出口に向かう






いい感じの絵葉書が売っていた。
一枚5~10バーツ。5枚ほど購入。



アユタヤで最初に来た遺跡がここで本当によかった


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入口のあたりまで戻ってきた









中央の仏塔が背後の仏塔と重なり合う見え方をする地点へ。
寺院が美しい左右対称に見えるように造られていたのが分かる。


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動いてよかった…

前回の最後に書いた「独りで泣きそうになるほど焦る出来事」というのは電源を切ってもデジカメのレンズが収納されず、再び電源を入れてもレンズがピクリとも動かなくなってしまったという事態であった。
レンズの伸縮部を無理に引っ張ったり押し込んだりするとカメラ自体が壊れてしまうので、炎天下の中、頼むから動いてくれと神だのみのまま電源ボタンのオン・オフをくりかえす始末。
こりゃ今回の旅行での画像は諦めねばならんかなと思って、どうせ諦めるならとダメもとの南無三でレンズの回りを吹いて軽く叩いた。すると2・3分後にレンズが仕舞われ、電源を入れると正常に作動した。その間10分もなかったのだが、もっと長くかかったように感じた。












同じようなショットが続いたのはよほど「一時的な不具合」がまた起こる前に撮り溜めておこうと思ったからかもしれない。

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自分の足で採りに行ける所のわらびが、今年の採り収めとなった。まだ生えていることは生えているのだが完全に開ききってしまい食すには向かない。
また来年もこの食感を味わいたいものだ。

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大きな仏陀の坐像の表情はやさしかった












この画像の直後、独りで泣きそ
うになるほど焦る出来事があった。


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「天空からの招待状」という邦題がついている齊柏林(チー・ポーリン)監督「看見台湾」(2013)。このドキュメンタリー映画を知ったのは映画の歴史を研究する四方田犬彦氏によるエッセイ『台湾の歓び』(岩波書店)のなかで「看見台湾」について触れられていたからであるが、ここ数年で台湾の人と知り合うことが多くなってきたというのもあるだろう。
四方田犬彦氏のエッセイからの受け売りで、いつもの山に訪れる台湾からの旅行者にこの作品について訊ねると、「心から感動した」、「友人が作品を3度見て3度とも泣いた」などの感想が返ってくるので、これは見ておかねばならないと思った次第である。
鑑賞中の印象としてはおそらく見当違いというか映画のコンセプト自体が異なるように思えども、私個人はソクーロフの「エルミタージュ幻想」やロバート・レッドフォードの「リバーランズ・スルー・イット」を見ているような気になってきた。帝政ロシアの時代の幻想と(ましてやあの反知性主義の代名詞たる釣りの映画とは)、空撮による「看見台湾」が目指した台湾の神話創生かつナショナリズムの提示とは異なるとわかってはいれど、自国にかつてあったまたは今でもある誇るべきものを堂々と映像化しましたというのは伝わってきた。
映画という形ではないにせよ、「看見台湾」に見るようなテーマは日本でも映像化されていることもあって「看見台湾」に既視感を覚えるところもあった。きっとどの国の観衆も「看見台湾」に見られる既視感には共感を覚え、自らの国の自然や伝統、そして現状について思いを馳せるのではないだろうか。

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道ができているとこの端っこには段差がある。
寺院の土台は胸元の高さぐらいになっているのだ。



中央にそびえる仏塔はクメール様式であるが、
カンボジアに対する勝利を記念した故とか…。



ガイドブックによれば1630年にプラーサート・トーン王が、母親の
ために建てた寺院がワット・チャイワッタナーラームなのだという。






アユタヤは1767年ビルマの侵攻を受けて滅びるが、侵攻
してきたビルマ軍はこの寺院に駐屯し、寺院を破壊した。


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慣れ  


連休中には祭りが行われる地区もある

この季節、いつもの山は新緑が美しくなることはここ数年ベテランの方から聞き、昨年も新緑が見れるところに行ったので、今年も行ってみたくなった。














二つの道が合流し一つになる場所に誰かが勝手につけた
ようである。それにしても誰がつけているんだろう(笑)












ここも誰が言い出したかわからないが
いつの間にやら「幻の滝」で定着した



























火床まできた

1月に弊記事をご覧いただいている皆様のほとんどが意味不明な記事だなぁと思うようなものをあげたが、「幻の滝」から火床まで下りてきて火床で一時間ぐらいしたころに、1月の記事のような心構えをもう一度必要とさせる出来事に遭遇した。
しかし今回、私はなんとも思わなかったし、次に登るのに勇気を奮い立たせる必要も前回ほどはないだろうことが、自覚できた。やっぱり三ヶ月半以上も経つと、人間心のうちが整理され、慣れてくるものだ。

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見る方向を変えてみる












壁面にはきっと釈尊や仏教の神話に
関する物語が彫られていたのだと思う。




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