デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



たぶんホオジロ

最初、スズメっぽく思ったが、スズメなら顔の模様が違うわな(笑)
三寒四温というだけあって衣服の調節が面倒な時期だが、いつもの山でホオジロの姿を目にしたりウグイスの鳴き声を聞いたりすると、春が近づいてきていると感じる。

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自分の乗る便を確認する















寺院で見かけた神様が空港にも


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外の風景を撮っている間に空港に着いてしまった。

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鶴間和幸『人間・始皇帝』(岩波新書)読了。

作家や画家で「史記」を読み込んでいる人もすごいなぁと思うが、始皇帝を「史記」の内容だけで語ってしまうのではなく新たに出土した竹簡や木版から始皇帝の実像・生涯に迫ろうとする第一線の研究者はすごいなぁと感心させられる本だ。また新たな考古学的発見と「史記」の内容を単に比較するのでなく、「史記」の内容(時系列)を分析し「史記」を完成させた司馬遷の始皇帝に関する見解に不自然な点があることを指摘している章には目を見張った。いくら膨大な史料を扱えた司馬遷だって始皇帝に会ったことはないわけだし、時に「史記」の始皇帝像が始皇帝の死後100年以上経ってから書かれたものであることを忘れがちな私には一種の戒めになる。
長城や直道を造ることを命じた始皇帝は巡行でもって不老不死の薬を探そうとした話は有名だが、巡行はむしろ、のちのローマ帝国のアウグストゥスの右腕アグリッパや、そのまたのちのハドリアヌス帝が帝国中を視察してまわったようなものであろう。いくら一統支配が確立したとはいえ、制圧した周辺国や郡県の官吏にこれからの政治システムについて知らしめないと中華世界の統治など絵に描いた餅だし、また現実的な問題として北方の蛮夷が脅威であり続けたことから中華世界の威信を示さなければならなかった、統一後の秦はそれだけまだ不安要素を抱えていた帝国であったのだ。よく東方の思想に感化され不老長寿を求め旅に出たことを始皇帝の後半生の重大エピソードとして強調されるが、事は不老長寿のエピソードに矮小化できるものではないと今回改めて思った。新たな研究を踏まえ冷静な視点から描かれた始皇帝像に触れたい人にはぜひおすすめしたい本だ。

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名残惜しさのせいで空港まで車窓から何枚も写真を撮った。バンコクの郊外は計画的につくられた区画がけっこうあった。

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村松伸(文)・淺川敏(写真)『図説 北京三〇〇〇年の悠久都市』(ふくろうの本・河出書房新社)読了。

おそるべき内容の濃い本だ。
中国の北京を旅行したことがあるが旅行前に何冊かの本と中国の英雄伝説を採り上げたテレビ番組を見て旅行に臨んだ。しかし、この本を読むと肝心要のことを適当に流したまま何も知らないままの北京旅行だったことを痛感させられる。
白眉はやっぱり紫禁城の章だった。皇帝の生活に触れつつ儒教と道教と風水の考え方が、紫禁城の建物の中国独特の空間秩序にどれほど大きいものとなっているか説明している箇所には舌を巻いた。
北京の中心から少し離れた所にある円明園の説明も充実していた。円明園は廃墟好きにはたまらない遺跡ではあっても、破壊される前の姿やなぜ英仏軍に徹底的に破壊されたのか知って入園するのと、知らずに入園するのとでは心に迫ってくるものが全く異なる。私は知らずに入ってしまったほうだが、本の記述を見て行っておいてよかったと思う。園のことを思い出す度にこの本の助けを借りたく思う。

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