デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



『ガリア戦記』はユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー、前100年-前44年)によるガリア地方への戦役の記録である。ガリアというのは、大雑把にいえば今のフランスやスイスやベルギーやオランダのあたりで、そこでは多くの部族(政治的単位)があった。
多くのガリアの部族にしてもローマにしても国境は地続きなのだから、それら政治的単位の間では、部族の利益が絡んだ問題が何かと起こりがちだったらしい。そこでカエサル率いるローマ軍がローマと「盟友」関係を結んでいた部族とかかわって、今のイギリスにあたるブリタニアに至るまで、戦役という形で遠征した。『ガリア戦記』はローマの元老院への報告書なのである。

さて、多くの人が評するように、戦記はたしかに簡潔・明瞭・洗練、なのに詳しい内容で、読み手の想像力をかきたてる、と思った。報告書ではあるものの、時にまるでパワーインフレを抑制した漫画みたいにも読めてしまう。
もちろん、敵方の軍勢の数値なんか誇張があるだろうし、ローマと戦った相手方のカウンター資料が分からないので、私は「真実」を想像する余地を残したいのだが、それでもなお戦役時にカエサルやその部下たちが経験した成功や身内の失敗(過失)、喜びや苦しみや怒り、悲しみをこの淡々とした記録から感じ取るのは難しくない。
それにこの戦記では、経験から得た金言が随所にちりばめられているところも魅力であると思う。戦役というのは半分以上が地固めと諜略(策略)であり、それを遂行するには情報収集力をフルに発揮したり、その上で最良の判断を素早く行ったりする。また戦闘が起これば、不利な状況に陥った場面を、なんとか打開しなければならないこともある。そういった際に重要なことが、淡々した報告書のなかに、ふっと盛り込まれていたりする。これらの金言は、現代でも大いに参考にされて生きていると感じた。
ちなみに私が手にした『ガリア戦記』は近山金次訳の岩波文庫版で、私自身戦記というものをほとんど読んだことがないことに加え、訳文が古め?なこともあって、熱狂してむさぼるように読めたとは百歩譲ってもいえない。睡魔に襲われつつもなんとか最後まで目を通せた、という一面もあるかもしれないが、この翻訳はかなりの労作だというのは分かった。それにいわゆるピー音が入るような「言葉狩り」の影響をほとんど受けてないだろうし、戦役時の他部族に対するカエサルの見方の"実際の泥臭さ"がうまく表現されているかもしれないと思う。実際、慣れてくればおもしろく読める本だった。

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