田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

愛の賛歌(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-30 05:12:23 | Weblog
2

鹿沼から隼人は直人の部屋にもどった。

同じ階に内閣府直属の特殊犯罪捜査室がある。
室長の黒髪秀行とは密に連絡が取れる。
麻薬の低年齢層への蔓延を恐れた政府が創設した。
関東甲信越麻薬取締官事務所とは別にこの機関を設けた。
新世紀に入ってからだ。
隼人は持ち帰った麻耶翔太郎のCDをたちあげた。
CDには翔太郎の行方を捜す手掛かりとなるような記載はなかった。
翔太郎が生涯かけて追究した日光の裏の歴史。
鹿沼の裏の歴史。
勝道上人と日光忍軍がオニガミと戦った履歴が綿密につづられていた。
隼人の先祖のことものっていた。
翔太郎の行方は彼らの必死の探索にもかかわらず、わからない。
直人のCDには美智子への個人的な思いがはいっていた。
二枚のCDをその夜隼人は読んだ。
美智子さんに捧げる百本の薔薇。
直人の詩のように美しい文章がつづられていた。
そのパートだけプリントアウトした。

隼人は明け方になってテレビをつけた。

渋谷の百軒店の路地で。
服飾デザイナーの大津健一が逮捕された。
と報じていた。
容疑は麻薬法取締違反。
同伴していた。妻。女優の酒の谷唄子は。
任意の同伴を拒みそのまま街の雑踏のなかに消えた。
とつづけた。
日本の芸能界の知識のない隼人はピンとこなかった。
マスコミはたいへんなさわぎになっていた。
ともかく人気抜群らしい唄子の夫が路上で警察に連行された。
そして彼女は行方不明。

隼人は直人の詩をプリントアウトしたものを美智子の前に置いた。
美智子は椅子から身をのりだした。
「なにかしら」
「それから、これも。直人の部屋にありました」
黒髪室長からあずかってきた。とはいえなかった。
婚約指輪を偶然直人の机の引き出しで見つけたことにした。
どうやら、直人は表の姿しか美智子には見せていなかった。
表の顔はプロのカメラマンだ。
あたりまえのことだ。
麻薬捜査官の身分はかくす。
身分は秘密にして置くことになっている。
秘守義務だが、恋人にも身分を明かすことができないで辛かったろう。
「直人は霧降からもどったらわたしにプロポーズするきだったのね。
マジなんだから。わたしはとっくにその気でいた。
恋人以上、妻未満。早く結婚したかった。
わたしは彼の妻であるとおもっていた」   
美智子は婚約指輪をとりだして指にはめた。
「直人。ありがとう。ずっと待っていてよかった。
これからも、いつまでも直人を待ちつづけるわ」

美智子のようすがおかしかった。
もう会うことはできない。
どんなに思っていても、会うことはできない。
ようやくあきらめかけていたのに、心ないことをしてしまった。
と……隼人は反省した。
 
直人のエンゲージリングわたすべきではなかった。
直人が美智子さんに捧げた愛の詩。
機会をみて、ようすを見てわたすべきだった。
直人への想いに美智子は涙ぐんでいた。
ようやく忘れかかけていたことを思い出してしまったようだ。
悲しそうな顔からなみだがはらはらとおちてきた。
人前では見せることのできない悲しみ。
スターの顔ではない。
家だからみせることのできる悲しみのなみだだった。
隼人はなにもいえなかった。
慰める言葉。
悲しみを癒す言葉。
励ましの言葉をかけることができなかった。

このとき、二階の階段から女性がおりてきた。
ジーンズに、襟に毛皮のついたハーフコートをきていた。
テレビで見たばかりの酒の谷唄子だった。
「ダメじゃない、唄子。部屋にいて」
「こちら……あらぁ、直人さんにそっくりじゃない。
これって、どういうことなの」
「だからぁいったでしょう。直人の従弟なのよ」
「だからソックリなのね。いいなぁ。
わたしはとうぶんダーリンと会えないな」
隼人が目礼をかえす。
「酒の谷唄子です。美智子とおなじバンビ事務所に所属していますの」
という言葉がもどってきた。
「わたしのセンパイなの。
トラブルにまきこまれてプレスの人たちに追いかけられているの……」



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第十二章 愛の賛歌/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 21:43:42 | Weblog
第十二章 愛の賛歌

1

翔太郎は美智子のメールを読んでいた。

翔太郎は駐車場の隣の? 部屋に閉じ込められていた。
コンクリートの打ちっぱなしだ。
建築中のビルなのだろう。
ときおり車の発着音がかすかに聞こえてくる。
あまりにイメージしたとおりの状況だ。
だから、拉致された場所がどこなのか、あまり気にならなかった。
彼らは翔太郎を部屋に置いて、なにも訊かなかった。
拉致するだけがいまのところ目的で、それから先の指令はうけてない。
そう推察した。逃亡の方法をあれこれかんがえることもあるまい。
じたばたしても、はじまらない。
この間に、懐かしいメールを読み返して置く。
翔太郎にはそんな余裕があった。

美智子のメール。
鹿沼をでるとき、妻の智子がプリントアウトしてくれたものだ。

翔太郎ジイチャン。
わたし悲しい。
直人とはずっとずっといっしょにいられると思っていた。
婚約した訳でもないのに。
世間的には恋人以上婚約者未満。
でもそれ以上の気もちだったのよ。
ジイチャンと智マミみたいに。
小さな田舎町でオバアチヤンになるまで。
いつもそばにいられると思っていたのに。
わたし結婚したら……。
いつも直人のそばにいられるように。
芸能界は引退するつもりだった。
直人といっしょにいられるなら。
すべてをすてても悔いはない。
そう思っていた。
直人のこと好きで、好きで、どうしょうもないほど好きだった。
直人と生活を共にして、赤ちゃん4人くらい産んで、育てて。
わたしって、ほら、不器用だからうまく育てられるかな?
ばかだね。
まだプロホーズもされてないのに、そんな心配していた……。
だってね、直人と話していると、ずっとずっとむかしからいっしょだった。
そんな気もちになってくるの。わたしってシーラカンスなのよね。

すごく古い女なんだ。古い、古い女なんだ。
……とわたし的にはいつも思っているの。
生きた化石みたいなのよ。
シーラカンスなの。わたしは……。
ジイチャンは幸せだね。
ずっと、いつも智マミといっしょなんだもの。
わたしはママみたいに一人で生きていく運命をせおっているんだね。
ママにはわたしがいる。
わたしには直人がいない。
子どももいない。
こんなのって、寂しすぎるよ。
あんなに直人のこと好きだったのに。
愛していたのに、それをまだいってなかったんだよ。
愛してる。
なんていわなくても、こころはかよいあっていたもの。
言葉ではいえないほど、言葉が必要ないほどはじめから愛しあっていた。
こんなのって、おかしいのかしら。

アイコンタクトの瞬間。
一目で愛の旋律が起きた。

もうぽおっとしてしまつたの。
うれしかった。

わたしの愛しい人がここにいる。
ここに現れたって感じがした。

あの時のジャズは「枯れ葉」だった。
シャンソンからアレンジしたのに。
ジャズで一番人気の曲。
すばらしい演奏だった。
地元、宇都宮のバンドだった。
ジイチャン。
いつかわたしのほうが先に死ぬようなことがあったら。
わたしの日記やメールをベースにして。
「直人と美智子の愛の物語」を書いてね。
このメールを受け取ったときだった。
美智子が自殺するのではなしいかと。
おそれて……自由が丘に駆けつけたのは。

人を愛し過ぎる。
恋人のために死んでもいいと思う。
そう思いつめられる。
わが家の家系なのだろう。
智子との愛をおもいながら……。
美智子のいる自由が丘にいそいだ。

翔太郎は鹿沼の「マヤ塾」が炎上したのを知らない。
智子が命に代えて――夫のCDを守ったのを知らない。


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「マヤ塾」炎上(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 21:05:37 | Weblog
3

智子が倒れていた。
動かない。

隼人は頸動脈にふれる。
鬼に襲われ瀕死の状態でここに逃げこんだのだろう。
出血はない。
だが顔面蒼白。
かなりのダメージを受けている。
CDをもっていた。
眼をあける。焦点がさだかではない。
必死の形相で隼人にCDとメモリーをさしだす。

「これをうちの人に……翔ちゃんにわたして」

仲のいい夫婦だったのだろう。
若いときから夫を「翔ちゃん」と呼んでいたのだろう。

これがその最後の呼びかけになるかもしれない。

隼人はしっかりと智子のさしだしたCDとメモリーを受け取った。

消防士がきた。
まだ鬼にとりこまれていない。
隼人たちをののしらない。
制服警官がいるので態度が違う。
阿久津と智子の搬送は救急隊員に任せた。

里佳子がかけつけた。
ひと眼で状況をさとる。

「お母さん」

静かすぎる呼びかけ。
だからこそ、悲しみがこめられている。
本当の、深い悲しみはあとからやってくる。

隼人はキリコのところにもどる。
さらに火勢が強くなった。
鬼とキリコは塾の裏庭で戦っていた。
鬼は後生大事にパソコンを抱えていた。
智子が懸命に守っていたCDは隼人が受けとっとている。
PCのメモリーもすべて無事だろう。
「奥さんはたぶん助からない」
キリコはそれを聞くと裂帛の気合とともに鬼の胴に黒髪を巻きつけた。
隼人は身動きできない鬼に銃弾を撃ち込んだ。
遠慮することはない。
相手は敵だ。
敵は悪魔だ。
日本では、鬼といわれる。
悪魔、ゴーレム。
いろいろな呼び名がある。
吸血鬼とも呼ばれている。
いずれにしても、人の血を吸う、魔の者だ。
破壊されたパソコンだけを残して鬼は消えた。
「やったのか」
「たぶん、逃げただけ。あいつらしぶといから」


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「マヤ塾」炎上(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 19:20:01 | Weblog
2

アメリカ育ちの隼人には吸血鬼にみえる。
阿久津には普通の男に見えている。

「智子先生をどうした」
「さあ、どうしたのでしょうか」
ニカニカ笑いながら近寄ってくる。
「避けろ」
隼人は阿久津に声をかけた。
おそかった。
鬼の腕のひと振り阿久津が煙の奥へふっとんだ。

隼人は鬼の股間に蹴りをとばした。
丸太を蹴った感触だった。
「キリコのところに行った仲間をやったのはキサマらしいな」
鬼族だけがもつ燐光をはなつ目。
鉤づめ。
牙。
凄まじい形相で迫ってくる。

「隼人。コイツはわたしにまかせて。美智子さんのオバアチヤンを探して」
キリコがかけつける。

「こいつはたのしくなってきた。
キリコもきているのかよ。ふたりそろって始末してやる」
隼人は阿久津を助け起こした。
制服の胸が裂けてている。
血がはでにふきだしている。
奥を指差している。
なにかいっている。

「教室の裏側に、黒板のうらにパニックルームがあります」
よろよろしながら隼人をみちびく。
煙が吹きこんでくる。阿久津は煙にむせている。
柱の中ほどを叩く。
壁が動いた。
壁がするすると上部に上がっていく。


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「マヤ塾」炎上/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 17:53:16 | Weblog
第十一章 「マヤ塾」炎上

1

「住人は避難したのですか」
 隼人が訊く。
「消火の邪魔だ」
 消防士。
「知りあいなのです。麻耶先生の奥さんは無事に逃げだしましたか」
 制服の阿久津に聞かれた。
 それでも消防士はめんどうくさそうに顔をしかめただけだった。
 やはりどす黒い影におおわれている。
 オニガミに憑かれている。

「放火ですよ。なんにんも黒服の人が教室にはいっていったのを見た」
「めったなこというな」
 近所の主婦がいうのを夫らしい人物が手を引いて人ごみに紛れる。
 野次馬はさらにふえている。
 ひとびとのざわめき。
 消防車のエンジン音。
 火にはぜる木片の音。
 あたりは騒然としている。 

「麻耶さん」
 叫びながら隼人はまだ火の回っていない玄関からとびこんだ。
「先生!! 智子先生」
 阿久津があとから追いすがってきた。

「この奥が書斎です」
 塾生だった阿久津が隼人を案内する。
 煙がすでに家中に渦巻いている。
 ふたりが扉を開けた。
 その空気の動きでゆらぐ煙のなかに黒い影の存在があった。

「なにものだ」
 隼人と阿久津が同時に怒号した。
 広い書斎だ。
 机のパソコンに怪しい人影がかがんでいた。
 パソコンを持ってこちらを向いた。
 煙の中で男がニカっと笑った。
 鬼だ。


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鬼沢組(6)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 04:18:42 | Weblog
6

「じぶんは、マヤ塾の卒業生です。
鹿沼の出なので呼び出されました。
なにか先生の身にあったのですか」
「いまのところは、なんともいえない。
ただだれかが家の中にはいりこんでいる。
ヘリの降りられる場所はありますか」
隼人はキリコのヘリの着地場所を配慮している。
「塾の横に広い駐車場があります」

「だめよ。
燃えてる。
煙で視界がきかない。
燃えてるのは、たぶんマヤ塾だわ」
キリコのほうから連絡がくる。
「隼人!!あとどのくらい?」
「もうすぐ着く」
「いそいでね。
炎の上がっているすぐそばに野球場がある」
キリコが焦っている。
急かせる。
ただごとではない。

「いそいで。隼人のほうがさきにつける」
「御殿山球場だったら着陸するのには危険はありません」
「それより塾が燃えてるらしい」と隼人は阿久津にいう。
「あれですね。方角がまさに塾のあるところです」

二人にも黒煙が見えてきた。
覆面パトカーは街の東側の台地にたどりついた。
町の中央に火の手があがっている。
まだ、それほど燃え上がっていない。
車はスピードをあげてJR鹿沼駅前の道を下る。
橋をわたった。
駐車場に人が群れていた。
騒いでいる。
楽しそうに火事見物をしている。
隼人は人垣をおしわけた。
「なにするんだよ。畜生」
すさまじい怒号をあびせられた。
彼らが吐く息が黒い。
粘つくような声が隼人にからんでくる。
挑発しているのだ。
なんという群衆だ。
人の災いをたのしんでいる。
すきがあれば暴力をふるう。
オニガミの影響をうけている。
狂気を目にやどしている。
隼人は相手にせず、さらに前にでた。
まだ燃え上がったばかりらしい。
教室の窓から火が外に向かって炎の舌を見せていた。


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鬼沢組(5)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-28 23:12:16 | Weblog
5

隼人はそこで動悸がはげしくなった。
もうひとり襲われそうな人物がいる。

やはり麻耶姉妹、里恵と里佳子。
の。
予感は的中しているにちがいない。
里佳子は鹿沼に車をとばしている。
でも二時間はかかるだろう。
まにあわないかもしれない。
いや、まにあわない。
だろう。
隼人は秀行に山手線のトイレから携帯で連絡をとる。

「隼人です。美智子さんのおじいちゃんの住所はわかりますか」
「キリコに聞けばすぐわかる」

秀行の声がてきぱきと指示をあたえているのがかすかに聞こえる。

「なにか起きると思うのか」
と隼人に秀行がいう。
キリコの声がダブる。
「お兄ちゃんやっぱ連絡つかない。
なにかあったみたい。
美智子さんのおかあさんが鹿沼に電話した。
でも、でない。里佳子さんが車で鹿沼に急いでいる。
迎えにいった。心配だよ。
……とっくに自由が丘についているはずの。
オジイチャンの翔太郎さんが行方不明のままなの」

「美智子さんの、オバアチヤンが一人です。
危険すぎます。これからいってみます。
鹿沼ですね。
東京駅から東北新幹線で宇都宮まで50分くらいでいけるでしょう」
「キリコにもヘリでいかせる。
隼人くんの予感が的中しないといいが」

隼人の受話器からキリコの声がびんびん聞こえてきた。
「わたしのほうが早いと思うよ。
隼人、宇都宮からは、日光線はローカルだから一時間おきだから。
駅前からタクシーにのって」

宇都宮駅前の交番から巡査がとびだしてきた。

「榊隼人さんですか。
本庁から指令をうけています。
わたしがお供します。
マヤ塾はしっていますから」

警察庁からの命令をうけて、
交番の巡査ははりきっている。
敬礼をすませて巡査はすぐに運転席にすわった。
「阿久津です」という挨拶にうなずく。
隼人は鹿沼のマヤ塾に直接携帯をいれてみた。
つながった。
「はい、マヤ塾」
「友永さんいますか」
隼人はバックレテ、いるわけのない人の名前をいってみた。
「バカか。そんなやついない」
がちゃん、といった感じできられた。
隼人はゾっとした。
オニガミの声だった。
すくなくとも、鬼にのっとられている男の声だった。
予感が的中してしまった。
智子がどうなっているか、
まだ襲撃犯がいるということは……
美智子のおばあちゃんの智子が、
ぶじでいる可能性がある。


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鬼沢組(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-28 15:17:22 | Weblog
4

秀行が隼人にイスをすすめた。
モニターにマンションのフロントが映っている。
警官が階段を上ってくる。
エレベーターに乗り込む。
ふたてに別れた。

「敵は6人。注意してくれ。非常口のほうに退いていく」
秀行が携帯で警官に情報を伝えている。

「オネエチャンにきいていたけど、ほんとに直人さんに似てーる」
「われわれは、荒事はできるだけさけている」
橋本たちを迎撃しなかったことの説明だった。
「たすかりました」
ようやく隼人は挨拶をすることができた。

「これ、直人さんからあずかりもス」
霧太がコンピューターのずらりと並んだ机の引き出しからもってきた。
小さな箱。
「婚約指輪だ」

秀行が缶コーヒーのボスをすすめながらいった。
「直人があんなことになって、捜査もストップした。
麻薬捜査官は個人プレイがおおいのでな、
隼人くんがくるまでは直人のパソコンはひらけなかった。
隼人という従弟がいることもしらなかった。
直人君のことはもうしわけない」
「ありがとうございます。
これは中山美智子さんに渡すことにします。
それより直人が襲われた原因がわかった気がします」

隼人は美智子の母が鹿沼の麻耶一族の出だということを話した。
「麻耶のひとたちは、邪悪な波動に敏感ですから。
オニのいることをすぐにみわけます。
直人のことは、じぶんたちの存在を見つけ出されることをきらっての凶行でしょう。
麻耶と榊の血を受け継いだこどもたちのふえるのを恐れたのだと思います」

直人は美智子さんと婚約しようとしていた。
霧降からもどったら……このエンゲージリングを渡す気だったのだ。

隼人は通勤帰りのサラリーマンでラッシュとなっている品川駅から京浜東北にのった。
白い無精ひげの老人がなにかぼそぼそつぶやいている。
周りの乗客は冷やかな目でみている。
だがこうした日常のなかで老いていけるのは幸せなのかもしれない。
ぼくらには安易な夜などはない。
いつ敵に襲われるかも知れない。
いつ敵を攻撃することになるか。
だれにもわからない。

直人には生きていてもらいたかった。
砂浜で遊んでもらった。
楽しいお兄ちゃんだった。
婚約指輪を渡すこともできずに死んでいった直人。
隼人は直人がかわいそうにおもえてならなかった。

情けなかった。
かわいそうだ。
あんなにきれいな美智子さんをのこして他界するなんて……。
なんとか敵の危害から逃れられなかったのか。
敵のねらいはわかってきた。
ぼくら一族の血が麻耶の血とまざり。
あらたな脅威となる子どもの生まれてくることをきらったのだ。
鬼の実体を見破られるのが嫌だったのだ。
ヤッラは隠れたまままでいたいのだ。
かくれんぼの鬼のように世の裏側に隠れていたいのだ。
裏側から人の世を支配しようとしているのだ。
それの正体をあばかれたらたいへんだ。
ヤッラはいっせいに攻撃をしかけてきている。



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鬼沢組(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-28 06:24:57 | Weblog
3

ケンはのんびりとつぶやきながらキーをあけた。
「注意していけ」橋本は天野に声をかける。
隼人がいた。
隼人はまだ部屋にいた。
隼人は動かない。
「パソコンをもっていけ」
「情報をコピーすれば」
天野が橋本をみておどろいていう。
こんなガキに指図されたくない。
橋本はおもしろくない。
そんなのおれには関係ない。
勝手にやれ。
天野は直人のパソコンを開く。
「パスワードは?  教えてくれますよね。」
「さあ、わすれたな。いやきいていないのかもしれないな」
隼人が素人っぽく無邪気にバックれる。
「いいのかな、痛い目みますよ」
橋本はふたりのやりとりをニヤニヤしながら聞いている。
隼人が動いた。
パソコンのキーを打ちこむのに集中していた天野の頭を上からたたいた。
軽くたたいた。
だが天野はスチールの机に顔をたたきつけられた。
鮮血がパソコンにとびちった。
机で鼻をつぶした。
「隼人、キサマ」
橋本はなぐりかかった。
橋本のストレートを隼人はかわした。
左に体をひねる。はずみをつけ強烈な右回し蹴りを隼ははなった。
橋本の顔面を右の足がむなしくかすめた。
その右足を軸として、左足の蹴り。
これはかすかに橋本の脇腹をかすめた。
それだけで、橋本の背広がさけた。
「榊流空手。そのていどのものか」
「調べがついていますね」
「バカか。パソコンごとつぶすぞ」
 橋本がドスを隼人につきつける。
「橋本さん、むちゃしないでください。
パスワードを聞きだすのがさきです。
ここにはかなりの情報がはいっています。
それをコピーしないことには。
隼人のタマとるより、情報をとりましょうよ」
「シャレてる場合か。その面なんとかしろ」
血だらけの顔で天野はパソコンを叩いている。
橋本が天野に視線をむけた。
隙が生じた。
隼人も胸のホルスターから拳銃を抜く。
天野の足を撃った。
回転いすの軸が火花を散らした。
はずみで天野が顔をのけぞらして床に転倒した。
隼人はすばやくパソコンをかかえこむ。
隼人は橋本を拳銃で牽制しながらドアにむかった。
ケンの顔面に拳銃の台尻をたたきこむ。廊下に走り出た。
廊下の角のエレベーターがとまった。
しめた。
だれか、マンションの住人が昇ってきた。
ドアがひらいた。
兇暴さを全身にただよわせている。
橋本の仲間だ。
後ろからは橋本がドスをキラメカセて追ってくる。
左側は壁。
右にはドアが並んでいる。
そのひとつが内側からひらいた。
「隼人。はやく」
隼人は素早く男の声にしたがった。
「黒髪秀行です」
「ほんとだ、直人のそっくりさんだ」
寝起きみたいな髪の男がいった。
「キリコの弟の霧太です」
「なんだ。同じビルの同じ階にいたのですか」と隼人。
 橋本たちがドアを叩いている。
「ポリスを呼んだ。ほうっておけ」
 


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鬼沢組(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-27 17:09:07 | Weblog
2

組員の動静すべてを掌握しているのは。
このコンピューターだけだ。
その操作をしながら、中新井は橋本にいま調べたことを。
知らせる。

「三品さんよ。わかったことがある。
こんどはこっちから情報をやる。
男は榊隼人。直人の従弟だ。フロリダ在住の空手マンだ」
「それが、どうして今頃日本にきたのでしょうね」
「これはマル秘なんだが、
直人のパソコンが3年ぶりに動きだした。
隼人の仕業だろう。
ということは、隼人は直人の仕事を引き継ぐ気だ」
橋本は中新井から知らされたことを三品に流した。

プレス関係の情報源として重宝な三品だ。
たまにはこちらから情報を流すのも付き合いというものだ。

居酒屋『庄屋』大森店。
そこで橋本を天野と。
カギ師のケンさんが。
が――まっていた。

「どじっちまってもうしわけありません」
「熊倉は残念だった。ベストの処置だと思う」
「ありがとうございます」
会話だけ聞いているとありふれたサラリーマンのものだ。
橋本たち渉外部の武闘派はすこぶる紳士的だ。
少しくらい聴き耳たてられてもあやしまれない。
極ありふれた日常会話としかとられない。
それが怖いのだ。
人を消すのも日常の仕事。
なんのためらいもない。
「邪魔したのは、榊隼人。直人の従弟だ。
それから熊倉の死体の処理が上手すぎる。
おそらく、ヘリに同乗していた女は黒髪につながるものだ」
「こんどは、注意してかかります」
「おれもいく」
 
排除が必要だ。
すこしでも、組の営業に不利益を将来もたらすヤツは早めに。

芽を摘む。
剪定する。
根こそぎ抜き取る。

橋本と天野とケンさんは、大森から京浜東北線で品川にでた。
3年も探して見つからなかった。
榊直人のマンションだ。
それが直人の部屋のパソコンが作動した。
それだけで中新井がすべてをキャッチした。
新しいタイプの筋ものと自負している橋本。
中新井が――。
おもしろくない。
でも一目置かないわけにはいかない。
コンピューターが仕事をする。
それがどうもまだ納得できないのだ。
アイツはおれよりも先をいっている。
おれよりも、新しい。
ピッカピッカの新ヤクザだ。
中山美智子を誘拐しろ。
その命令だって。
コンピューターの液晶画面に映ったボスから受けた。
どう考えてもやはり納得できない。
中新井が新しいシステムをつくりあげたからだ。
ボスの唾を浴びながら指令をだされていたころが。
なつかしい。

マンションへは裏の非常階段から潜入した。

「だれもいないのかな」



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