田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

ノウテンキ夫婦田舎暮らし。  麻屋与志夫

2017-05-29 05:57:27 | ブログ
5月29日 Mon.
ノウテンキ夫婦田舎暮らし。

●ひさしぶりで、日の出の光が二階の寝室と書斎を兼ねた部屋に射しこんだ。あわててて起きたところ、まだ5時前だった。まだ……たしかに5時前だったが、わたしのルーティンからすれば、もう――とかきたい。いつもは、4時起きしている。

●早朝のほうが頭が冴えている。前の日にかいた原稿を読みかえす。そこから一日に仕事が始まる。ともかく本を読むか原稿をかくか。それ以外の仕事はしない。両親の病気の看病で過ごした。子どもたちを育てるために身を粉にして働いた。粉骨砕身というが、肋骨と右腕を芯縄を製造する作業中に二回にわたって骨折している。朝の8時に働きだして夜の8時まで。それから3時間くらい夜なべした。15時間労働だった。キャシヤなカミサンがよく体をこわたなかったものだ。

●あのころのことを想うと、いまは楽しすぎる生活を小さな田舎町で過ごさせてもらっている。わたしはじぶんのことだけで悩めばいいのだ。小説がおもうようにかけないのは、じぶんの精進がたりないからだ。世に認められないのは、まだ認められるだけの小説がかけないからだ。苦悩。挫折感。憔悴。なにが押し寄せてきてもびくともしない。この歳でボケもせず文学の道をつきすすむことができるなんて「ぼくは幸せだな」と昔流行った言葉を思いだして、じぶんで可笑しくてパソコンの画面にむかって苦笑いをしてしまった。そこにはもうすぐ84歳になる老人の顔があった。

●いつのまに、こんなにオイボレてしまったのだよ! 顔なんてなんだっていい。ひとは見た目が――なんてことばにまどわされるな。モンダイはブレインだ。

●とはいっても、若いカミサンはわたしと買物ででかけるときには、わたしの服装をチェックする。清潔で若く見えなければ、困るらしい。ああ、ひとは見た目なんだなぁ。こちらは買い物した品を大きなリックでせおってあるくだけの役割だから、服装なんてどうでもいい。

●小柄なカミサンが老人にしては堂々とした??? 体格。170センチ74キロのわたしを従えてあるくさまは人目をひかないわけがない。大きなリックはパンパンにふくれあがり10キロを超す重さだ。あと10年くらいはこうしてふたりで街をあるきたいものだ。まるで凸凹コンビみたいだ。

●そのカミサンは毎日、まいにち、マイニチ薔薇狂い。薔薇イバラの中に埋もれて、隠れて所在がわからない。おたがいにすきなことをセイイッパイやれて幸せなのだろう。

●そのカミサンのブログ。「猫と亭主とわたし」が「スローライフ」で2位につけている。みなさんのお陰と感謝しています。これからも外目にはのんびりとした隠居生活を楽しんでいるわたしたちのブログをぜひご声援ください。

●カミサンのブログは「猫と亭主とわたし」で検索してください。カミサンにはなにもしてやれないバカ亭主の内助の功となりますので、七重の膝を八重に折っておねがいつかまつります。



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雨の中の薔薇。  麻屋与志夫

2017-05-25 10:13:03 | ブログ
5月25日 Thu.
雨の中の薔薇の憂い。

●雨降りやまず。薔薇凋落の一途をたどる。花の命は短くて……というが、日本人のつね、とくにGGはむかしからはかなく消えていくものに魅かれた。

●彼女にひかれたのも愁いをおびた寂しさだった。その彼女がいまはGGのカミサンとなり毎日薔薇の手入れに精をだしている。はかなく消えていくどころか、年々強くなる。39キロと74キロの体重差があるから、尻の下に敷かれてもさしてこたえないが、その逞しさにはおそれをなしている。

●「土曜日まで、このままなんとか盛りをたもっていてもらいたいわ」彼女の甥っ子が夫婦で遊びに来てくれる。それまでは――。ということなのだ。

●庭の薔薇の最盛期を見てもらいたいと、いろいろこころをくだいている。心やさしいことをするものだ。

●凋落。ということばがすきなので書きだしに使った――。黄モッコウバラはたしかに花はおわっている。でもアンジェラがいまを盛りと咲き乱れている。

●裏庭でも雨水を花弁にためて地面にふせている花々がおおいが、土曜日は晴れとの天気予報だ。むっくりと顔をあげて、どう、まだまだキレイでしょうと薔薇のほほ笑を見せてくれるだろう。

●花の凋落は、つぎの花へのバトンタッチ。つぎの季節に咲く花への「餞け」として見事に散っていくとおもえば諦めもつく。ただ寂しさがのこるのは如何ともしがたい。

●鹿沼はこれから長い雨期をむかえようとしている。



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物狂わしく薔薇園芸に勤しむカミサン。 麻屋与志夫

2017-05-24 06:34:02 | ブログ
5月24日 Wed
物狂わしく薔薇園芸に勤しむカミサン

●わが家の薔薇が真っ盛りである。この季節だけはわが家が「薔薇屋敷」となる。屋敷などと自称するほどの家ではない。建ててから100年にはなるボロ家だ。「薔薇がきれいですね」と来客がほめてくれる。じぶんがほめられたようで、うれしくなってしまう。すべてカミサンが丹精込めて育てている薔薇のおかげだ。万年文学青年なのでビンボウ神とずっと同居している。とてもとても屋敷などとよばれる家ではないのだが、薔薇の芳香をおもいきりすいこむと誇らかな気分になる。

●ツルバラが表庭、裏庭にあるので、まるで薔薇の森に住んでいるような気分だ。まだあけやらぬ早朝。園芸で疲れたカミサンを起こさないように気をくばる。建てつけのワルイ襖や引き戸で音を立てないように注意して庭に出る。庭いっぱいに咲いた満開の薔薇をみているとおおらかな気分になる。

●こちらは徹夜して書き上げた小説、気に食わなくて、削除してしまつたばかりだ。結局10時間ほどの労力がパーになった。せめて薔薇の花の芳香から精気をもらい、さらなる精進をしょうとパソコンに向かう。

●ふと思い立ってカミサンのブログ「猫と亭主とわたし」を開いてみる。満開の薔薇のピクチャーが載っている。どうやら、カミサンも夜遅くまで起きていた。25メートルの距離。わたしの書斎からカミサンの机までの距離だ。おたがいに広い家の中なので、相手がなにをやっているのかわからない時がおおい。

●カミサンのブログは「スローライフ人気ランキング」で2位となっている。昨夜も「物狂わしく咲くバラ」というタイトルでアップしている。なんとか1位になるといいなというGGの心をくみとって、ご笑読ください。



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ビンボウしていて、頭を酷使すればボケないですよね?  麻屋与志夫

2017-05-18 10:07:39 | ブログ
5月18日 Thu.
ビンボウしていて、頭を酷使すればボケないですよね?

●昨夜は左の耳が痛くなって目覚めた。ズキズキ痛んだ。あわてて、下の部屋にいき、綿棒でそっと耳垢をとった。数日前から耳の奥がカサカサするので綿棒を使ったのが悪かったのかな。ところが、垢は綿棒の先についてこない。きれいなものだ。そのうちに痛みが薄らぐ。いや、夢をみて、夢の中での痛みだったのかもしれない。わからなくなった。

●このごろ、夢をみて目覚めても、ソノ夢からなかなか覚めないことがある。夢と現実との境があいまいになって、長い間、寝床で悶々とする始末だ。これが昼間であれば白日夢ということになるのだろうか。白日のもとでの幻想ということになったら、夢か現か幻かといった状態で街をサマヨッタら、それこそ徘徊老人だ。そうはなりたくないものだ。そうはなりたくない、と意気巻いても……それはもう神のみぞ知る領域なのでしょうね。

●とりあえず、喉の痛みもあるのでイブ飲んだ。耳鼻科にいくのは保留。

●ともかく毎日危機感をいだき、これからいかに食いつないでいくか悩みながら生きている。そして本を読み、英語の授業。大学受験の問題などには手こずる。

●そして精進の本命は、やはり小説をかくこと。独学者は無鉄砲なことを試みたくなるものだ。いままで誰もかかなかったような小説をかきたい。バカだな。だから遅々として筆がすすまないのだ。パソコンにむかって何時間も筋の展開と、文章の繋ぎ方で苦吟、苦吟。これではボケル暇はない、とGG的には思うのですが――どうでしょうかね。


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美しいモノをこの世にとどめて置きたい。 麻屋与志夫

2017-05-17 07:50:01 | ブログ
5月17日 Wed.
美しいモノをこの世にとどめて置きたい。

●きのうは、最後の生徒が帰るころになって雨になった。
かなり強くふったが、直に止んだ。
雷の鳴らない雷雨だったのだろう。

●強い雨が満開のバラに容赦なく降りそそいだ。
馥郁とした香りを周囲に漂わせていた。
色鮮やかに咲いていた艶やかな花弁がびっしりと庭に散ってしまった。
びしょ濡れのまだ美しさをたもっている花弁を踏むにはしのびなかった。
しばらく眺めていた。

●「卒塔婆小町」をふと想った。

●美しさは永遠にはつづかない。
それをとどめて置けるのは、絵や文学、芸術の力だ。

●そうだ。きょうも精進するぞ!


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気力と体力。三度目のカムバックはあるのか――。 麻屋与志夫

2017-05-16 10:06:32 | ブログ
5月16日 Tue.
気力と体力。三度目のカムバックはあるのか――。

●さすがに毎朝4時起きするのはつづかなくなった。気力はあるのだが、体力がついてこない。昨夜は喉がはれてかさかさして、せきこんでしまった。水をのみにキッチンに退却した。水もまた飲み過ぎると夜、口の中がにがくなるのでほどほどにして、再び教室に進撃。なんとか授業をこなした。歳を重ねるということは、前の年まではできていたことが、できなくなるということだ。寂しいが、体をだましだまし使うしかないのだろう。あまり気力があるのも困ったものだ。

●むかし、よく「働かざるものは食うべからず」なんていったが、GGの場合、諸般の事情により国民年金に入れなかったので、塾の生徒がいなくなるということは、死を意味する。だから、毎晩元気に教壇に立てるのだろう。ありがたいことだ。こうした事情がなかったら、いまごろ水っ洟をたらして、よたよた歩いているこの街の老人たちの仲間いりをしていたろう。

●そしてさらに愛妻ミチコサンは華奢。車がないからGGがアッシをつとめている。まだ10キロくらいの荷物はリックにつめて30プンくらいはらくに歩ける。このところ、彼女は風邪をひいている。痰が喉につまりおおさわぎ。息ができなくなる。ともかく弟が痰をつまらせて他界しているだけに――心配だ。

●薔薇が満開の季節。ピクチャアは「猫と亭主とわたし」に載っていますからぜひ検索してごらんください。お近くの方は「オープンガーデン。美智子の庭」においでください。意気阻喪している美智子さんのよろこびは、丹精込めてつくりあげた庭をみなさんとともに眺めることです。

●GGのよろこびはもちろん作家として完全復帰することです。10年前にこのブログを始めた時は、アマクみていました。3年くらい精進すれば三度目のカムバックを果たせるだろうと思っていました。老人にはマスコミはそれほどやさしくはありません。いまだに精進の日々です。

●抒情文芸の作家から官能小説の作家への二度目のカムバック――転向があまりにもスムーズにいったから、こんども上手くいくだろうとおもっていました。年齢を考慮しなかったのが一番のオチドなのでしょうね。イタズラに加齢を重ね、老いぼれていくわがみをあんじつつこれから「方舟の街」の校正に励みます。500枚ほどの作品です。

 
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「猫レストラン」に新しい客。 麻屋与志夫

2017-05-15 19:10:29 | ブログ
5月15日 Mon.
「猫レストラン」に新しい客。

●「猫レストラン」に新しいお客様がご来店。白とそっくりだが、頭にグレイがまじっていない。どこからみても、全身真白だ。だが、でも、なんというか白い毛が汚れています。

●白い毛並みの猫は汚れがめだちますよね。まして生まれも、育ちも野良ネコ。かわいそうです。よく馴れてきて、逃げなくなったらシャワーで毛並みをお洗濯してあげるのにな。だめだろうな。そこまでは馴れないと思う。

●それに疥癬ができているのだろう。耳の辺りが、掻きっこわしで赤く爛れている。これも馴れてきたら薬をつけてあげられるのに。だめだろうな、野良ネコはよほどイジメラレテ育っているのだ。おどおどして、人がちかよると逃げる。

●でも、顔だけはとげとげしさが薄れてきている。ヤサシイ表情をときおりカミサンにみせている。餌をもらえるのがよほどうれしいのだろう。もし馴れるとしたら、それはカミサンの愛情がつうじたということになる。そうした、野良ネコとカミサンの心がつながる日がくるといいな。








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「猫レストラン」ご来店ありがとう。 麻屋与志夫

2017-05-14 00:31:11 | ブログ
5月14日 Sun.
「猫レストラン」ご来店ありがとう。

●雨のため昨夜は「猫レストラン」にこられなかった猫ちゃんたち。今日は一日雨が降っていたのに、さすがにおなかがすいたとみえて、ご来店。でもさ、雨に濡れるのが大嫌いな猫の習性にさからってやってきたのには哀れをもよおした。

●デッキには雨が降り注いでいる。廊下のガラスの引き戸を開けてやった。「おいで」と呼びかけた。警戒して雨の中にいる。「ぬれるよ。おいで」動かない。そこで、餌皿をデッキから持ってきた。わたしもずぶ濡れ。

●廊下に皿を置いて、たっぷりと固形餌を盛り上げる。そばにいるとこわがって寄ってこない。
ドアをしめて廊下から退散する。ピアノの上のガラスの半窓から廊下を眺める。白のあとがシルバーちゃんも来た。二匹でなかよく時間差をおいて一つの皿から食べている風景には癒される。仲良く食後を過していたが、また雨の中をかえっていった。

●「もっとゆっくりしていってもいいのに」去りゆく猫ちゃんに、おもわず声をかけていた。
いますこし若ければ飼ってあげられるのだが――わたしたち夫婦の歳ではとても若い猫ちゃんと最後まで同棲することはできない。ごめんな。そのかわりわたしたちが生きている限り餌はあげるからな……。


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深夜の「猫レストラン」今夜はお休みです。 麻屋与志夫

2017-05-13 05:28:44 | ブログ
深夜の「猫レストラン」今夜はお休みです。

●深夜起きだして裏庭にはりだしたデッキをのぞく。浴室のライトもつけないと庭ぜんたいが見渡せない。といって、さほど広いわけではないのだが、いよいよ薔薇の季節に入ったので光がないと葉の影、花の影ができてコサのようになっているからだ。ここまで書いて、あれっ「コサ」という言葉の用法はまちがっていないかなと不安になった。不安を感じたら検索だ。甲州弁で「物影。日蔭」を指すとあった。よかった、よかった。でも生まれも育ちも栃木県なのになぁ。

●夜来の雨がまだデッキには降り注いでいた。「猫レストラン」はお休み。猫の餌皿が濡れるので廊下にコム。またまた「コム」という言葉が気になる。洗濯物をこむ。というのは栃木県の方言らしい。そういえばカミサンは東京生まれだから「とりこむ」と言っている。このところとみに「老いこむ」ような状態が脳内でおきている。言葉が幼少のころにもどっている。東京での生活が長いはずなのだが、ふいに口をついてこの地方の方言が出る。「あれっ、アサヤさんそんなに言葉ナマッテいたかな」とよく言われるようになった。「え」と「い」の区別がつかなくなった。これはもうまじめに小説を書きつづけて編集者に目をとおしてもらえるようにならなければ、もの笑いのタネにされそうだ。何年アイツ小説をかきつづけているのだよ。と友だちに言われる恐れがある。ああ、早く、もう遅いのだが――傑作が書けないかな。精進はしているのだが、才能のない悲しさ、いまだにコノていたらくだ。

●ラーメン屋さんの角を曲がったとたん、ガタっと頭上で物音がした。元チトセ屋さんの屋根がめくれていた。さっと白猫が屋根から下に飛びこむのがみえた。おやっ、白ちゃんこんなところにお住まいですか。と言葉が思わず口をついて出た。猫レストランの常連客だ。このところ近所に空家がめだってきた。野良ネコの棲家にことかかない。猫ちゃんがふえているわけがこれでわかった。

●またつまらぬことを書いてしまった。ゴメンなさい。



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深夜のデッキに飢えた猫。 麻屋与志夫

2017-05-12 03:41:27 | ブログ
5月12日 Fri.
深夜のデッキに飢えた猫。

●尿意をもよおし三時に起きだしてトイレにいそいだ。

●二階の書斎兼寝室にもどろうとしたところ、かすかなよわよわしい猫の鳴き声がした。


露縁にきてうたたねをしていたときの白ちゃん。汚れているでしょう。


●廊下にまわり、上部だけ透明ガラスになっている引き戸からデッキを見る。いた。白いだけに汚れのめだつ白ちゃん。わが家の「猫レストラン」の常連だ。野良ネコに餌をやることの是非は問わず、こうしておなかを空かした猫にたよりにされると、猫好きは黙ってみているわけにはいかない。夜風がいつしか、心地よい季節になった。

●「どうして野良なんだ。すてられたのか。はじめから野良だったのか。野良ネコのこどもとして生まれてしまったのか。だったら、おのがサガを嘆け。餌だけはやるからな。もうおいらはGGだからブラッキーで終り。……いくらすきでも猫を飼うのはムリなんだ」

●夜風に薔薇の芳香がまざっている。バーゴラの先、塀の外は闇。さすがにこの時刻だと静まり返っている。

●「尾長鳥」と「間引かれた者」を書き継ぐために書斎にもどってきた。



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