田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

ねがはくは黒板の前にて春死なむその如月の望月のころ 西行 麻屋与志夫

2016-12-31 17:20:22 | ブログ
12月31日 Sat. 晴れ

●カレンダーをあと一枚めくれば、お正月。
と書いて気がついた。
いまどき日めくりカレンダーを柱にかけている家は稀だろう。
なぜ、わが家ではむかし柱のカレンダーを下げていたのだろうか。
土曜日は青。
日曜日は赤。
毎朝カレンダーをめくるのはわたしの役目だった。
懐かしい思い出だ。

●正月料理を作るのに、カミサンは昨日10時間もキッチンで動きまわっていた。あまり無理をすると風邪でもひいたらたいへんだ。ともかく全部手作り。料理上手のカミサンが腕をふるってくれた。ふたりだけの正月のために――うれしい。ありがたいことだ。
やっぱり、幾つになっても、正月はたのしいものだ。それに、大っぴらに、お酒ものめる。

●小説二枚しか書けなかった。

●英語の勉強。二時間しかできなかった。

●本は二冊(800ページ)、これは、スゴイと思う。読破した。

●そして一年が終わろうとしている。来年はどんな年になるのだろうか。

●塾のほうは生涯現役。覚悟を新たにした。いつものモジリ歌。西行から。


ねがはくは黒板の前にて春死なむその如月の望月のころ

●指示棒を武蔵坊弁慶のナギナタに擬して、立ち往生。黒板の前で授業をしながらパタリと死ぬ。というのが、わたしの理想の死にかたです。でも安心してください。あと27年は生きるつもりですから。

●いまの教え子の子どもを教えるぞ。そのころにはどんなGGになっているでしょうね。爺といわれるような老人になっているのでしょうか。GGとしゃれて、呼ばれるようだといいな。



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ひとみながかなしみを泣く夜半なれば陰のやわらかに深みて行けり 前川佐美雄  麻屋与志夫

2016-12-30 16:57:06 | ブログ
12月30日 Fri.

●日が短いので、黄昏がはじまっている。買い物にいきたいのだが、あまり寒いので風邪でもひくとたいへんだ。だいじをとって、結局は出おくうなのだが、ホリゴタツで小説を書いている。

●たまたま、検索していたら、わたしの好きな前川佐美雄の歌にであった。

ひとみながかなしみを泣く夜半なれば陰のやわらかに深みて行けり

●「アサヤ塾」をはじめたのは東京オリンピックの年だから、53年も前になる。高校生で英会話クラスに在籍してくれたSさんはもう70歳をすぎている。元気でいるかな。わたしの長女と同級生だった誠ちゃん、元気かな。小説をわたしのパソコンで書いていた栃女高に進学したOさん、鹿沼高のIさん、連絡のつかない、卒業生がほとんどだ。気になっている卒業生をあげたら何人くらいになるだろうか。こういうときは、記憶力のいいのもかんがえものだ。

●みんなかなしみに泣くこともなくすごしているだろうか。わがアサヤ塾は、中学、高校生が、その多感な年ごろを勉強にうちこみながら、わたしとともに人生について想いをはせて過ごしていく場所だ。

●だからこそ、みんながどうしているか気になる。ひとはじぶんがシアワセダとおもって生きていければ、こんなすばらしいことはない。元気でいるのだろうな。

●わたしは、残念ながら、思うようにはいかなかった。泣くほどのことはないのだが、毎年暮れなると今年もいい作品が書けなかったな。とかなしみながら年を越していくことになる。

●このかなしみをバネとして来年こそは、さらなる努力をつづけたいものだ。



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歳末。来し方をふりかえったり、未来におもいをはせたり。  麻屋与志夫

2016-12-30 13:37:05 | ブログ
12月30日 Fri.晴れ

●今年も明日を残すのみとなった。毎日精進しているのだが、あまり作品を残すことができなかった。長編を二本書いているのだが、両方とも完成をみなかった。

●カミサンは朝から正月料理の調理でおおいそがしだ。だからといってお客さんがくるわけではない。ことしからはお客さんは誠に申し訳ないが、断ったので二人だけで過ごす、はじめての正月になるはずだ。あれほど賑やかな正月を過してきたのに、カミサンの体力が衰えた。いまも、喉が痛い、と風邪薬、ベンザを飲んだ。風邪をひくと、なかなか治らなくなった。

●文学では腹はふくれない。食っていけない。と昔からいわれている。わたしの場合もまさに、そうだ。英語の勉強をやっておいたので、ありがたいことに、いままでずっと、塾で食わせてもらっている。

●青山墓地を抜けた麻布霞町に銭湯があった。そこで会った大木さん会った。「シナリオの勉強もいいが、英語の勉強もつづけて、シナリオでモノにならなかったときのことをかんがえておくといいよ」といわれた。大木さんはシナリオ研究所の事務をその当時はやっていた。彼のアドバイスに従っておいて正解だった。

●カミサンの料理の作品は食べられる。わたしのために、せっせと正月料理を全部手料理。で、御馳走してくれる気だ。有難いことだ。

●今日は一番下の孫の満1歳の誕生日だ。女の子だ。かわいい。この孫が成人式を迎えるまではカミサンともども生きていくつもりだ。

●ともかく、長生きしないことには、わたしの作品も完成しない。


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断捨離の最終目的物体は――。カミサンのクーデター。 麻屋与志夫

2016-12-29 09:46:29 | ブログ
12月29日 Thu.日差し弱
断捨離なんて絶対反対じゃ。

●ホリゴタツの脇に並べてあった座卓を離れの部屋にもっていった。
整理整頓するのはきもちがいい。
とカミサンがいっています。
部屋がきれいになった。
そして座卓があったところに、布団を敷いて寝ている。
二階の書斎とちがいあたたかい。
それはありがたい、カミサンの配慮に感謝している。

●ところが、資料となる本まで片付けてしまった。
手をのばして、取れる範囲内に参考資料が見当たらず書斎の本棚まで探しに行く。
教室のうしろに積み上げてあるのかも――。
「笠嶋はいづこさ月のぬかり道 (かさじまは いずこさつきの ぬかりみち).奥の細道の芭蕉の心境だ。
探しあぐねたからといって、諦めてしまったら、その先に小説がすすまない。
アノ本、どこだ、どこだと探すのだが。
蔵書、ウン万冊の、本の山に埋没してあちこち掘り起こしたくらいではみつからない。
ついに、あらあら今日も暮れていく――。

●もっとも、あれこんな本があったのか。
これは未読だ。
などと思いながら取り上げた本。
読んだ日と短評が書きこんであったりします。
歳ですね。
忘れていた罰として、これからこの本を一日で読破するぞ。
なんてことになるので、ますます執筆からはとおざかることになります。
自分のスランプを諸々のことにかこつける、なんて卑怯ですよね。

●いっぽうカミサンの方は「歳末の大掃除」でオオワラハです。
「ねえ、孫太郎さんや、神棚のふるくなったお札どうする。これはゴミとしてだせないわよね。来春の春渡祭(オタリヤ)までまちましょうか」などとツブヤイテいる。

●整理整頓。
断捨離、断固実行派のカミサン。

●一番捨てたいのは、のらりくらりとコタツでいつになっても日のめを見ない小説を書くぐらいしかノウのない吾輩ではないだろうか。
日蔭者はつらいよ。

●でも、でも、つらつら考えてみるに――考えなくても、ワカッチャイマシタ。

●これほど断捨離が年末になると語られるのは、奥様方の「亭主」にたいする反抗、クーデターではないのですか。いちばん捨てたいのは――。言わぬが花。


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キッチンの蛇口からほどばしる水でウイスキーを飲む。 麻屋与志夫

2016-12-28 12:09:36 | ブログ
12月28日 Wed. 晴れ
キッチンの蛇口からほどばしる水でウイスキーを飲む。

●ええっ‼ 鹿沼の水道水って、そんなにおいしいのですか?
と、言ってきた友だちがいる。

●ほんと。
ほんと。
スーパーでボトルで水を買っている男が、この鹿沼でもいた。
ブランド銘は書くわけにいかないが、
そんなことをしたら、営業妨害になる。
だから書きませんが――。

●おまえさん、味目クラジャナイノ。
水道水のほうが、うまい。
ボトルを手にした人に、声をかけたくなる。

●蛇口をひねり、
グラスに水を満たし、
それから――それから、
黄金色に輝くウイスキーを注ぎ、
ゴックンと飲む。
レッツ、キル、ザ、ボトル。
あれっ、もう酔いがまわったようです。
至福の時だ。

●酔いつぶれて、目覚めて、酔いざめの水。
この水がまた格別おいしいのだ。甘露。甘露。
このコップ一杯の酔いざめの水を飲めるだけでも、シアワセダ。

●どうです。鹿沼に移り住む前に、蛇口からの水で、水割りを飲みにきませんか。
  
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巧言令色鮮なし仁、なーんてこと実行してきたらこのテイタラク。塾生が集まらない。  麻屋与志夫

2016-12-27 10:15:26 | ブログ
12月27日 Tus. 曇り

巧言令色鮮なし仁、なーんてこと実行してきたらこのテイタラク。塾生が集まらない。

●カミサンが留守なので、なにもすることができない。小説を書くこと以外には英語を高校生から小学生に教える塾をやっているが、あとは何も皆目できない。高等遊民のなれの果てだ。さいごの文学青年だ。いや青年ではない爺だ。いまどき文学青年、文学浪人、文学爺なんていっても、もはや、絶滅した種族だ。さいわいにして、田舎にひきこもったので、なんとかいままで生きてこられたのだろう。

●田舎町の塾の宣伝はすさまじい。とても中央で活躍しているひとたちには理解できないだろう。「入塾生のお母さんには、エルメスのスカーフをプレゼントします」

●ともかく公には発表できないような、上記以上に理解に苦しむ宣伝文がみうけられる。

●やはり甘いことをささやいてPRしなければだめなのでしょうか。

●国語の能力、とくに作文能力を向上させることが、大切ですよと、呼びかけても悲しいかな、国語教室の生徒は0。もうこうなったら、やぶれかぶれ。数学と英語の二教科やってくれる生徒には国語一教科サービスでつけますよ。といった、宣伝することにした。じぶんの体に負担をかけて、この難局をきりぬけていかなければならないだろう。現役の作家が国語、作文の指導をします。などというコピーは、なんの効果も生みださない。

●トホホな人生をトホホな田舎町で過ごし、トボトボと黄泉比良坂に連なる老いの坂道を歩くにしても、霞みを食べて生きている訳ではないので、心細いかぎりだ。

●「駅から五分」という有名なキャッチフレーズ。それ以上の誇大広告をする塾に、太刀打ちすることはできない。とっくの昔にコウサンコウサンと、敗北宣言をだしている。

●これから、どうなっていくのでしょうね。カミサンは東京へもどりたい。死ぬ時は東京にしたい。と嘆くばかりです。

●空気はうまいし、水はおいしい。ウイスキーの水割りを水道水でつくれる日本でも稀有な、水のおいしい街です。自然環境はすばらしい。だれか、話し相手になる人が、東京から移住してこないかな――。

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カミサンがいないとわが家は偏屈GGのゴミ屋敷。 麻屋与志夫

2016-12-26 12:11:24 | ブログ
12月26日 Mon. うす曇り
カミサンがいないとわが家は偏屈GGのゴミ屋敷。

●ただでさえ、ヒキコモリ。
外にでるのはカミサンと街を歩きたいから。
カミサンが、所用があって川越まで一泊で出かけている。
宿泊は大田区の娘の処だが――。

●そうなったらもう、ホリゴタツにはいつたきりで、まったくの外出忌避。
食器類を洗うわけでもない。
シンクには汚れた飯茶碗や箸やスプーンが――。
これではいけない。
一念発起して大事業を成し遂げるようなきぶんで洗い物。
ついでに、節ちゃんに送ってもらった茨城名産の乾燥芋を食べる。
美味、びみ、ビミ。

●ホリゴタツの上は、
脇に座卓がなくなったので、
整理のしようがなく、
乱雑としている。
まさに未来のゴミ屋敷の様相を暗示している。
ボールペンを探しあてるのにだいぶ手間取った。

●すぐ裏は空き地。
東隣も空き地と駐車場。
西には山が迫っている。
わが家は築100年の古民家。
ボロ屋敷。
それでも、床面積が100坪以上あるのが自慢。
変なことに、
誇りをもつているが、
その古い埃のたつ空間に、
古い人間がひとりで、
コタツでパソコンあいてにお留守番しているなんて絵になりませんよね。

●ああ、あと何時間たてば、カミサンが帰ってくるのだ。

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年賀はがきを買ったところ、来年はわたしの干支、酉年だ! 麻屋与志夫

2016-12-25 10:11:33 | ブログ
12月25日 Sun. 晴れ
年賀はがきを買ったところ、来年はわたしの干支、酉年だ!

●「ねえ、パパ、何枚にするの」
いまだに、わたしに、パパと呼びかけている。
なにかお妾さんに声をかけられているようだ。
妾という言葉は、放送禁止用語だ。
でも、わたしの周辺ではごく当たり前に使用されている。
若い愛人と置きかえるべきなのだろう。

●数年前、御成橋町を歩いていたら小学校の同級生のKにあった。
「奥さん、若く見えるね。二度目のカアチャンケ」
と声をかけられた。
これも最高の誉め言葉で、二度目のというところが、いかにもこの街のひとの表現だ。
「Yはうまくやっている。妾がいるんだぞ」
と――ここで妾という言葉がごく自然に彼の口からこぼれた。
まだまだ、この言葉が、女性蔑視につながるとは、気づいていない街だ。
「パパ。何枚買うの」
気がつけば老妻がふりかえっている。
わたしがなにをかんがえていたかは、わからないだろう。

●「20枚でいいかな」
交際の範囲もせばまったというより、大半の友だちはあちらにいってしまっている。

●「パパはね、今年の干支なのよ」
なるほど。そういうことか。酉年か。めったに意識したことのないじぶんの年齢を自覚した歳末の一コマでした。



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サンクチャリで守られてきたここが魔境となるとは――。 麻屋与志夫

2016-12-24 10:59:39 | ブログ
12月24日 Sat. 晴れ
サンクチャリで守られてきたここが魔境となるとは――。

●ロシヤ正教会の脇の電柱に「禁猟区」というブリキ板が張りつけてあった。その意味を理解するには中学生にならなければならなかった。さらに、「サンクチャリ」というレイプをテマーとして取り上げたフォークナーの作品と出会うのは高校生になってからだった。

●長いこと本を読んできた。旧市庁舎あとに図書館があった。そこの外国文学の棚の翻訳書は全冊読破した。現在わが家の蔵書は、何冊あるの? そうした読書遍歴のなかで上記のサンクチャリのポパイと異邦人の主人公、それに老人と海の、老人。この三人がわたしのベストスリー。いちばんいまだに印象にのこっている小説の登場人物だ。

●話をもとにもどして、わたしの住んでいる場所はサンクチャリといわれていた。そうしたことをどこの監督官庁がきめたのかはわからない。ともかく、鳥獣の保護区になっていた。

●それに加えて、ひとの住む環境もよかった。わたしの家の半径50メートル以内に在るのは――。先ほどあげた教会。今宮神社。正一稲荷。宝蔵寺。ローマ・カトリック教会。千手観音堂。まさに、人の住む環境からいっても聖域だ。

●わたしはこの家で生まれ育った。そのご上京して文学修業にうちこんで青春をすごした。父母の病気で学半ばで帰省した。

●いまだに二都物語。東京と鹿沼の間を往復している。だから鹿沼のこの家は別荘感覚で住んでいる。鹿沼にいるわたしは塾の先生だ。

●ところが、なにか、鹿沼の住環境がおかしくなっている。わたしの周囲も、自然保護区どころではなくなっている。こうしたことは、仔細なことはブログにかくわけにはいかない。

●このカテゴリは「田舎暮らし」ですから定年後の終の棲家として田舎を選んだ方もおおいとおもいます。年配の方がおおいのではないかとおもいます。田舎にこそ老人の住む聖域があると越してきたのに、なにかすこしおかしいぞ、と感じている方はいませんか。

●わたしは年寄りだからと環境の激変を黙視せず、積極的に社会参加をしてこうした変化に対処していきたいとおもっています。

●もういちどいいます。ブログなので具体的なことはかけないので、ごめんなさい。

●全国「田舎暮らし」のみなさん。もし最初のモクロミトとちがった環境に陥ったら、その環境をかえてやるくらいのいきごみで、老後を過ごしてください。じぶんたちに、住みよい環境はじぶんたちで、再生していくしか方法はないのですから――。

●どうでしょうか。いつでも、ホリゴタツでブラッキ―と一緒にマルクなっていないで、鹿爪ラシイことをかくのも、いいものですね。

●今宵はクリスマスイブ。鹿沼のひとたちへのプレゼントとして、鹿爪らしいこのブログは書いたのですが――。



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オナラマンと同室になった白内障のおもいで。  麻屋与志夫

2016-12-23 10:47:05 | ブログ
12月23日 Fri.

●「メガネがない。メガネがみつからない」
朝からカミサンがさわいでいる。今日は祝日。塾の授業はお休み。かねて番組表に赤まるをつけておいた「白鯨との闘い」をみるつもりなのだろう。

●「メガネがない。メガネがない」
部屋から部屋へと探しあるいていたが、離れのほうで笑い声がする。
「メガネかけていた」
カミサンは無邪気に笑っている。わたしは、心配になった。
これは……たぶん白内障だ。数年前、わたしがメガネをかけているのに、視野がぼやけたことがあった。あのときの、わたしの症状に似ている。

●手術後、わたしは大事を取って病院に一日入院をした。二人部屋だった。不運にもオナラマンと同室になってしまった。ブウブウとオナラをする。まさにミゴトナ連続技。とどまることのないオナラが、チェーンスモーカ―かが吐きだす煙のようにお尻からたてつづけに吐きだされた。

●タバコの煙はきらいではない。お尻から吐きだされる悪臭には辟易した。

●「部屋をかえてもらえばよかったのに」
カミサンにオナラマンのことをこぼしたところ、叱られた。
わたしの衣類にまで異臭がしみこんでいた。

●いつも元気なカミサンだったが、どうやら白内障のようだ。


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古い怪談のある栃木。いま新しい怪談誕生。恐怖、戦慄保証付き

栃木には大中寺の七不思議がある。特に『馬首の井戸』や、秋成の日本吸血鬼物語の嚆矢(こうし)ともいわれている『青(あお)頭巾(ずきん)』は有名だ。―― その土地は、いま外来種ル―マニヤ吸血鬼の侵攻(しんこう)を受けている。吸血鬼監察官の文子と龍之介は敢然(かんぜん)とその敵に立ち向かう。龍之介のジイチャン翔太も愛する九(きゅう)尾(び)玉(たま)藻(も)と、命がけの抵抗をする。二組の恋人同士が最後にたどりついた境地(きょうち)、1000年の時空(じくう)を超えた愛の不滅(ふめつ)の物語。あなたは恐怖し、そして純愛に涙する。






平安の昔より続く「九尾(吸美)族VS人狼」の怨念の戦いが今蘇る。勝利して月に吠えるのは、どっちだ!

猫の動きから「人狼(じんろう)」の出現を予感していた一人の老人がいた。老人の予感通り人狼が出現し、民族学者の石裂(おざく)は争いの渦にまきこまれていく。那須野を舞台に展開する千年越しの怨念の戦い。勇猛果敢な妻は「あなたのことは、わたしが守る」といい、長女の祥代は「お父さんのことは、見捨てないから」といってナギナタをふるって人狼の群れに斬りこんでいく。那須野ガ原の『玉藻狩り絵巻』さながらの戦いが妻の故郷で勃発したのだ。平安から連綿と続く「都市伝説」は平成の世にも生きていた!痛快無比の壮絶な戦いの幕が、ここに切って落とされた――。

● 角川ブックウォーカー惑惑星文庫で検索してください。
 はじめの4ページくらいは立ち読みコーナーがあって気軽に読めますよ。
 ブログとは違ったGGの小説の文章を読んでみてください。





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