田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

「ヤッタ」秋だ

2007-08-31 04:52:41 | Weblog
8月30日 木曜日 曇り
●早朝冷気を覚え目覚めてみると室温は24度だった。「ヤッター」という声をあげてしまった。どうりで、ブラッキーがわたしの傍らまで来て寝ていたはずだ。この猫は室温が15度になるとさらにわたしの掛け布団の中に潜り込んでくる。猫がコケティッシュに感じられる季節がやってくる。                        

●でもいまアメリカで流行語になっているという「ヤッター」という叫びは、わたしじしのための雄叫びだ。夏の間はずいぶんとがんばったのだが、いつものことだが思うように原稿が書けなかった。芸術の秋がくる。展覧会巡りばかりしていないで、この秋こそ期待通りばんばん原稿を書き続けよう。じぶんの作品を生みだすことだ。

●私鉄のS駅まで散歩した。途中0という大福のうまい店がある。カミサンはふたりで二つづつ食べられるように四個買った。帰り日曜大工の店Kに寄った。ブラッキーと外猫のために餌を買った。街路樹の葉が元気がない。日照りがつづいている。剪定のしすぎもあるようだ。この町ではまわりにいくらでも緑があるためか、樹木の剪定をするのがすきだ。わたしなどは、あまり切り過ぎてかわいそうだと思う。そう思うのは、わたしだけなのだろうか。

●紅葉をたのしみにしていた木もあるのに。枝が切られているのを見るのは残酷な気がする。むやみに樹木を剪定しないでください。
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秋きぬと

2007-08-29 23:42:33 | Weblog
8月29日 水曜日 晴れ
●あれっ、涼しいなと朝起きたときに感じた。そういえば、昨夜はエアコンをつけずに眠りに就くことができた。いつもリモコンを片手にうつらうつらしていたのに。      
眠り込んでしまい手にしていたリモコンであわてて冷気を切るというようなことがあった。ともかく今年は暑かった。暑さ疲れが秋になってからでないように、いまから後睡の時間をふやしている、ということを真面目にきかないでください。ようするにGGで怠惰になったのだ。

●HALを笈のごとく背負って街にでた。まず、T歯科。それからパソコン教室。カミサンは電柱に立てかけてある置き看板で同級生のSの葬儀の告知をしった。
「おれたちは、まだやりたいことをなにもしていない。これでは死ねないよな」
カミサンが描いたたった一枚の油絵が書斎にかかっている。絵描きになる選択肢もあったのに。いまからだって、なにかできる。油絵とか写真。視覚に鋭敏な彼女だ。なにかはじめるといい。

●曇りがちだったので昼になってもさほど暑くはならなかった。ひさしぶりでエアコンのお世話にならずにすんだ。いつもの午後よりも読書がはかどった。おもいでエマノンをなんども読み返している。

●夕刻雨。かなり強く降った。気温がぐっと下がった。期待通りそろそろ秋になりそうだ。夜風が心なしかさわやかな感じがした。

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ものは考えよう

2007-08-29 08:35:47 | Weblog
8月28日 火曜日 晴れ
●喉をはらしたらしい。わたしはもともと扁桃腺肥大だった。25歳のとき剔出手術を受けた。手術後は、高熱がでることはなくなったが、すこしむりをすると喉の粘膜がはれるようになった。まあしょうがない。喉がはれるのは、体をやすめなさいというシグナルだと思っている。月に二度くらいは体がだるくなる。これがなかったら、むりして体を酷使していまごろは生きていなかった。そう思うことで、月二回ていど喉をはらして、ぼけっとしていることなどあきらめられる。ものは、考えようなのだと最近になって気がついた。そのひとにとって、欠陥といわれることが、実際はそのひとを助けているということもある。

●外猫が毎日来訪するようになった。カミサンはかわいくてしかたがないらしい。「ねえ、飼ってもいい」「猫アレルギーの孫がいるからだめ」かわいそうに、猫の毛に敏感に反応して、咳きこんでしまう孫がいる。ブラッキーだけでも、そういうことから考えるともてあましているのだ。ここのところは冷静にならなければ……。もう、これ以上猫をふやすわけにはいないのだ。わたしに経済力があったらほかに土地を買って「ネコ村」でも作るのに。まあ、そんな奇跡はおきっこないから、猫を飼うのはこのブラッーでうちどめだ。

●いま子猫を飼うと、ミユは17年生きたから、その計算でいくとわたしが91歳になるまで生きることになる。もしわたしがそれまでに泉下の住人になっていたら猫もかわいそうだ。でも、またまた考える。猫がいれば精進して長生きするかもしれない。こんなわたしでもあてにしてくれている存在がいるということはうれしいことだから。

●「わたしがいるのよ。わたし、いっぱいパパに心配かけるんだ。化粧品ももっともっといいもの使いたい。洋服も和服も買いたい」
「これいただくわ」症候群のカミサンがいたことをすっかり忘れていた。これでは泉下に転居などおぼつかない。オシャレ盛りの、こころは青春の彼女がイタアーのだ。

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ダイエット

2007-08-28 08:07:48 | Weblog
8月27日 月曜日 晴れ
●あいかわらず暑い。朝夕は涼しくなってきた。夜など網戸ごしにしのびこむ風は肌寒いくらいだ。もう、窓を開けて寝なくてもすみそうだ。原稿の書けないのを暑さのせいにすることができなくなる。

●リルケのバラが咲きだした。このブログは5月30日から始めた。その翌日の31日にリルケのバラのことを書いた。三か月が過ぎている。あれから庭のバラは咲いては散り、散っては咲きをくりかえしている。わたしの体重は75キロになったり74キロになったりしている。食欲がありすぎる。ダイエットでは苦労が絶えない。カミサンに食いしん坊なのでいつも侮蔑の眼差しで見られている。それはそうだろう、ふたりで歩くのに彼女の倍もある体重のGGが隣にいたのではロマンチックな気分になれないだろう。

●秋には散歩の機会もふえる。カミサンによろこばれるようにシエープアツフしたいものだ。


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散歩

2007-08-27 19:09:59 | Weblog
8月26日 日曜日 晴れ
●朝夕いくぶん涼しくなった。JRの駅まで歩いた。いつもの、街角をなにげなく通りすぎてしまった。カミサンと話がはずみその家の前を見過ごしてしまった。ぱんぱんぱんと拍手がする。いつもの老人が家の入り口にかがんでいた。「元気だね」わたしはおおきく手をふってこちら側の歩道から挨拶をかえした。いつのころから、老人に挨拶をするようになったのだろうか。必ず、ほとんど離れずに歩いているわたしたちはこの町ではちょっとした有名人だ。カミサンが一人だけで買い物にでも出かけると「きょうはだんなさんは」ときかれるらしい。

●もう50年も夫婦で連れだって歩いてきた。そのわたしたちに老人が拍手をおくってくれる。たぶん、顔見知りだったのだ。向こうではわたしたちのことをよく知っているのだ。

●K川にかかったF橋のほとりにマンションが建設されている。町は区画整理でここ数年でさまがわりしてしまった。ふるびた日本家屋はほとんどこわされてしまった。マンション暮らしをするのだったらなにも田舎町に住むことはない。と思うのはわたしだけらしい。マンションブームだ。すぐに完売になるのだから驚きだ。町には昔を忍ばせる風情がなくなってしまった。

●もちろん夫婦連れで散歩しているひとをほとんど見かけない。だいいち、町を歩いているひとがいないのだ。なにか町がおかしくなっているように感じられる。田舎住まいを楽しんでいるわたしとしたらそれではさびしいのだ。

●「元気だね」わたしは万感の思いを込めて老人に挨拶する。いつまでも元気でいてください。いつまでもかわらないで、元気でね。それはわたしたち自身への励ましの挨拶でもある。

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悲鳴

2007-08-26 06:53:12 | Weblog
8月25日 土曜日 晴れ
●ひさしぶりで、カミサンの絹を裂くような悲鳴が家中にひびきわたった。なにごとかとおっとり刀でかけつけてみると、ブラッキーがスズメを取ってきてたべていた。あたりに羽が散乱していた。血が床にたれている。「もうブラッキー。いやぁ」とまだカミサンは興奮している。

●猫にとったらあたりまえのことだ。ひとと共生していても野生をそのままのこしている猫族の♀の誇りにかけてもときたま自前で食糧をあさってくる。だいたい、♂猫はあまりそういうことをしない。お客猫のちい坊にしてもオスだからカミサンの前でゴロンと腹を出して大の字になってみせる。それがかわいいとカミサンはたいへんなよろこびょうだ。

●お客猫というか、外猫といかこのところ暑いので涼しいわが家にいりびたりだ。ブラッキーも慣れてきたのかときおり鼻をつけあって挨拶している。ちい坊は去勢してあるからまちがいなく飼い猫なのだ。それがあまりわが家での滞留が長いので心配になって来ている。「捨てられたのかしら」とカミサンがつぶやいている。

●そういえば、ムックというやはりオス猫がカミサンのおきにいりだった。15年ほど共に暮らした。ある年のお盆にお客さんがおおぜい来ていたのであまり構ってやれなかった。それが不満で家出したきりもどってこなかった。

●カミサンが猫の捕食におどろいて悲鳴をあげる。そんなことがブログの題材になる。平凡な田舎暮らしだ。

●わたしのほうはこころ穏やかではない。物書きの常でたえず書きかけの原稿のことが頭にある。スランプに陥っても相談できる友だちが近辺にいない。さびしい。HALちゃんと向いあって身の不遇を嘆く。「いま少し涼しくなったら筆もすすむだろう」と季節のせいにして昨夜も息子に贈られた徳利と猪口で飲んだ。冷たいものに弱くなったので、熱燗だ。
庭では虫がすだき、ないていた。

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頑張るぞ

2007-08-25 17:57:25 | Weblog
8月24日 金曜日 晴れ
●「心霊理論」が届いた。セブンイレブンまで取りにいく道すがら考えた。便利になったものだ。都会の本屋まで足を運ばなくても手軽に本が手に入る。あとは、自分の中にあると信じている原石を磨き上げることだ。

●暑い。歩いているだけでも汗がぽたぽたでる。ポロシャツの背は塩をふいて白くなっているだろう。

●庭ではバラが咲いている。わたしは、部屋にこもって一日かけて心霊理論を読んだ。堪能した。どうして、こうもおもしろい小説が書けるのかと感心した。感心してばかりもいられないので、夜5枚書いた。あまり下手なので、あきれてやぶりすてようとした。パソコンで書いているのだった。原稿用紙をびりびりとやぶる快感がない。まあ、しゃないか。このままにしておこう。ということにした。

●それにしても勉強することがありすぎる。暑さに負けずに頑張るぞ。

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白玉の

2007-08-24 07:54:30 | Weblog
8月23日 木曜日 晴れ
●暑かった。夕刻雨。打水効果。いくぶん涼しくなった。虫の音がにぎやかだ。この暑さもいますこし耐えていれば、もうすぐ秋だ。わたしは秋から冬にかけてが一番原稿が書ける。早く秋にならないかな。お酒もおいしくなる。ひとり飲む酒というが、友だちと酒を飲みながら文学を語りあったのはいつのことだったろう。秋になったらしみじみとひとり酒をたのしみたい。といっても、酒豪といわれたわたしも、健康を気にする年になっている。一合、あとをひいても一合半(二度目にはおそるおそる燗にする)といったていどの酒飲みになりはてている。

●さいきん、HALを相手に飲むことをおぼえた。今は立派な作家になっているKさんのブログを読みながらチョビリチョビリと盃をかたむける。青春の日、文学を熱く語った頃がよみがえる。懐古趣味といわれるかもしれませんが、ブログに向かい合って飲む酒もなかなかオツナものですよ。ぜひためしてください。

●かわいい孫たちはいまごろなにしているのだろうか。孫がお酒飲めるようにはやくなるといいな。ワルイこと、受験勉強だけでは覚えられなかった人間哲学を教え込むのだといまからはりきっているGGなのでありました。

●写真は長男が誕生日のプレゼントに買ってくれた徳利と猪口のセットです。黒がすきなわたしはもっぱらこの徳利と猪口でチョビチョビやっています。そういえば、都会住まいのKさんがカもゴキブリもあまりみかけないと書いていた。土臭い田舎で飲んだらどんな感想をもらすだろうか。

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逆転だ

2007-08-23 07:12:11 | Weblog
8月22日 水曜日 晴れ
●高校野球の決勝戦をテレビで観戦した。甲子園の高校野球の歴史の中で満塁ホームランによる逆転優勝劇は初めてだと報じていた。8回の裏まで諦めず、試合を捨てずにがんばった佐賀北のねばりに拍手を送った。野球は何が起きるかわからない。よくいわれることだ。

●It is no use crying over spilt milk.そんな英語の格言がふと頭に浮かんだ。

●三番副島、あの打者は当たっていた。敬遠するべきだった。押し出しで2点奪われてもいい。次の打者で勝負したら……。そう批判するのは、広陵の監督に対して失礼だろう。何が起きるかわからない。わからないのだ。

●人生もそうしたものだ。絶えず緊張して生きていかなければならない。そして、土壇場の逆転ということもある。精進することだ。これはわたし自身への励ましだ。

●猛暑日。昼日中、HALを笈のごとく背負って街に出た。パソコン教室に通う日だ。炎天下、街の中を20分も歩ける健康に感謝した。まだ20キロ位は背負って歩くことができる。でも、過信は禁物。

●「心霊理論」が届くのが待ち遠しい。それにしても、パソコンのありがたみが身に沁みる。田舎町に住んでいても、好きな本がすぐ手に入る。「異形コレクション」は全巻き揃えてある。毎日読んでいる。小説を書く勉強になる。わたしとっては、小説を書く上の「歳時記」みたいにありがたいシリーズだ。

●売れない原稿を今日も10枚書いた。
立場は違っても不遇に嘆くみなさん。逆転だ。逆転だ。頑張っていきましょう。

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エマノンを買う

2007-08-22 16:52:03 | Weblog
8月21日 火曜日 晴れ
●夕刻わずかではあったが雨が降った。打水効果とテレビでいっていたが、面白い表現だ。天の巨大な如雨露で暑さを和らげてくれた。ともかく一日暑かったので助かった。

●むせかえるような緑の中で暮らしている。朝のうちに原稿を書くようにしている。予定どおり書ける日もあるし、書けないこともある。こうしたむらがあるところが、まだ精進が足りないのだろう。ともかく、7時まで机に向かう。調子がいいと10枚くらいいくこともある。そんな時は、凄くうれしい。緑の群葉に囲まれた、ささやかな庭にでて背伸びをする。背伸びといより腰を伸ばす感じだ。腰の曲がりそうな予感がしてならない。

●緑の空気を思い切り吸いこんでから牛乳粥をつくる。飯は茶椀に一杯くらい。飯椀ではない。卵を一個入れる。出来上がってから黒ゴマとキナコをスプーンで一杯、ときには、スキムミルクを加えることもある。ともかく、カミサンと一日二合の飯と一汁で過ごす。おかずは、わたしは肉類が好きなのだが健康上あまり食べない。納豆、豆腐、厚揚げ、はんぺん。和食だ。

●緑の空気はいくら吸い込んでもただだ。ありがたいと思う。ひっそりと生活している。

●異形コレクションで「心霊理論」がでた。梶尾真治のエマノンをアマゾンで探し当てインターネットで注文した。本屋さんまで足を運ぶ手間が省けて助かる。田舎町に住んでいるハンデが解消された。

●「本を買わなければ贅沢ができるのに」                  
カミサンにも何も買ってやれない。旅行したこともない。                  
図書館が充実していないから、読みたい本は必ず自分で買う。いつになっても質素な生活からは抜け出せない。これでいいのだ。とわたし的には思っている。

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