田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編33 君とみし崖の桜は咲きたるか part2  麻屋与志夫

2024-07-06 20:13:18 | 超短編小説
7月6日 土曜日
超短編33 君とみし崖の桜は咲きたるか part2
 冷気が頭にふりそそいだ。顔にかすかな抵抗感。まるでエァカーテンを潜ったような感触。
 鷹雄は恐怖が冷たい触手をのばして彼をとりこんだのに気づいた。街の風景が変わってしまった。魚屋。八百屋。ラーメン屋。荒物屋。薬屋。床屋。鷹雄はその床屋の前でたちどまった。なつかしい昭和の街がここにはある。そうかあの冷気はこの街に入りこむための通過儀式だったのだ。
「タカオさん。優勝おめでとう」
 玉川床屋のドアを押して入る。化粧品のにおいがしている。正吾さんがにこにこしている。
「野州新聞の英語の弁論大会ですよ。すごいな」
 正吾さんにほめられた。なにかと街の批判をする。辛口のコメントがウリの正吾さんが手放しでほめてくれている。
 なにをいっているのだ。半世紀も前のことではないか。
「烏小路の鹿子お嬢様とはうまくいってますか」
「どうして、ぼくたちのことしっているの」
「街中のうわさですよ」
 どうやら、わたしはマルチバースの世界に迷い込んでしまったらしい。
 還暦もすぎてリタイアーした男がなぜこうも若くみえるのだ。正面の鏡に映る姿はまさしく高校生の鷹雄だった。しげしげと、おのが鏡像を眺めた。
「そうだ。鹿子さんに会にいこう」
 彼女はいるだろうか。この烏小路では時間が進まないのか。時間が遡行するのか。
 いや、タイムリープだ。鷹雄はあの扉をくぐった。そこでこの現象が起きた。
「はやく彼女に会いたい」
 この世界でなら、彼女に会えるのではないか。
 烏小路の街は、魚屋のにおい、ウロコが光っている。となりの八百屋では、果物のにおい。
ラーメン屋、蕎麦屋。街は雑多なにおいでみちている。どの店でも、休むことなく換気扇がまわりそれらのにおいをかきまぜて街のにおいとしていた。そうだなつかしい昭和の香りだ。鷹雄が郷愁を感じていたのは、なつかしく感じていたのはこの街だ。
 はやる心をかかえて、もどってきた鷹雄は初恋の鹿子が黄泉の国に転移しているこを知らされた。それも娘がいて孫がいて、その孫の美和からきかされた。子どもがいて孫がいる。
「はやく鹿子さんに会いたい」
 孫までいるのだから、あちらが正当な『時』がながれていいる。でもここ烏小路では鷹雄が高校生のときのままで、時間はとまっている。
「ここでなら初恋の、わかれたきりの、彼女に会える可能性がある」
 鷹雄はひとつの体のなかにふたつの心をかかえていた。
 赤レンガの塀が五〇メートルくらいつづいている。そして白い漆喰の蔵。
 斜陽が映えている白壁の前に立って鹿子がいた。愁い顔。なにか哀しいことがあったのか。「ああ、ロミオあなたはどうしてロミオなの」
 そうか。鹿子は卒業記念の演劇祭でジュリエットを演じることになっている。
 鷹雄はうっそうと茂った屋敷林のひときわ太い楡の木の陰から彼女の独演をみつめていた。そして、そっとその場を離れた。いや、あの時、彼女にかけた言葉はいまでも覚えている。別れのことばをかけることは、いまの鷹雄にはできない。そんな酷なことばをかけることはできない。
  
弥生すえ故郷立つこと思いけり

注 part1は4月3日の当ブログに載っています。超短編の連作を試みようと思います。ご愛読のほどお願いしまする


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。











コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編32君は大谷翔平になれるか 麻屋与志夫

2024-05-19 10:48:02 | 超短編小説
5月19日 日曜日
君は大谷翔平になれるか

「だれもが大谷翔平になれるわけではないのだよ」
隣のベンチの老人に話しかけられた。
武尾は朝練のグランドまで走っている途中だ。
いつもよりすこし早く家を出た。
朝食をたべてなかった。
母のつくってくれた特大の梅干しオニギリを食べるくらいの時間はあるだろうと座った街角公園のベンチだ。
かぶりとやったところで隣から声がした。
父にもよく言われる。同じ文句だ。
おせっかいなジジイだ。
それにしても、父とまったく同じセリフ。
「若い時はみじかい。一日もむだにしないことだ」
「野球をやることが青春の浪費だというのかよ。よけいなお世話だ」
とはこたえなかった。
はやくたべおわって、学校にいそがなければ。
大人はみんな自分の青春のつまづきを悔いている。
若者にその轍を踏ませないために
助言するのがすきなのだ。
返事もしないでたちあがった武尾に老人はさらに声をかけてくれた。
「がんばってな」みように余韻がのこった。背中にいたいほど老人の視線を感じた。

その翌日。
いよいよ県大会がはじまった。
武尾の対戦相手は下野高校。春の選抜でベストエイトにのこった北関東随一の強豪だ。
九回の裏。得点差三点。ツウアウト満塁。
バッター武尾。カウント、ツウスライク。

このときあの老人の言葉が耳にひびいてきた。
「だれもが大谷翔平に成れる。なれる。ナレル」
みように余韻として残った言葉は改ざんされていた。
武尾はバットをふった。
確かな手ごたえが腕から全身に伝わってきた。
この確かな快感。
この快感を感じたくておれは野球ををやっているのだ。
この快感が青春だ。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。













コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編31 肥満体。麻屋与志夫

2024-04-24 07:30:58 | 超短編小説
4月24日 水曜日
超短編31 肥満体

100キロを超す巨女が、肉の山がのしのしと近寄ってくる。
このあたりにいた野ら猫の所在をきこうとおもった。
「このあたりで、かわいい小さな子猫がいたのをみかけませんか」
と訊ねようとした。
聳え立つ肉の山に、小さいとか、かわいいとかきくのは、皮肉と取られる。
そう思うと、怖くなった。
なにもきけなかった。
この町では、猫がつぎつぎと消えていく。
肥満体の女性は増えていく。


●discriminatory remark,ともかくGGです。肥満体の女性に対して、目前の女性にたいして個人的ではないとしても差別用語になるのでしょうか。男子厨房に入るべからず、といった時代に育ってきたGGにはとても面白い時代に生きていることになります。わからないことばかりです。マイナス思考におちいることはありません。Z世代の孫がいますのでなにかと勉強させてもらっています。なにか不都合な表現があったら指摘してください。ちなみに、わが家は昔。両親とわたし三人と85Kありました。だから肥満には誇りをもっていました。太りたくてもふとれない食糧難の時代を生きぬいてきました。ところがわたしの妻となった女性はスリム。わたしの半分の体重です。そこでわたしも減量に励みました。現在62K。どうです。20K以上の減量に成功しました。でなかったら、現在、膝の痛みをかかえています。歩けなかったかもしれません。献立に気をくばり、なにかと手のかかる亭主の世話をしてくれているカミさんに感謝しています。

麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。





















コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編30 親切もほどほどに。麻屋与志夫

2024-04-22 21:20:03 | 超短編小説
4月22日 月曜日
超短編30親切もほどほどに。

「葉ッパがついていますよ」
前をいく女の髪に葉ッパがついていた。
とってあげた。
葉ッパといっしょにウイッグまでとってしまった。
「見たわね」
女の頭皮はワニ膚だった。
ハ虫類の女だ。
もう逃げられない。



麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。




















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編小説29 きみとみし崖の桜は咲きたるか 麻屋与志夫

2024-04-03 14:14:21 | 超短編小説
4月3日 水曜日  桜が咲きだした。
超短編29 きみとみし崖の桜は咲きたるか

小田垣鷹雄は航空便で初恋の彼女に俳句をおくった。定年となった。再就職の誘いはすべて断った。生まれ故郷の鹿沼にもどることにした。烏小路鹿子はあれからどんな人生をおくっているだろうか。それが気がかりだった。会うのがなつかしいやら、こわいやらでためらいがあった。その気持ちを俳句に託したのだった。

きみとみし崖の桜は咲きたるか

鹿子さんと別れた日。崖には桜が咲いていましたね。今でも咲いているでしょうか。桜に託して、鹿子さん元気ですか、と問いかけたのだ。ぜひお会いしたいです。

断崖の桜は見事に咲いていた。若木だったものがすっかりたくましくなっていた。そしてなによりも驚いたのはふたりで逢引の場所としていた坂田山は団地となっていた。家々が密集してまるでほかの場所に迷い込んだようだった。

「わたしも鷹雄さんと東京の大学に進学したい。親が許さないのよ」
気丈な鹿子がはじめてみせた涙だった。ふたりはまさに崖っぷちに立たされていた。ふたりで家をでるか、別れるか。崖には若い桜の木が見事な花を咲かせていた。

階段でつまづいた彼女の手からなんまいも短冊が宙にまった。そのとき鷹雄は彼女の下の段にいた。舞い上がった短冊を何枚か手をのばして拾ってあげた。それが鹿子と知り合うきっかけとなった。

「わたし、英語部の部長をしていた小田垣さんが好きだった。くちもきいたことがない。片思い。そこで、小田垣さんが階段を下の方から登って来た時。チャンスだと感じたの」
そこで、鹿子はわざと階段を踏み外した。手にもった短冊が宙に舞い上がった。

鹿子オバアチャんにもそんな青春。高校時代があったのだと美和に話したというのだ。

わかいふたりが意気投合して、恋人同士となるのにさしてじかんはかからなかった。
会えばあうほど恋心はもえあがった。土曜日がくるのがまちどおしかった。会えば彼女は俳句の話をした。鹿沼はむかしはとても俳諧の盛んな街だった。芭蕉のまごでしの与謝野蕪村の初めての句集が宇都宮で印刷された。鹿沼の隣町だ。このへんは旅館や、呉服屋、床屋、八百屋から魚屋まで街の旦那衆はみんな俳句をたしなんでいた。いまはその人たちをまとめているのがうちの父なの。彼女の家は『烏小路』といって街の通りの名になっているほどの富裕な名家だった。

「その影響でわたしも幼い時から俳句に興味をもっていたの」
彼女のいっていることは、もう耳には入らなかった。明日は上京する。このままもう会えないかもしれない。
わたしはそっと彼女の手をとった。彼女のあたたかさがつたわってきた。彼女の胸の鼓動がつたわってきた。いや激しく脈打っているのはわたしも同じだった。わたしは彼女を引き寄せた。夢中で、熱い口づけをかわした。唇をかさねた。そしてそれだけでは若い鷹雄の情熱はとどまらなくなっていた。

崖の先の鹿沼の街はむかしとあまりかわっていなかった。鷹雄は崖の上の小道を歩きだそうとして段差につまづいた。みるとこじんまりとした御影石の句碑がたっていた。その境界石につまづいたのだった。
『寒烏鷹ををめざして高く飛ぶ』鹿女とあった。
まちがいない、これは鹿子の句碑だ。彼女はわたしを恨んでいた。烏はまちがいなく彼女の分身だ。鷹はわたし。烏は鷹においつきその鋭いくちばしで攻撃してくる。一緒になれなかった恨みをその鋭いくちばしで鷹につきたてる。
恨まれているだろうとは思ってもみなかった。鷹雄はその場にへたりこんでしまった。
わたしも、老いたものだ。ふとみると方丈がある。少し離れて瀟洒な平屋の日本住宅。
句碑は方丈の脇に立っていたのだ。そして句碑も方丈も灯りのともっている家の広い庭の一部となっている。

鷹雄はおずおずと呼び鈴をおそうとして気づいた。表札には小田垣鷹雄 鹿子とあった。
なにか夢をみているようだった。これはなんどとなく鹿子とかたりあった未来のじぶんたちの、理想の愛の住み家ではないか。
「ここに家を建てましょう。鷹雄さんにも俳句作ってもらいたいわ。この街の文芸復興よ。昔のように俳句を創る人をたくさん養成しましょうよ。わたしは隣に方丈を建ててそこにこもり、俳句三昧の生活」

玄関の引き戸が開いた。
「お帰りなさい」
鹿子だ。セーラ―服の鹿子がそこに立っている。微笑んでいる。いま学校から帰ってきたばかりといったういういしい鹿子が満面に微笑をうかべている。
わたしは遠野物語にでてくる『マヨイガ』にひきよせられたのだ。鷹雄はふるえながらそうおもった。さきほどからの、ひとりごともここでつきる。恐怖はなかった。ふしぎと怖いというきもちにはならなかった。
「鹿子さん」
「いいえ。わたしは鹿子おばあさんの孫の美和です」
「孫? マゴ」
「そうよ。ここはオジイチャンと鹿子バアチャンの家でしょうな。表札にもそうでてたでしょう」
「鹿子は」
鷹雄はいちばん聞きたかったことを、座卓につくと美和に聞いた。
「それは母の口からきくのがいいわ。連絡しといたから明日は東京からもどってきますから」
慶応大学の文学部の教授になっている。それも英文科。鷹雄が在学した科だ。

鷹雄は卒業して外交官となり海外生活。そしていま、なつかしい故郷にいる。
「鷹雄オジイチャンのメール届いていたから。母はすぐかけつけられる準備はできているはずよ」

「聞かせてくれ、鹿子さんは」
「オジイチャン海外生活がながいから。妻にはさんをつけなくてもいいでしょうな」

「お母さんにしかられるけど、じゃあわたしから話すね」
「鹿子おバアチャンは……」
この時、美和の携帯が着信音を奏でた。
「母からよ。オジイチャンが句碑を見ていると母には連絡しといたの」
「お母さん、ちょっとまって」
コードをテレビにつないでいる。
テレビからなつかしい鹿子の声がが聞こえてきた。声だけではない。
「お父さん、お帰りなさい。会いたかったわ。長い間の海外勤務ご苦労さまでした。お父さんの外交官としてのご活躍は逐一母に知らせておきましたのよ。母もお父さんが帰鹿するのをたのしみにしていましたのに……」

「ただひとたびの契りなれども、わらわは生涯のちぎりとおもいて……」
美和が気取って朗誦するようにいった。
「わたし、日本の古典文学がすきなの。俳句も大好き、鹿子おばあちゃんに負けないような俳句作家になるわ」
孫の美和と方丈で、妻の鹿子をしのび俳句を、文学を勉強する老後の暮らし。
それも、わるくない、と鷹雄は思った。
娘どころか孫までもいるとは——マルチバースの世界に迷い込んだような不思議な感覚にひたっていた。目の前にいるのは鹿子だ。あの時の、鹿子とおなじ歳だ。鷹雄は目がウルムのを覚えた。外交官という職業柄、けっして感情的にはならなかった。鹿子とわかれてからの年月、長い時間の中で涙をこぼしたことがなかった。
涙がほろりとほほをつたった。涙はとまらなかった。まるで鷹雄も青春の初めの季節、鹿子と別れた時点に立ち返り、ながした涙が、またわきだしたようだった。美和がお酒を用意してくれた。おちょこが二つある。
「まだ早すぎるんじゃないか」
「おじいちゃん。一八歳で成人式は済ませたの。運転免許だってもっているんだから。明日は母と三人で日光に行きましょう。三仏堂の前の金剛桜みにいきましょうよ」
なんでも、ほんとうに知っているようだ。あの場所は鹿子とデートでなんども訪れたお気に入りの場所だ。
「だったら四人で行こう」
セピヤ色にいろあせた片時も離したことのない鹿子の写真を鷹雄は泣きながらテーブルのうえに置いた。
桜の花をこよなく愛していた鹿子だ。
鹿子にも三仏堂の金剛桜を見せてあげたい。





麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。














コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編28 白比丘尼(題かえました) 麻屋与志夫

2024-03-03 12:29:21 | 超短編小説
3月3日
超短編(28)  白比丘尼 

どさっと卒塔婆をひとかかえほどヒロチャンがなげだした。
下のお寺の墓地からぬいてきたものだ。
「ツヨシちゃんチには細引きが売るほどあるよな。明日はここにもってきてよ。こ
の卒塔婆で秘密基地つくろうぜ」
八〇年も前のことだ。ぼくらが、第二次大戦が終結をむかえる夏、八月のことだった。外塔婆は細長い木の板。梵字や戒名などがかかれている。墓地にさしてあった。今のように金属でお墓の脇に卒塔婆立てなどはなかった。火葬ではなく土葬。
雨が激しく降るとシャレコウベが露出したりしてとても気味の悪い場所だった。卒塔婆をほそびきでつないだ。木簡のような状態につないだ卒塔婆を外壁とした。つなぎめのすきまには周囲の木の枝を切ってうめこんだ。かぜがふきこまなくなった。剛はただみているたけだった。剛だけが小学生。ヒロチャンや一雄、ソウジの兄弟。一郎さんたちは高等小学校の二年生。みんなが手際よく建築作業に従事して基地を作り上げるのを見ていた。

「あと四五本ぬいてくるから。それでソリをつくろうぜ」
元気にいうとヒロチャンはすばやく山をくだっていった。
卒塔婆を横に五本ほどとなぎ頭にロープをからませ手綱とした。それを握って山の急斜
面を滑り降りる。剛にはこわくて真似ることもできない遊戯だった。

「このガキャ‼」
突然、声がした。寺男のオッチャンが不意に剛の前に現れた。
なにがなんだか、わからないまま剛は逃げた。
ほかの仲間はソリに乗って麓ににげのびていった。男は鎌を振り上げておいかけてくる。ぼくは、なにもしていない。していない。ただみていただけだ。

「卒塔婆に、なんてことをしくさる。仏様の罰があたるぞ」
 振り上げられた鎌は大きな刈り払い鎌のようにみえた。
悪魔が収穫に使うあの恐ろしい鎌にみえた。剛ははしった。捕まればころされる。あれは寺男なんかではない。悪魔だ。
ぼくはなにもしていないのに、ころされる。

「なにもしていない。なにもしていない。ぼくは……」
 
剛は薄暗い森の中をはしりつづけた。どうして、ぼくだけが追いかけられるのだ。森はい
っそう暗くなり、きがつけば夜になっていた。寺男はもう追いかけてこない。剛は道に迷っ
た。もともと道などない森閑とした森の中を逃げ回っているうちに遠くまできてしまった。
走りすぎたので、疲労と空腹でその場にへたりみ、ねこんでしまった。
「おにいちゃん」少女の声がする。
「おにいちゃん、起きてよ」
囲炉裏には火がもえている。老人がすわっている。
少女は剛より年下。「お手玉しょう」剛には姉が三人。女兄弟ばかりなので、お手玉はとくいだった。
「オジイ。この子お手玉、あたいより上手だよ」
「あたいおとなになったらお兄ちゃんのおよめさんになりたい。まいにちお手玉して、遊ぼ
う」
 夜が明けるとあるかないかわからないような細い獣道を少女は剛の手を引いて里まで連
れ出してくれた。
 
 剛は大学の学食で知り合った下級生と結婚した。B出版社に内定していたのに両親の不
意の病で帰郷することなってしまった。三人の女兄弟は結婚して家にはいなかった。ところが、これがたいへんな事態を引き起こした。
ふいの帰郷なので職もなくとりあえず学習塾をはじめた。敵国の英語を教えている、と老婆たちが反応した。敗戦から三〇数年。東京オリンピックもすんでいた。妻がパワハラにあった。当時はそんなことばはなかった。
『村八分だ』。親や、息子、男兄弟と身内が戦死している家族があった。
剛はさからはなかった。ただただ、無抵抗をつらぬいた。
ぼくはなにも悪いことはしていない。なにもしていない。
若いお母さんたちは応援してくれた。塾生は数百人にたった。

この街の人口は減るいっぽうだ。
せつかくけんめいに教えて優秀な人材を育成しても、みんな東京に去っていく。これでいいのだろう。
静かな田舎町で波風をたてず朽ちていく。そうした運命だったのだ。
剛の世からこばまれる人生を美しい妻は支えつづけてくれた。
わかわかしく健康な妻は病気ひとつせず剛わ励ましつづけた。

そして。今朝。
九〇歳になった剛の寝床に、白いシーツの上に深紅のお手玉がひとつおいてあたった。
水茎も鮮やかな仮名文字。
懐紙には「またおてだまであそびたいわ」
妻がいつになっても年をとらず、わかわかしい美貌をたもっていることを世間では嫉妬しはじめていた。

昔、秘密基地をつくった里山の奥『真名子』の八重姫伝説に剛は思い至った。
『八百比丘尼堂』がある。
どうして気づかなかったのだ。
妻はあのときの少女。
ずっとぼくを献身的にささえつづけていたのだ。
八百年ぶりに帰還した八重姫だったのだ。
あまりにも趣味が高潔なのを揶揄すると、
「わたしは前世はお姫さまだったのよ」
と笑って誤魔化してたのがリアルにひびいてきた。
それにしてもこれから八百年も彼女は生きつづける。
どんな男とむすばれるだろうと思うと、すこし妬ける。
おれは、姫になにもしてやれなかった。
それが剛の今わの際の意識だった。口元には「ありがとう」いう言葉が刻まれていた。

注 『八百比丘尼堂』については、検索してください。実際に栃木の真名子に存在しています。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。















コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編27(5稿) 声  麻屋与志夫

2024-02-03 07:28:34 | 超短編小説
2月14日 火曜日
超短編27(5稿) 声

声をかけられたことがあった。
それがどこから来たのか、誰の声かわからない声もあった。

「翔平。声をかけられても行っちゃダメ。もどっておいで」
「行きたいよ。向こうへいきたいよ。お花畑で呼ばれている」
「ダメ‼」
母の声はいまでも耳元にのこっている。
あのとき、誰になんと声をかけられたのかわからない。
呼びもどしてくれた母の声の記憶があるだけだ。
四歳のときだった。
母が信仰していた岩船さんの孫太郎尊の助けをかりて必死で呼びもどしてくれなかったら――。いまのわたしはない、と翔平は思っている。

木暮サーカスの女の子に声をかけられた。
「おにいちゃんとこ、あの塀のかかっている門のある家でしょう。食べ物がタントあるでしょ
う。おなか、すいているの。食べ物くれたらアタイのブランコの芸みせてあげる」
翔平はまだ小学生だった。
戦争中だった。テントのスソをめくって、ただで入れてくれた。
きらびやかな舞台衣装に着替えた少女は美しかった。
まぶしいほどきれいだった。
空中を飛び交う少女は天使のようだった。
女の子をはじめて美しいと感じた瞬間だった。

図書館の受付で声をかけられた。
「大関さんが、探していましたよ」
翔平が病気で倒れた母の看病のため東京からUターンしてきたのは昨日のことだ。
街の劇団「蟹の会」の稽古場は剣道の道場にあった。
そこで生涯を伴にする彼女に会った。

翔平は五十八歳になっていた。
信仰している岩船の孫太郎さんが祭ってある山の見える高速を走っていた。
「肝臓が悪い。診察をうけろ」
声がどこからともなく降ってきた。
発見が早かった。

登山者に声をかけられた。
「まだ、このさきだいぶありますよ。鎖場もあるし」
暗に、妻との鳴虫山の登山を戒められている。
そう直感した。
日光警察の脇の『鳴虫山登山口』という標識に誘われた。
何げなく登りだした山道だった。
濃いピンクのヤシオツツジの群落をみて、妻が興奮してよろこんでいた。
いますこし、あと一歩と歩いてきた。
ゴツゴツと地表に絡み合う黑ぐろとした樹の根を避けて歩くのがたのしかった。
つい山深くまで、きてしまった。
男はひかえめに忠告してくれている。
登山用のバックを背負い、靴、手袋、帽子どうみても装備が整っていた。
妻はコンビニにお惣菜でも買いに出かけてきた。そうした軽装だった。
翔平にいたっては、なにも手にしていない。
男は、この山を知り尽くしている様子だった。
両手にトレッキングポールを、巧みについて遠ざかっていった。
山の樹木の密生した道には、街のそれより早く夕暮れが訪れるだろう。

すぐに引き返すことにした。
帰路。木の根を避けてとおるのが困難になっていた。
ゴツゴツした木の根を踏みしめて登るのがあんなに楽しかったのに。
足をとられて転びそうになる。
このとき、頭上に羽音がした。
巨大な羽根が空気をたたいている。
大鴉だ。巨大な羽根でホバリングしている。
こちらを見下ろしている。
品定めしているのだ。
アイッは、悪魔だ。
岩に生えた苔の上にのり足をすべらせた。
谷に落ちそうになった。
妻がすさまじい悲鳴をあげた。
あのまま、滑落していたら――。
翌日の朝日新聞。北海道で遭難事故死した老人がいた。
翔平と一字ちがいの名前だった。テレビで『デスノート』がはやっていた。
悪魔が一字まちがえてくれた。まかり間違えば、死んでいたのは――。
翔平は七〇歳の時の出来事だった。

若死にするだろうといわれていたのに九十歳まで生きている。
杖をつくようになった。
歩道には雨水の流入のための小さな穴がいくつもあけてある。
グレーチング(鉄格子)の穴も危険だ。
杖の先がはいると転んでしまう。
転ぶとひとりでは起き上がれない。
注意して足元を見ながら、うつむいて歩いている翔平の頭上に男の子の声がかぶさった。
「こんにちわ」
トラックの急ブレーキの音。
悲鳴。
衝突音。
走ってきた軽トラックはまだ前方に走りづけていた。
こんにちは、と杖をついた翔平に声をかけてくれた少年は即死だろう。
姿はみえない。
アスファルトの車道ではカラカラと自転車の車輪がまわっている。
それは一刻もはやく先に進もうとしていた少年の意志がのりうつっているようだった。
赤い車体の自転車はもはや屑鉄。道路に散乱している。

じぶんの足元ばかり気にしていた。
信号を無視して車道に飛びだす少年に声をかけられなかった。
いままで、幾多の困難に直面した。
そのつど、天の声のように声をかけてくれたひとびと。
おおくのひとに助けられてこの年まで生きてこられた。
翔平はじぶんがだれの助けにもなっていない。
そう……そう反省する。
自責の念にかられた。
涙がほほを伝っている。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編27(二稿) 声 麻屋与志夫

2024-02-02 11:36:00 | 超短編小説
2月2日 金曜日
超短編27(二稿)声

声をかけられたことがあった。
それがどこから来たのか、誰の声かわからない声もあった。

「翔平。声をかけられても行っちゃダメ。もどっておいで」
「行きたいよ。向こうへいきたいよ。お花畑で呼ばれている」
「ダメ‼」
母の声はいまでも耳元にのこっている。
あのとき、誰になんと声をかけられたのかわからない。
呼びもどしてくれた母の声の記憶があるだけだ。
四歳のときだった。
母が信仰していた岩船さんの孫太郎尊の助けをかりて必死で呼びもどしてくれなかったら――。いまのわたしはない、と翔平は思っている。

木暮サーカスの女の子に声をかけられた。
「お兄ちゃんとこ、あの塀のかかっている門のある家でしょう。食べ物がタントあるでしょ
う。お腹がすいているの。食べ物くれたらアタイのブランコの芸みせてあげる」
翔平はまだ小学生だった。
戦争中だった。テントのスソをめくって、ただで入れてくれた。
きらびやかな舞台衣装に着替えた少女は美しかった。
まぶしいほどきれいだった。
空中を飛び交う少女は天使のようだった。
女の子をはじめて美しいと感じた瞬間だった。

図書館の受付で声をかけられた。
「大関さんが、探していましたよ」
翔平が病気で倒れた母の看病のため東京からUターンしてきたのは昨日のことだ。
街の劇団「蟹の会」の稽古場は剣道の道場にあった。
そこで生涯を伴にする彼女に会った。

翔平は五十八歳になっていた。
信仰している岩船の孫太郎さんが祭ってある山の見える高速を走っていた。
「肝臓が悪い。診察をうけろ」
声がどこからともなく降ってきた。
発見が早かった。

登山者に声をかけられた。
「まだ、このさきだいぶありますよ。鎖場もあるし」
暗に、妻との鳴虫山の登山を戒められている。
そう直感した。
日光警察の脇の『鳴虫山登山口』という標識に誘われた。
何げなく登りだした山道だった。
すぐに引き返すことにした。
帰路。谷に落ちそうになった。
妻がすさまじい悲鳴をあげた。
あままま、滑落していたら――。
翌日の朝日新聞。北海道で遭難事故死した老人がいた。
翔平と一字ちがいの名前だった。テレビで『デスノート』がはやっていた。
悪魔が一字まちがえてくれた。まかり間違えば、死んでいたのは――。
翔平は七〇歳の時の出来事だ。


若死にするだろうといわれていたのに九十歳まで生きている。
杖をつくようになった。
歩道には雨水の流入のための小さな穴がいくつもあけてある。
グレーチング(鉄格子)の穴も危険だ。
杖の先がはいると転んでしまう。
転ぶとひとりでは起き上がれない。
注意して足元を見ながら、うつむいて歩いている翔平の頭上に男の子の声がかぶさった。
「こんにちわ」
急ブレーキの音。
悲鳴。
衝突音。
少年は即死。

じぶんの足元ばかり気にしていた。
信号を無視して車道に飛びだす少年に声をかけられなかった。
いままで、幾多の困難に直面した。
そのつど、天の声のように声をかけてくれたひとびと。
おおくのひとに助けられてこの年まで生きてこられた。
翔平はじぶんがだれの助けにもなっていない。
そう……自戒する。
涙がほほを伝っている。



麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超短編27 声

2024-02-01 09:08:58 | 超短編小説
2月1日 木曜日
超短編27 声

声をかけられたことがあった。
それがどこから来たのか、誰の声かわからない声もあった。

「翔平。声をかけられても行っちゃダメ。もどっておいで」
「行きたいよ。向こうへいきたいよ。お花畑で呼ばれている」
「ダメ‼」
母の声はいまでも耳元にのこっている。
あのとき、誰になんと声をかけられたのかわからない。
呼びもどしてくれた母の声の記憶があるだけだ。
四歳のときだった。
母が信仰していた岩船さんの孫太郎尊の助けをかりて必死で呼びもどしてくれなかったら――。いまのわたしはない、と翔平は思っている。

木暮サーカスの女の子に声をかけられた。
「お兄ちゃんとこ、あの塀の掛かっている門のある家でしょう。食べ物がタントあるでしょう。お腹がすいているの。食べ物くれたらアタイのブランコの芸みせてあげる」
戦争中だった。テントのスソをめくって、ただで入れてくれた。きらびやかな舞台衣装に着替えた少女は美しかった。
まぶしいほどきれいだった。
空中を飛び交う少女は天使のようだった。
女の子をはじめて美しいと感じた瞬間だった。

図書館の受付で声をかけられた。
「大関さんが、探していましたよ」
翔平が病気で倒れた母の看病のため東京からUターンしてきたのは昨日のことだ。
街の劇団「蟹の会」の稽古場は剣道の道場にあった。
そこで生涯を伴にする彼女に会った。

翔平は五十八歳になっていた。
信仰している岩船の孫太郎さんが祭ってある山の見える高速を走っていた。
「肝臓が悪い。診察をうけろ」
声がどこからともなく降ってきた。
発見が早かった。

若死にするだろうといわれていたのに九十歳まで生きている。
杖をつくようになった。
歩道には水はけ用の小さな穴がいくつもあけてある。
鉄格子の穴も危険だ。
杖の先がはいると転んでしまう。
転ぶとひとりでは起き上がれない。
注意して足元を見ながら、うつむいて歩いている翔平の頭上に男の子の声がかぶさった。
「こんにちわ」
急ブレーキの音。
悲鳴。
衝突音。
少年は即死。

じぶんの足元ばかり気にしていた。
信号を無視して車道に飛びだす少年に声をかけられなかった。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。







コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

胸にイチモツ下腹部にイチモツ。麻屋与志夫

2023-11-30 10:17:42 | 超短編小説
11月30日 木曜日
超短編 26
胸にイチモツ下腹部にイチモツ。

「おれも、老いぼれたものだ」
 順平はバス停のベンチに腰をおろした。
 角材を四本ほどあわせただけの素朴なベンチだ。
 背中を車道のほうにむけた。
 こうして座っていればバスに乗る客ではないとわかるはずだ。
 疲れ切ってもう歩けない。
 温泉がでるいがいはなんのとりえもない田舎町だ。
 年寄りには無愛想な街だ。
 歩道にやすむことのできるベンチひとつない。
 それでバス停のベンチをいつも利用させてもらっている。
「オジイチャン。終バスだよ‼」
 突然。
 声をかけられた。
 いつのまにかベンチで眠りこんでいた。
 あわただしく声をかけられた。
 おもわずバスにのりこんでしまった。
「オジサン、温泉にでもはいっていくといいよ」
 親切な運転手の声を背中できいた。
 この温泉は源泉かけ流し、湯気がもうもうとしている。
 声がして、どやどやとはいってきた。
「オジイチャン、ほらよ、石鹸だ。身体よく洗ったら」
 胸になにかイチモツありそうな気配。
 ヤヤヤ。
 下のほうのイチモツはとみれば、馬並み。
 ここは馬が支配する温泉郷にちがいない。
 だから、こんなに立派な温泉がでているのに旅館ひとつない。
 みんな、身の危険までおかしてこの秘湯にくるはずがない。
 背後から馬蹄をひびかせて追いかけてくる。
『注文の多い料理店』を思い起し、順平は必死で逃げた。
 だいたい体をきれいにしろなんて、おかしなことだったのだ。
 屠殺場に、いやこれは差別用語らしいのだ。
 食肉処理場につれこまれそうで、それこそ命がけの逃走をこころみた。
 ジョークやアイロニーをかんがえている場合ではないのだ。
 隘路に逃げ込んでヤツラをやりすごすのだ。
 GGになっての脾肉の嘆きなんていまさらいうな。
 ほれ、そこをまがれ順平。
 走れ、走れ順平。
 おれを、馬はトサツして食べてしまう気だ。
 だから、正々堂々とドウドウと下腹部をさらし、盗撮されてもかまはない。
 そんなことされても、即、食べてしまうのだから……。

 順平の逃走はつづく。
 杖を下足場に置き忘れてきた。
 それでもって、走れるのが、摩訶不思議だ。
 アドレナリンがフットウしているのだ。
 順平はその蒸気にのって空に舞い上がった。
「ザマアケッカレおん馬のケツメド、おまえらパカパカ空までは追いかけてこられない」
 天空には城があった。
 いや、これは『竹田城』だ。
 いま、まさにSNSでさわがれている日本のマチピチだ。
 天空の城だ。
 ラピュータだ。
 侍女がいる。
 ここで魔法を学び、若返りたい。
 腰元にかしずかれて魔法を習いたい。
 ところが箒もないので真っ逆さまに下界に落ちた。
 落ちたところはオッパイの上。
 ドラム缶が突き出したような大人国。
 巨女が所狭しと歩いている。
 ギャー。
 やはり来てしまった、大人国。
 踏みつぶされるまえに逃げださなければ。
 まだまだ逃走劇はつづきそうなのだ。
 小人閑居して不善をなすというではないか。
 みなさん若者が懸命に働いているのに小人であるGGは働きもせず不善。
 くだらない駄文に浮きみをやっしている。
 言葉遊びに興じている場合ではないのだ。
 ごめんなさい。

 蛇足。ガリバー旅行記の訪問先参照のこと。
 お下劣な表現。マッピラゴメンナスッテ。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
カクヨムサイトはこちら

●角川のbookwalkerーにも載っています。
 

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。




















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする