田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

第十二章 愛の賛歌/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 21:43:42 | Weblog
第十二章 愛の賛歌

1

翔太郎は美智子のメールを読んでいた。

翔太郎は駐車場の隣の? 部屋に閉じ込められていた。
コンクリートの打ちっぱなしだ。
建築中のビルなのだろう。
ときおり車の発着音がかすかに聞こえてくる。
あまりにイメージしたとおりの状況だ。
だから、拉致された場所がどこなのか、あまり気にならなかった。
彼らは翔太郎を部屋に置いて、なにも訊かなかった。
拉致するだけがいまのところ目的で、それから先の指令はうけてない。
そう推察した。逃亡の方法をあれこれかんがえることもあるまい。
じたばたしても、はじまらない。
この間に、懐かしいメールを読み返して置く。
翔太郎にはそんな余裕があった。

美智子のメール。
鹿沼をでるとき、妻の智子がプリントアウトしてくれたものだ。

翔太郎ジイチャン。
わたし悲しい。
直人とはずっとずっといっしょにいられると思っていた。
婚約した訳でもないのに。
世間的には恋人以上婚約者未満。
でもそれ以上の気もちだったのよ。
ジイチャンと智マミみたいに。
小さな田舎町でオバアチヤンになるまで。
いつもそばにいられると思っていたのに。
わたし結婚したら……。
いつも直人のそばにいられるように。
芸能界は引退するつもりだった。
直人といっしょにいられるなら。
すべてをすてても悔いはない。
そう思っていた。
直人のこと好きで、好きで、どうしょうもないほど好きだった。
直人と生活を共にして、赤ちゃん4人くらい産んで、育てて。
わたしって、ほら、不器用だからうまく育てられるかな?
ばかだね。
まだプロホーズもされてないのに、そんな心配していた……。
だってね、直人と話していると、ずっとずっとむかしからいっしょだった。
そんな気もちになってくるの。わたしってシーラカンスなのよね。

すごく古い女なんだ。古い、古い女なんだ。
……とわたし的にはいつも思っているの。
生きた化石みたいなのよ。
シーラカンスなの。わたしは……。
ジイチャンは幸せだね。
ずっと、いつも智マミといっしょなんだもの。
わたしはママみたいに一人で生きていく運命をせおっているんだね。
ママにはわたしがいる。
わたしには直人がいない。
子どももいない。
こんなのって、寂しすぎるよ。
あんなに直人のこと好きだったのに。
愛していたのに、それをまだいってなかったんだよ。
愛してる。
なんていわなくても、こころはかよいあっていたもの。
言葉ではいえないほど、言葉が必要ないほどはじめから愛しあっていた。
こんなのって、おかしいのかしら。

アイコンタクトの瞬間。
一目で愛の旋律が起きた。

もうぽおっとしてしまつたの。
うれしかった。

わたしの愛しい人がここにいる。
ここに現れたって感じがした。

あの時のジャズは「枯れ葉」だった。
シャンソンからアレンジしたのに。
ジャズで一番人気の曲。
すばらしい演奏だった。
地元、宇都宮のバンドだった。
ジイチャン。
いつかわたしのほうが先に死ぬようなことがあったら。
わたしの日記やメールをベースにして。
「直人と美智子の愛の物語」を書いてね。
このメールを受け取ったときだった。
美智子が自殺するのではなしいかと。
おそれて……自由が丘に駆けつけたのは。

人を愛し過ぎる。
恋人のために死んでもいいと思う。
そう思いつめられる。
わが家の家系なのだろう。
智子との愛をおもいながら……。
美智子のいる自由が丘にいそいだ。

翔太郎は鹿沼の「マヤ塾」が炎上したのを知らない。
智子が命に代えて――夫のCDを守ったのを知らない。


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「マヤ塾」炎上(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 21:05:37 | Weblog
3

智子が倒れていた。
動かない。

隼人は頸動脈にふれる。
鬼に襲われ瀕死の状態でここに逃げこんだのだろう。
出血はない。
だが顔面蒼白。
かなりのダメージを受けている。
CDをもっていた。
眼をあける。焦点がさだかではない。
必死の形相で隼人にCDとメモリーをさしだす。

「これをうちの人に……翔ちゃんにわたして」

仲のいい夫婦だったのだろう。
若いときから夫を「翔ちゃん」と呼んでいたのだろう。

これがその最後の呼びかけになるかもしれない。

隼人はしっかりと智子のさしだしたCDとメモリーを受け取った。

消防士がきた。
まだ鬼にとりこまれていない。
隼人たちをののしらない。
制服警官がいるので態度が違う。
阿久津と智子の搬送は救急隊員に任せた。

里佳子がかけつけた。
ひと眼で状況をさとる。

「お母さん」

静かすぎる呼びかけ。
だからこそ、悲しみがこめられている。
本当の、深い悲しみはあとからやってくる。

隼人はキリコのところにもどる。
さらに火勢が強くなった。
鬼とキリコは塾の裏庭で戦っていた。
鬼は後生大事にパソコンを抱えていた。
智子が懸命に守っていたCDは隼人が受けとっとている。
PCのメモリーもすべて無事だろう。
「奥さんはたぶん助からない」
キリコはそれを聞くと裂帛の気合とともに鬼の胴に黒髪を巻きつけた。
隼人は身動きできない鬼に銃弾を撃ち込んだ。
遠慮することはない。
相手は敵だ。
敵は悪魔だ。
日本では、鬼といわれる。
悪魔、ゴーレム。
いろいろな呼び名がある。
吸血鬼とも呼ばれている。
いずれにしても、人の血を吸う、魔の者だ。
破壊されたパソコンだけを残して鬼は消えた。
「やったのか」
「たぶん、逃げただけ。あいつらしぶといから」


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「マヤ塾」炎上(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 19:20:01 | Weblog
2

アメリカ育ちの隼人には吸血鬼にみえる。
阿久津には普通の男に見えている。

「智子先生をどうした」
「さあ、どうしたのでしょうか」
ニカニカ笑いながら近寄ってくる。
「避けろ」
隼人は阿久津に声をかけた。
おそかった。
鬼の腕のひと振り阿久津が煙の奥へふっとんだ。

隼人は鬼の股間に蹴りをとばした。
丸太を蹴った感触だった。
「キリコのところに行った仲間をやったのはキサマらしいな」
鬼族だけがもつ燐光をはなつ目。
鉤づめ。
牙。
凄まじい形相で迫ってくる。

「隼人。コイツはわたしにまかせて。美智子さんのオバアチヤンを探して」
キリコがかけつける。

「こいつはたのしくなってきた。
キリコもきているのかよ。ふたりそろって始末してやる」
隼人は阿久津を助け起こした。
制服の胸が裂けてている。
血がはでにふきだしている。
奥を指差している。
なにかいっている。

「教室の裏側に、黒板のうらにパニックルームがあります」
よろよろしながら隼人をみちびく。
煙が吹きこんでくる。阿久津は煙にむせている。
柱の中ほどを叩く。
壁が動いた。
壁がするすると上部に上がっていく。


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「マヤ塾」炎上/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 17:53:16 | Weblog
第十一章 「マヤ塾」炎上

1

「住人は避難したのですか」
 隼人が訊く。
「消火の邪魔だ」
 消防士。
「知りあいなのです。麻耶先生の奥さんは無事に逃げだしましたか」
 制服の阿久津に聞かれた。
 それでも消防士はめんどうくさそうに顔をしかめただけだった。
 やはりどす黒い影におおわれている。
 オニガミに憑かれている。

「放火ですよ。なんにんも黒服の人が教室にはいっていったのを見た」
「めったなこというな」
 近所の主婦がいうのを夫らしい人物が手を引いて人ごみに紛れる。
 野次馬はさらにふえている。
 ひとびとのざわめき。
 消防車のエンジン音。
 火にはぜる木片の音。
 あたりは騒然としている。 

「麻耶さん」
 叫びながら隼人はまだ火の回っていない玄関からとびこんだ。
「先生!! 智子先生」
 阿久津があとから追いすがってきた。

「この奥が書斎です」
 塾生だった阿久津が隼人を案内する。
 煙がすでに家中に渦巻いている。
 ふたりが扉を開けた。
 その空気の動きでゆらぐ煙のなかに黒い影の存在があった。

「なにものだ」
 隼人と阿久津が同時に怒号した。
 広い書斎だ。
 机のパソコンに怪しい人影がかがんでいた。
 パソコンを持ってこちらを向いた。
 煙の中で男がニカっと笑った。
 鬼だ。


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鬼沢組(6)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-29 04:18:42 | Weblog
6

「じぶんは、マヤ塾の卒業生です。
鹿沼の出なので呼び出されました。
なにか先生の身にあったのですか」
「いまのところは、なんともいえない。
ただだれかが家の中にはいりこんでいる。
ヘリの降りられる場所はありますか」
隼人はキリコのヘリの着地場所を配慮している。
「塾の横に広い駐車場があります」

「だめよ。
燃えてる。
煙で視界がきかない。
燃えてるのは、たぶんマヤ塾だわ」
キリコのほうから連絡がくる。
「隼人!!あとどのくらい?」
「もうすぐ着く」
「いそいでね。
炎の上がっているすぐそばに野球場がある」
キリコが焦っている。
急かせる。
ただごとではない。

「いそいで。隼人のほうがさきにつける」
「御殿山球場だったら着陸するのには危険はありません」
「それより塾が燃えてるらしい」と隼人は阿久津にいう。
「あれですね。方角がまさに塾のあるところです」

二人にも黒煙が見えてきた。
覆面パトカーは街の東側の台地にたどりついた。
町の中央に火の手があがっている。
まだ、それほど燃え上がっていない。
車はスピードをあげてJR鹿沼駅前の道を下る。
橋をわたった。
駐車場に人が群れていた。
騒いでいる。
楽しそうに火事見物をしている。
隼人は人垣をおしわけた。
「なにするんだよ。畜生」
すさまじい怒号をあびせられた。
彼らが吐く息が黒い。
粘つくような声が隼人にからんでくる。
挑発しているのだ。
なんという群衆だ。
人の災いをたのしんでいる。
すきがあれば暴力をふるう。
オニガミの影響をうけている。
狂気を目にやどしている。
隼人は相手にせず、さらに前にでた。
まだ燃え上がったばかりらしい。
教室の窓から火が外に向かって炎の舌を見せていた。


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