田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

「白。でいいじゃないか」 麻屋与志夫

2018-09-27 13:59:39 | ブログ
9月27日 Thu.

●「痒い。足がカユイ」
カミサンが嘆いています。
「白だ。白のノミをもらったのだろう」

●カミサンは黙ってしまいました。このところ、猫を飼うか。もうおしまいにするか。歳が歳なのだから、あと20年生きる自信がないなら、あきらめよう。などと話しあっています。

●カミサンはどうしても飼いたいらしく、松戸の娘に近所に可哀そうな野良ネコがいたら、保護して置いて。などとたのんでいます。わたしは、どちらかというと、猫を飼うことには……逃げ腰です。

●ノミにくわれて痒いと嘆けば、猫を飼いたいというカミサンの立場は不利となりますよね。

●白はわたしたちの議論は知りませんから、今日も雨、外に出られず、発泡スチロールの猫houseで白河夜船。うとうとうと。かわいいものです。白ちゃん、でいいじゃないか。こうして白を窓越しに見ているだけでも癒される。

●白でいいじゃないか。



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「降りこめられて、外に出られないニャン」 麻屋与志夫

2018-09-25 12:16:29 | ブログ
9月25日 Tue.

●「パパ。白が来てるわよ」妻が教室をぬけて、黒板の後ろにある書斎のドアを開ける。幸いなことに、わたしはパソコンに向かい小説を書いていた。たとえ妻といえども、いや、妻だからこそベッドで惰眠をむさぼっている醜態は見られたくない。いつになっても、妻というより彼女を恋人のように思っているので、カッコいいところを見せたいGGなのであります。

●なるほど、白はデッキで固形餌を食べている。どうして猫ちゃんは、いちど来はじまると、つづけて来るのだろう。なにか猫の習性にそういうところがあるのかもしれない。しばらく来ないので、死亡通知をうけとったようで寂しかったのに――。

●食事がすむと、妻の膝に手をかけたり、頭をすりつけてスリスリしたりしている。ゴロンととよこになってナデナデしてもらうことを期待している。かわいいものだ。

●「パパ、白が寝床にはいっているわ」
昼ごろから雨になった。裏庭に面した廊下からのぞくと、すっかり雨水で濡れてしまったデッキを避けて、棚に発泡スチロールで妻が構築した猫ちゃんの小屋にもぐりこんで白がうたた寝をしていた。

●「白、しろ」
呼びかけるとウッスラと目を開ける。
「おいでよ。廊下に猫ベットがあるよ。ブラッキやリリのニオイがするよ。おいでよ」
呼びかけても、眠そうな顔で、餌もらっているてまえ、お義理で反応しているように、目をしばたたいている。

●「かわいそうよ。そっとしておきなさいよ」
わたしをたしなめる妻の声がいつもより、さらに若やいで聞こえる。

●腐れ彼岸が三日ある。というが、この季節は秋の長雨のシーズンだ。白は降りこめられて、猫ハウスから出られないでいる。いつまでも、長雨が文字通りつづいてくれるといいな。






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「白が、生きていたよ」 と妻を呼ぶ。 麻屋与志夫

2018-09-24 21:35:53 | ブログ
9月24日 Mon.

●「ミイマ! 白が生きていたよ」妻を呼ぶ声がおもわず大きくなった。
わたしが、裏のデッキをのぞいたところ、室外機の上からバタンと、跳び下りた猫の影。白だった。

●一月も来なかったので、もう死んでしまったとあきらめていた。野良ネコの寿命は三年から五年という。いくら待っていても来ない白。もう事故にあったか、病気で死んでしまったと思っていた。

●鳥のササミ。一パック。妻が餌皿にあけてやるとうれしそうに「ウッ」と声をだしてがつがつと食べはじめた。白はリリと同じで、ニャと猫鳴きができない。

●食べ終わってからは、妻にスリスリしたり、ゴロンとおなかをだして、寝そべったり、かわいいものだ。

●「毎日、いちどは遊びに来てね」妻が白に言いきかせている。

●白のかわいらしい動作にすっかりわたしたちは、癒された。やはり、猫はいいな。猫欲しい。と妻が言う。





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遠い太鼓の音をききながら小説をかいています。麻屋与志夫

2018-09-24 11:36:20 | ブログ
9月24日 Mon.

●アブラゼミの鳴き声がとけこんでいるような熱風の記憶がうすらいだと思っていたら、秋の長雨の季節になった。毎年のことだが、鹿沼の秋まつりが終わらないと季節は定まってこない。

●膝の関節の痛みもこのところおちついている。紅葉を観にどこかへでかけたいなどと、人並みなことを思うようになった。

●食料を買い出しにいくほかは、家から出ない。毎日、書斎で小説を書いている。もちろん、趣味で書いているわけではなく、このブログを書きだした動機もそうであったのだが、なんとかして三度目のカムバックを果たしたいのだ。雑誌にじぶんの小説が掲載されている快感を忘れることができない。

●ブログを始めた当初は、十数年前だったが、五年も努力すればなんとかなると気軽に思っていたが、どうもそれは甘かった。

●この、テイタラクだ。

●カクヨムに在庫の作品を載せている。昔だったら、お蔵入りした作品は、原稿のままつみあげて、死ねば廃棄処分。あるいは、燃やされてしまう。

●ありがたい時代になったものだ。カクヨムにのせておけば、誰か読んでくれる。作品は残る。

●カクヨムのほか、これは有料になるのだが、角川の電子書籍、に数編とりあげられている。
BOOKWAKERの作品もぜひお読みください。

●ともかくいい時代になったとGGは感謝している。ああ、長生きしていてよかった。これからも、まだまだがんばる。

●季節は秋。毎日元気に小説を書いていられるなんて、幸せだ。



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『村八分』まだアルのですね。驚いています。 麻屋与志夫

2018-09-23 06:45:25 | ブログ
9月23日 Sat.

●奈良県天理市で村八分にあっている家族がいるという報道をYAHOOのニュースで昨日読んだ。わたしも40年以上昔『村八分』にあって一家離散に追い込まれた。子供たちを死んでも故郷にはもどってくるな、と、東京に移転させた。結果的にはこれでよかったのだと思っている。

●すべては時が解決してくれる。それ以外に解決の方法はないようなきがする。人間の根源的なイヤラシサ、残虐性に根差した行動だから、法律的には解決しても、こころの底の憎悪感はぬぐいされない。

●わたしの場合、いまは幸せに妻と故郷で暮らしている。わたしたちをイジメ村八分にした老婆たちは、もうとっくに、黄泉の国の住人となっている。

●でも、いままでの生活を思いだすと恐怖を覚える。一家の運命さえ変えられてしまった。

●わたしの場合、小説家だから耐えられたのだと思う。学習塾をやっているので、若いお母さんたちが熱烈に支援してくれたから、耐えられたのだと思う。

●大きく言えば、旧弊な町の考え方と、新しい世代の考え方の衝突の最先端に、わたしたちがあの当時は置かれていたのだ。

●「遊園地へ/妻と子供とぼく」――カクヨムにのせた作品にその当時のことが書いてある。そのほか、わたしの作品の随所に村八分をはじめ数々の迫害をうけた事実が書いてある。でも、相手を批判するようなことは書いていない。うれしい。すべては、時が解決してくれる。村八分というのは、どうしょうもない、人間の他者にたいする憎悪感からうまれてくる、自分たちとちがう、ただそれだけの理由で突発する差別待遇だ。

●まだ、そうした事案があるのを知ってオドロイテいる。




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読書に疲れると死神があらわれる。 麻屋与志夫

2018-09-19 04:46:27 | 夢見るGGの夢占い
9月19日 Wed.

●悪夢をみた。地面に縛りつけられているわけではないのだが、襲われているのに、起きあがることができない。金縛りで、まったく動きがとれないというわけでもない。

●上半身を起こそうとするのだが、起きられない。わたしに襲いかかっているのは、死神らしい。収穫用の大鎌をふりあげてふりおろす。わたしはその都度、からだをよじって鋭い鎌の切っ先を逃れる。

●「どうしてなんだ。どうして、いまごろ、わたしを襲うのだ」
沈黙、死神は応えてくれない。

●こうした悪い夢をみているときには、現実のわたしは猛烈に足ばたばたやっているらしい。夢のなかで死神と争っているの。寝床に横たわっている現実のわたしの体も必死で抵抗している。

●こうなると、夢のなかのわたしと、夢をみている実体のわたしと同じ存在ということになる。

●ともかく、怖かった。

●こうした夢をみるときは、かならず小説を読みすぎている。緊張して体が固まったような状態で長時間読書をすると疲れる。両手で支えている本が重く感じてくる。それでもおもしろくてページを繰る。

●日本だったら大沢在昌。外国文学では、クーンツ。

●読書は格闘技だ。昼の筋肉の疲れが夜の夢にまでのこっていて、ワルサをするのだと解釈した。


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読書の秋。テレビを消してGGの小説を読んでください。 麻屋与志夫

2018-09-18 04:48:27 | ブログ
9月18日 Tue.

●だいぶ暑さもしのぎやすくなった。毎朝3時ごろには起きる。シャッ一枚では、肌寒く感じるようになった。寒いとすぐノドを腫らす。もう、ネックウォマーをしている。

●長年人間をやっていると、生活の知恵が身についてくる。健康を保つことに熱心になる。

●いままでに書きためた作品をカクヨムにまとめて載せている。これがなかなかはかどらない。初期の作品は、もちろん、原稿用紙に手書きだ。タイピングしていると回想の渦にまきこまれる。あの時は、こうすればよかった、とか、ああすればよかった。と反省。悔悟。思い出の潮の流れにおし流される。

●じぶんの書く小説には、なにが足りないのだろうか。読者に感動してもらうことは、読んでよかったとよろこんでもらえる作品を書くことは、むずかしい。

●この悩みは、わたしの場合どこまでも、つづくのだろう。同人誌に参加していたときのように、その都度友だちにタタカレルと勉強になる。それが、今はない。田舎町で孤立している。本は夢中になって今でも読みつづけている。文学について、話し合うことはない。寂しいものだ。

●カクヨムの短編の部屋に「わたし青山の秋が好き、あなたは」を載せた。コメントが入った。うれしかった。

●まだまだ、コノ意気でがんばりたい。



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希林さんの死去の報を聞いて、敬老の日に思ったこと。 麻屋与志夫

2018-09-17 07:41:52 | ブログ
9月17日 Mon.
敬老の日。なにをリスペクトしてもらえばいいのか。

●敬老の日だからといって、ただ馬齢を重ねただけで尊敬されていいものだろうか。世間をみわたすと、いがいとそういうひとが多くなった気がする。これは、老人医療や保健で経済的な心配から解放されたからなのかもしれない。毎日朝が来るのが怖いというのだ。なにをしたらいいのか、時間をどう過ごせばいいのか、暇を持て余してしまうらしい。うらやましい。うらやましいかぎりだ。

●精神状態を若く保つには、自分の年齢より上のひととは、歳を取ってからはつきあわないのがいいような気がする。わたしのまわりが、「そうだったから」かならずしも、みなさんには、あてはまらないかな。

●「そうだったから」というのは前記したように生きる目標がなくなり、「毎日なにをしたらいいかわからない」ぜいたくな悩みですよね。そういうひととは、つきあっても、こちらがマイナスエネルギーをいただいてしまうことになります。

●馬齢を重ねたわたしですが、ふんわりした、ぬくもりのある老人になりたいとこころがけています。

●戦い済んで日が暮れて――老後はやさしさで家族を、子供や孫たちを、周りの人たちをふんわりとくるんでやりたいというのがわたしの念願です。でなかったら、リスペクトしてもらっても、申し訳ないと思います。歳を重ねてきたことで経験した、生活の知恵などを次世代に伝えることも、わたしたちにしかできないことではないでしょうか。尊敬に値する老人になりたいものです。

●老人だからと言って、だれかれを尊敬する必要はない。尊敬されるような老後をすごさなければいけない、そう思うのです。

●生涯現役を貫いた希林さん死去の報をきいたので、こんな気持ちになったのでしょうかね。希林さんの身のこなし、話し口、どれをとっても観ているだけで、ふんわかした、あたたかなぬくもりを感じたものでした。あなたはどうですか?



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冬がくれば、思いだす、ブラッキーとの出会い。 麻屋与志夫

2018-09-16 02:14:09 | ブログ
9月16日 Sun.

●隣りの空き地で雑草を刈り取った。キンキンと草刈り機の音が朝からひびいていた。1メートルほどに伸びた草がきれいに横倒しになった。見晴らしがきくようになったと思っていたら黒猫がぽつんと座っているではないか。猫も背の高い雑草のジャングルをきらって寄りつかなかったのに――。

●黒猫だ。カミサンは興奮して「ブラッキ―。ブラッキ―」といまは亡き愛猫の名で呼びかけた。カミサンの澄んだ声が土曜の午後の冷気をおびた、爽やかな大気のなかにひろがっていく。

●これでまた猫レストランにお客がもどってくるだろう。ベニマルに寄るまえに、さっそく外猫ちゃんの餌をVIVAで買った。

●「猫飼いたい。ショートヘアがいいかな」
わたしはまたあわれな街猫が迷いこんでくるだろうから、その猫を――と思っている。ブラッキ―がそうだった。真冬の寒さの中、ミュの缶詰めを勝手口にだして置いた。もちろん、ニオイはすれども肉の一片だに無し、といつた空き缶を、ナメテいる音が、零度を下回る深夜の寒気のなかでしていた。

●それが、ブラッキ―との出会いだった。そっとすくい上げ、抱きかかえて2階の書斎にもどった。まだ温もりのある寝床にもぐりこんだ。子猫だったブラッキ―は寒かったからなのか、初めて人間にだきかかえられ、寝床に同衾することになって怖かったのか、小さなからだかを震わせていた。

●むくむくした子猫のおののきを腕の中に感じながら、わたしはうとうとした。それから、わたしとブラッキ―の同棲は20年におよんだ。

●やはり猫のいない生活には耐えられないだろう。カミサンが言うようにショートヘアを買うか、街猫が迷いこんできたら、猫レストランは廃業して、――家に招き入れるか。どういう経路をとるかわらないが、やはり猫を飼うことになるのだろうな。

●猫ちゃんが、ニャンコがほしい。




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作品の良し悪しはだれがきめるの?  麻屋与志夫

2018-09-15 16:06:41 | ブログ
9月15日 Sat.
矩を踰えず
●小説家としてのわたしが自省をこめて告白すれば、若いときはどうしても自己中心的な書きかたになってしまう。これではいけない。小説はあくまでも、読んでくださる方に、楽しさを伝えなければいけない。読んで不愉快になるような作品を書いてはダメなのだ。

●幸いというか、残念というか、好き勝手に書いても『矩を踰えず』という年齢をすでに過ぎている。思うままに書いても、モデルがあった場合でも、そのモデルとなったひとを傷つけるようなことにはならない。ああ、こんなふうに書けば、ひとを傷つけなくてすむのだなと、自己納得することが間々ある。

●元塾生からリクエストがあって、カクヨムに再録した『安穏作家の穏やかな日常』はその点、じぶんがモデルだから一気呵成に書くことができた。傷つくのは、じぶんだ。事実ココロではないが、わたしは肉体が傷ついていた。前立腺癌を患い死の不安に直面していた時の作品だ。

●自動筆記法の真似ごとをしてみた。6Bのエンピツを何本も用意した。ワラガミ――おお、何と古い言葉だろう。少しくすんだザラツイタ紙なのだが、大量に買いだめしていたので、あの頃まではまだ残っていた。わたしはいまの西洋紙のつるつる滑るのがどうも苦手だ。文字を書いている実感、手ごたえがないからだ。

●エンピツも紙も揃った。そうれ!! とまさか、掛け声はかけなかったが書きだしたものだった。

●書き上げて、自信をもって、ある純文学の公募に応募したがミゴト落選。ガクットときてそのままあるサイトに載せて、そのあとは、失念していた作品だ。

●それが、リクエストに応えて『短編小説の部屋』に載せたところ好評で毎日PV、訪問者がふえつづけている。うれしい。こんなことは、じめてだ。

●生きている間に、それも若い世代の読者が読んでくれる――こんなことが起きるなんて、わたしにとったら奇跡にちかい。若者がサポートしてくれるとはうれしい。

●つくづく、作品の良し悪しは読者が決めてくれることなのだと痛感している。



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