田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

直人!! タスケテ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-31 00:01:20 | Weblog
第四章 直人!! タスケテ。

1

「ただのオッカケでないみたい」
里佳子がバックミラーをのぞきながら呟く。
美智子がカムバックしたので。
美智子が主演女優賞に輝いたので。
マスコミにおつかけられる日常。
だれかの視線をたえず感じているこころよい緊張感。
それがもどってきたとよろこんでいた里佳子だった。
だが、後ろか追ってくる黒のセダンに不吉なものを感じだ。
里佳子はからだをこわばらせた。
「ふりかえらないほうがいい。
わたしたちが気づいていないふりをしていたほうがいいわ」
黒いセダンがつけてきている。
近づくでもなく。
遠のくでもなく。
一定の距離をおき追尾してきている。
「わたしたちの行き先はわかっているはずよ。
あわてて、つけてくる必要なんかないもの。
プレスの車ではない。おかしいわよね」
鹿沼インターに近づくにしがつて、車はさらにまばらになった。

「くるわ」

里佳子は起伏のない高速道路を猛烈なスピードで疾走しだした。
勾配もカーブもない。
ただ平坦な道が続く。
BMWのエンジンをうならせる。
せいいっぱい馬力をしぼりだす。
午後の青い霞のかかったような空気を切り裂く。
追尾してくる車との距離はひらかない。
むしろ、確実に接近とてきている。
怖い。
襲われる。
怖い。
ぐいぐい距離が縮まる。
スモークフイルムがはられているのか?
くるまのなかはわからない。

美智子は思いでから覚めた。
からだがをこわばらせた。
危険が迫っている。
顔からすうっと血の気がひいていく。
「直人。タスケテ!! だれか追いかけてくる」

美智子は無意識だった。
どうして携帯をとりだしたのかわからない。
直人の登録ナンバーをプッシュしていた。
ところが、彼の声がした。
現実に彼の声がひびいてくる。
この携帯は冥府とつながっているのかしら。

そんなわけはない。

わたしはまちがいなく直人の臨終にたちあった。
でも、この声は直人だ。
わたしが[山のレストラン]をでるときに渡した直人の携帯。
その携帯のむこうに直人がいる。
美智子は頭が真っ白になった。
歓喜でわきたった。
うれしい。
うれしいわ。
「いまどこです」
「直人、直人なの」
夢中て美智子は問いただしていた。
愛おしい直人の声がする。
大好きな直人の声だ。

「ごめん。直人のいとこの隼人です」
「従弟だったの」
「さきほどはご馳走さまでした」
「……いま鹿沼インターを通過したとこ。
二十分も走れば佐野。
変な車が全速力で追いかけてきている。
なんなの? これってただのいやがらせ……」
切迫していた。
美智子の声が震えている。


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黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-30 09:32:39 | Weblog
5

筋骨隆々とした偉丈夫だった。
多少は末端肥大症的なアンバランスなところはある。
しかし鬼神と忌きられるほどの怪異はそなえていない。
隼人は赤光をおびた眼でひとにらみされた。
隼人の脳髄はやききられるよう衝撃をうけた。

「隼人。見るな。鬼眼だ。とりつかれるぞ」
遅かった。
隼人の視界を黒い影がおおった。
薄闇のなかにいるようだ。
「サル彦。これはなんだ。おれのところにキリコをよこすのが不満なのか」
「オニガミがなんのようだ」
「キリコはおれの嫁だ。だれにもわたさぬ」
「わたしは、いやです。だれがオニガミの嫁になるものですか」
生臭い。
魚のくさったような臭いが部屋にたちこめた。
キリコとサル彦。鬼神の姿が、濃霧の中にいるようにみえる。
隼人は視力の回復をねがった。
目をしばたたく。
念の力を呼び起こす。
「何代にもわたって。おまえたちオニガミを霧降高原や。
戦場ヶ原から奥の地に封印するために。ただそのことだけのために。
わが黒髪族の娘が生贄となってきた。
何人いままでにオニガミに捧げられたと思うのだ。
もうたくさんだ。もうキリコしかいない。
日光の地にわれら黒髪のもで残るはこのサル彦とキリコのみだ。
この日光の地をわれらは去る。滝尾の神にも別れはすんでいる」

鬼神がみえる。
その魁偉な姿が隼人にも見えてきた。
「ここから東を照らすものが、この地を制するものが日本を制する。
日光は日本。ここが日の本だ。そんなタワゴトはもうどうでもいい」
「なら、キリコとサル彦。
そこの榊の若者もまとめて食らってやる。
この地はわれらオニガミのもの。
これで千古の夢がかなう」

ザワットふきよせてくる悪臭。
オニガミの姿がくずれる。
別のものになる形をとりはじめた。
巨大な蝙蝠の羽をもつ吸血鬼だ。
ああ、なんということだ。
昔いう鬼神とは、いまの吸血鬼だった。
隼人にもその実像がいまは、はっきりと見える。
これが鬼の正体なのか。
露出している肌の部分が、小波をたてている。
みるまに青味をおびる。
ざらざらとしたした鱗状になる。
生臭いにおいがさらに強くなる。

すばやくひとに偽装する。
鬼に戻る。
変化自在なヤツダ。
目まぐるしく形状を変化させることが出来る。
犬歯がのび。
吸血鬼になる。
変化を見せることで、力を見せびらかしている。

「しばらくだったな、キリコ。またいちだんと美しくなったな」
吸血鬼の形体をとったままでキリコに呼びかける。 
僧侶からサル彦に変化する。
戦うときは渋柿色の道着となるのか。
これが日光忍軍の戦闘服なのか!!
囲炉裏に座っていた穏健な僧侶の面影は。
孫娘キリコの結婚を夢見ていた穏やかな慈愛に満ちた。
老人の面影はない。
隼人の力量をためすために争いをしかけた。
あの厳しい、戦闘的なサル彦にもどっている。
痩身。
渋柿色の着古した道着が宙を舞う。

怒りにまかせて……。
吸血鬼の実体を露呈してしまった。
鬼神は、すばやく人に変形する。
末端肥大症気味の大男となる。
その姿で戦いたいのか!!!
異界の殺気がびょうびょうとふきつける。
サル彦と鬼神の闘技は眩く変化する。
隼人にはその動きを追うだけで。
精一杯だ。

キリコも身構えている。
でも、参戦できない。
手の出しようがない。

「はやらない。そんなのハヤラナイ。ハヤリマセンヨ」
隼人がノウテンキな声をだして割ってはいる。
「そんなのヤメタラドウデスカ」

吸血鬼は人型をとっている。
それなのにだめだ。
男の動きについていけない。
どう攻撃したらいいのか。
わからない。
吸血鬼のままの――そこだけは変わらない鉤づめがおそってくる。
「じゃまするな」
吸血鬼の鉤づめをかろうじてかわす。
「ここはジジイにまかせて。キリコをつれて逃げるんだ」
サル彦の必死の形相が隼人にむけられる。

「オジイチャンといっしょに戦う」
「だめだ。逃げろ‼」



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黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-29 13:04:12 | Weblog
4

「わたしのことはいいから。おねがい。やめて。やめてください」
少女は哀願していた。
サル彦が攻撃の手をやすめる。
少女は泣きだしていた。

「どういうことなのですか」
隼人ははじめから攻撃の技をかけていない。
サル彦が引く。
老人から放射されていた、戦意の呪縛がうすらぐ。
瀬音がよみがえった。
サル彦と隼人の頭上。
日光山内の樹木のこずえが初冬の黒髪颪に騒いでいた。

隼人は旧知の老人に話しかける気やすさで声をかける。
「教えてください。ぼくらはいまさら戦うことはないと思います。
この日光でいまなにが起きているのですか」
「わかるか」
「感じるだけです」

不許葷酒入山門

禅寺の戒壇石にはそう刻んであった。
青苔に覆われている。
かろうじてそう読みとることができる。
三人は並んで戒壇石の脇を通る。
そこには、門はない。
だがそこからを境界として空気が清らかな感じになった。
あれほどの死闘をくりひろげたのに、サル彦も隼人もけろっとしいる。

囲炉裏端に座ったサル彦は、老僧の姿。
キリコは着物姿に変わっている。
このほうが、実体をともなった姿なのだろう。
「隼人さん、わが家に婿に来ないか。このキリコと夫婦になってくれ」
「オジイチャン。もういいから」
「そういうことでしたか」
「そういうことだ。フロリダの隼人くんのパパから連絡があった。」
サル彦の口からパパなどという言葉がとびだすとは思わなかった。
心配性の父だ。息子が日本に行く、日本に行けば日光に行く。
霧降で死んだ直人。
従兄の三周忌だから。
ぜひ、会ってみてくれ、くらいの連絡があつたのだろう。

だから初めから、サル彦の攻撃には殺意はなかった。
隼人の力量をみきわめたかったのだ。
キリコは赤くなってうつむいている。
いまどきめずらしくうぶな少女だ。
ふいに、囲炉裏の火が揺らぐ。
炎がすっと細く立ち昇る。

「オジイチャン。あいつらよ」
キリコがいやな顔をした。
見たくはないものを見なければならない。
泣き出しそうな顔になった。
隼人にも凶念がふきよる。
背筋がざわざわとさわぐ。
無数のウジ虫でもはいのぼってくるようだ。
縁側から黒い霧が近寄ってくる。
黒い霧がしだいに具象化する。
 


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黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-28 03:50:16 | Weblog
3

キリコは全裸だった。
腰まで長くのびた黒髪が。
隠すべきところはかくしている。
空蝉の術の応用。虚体投影だろう。
キリコの実体はその辺のもの影に穏業している。

声をきいただけで、キリコがそこにいるように錯覚してしまう。
サル彦もじっと目前に目線を向けている。
キリコの声とサル彦の視線。
呼吸のあったふたりの技に隼人は化かっている。

真赤な顔になったサル彦は少女の言葉にひるまず、突き技にでた。
隼人の体に触れるほどかけよる。
突きではない。
ヒッカク。
さっと顔面を爪がおそう。
避けきれなければ目玉をくりぬかれる。
鼻がもがれる。
耳がちぎられる。
そうした恐怖があった。

隼人はそれらすべての攻撃を紙一重でかわしきっている。

「オジイチャン。もういいから。ヤメテェ」
 
サル彦とキリコにダブっている。
ふたりの背後に戦う人影がダブっている。

榊一族と黒髪族との姿が見える。
戦っている。
戦い続けてきた。
でも、榊、黒髪の一族はいつでも敵味方に分かれているのではない。
共通の敵がいる。
その敵の姿は――まだ隼人には見えるわけがない。
ほんとうの宿敵の影が隼人には見えていない。
 
次元のちがう場所での戦闘だ。
隼人は瞬時、リアル空間からjumpした。
過去の時空での戦場が。
サル彦とキリコの背後に映し出されている。

トツゼン歪んだ時空間。
その歪みの中にあわれた戦場に隼人はいた。
これは!! 
隼人はイルージョンを見ている。

隼人は鼓膜をふるわせるのようなときの声。
大きな波のように押し寄せる武者たちの中にいた。
だが。
武者の群れは、隼人の体を透かして走り去る。
隼人の脳裡に現れている戦場。
黒髪のものと、榊一族は巨大な敵に向かって共に闘っている。
共闘しているのだった。

その敵は――。



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黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-27 09:17:00 | Weblog
2

さっと行く手に影がさした。

危険。
鹿がでます。
サルには餌を与えないでください。
日光のサルは危険です。
そんな看板が立て続けに道端に設置されている。

渓流にかかった橋を渡ったところだ。
空気は冷えていた。
瀬音も清々しい。
標識に手をかけて老人が立っている。
渋柿色の道着をきていた。
着古して色あせ、うす茶色になっている。
老人は年に不相応な精気がみなぎっている。
痩身。
それでいて、老人らしからぬ黒髪。
精悍な顔が隼人の力量をうかがっている。

「榊一族の若者よ。よくぞこの二荒の地に立ち入ったな」
言葉どおり歓迎しているのか。
皮肉をこめているのかわからない。
「ここはどこですか」
「しらないのか。親からなにも伝承していないのか。それともおとぼけか」
「そんなのぼくには関係ない。そんなの関係ない」
「アメリカ帰りだというのに、学習能力はあると見た。
小島よしおのネタか。すこしふるいギャグだがな」
「……ずっとぼくのこと見ていたんですね。いつからですか」
「ぬかせ。ここはわれら黒髪と榊と鬼族が三つ巴となって。
いくたびか戦ってきた赤染川だ。
存亡をかけてのわれら祖先の戦いの血で真っ赤になったという川だ」
「そんなの関係ない」
「バカかおまえ」
老人が気をたたきつけてきた。

「初見参、榊隼人」
「先刻承知。黒髪族のサル彦ジジイだ」
サル彦の黒髪がバサッとのびた。
うしろでペニス縛りにしている。
老人なのに黒々とした長い髪がさらにのびてきた。
その先は針のように尖っている。
目くらましだ。
幽冥の世界に迷い込んでしまたのか。
何本かまとまると牙のように鋭利だ。
隼は道路標識の頂点に跳んで避けた。
片足でたっている。酔拳の構えのように見える。
辺りの現実感が薄らいでいく。
「くやしいが見事だ。アメリカで遊んでいたわけではないな」
「アメリカには世界中の武芸者があつまってきていますから。
黒髪流の髪(かみ)技(わざ)道場でもだしらいかがですか」
「隼人。ジジイをからかうか」
ボギっと標識が切断された。
きったのは刃物ならぬ、サル彦の黒髪だ。
鋭利な鋼の鞭で一薙ぎされたようだ
すかさず攻めてくる無数の黒髪。
隼はサツト腕で顔面を覆った。
コートがキュッとひきしまり隼人の体の線をうきたたせた。
隼人の動きに精悍さが漂いだした。
暴力をふるう昂ぶりはない。
「霊体装甲か。
榊の民の毛髪をおりこんだというボディスーツか。
ゲゲの鬼太郎のチャンチャンコみたいだな」

霊体装甲ときいて思い当たるものがあるようだ。
直人がぼくを守ってくれる。
ゴセンゾサマガおれの中に生きている。
ぼくの故郷への帰還をよろこんでくれている。
隼人はホンワカと笑う。
屈託のないいい笑顔だ。

「拳銃だってポケットにありますよ。
充電済みの直人の携帯もあるし。
いつでも110番できますよ。
日本のポリスは優秀だからすぐ駆けつけてきます。
そうなると殺人未遂でタイホされちまいますよ」

「バカか。敵に手のうちを明かすやつがいるか」
「黒髪族も榊一族もおなじ下毛(しもつけ)の先住民であったときいています。
もうこの時代になってまで争うことないはずです」
「ぬかせ」

憤怒の形相でサル彦は黒髪をあやつっておそってくる。
「オジイチャン。もういいから止めて。やめて」
サル彦と隼人の間に、人影が滲んだ。
全裸で無防備な美少女が現れた。
一瞬、周囲のドギモをぬく。これまた目くらましだ。
両手をひろげてサル彦を制止する。
「くるな。キリコ」
隼人の逃げ技。
毛髪の攻撃を避ける技。
防御の技は。
サル彦の攻めを紙一重で見事に避けている。
榊一族のすべての事象と共存しようとするスピリットの表われだ。
争わずして勝。 
自然とともに生きる。
どんな災害も受け流す。
遥か古代から受け継がれてきた技なのだろう。

「オジイチャン。やめて」



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第三章 黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 22:16:50 | Weblog
第三章 黒髪キリコ

遠野郷の民家の子女にして、異人にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。              柳田国男「遠野物語」31

1
 
山のレストランをでて榊隼人は二社一寺への道を選んだ。
道に沿ってレストランや地粉が売りの蕎麦屋。
食堂、休憩所、乗馬クラブ、体験学習。
陶芸教室などがあった。
そのひとつひとつの看板が隼人にはおもしろいらしい。
しばらくたたずんでは、看板と店の建物を眺めながらのんびり歩いている。
山のレストランは北米スタイルの料理だった。
ニジマスのチーズ焼きはおいしかった。
中禅寺湖で養殖したというニジマスは肉もしまっていた。
チーズの匂いが適度にからみ合っていた。
美味だった。

直人は死にたくなかったろう。
きれいな恋人をのこして。
任務を遂行するともできず。
死んでいった。
直人が崖から転落死などするはずがない。

美智子さんも悲しかったろう。
ぼくにはわからないほど。
悲しんだのだろう。
まだ直人の死からパーフィクトに立ち直ってはいない。
どこかはかなく、崩れてしまいそうな危うさがある。
危うさが、彼女に翳のようなものをにじませ。
それが憂いのある……彼女の魅力となっている。
そのはかなさ。
……憂いが彼女の美しさをきわだたせているのだ。

●作者注。
奥の細道より。

黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。

剃捨て黒髪山に衣更   曽良

黒髪山は日光山の主峰、男体山。
キリコは霧降のキリ。
それで、ちかぢか黒髪キリコの登場です。

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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 22:04:21 | Weblog
4

「もちろんぶじでした。
テレビでご覧になったとおりです」
プロダクションの社長からだった。
里佳子から携帯を渡された。
心配してくれている。
ことわりもしないで、パーティーの席からぬけだした。
脱出してきたのに怒っていない社長に。
とおりいっぺんの返事しかできないじぶんが悲しかった。
社長はなにも知らない。
直人の三回忌をひとりで霧降の滝で過ごしたかった。
それで、パーティー中途でぬけだしたとしか思っていない。
そうだった。
そうだったのだ。
浅草の駅に着くまでは。
だって、受賞がきまった。
うれしくて、直人との約束の日を。
彼の命日を忘れてしまった。      
わたし、おかしい。
あまりにあれから……ずっと寂しかったので、おかしくなっていた。
まだおかしい。
寂しすぎたもの。
ひとりぼっちだったもの。

そして直人に会った。
亡霊だと思った。
それでもいい。
これで孤独の寂しさからはぬけだせる。
亡霊でも直人に会えてうれしかった。
うれしかった。
直人が会いにきてくれた。
直人が約束を守ってくれた。
うれしぃ。
こころがおののいた。
戦慄で体もふるえていた。

「結果的にマックス宣伝効果があった。
局の出演を調整するのにてまどって連絡がおくれた。
今夜のパーティーには出られるゆうに。
安全運転で帰ってきてくれ」

「つけられているわ」
美智子が携帯をきるのをまって里佳子がいった。
「パパラッチ」
「そう、あのころの日常がもどってきたのよ」
「おばさん、あまりはりきりすぎないでくださいな」
美智子がおどけていう。
「あれから三年もたっているの。
おばさんも、わたしもあのころの歳にはもどれないのよ」
「あなたは、美智子ぜんぜんかわっていない。
むしろあのころより美しくなった。
歳月の重みでさらに風格がでてきた。
きれいすぎる……貫禄みたいなものが身についたって感じよ」
「ほらやっぱぁ、年とつたってことよ」
「そんなことない。
そんなことない。
これからよ。
これから上りつめてみせて」
「おばさん。よして」
「ごめん。じぶんのことのように興奮している」
「そうよね。わたし……三年もくすぶっていたのですもの。
みなさんに迷惑かけたわ。謝るのはわたしのほうなのよ」




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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 17:27:54 | Weblog
3

「ごめん、おどかすつもりはなかった。
そんな気でいったんじゃないのよ」
「だって、三年も前に死んだモト彼に会ったなんていわれて。
おどろかないほうがよっぽどおかしい。
……と思わない」
さいごの言葉は質問の形となって美智子になげかえされた。

スピードはぐっとおとしている。
またおどかされても心配ないように。
里佳子の、配慮によるものだ。

「ほんとなの。榊直人に会ったの。
彼は三年たったら霧降の滝で会えるからといっていたのよ」
「そんなの死んでいく人間のロマンチシズムよ。信じていたとはね」

里佳子は容赦なく言い放った。
それで会話にひずみができた。
会話はとだえる。
美智子は深い吐息をもらす。
里佳子が沈黙に耐えられなくなった。

「ねえ美智子なにがあったの」
姪に呼びかける優しさがある。
「だから直人そっくりの男にあったの」
「直人さんじゃないわけね。
そっくり、という言葉いれてくれないと困るじゃないの。
わたしてっきり美智子がトンジマッタと思うところだったわ。
マジで、一瞬そう思った」
芸能界にいるのでときどき、若者のボキャがでる。
のりやすいキャラなのかもしれない。

「わたしだって、浅草駅の人ごみで彼を見たときおどろいた。
幽霊を見た。直人の幽霊に会った。
彼が約束にたがわずこの世にもどってきた。
一瞬ほんとに幽霊がでた。そう見えた。
でも、足があった。あいつ、美男子だったからな。
サムライみたいに、たくましかった」
美智子のほうが古い言葉を使う。
そこで彼女は思いだし笑いをした。
「古いことば知ってるんだ」
と若者にいわれた。
彼の声が耳元に小さくこだました。
文学青年? と彼女がいったことへの返し言葉だった。
彼は少年から青年と移行していく、あいまいな年齢にあった。
そこで彼女は気づいた。
若者の名前を聞いていなかった。

ふたりで霧降りまで歩いた。
山のレストランで食事をした。
あの雰囲気は……。
恋人までの距離に限りなく近寄っていた。
いや、恋人の、直人だった。そう信じた。
だからこそ、名前聞いてしまっては――。
現実に引き戻されそうな予感がして怖かった。
いや、榊直人だと信じこんでいた。
だから、名前など確かめることをしなかった。
あれでよかったのだろうか?
夢でもいい、彼と再会した、と信じたかった。

信じていたかった。
たとえ、つかのまでも……。
直人の三周忌に、彼に会うことができた。
浅草から終着駅の日光までずっと彼を眺めていた。
胸がわくわくした。
胸がときどき高鳴った。
直人と初デートで日光に来た時以来の興奮。
美智子は彼の動きを離れた席からじっと見つめていた。
直人がそこにはいる。
あの事故がなかったら、わたしたち結婚していた。
今頃はよちよち歩きの子どもがいても、不思議ではない。
わたしは、女優であることをやめていたろう。
わたしには、普通の家庭の主婦がむいている。
そうなりたかった。
直人がそばにいて。
子どもがいて……。
毎日。笑い声の絶えない。
平凡だが楽しい家庭を築きたかった。

わたしは女優であることを降りたろう。
わたしはいい母親になっていたろう。
さまざまなおもいが交差した。
電車のなかで走り回っている子どもたちに。
視線が収斂した。
子どもたちを見るのはつらかった。
 
日光駅の構内で思いきって声をかけた。
直人だったら案内所にいくわけがない。
日光のことは知りつくしている。
そこでいくぶん意識が現実にもどった。
それでも名前は聞くことができなかった。

さりげなく声をかけた。
直人よりは、すこしスリムではあったが……。
近寄って見ても直人そっくりだった。

若者が周囲の自然にそそぐこころのやさしさ。
観察のこまやかさ。
どれひとつとっても
直人にそっくりだった。

わたしは、直人の生きていた頃にもどっている。
ふたりで霧降への道を散策している。
登り坂を、すこし息を切らしてのぼっている。
坂の向こうには未来がある。
明るい未来だけしか想像できなかった。                           
あのころの感情が蘇った。

顔から体型まで。
CGでつくりあげたみたいに。
そっくりなので。
そう思いこんでしまったのかもしれない。

おかしなことばかり考えた。
彼は死別したときの直人そっくりだった。
ただちがっていたのは手の冷たさだった。
観瀑台への石畳の小道。
滑って危なかった。
わたしを危ぶんでさしだされた手をにぎったときの。
冷やりとし感触。
いや、わたしが催促して。
手をひいてとあまえたのだ。
そんなことは、どうでもよかった。

手が冷たかったのは、寒かったからよ。
直人が死んだときの手の冷たさ。
夢中でにぎった直人の手。
冷たかった。 
だも……あの冷たさとはちがっていた。

美智子は完全に彼を直人ではない、と否定しかねていた。



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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 07:27:51 | Weblog
2

「……ほんとうにおどろきました」
マネージャーは話しながら……。
ぽんと手をたたくしぐさをした。

「あなたにお返しするものがあります」
「榊隼人です」
少年が自己紹介をした。
「これはごていねいに。
この店をまかされている信藤ともうします。
榊さんがあの日――。
崖を降りるからと言って。
預けて行ったコートがあるのです」
「事故を知らされたとき。
ぼくはまだ学生でした。
パパの仕事でずっとアメリカにいます。
今日は、フロリダからフライトしてきました」
隼人はめまぐるしい環境の変化に。
日付が変わったことを。
忘れている。
信藤は、納得した。
それで季節にそぐはない薄着なのだ。

コートは黒のニットらしかった。
手編みのコートのようにも。
古い貫頭衣仕様にも見える。
これを直人がきていたのだ。
ふしぎな感じがした。
手を通すと暖かく体をつつみこんでくれた。
体によくフイトした。
コートなのに肌を直接包み込んでくれる感じなのだ。
懐かしかった。直人。会いたかった。 
お兄ちゃん。
直人、お兄ちゃん。

さきほど、プレスの車がつけた轍の跡。
轍のかわいた小さな溝を踏んだ。
複雑な図形をを描いていた。
広場をよこぎった。
隼人は歩きだしていた。
直人の転落現場まで崖を下りたい――。
という欲望を思いとどまり、歩きだしていた。

来るときとは違う。
ひとりだ。
いまごろ美智子さんは東京にむかっている。
なにも聞けなかった。
住所も聞いていない。
でも、携帯をわたされている。
それがすべてだ。
おそらく彼女のナンバーも住所も登録されている。

……きれいなひとだった。
色の白い。
切れ長の少しつりあがった目。
形のイイひかえめな高さの鼻梁。
東洋の、日本的な美しさだった。
ここは、日本。日光。――日光なのだ。



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女優 中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-25 06:27:24 | Weblog
第二章 女優 中山美智子

1

「ああ、なんてことかしら」
美智子はBMWのバックシートで頭をゆすった。

顔が薄紅色にそまっている。
まだ興奮している。
ココチヨイ、酔いごこち。
こんな気持ちは……三年ぶりだ。
覚めたくはない
彼と別れてきたのが心残りなのだ。
彼とはなしができた。
彼とあった。
それも霧降りで……思い出の場所だ。

車は美智子の付き人が運転していた。
中年の女性だ。彼女の母の妹だ。

「里佳子、おばさん。ごめんなさい。連絡もしないで消えちゃって」
「リカコでいいの」
「ふたりだけのときくらい、里佳子おばさんと呼ばせて」
「なにかあったのね」
「直人に会ったの」

上ずった美智子の声に。
里佳子のハンドルを握る手が反応した。
高速をぶっ飛ばしていた車が蛇行した。
タイアが路面をこすった。
タイアのスキット音がした。
あと少しで、事故を起こすところだった。
高速は東北道を東京に向かっていた。
秋の観光シーズンも終わった。
雪山のウインタースポーツのために車で行き来する若者にはまだ早い。
奥日光、那須さらには福島から東北一帯のスキーシーズンにはまだ間がある。
あいまいな季節だ。
道路はすいている。
こみあっていたら、たいへんな事故になったろう。

「ああこわかった」
同じような声とアクセント。
同時に里佳子と美智子が言った。
まさに叔母と姪だ。
「おどかさないでよ」
里佳子が横目で美智子を睨む。
ほんとうに、怒っているわけではない。


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