田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-30 18:50:50 | Weblog
5月30日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 54 (小説)
「玲菜に治療費払ってくれっけ。インプラントにするしかなかっぺよ」
玲菜を乗せてきたバイク男がカッコつけて宇都宮弁ですごむ。
玲菜がぐいと唇をそらせてみせた。歯茎がピンク色だ。
バイクに包囲されている。ライトが隼人と夏子を照射している。
「あらぁ、玲菜ちゃんの歯ならここにあるわよ」
どこに保存しておいたのだろう。
バシと、玲菜の犬歯を指弾としてバイク男の額に打ちこむ。
歯根が見えないほど深く突き刺さった。
絶叫。バイク男にはなにが起きたかわからない。
激痛にのたうちまわっている。
「なにしやがった」
怒号が飛ぶ。族の男も女も武器を手にした。あばれることができて興奮している。
目が不気味に赤く光っている。
怒号。「やっちまえ」
チェインがきしむ。
回転音がする。
ビユウビュウと唸りを上げて迫ってくる。
風を切る音が凄まじい。
夏子と隼人はじりじりと追いつめられる。
「剣で応じるわけにはいかない。こいつらまだ半分人間だ」
「まだ人間にもどるチャンスはあるわ」
夏子も隼人も反撃しない。調子に乗って族の若者たちが肉薄してくる。
「時間はじゅうぶんかせいだわ。この人たちには神父さんの所在はわからない。安心して逃げましょうか」
「やっぱあんたらかよ」
おくれてやってきたバイクからバンパイアのキャップ高野がおりたった。
「玲菜のチームがもめてるって聞いたんでよ。ちうれしいね、こんなに早くまた会えるとは」
高野がニタニタ笑っている。吸血鬼の陰険な笑いに似てきた。
仕込み杖を抜く。隼たちの争いの輪に走りこんできた。
アリャヤアと恫喝の叫びをあげた。
隼人を夏子を切り捨てる。必殺の雄叫びだ。凄絶な剣気だ。
なんのためらいもなく斬り捨てる。鬼島をやられた恨みもある。
剣気には鬼気せまるものがある。相打ちでもいい。ともかく敵を斬る。
喧嘩なれしている。
隼人がどこに隠しもっていたのか、魔倒丸で高野の剣を横にはじく。
高野の剣が高くはねあげられた。
隼人がいままでではけっしてやらない行為にでた。
かえす魔倒丸で高野の腕を斬りおとした。
ごぎりという不気味な手応えがつたわってきた。
ゲオッと高野が吠えた。
ゲギョゲギョゲゲゲと高野がゼッキョウする。
腕が青い血液をふきあげて宙に舞う。
族の仲間には高野の流した血の色までは視認できない。
<バンパイァ>のキャップ高野、北関東の暴走族を統べる最強の男の腕が白刃の柄を握ったまま切断されるのをみた。
腕の1本くらい失ってもすぐに生成してくるだろう。
おれまで、と隼人は人称をかえている。おれまでおかしくなっている。
吸血鬼との闘争でおれまで残酷な感情に支配されている。
高野の剣が虚空で腕から離れ先に落ちてきた。
腕が少し遅れて剣の傍に落ちてきた。
指が土をかいて剣に近寄ろうとしている。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-29 07:09:20 | Weblog
5月29日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 53 (小説)
夜になっていた。
吸血鬼の活動が活発になる。
吸血鬼の能力が欲望がハイになる。
急がなければ。
デパートの脇の有料駐車場に急いだ。
夏子の嗅覚は鋭い。ルノーの窓を開けておけば、妖霧をたどることができる。
「気づかれなかったみたいね」
教会の周辺で騒いでいたRFはうまくマイタようだ。つけてくるものはいない。
「あそこのマンホールからも妖気がもれている」
江川卓の出身校作新学院を左手にみながら大谷に向かう。
宇都宮出身の人気作家立松和平が醜悪だと評したらしい、大谷石製の巨大な観音像を後にする。
「もうすぐよ」
「夏子さんは辛いでしょう。一族のものに弓をひかせて申し訳ありません」
「あら、古いことば知っているのね。でも安心してください。わたしはこのところ同族のものと戦いつづけていますから」
夏子の案内したのは、別のところだった。
隼人と夏子が雨野救出に乗り込んだ入口からはほど遠い場所だった。
「一族のものでも、あまりしらない抜け道よ。鹿人兄さんとよくここをでて夜の那須野で遊んだわ。あのころの……兄はやさしかった……」
遠い過去をなつかしむ声だった。
夏子の過去とは、いつのことか。
一族を敵にまわすとは、いかなる痛みを伴うものなのか。
夏子の悲しみや苦しみが隼人に伝わってこない。
ブロックしている。隼人に余計な心配をかけないように。
夏子はなつかしそうに周辺を見回している。
「あの岩のあたりで、ショウワという時代にエノケンの『西遊記』のロケがあった」
ごつごつとそそり立つ岩山の裾を回りこむ。
「ここで止めて。わたしの植えた杉があんなに太くなっている。まちがいなくわたしが植えたすぎだわ」
「千年杉ですか」
夏子を元気づけようと隼人がジョークをとばす。
「そうよ」
と、軽くいなされてしまう。
「あの岩は苔むしたけれど、形はあまりかわっていない。まちがいいなく、ここよ」
月光を浴びて杉の枝がひひろがっている。薄闇の中をその下に車をとめた。ふいに、
隼人たちが来た方角からバイクのがやってきた。エンジンの轟音と闇を切り裂くヘッドライトの光。
やはりつけられていた。
「わたしたちがくいとめます。あいつらには、わたしたちの計画はわかっていないはずです。あの岩影に廃坑への隠し階段があるわ」
「グットラック」
隼人は神父のダイナマイトを背負った後ろ姿に声をかける。
神父は手をあげる。
隼人はついていきたい。
神父をひとりだけで、吸血鬼の城に潜入させるのは心もとなかった。
申し訳ない。
幸運を祈ることしかできない。悔しい。
どうか、無事にもどってきてください。
隼人は声にならない声でもういちど神父の背に声援をおくった。

20

「あたしたちから逃げられるとおもってたのけ」
玲菜がバイクのバックシートから飛び降りた。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-27 06:38:56 | Weblog
5月27日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 52 (小説)
ふたりで精いっぱい生き、ふたりで死にたい。
いつもいっしょにいたい。
隼人と夏子は固く手を握り合った。
ふたりがしっかりと手を握り合ったことで、さらに青い炎は濃く激しく揺らいだ。
夏子と隼人の体が震え音を発していた。
「わたしとともに生きるということは、夜の一族からもホワイトバンパイア――シロッコ、できそこない、と軽蔑されながら生きることなのよ」
「それでもいい。夏子といっしょにいられるなら、どんなことがあってもいい」
夏子!! 
ぼくは、あなたを永遠に命ある限り愛しつづけます!!
愛とは、旋律。
美とは、旋律。
体がまだ小刻みに震えている。
美とは、愛とはこれほどすばらしいものだったのですね。
ふたりにはもはや、愛とか美とか、ことばにだしていう必要がなくなっていた。
ぼくは絵を描きつづけます。
これほどの感動を絵にそそぎこめたら、すばらしいものになるでしょう。
傑作の描ける予感がします。
この感動をひとりでも多くの人に伝えたい。
そして、ブラック・バンパイアの暗躍と戦います。
この町のひとたちの幸せのために夏子とともに戦います。
かれらが、血を吸わず、人と芸術の交歓から生じる精気を吸っていきていけるように進化するまで生きていたい。
夏子が奇形ではなく、吸血鬼の進化の先端ある存在なのだと証明したい。
そう、あなたはシロッコなんかではない。
吸血鬼の未来、あるべき理想の形なのだ。
人と共生できるなんですごい。
それって、すごいことなんだ。
「夏子!!!」
隼人は感極まって夏子に呼びかけた。
夏子をぎゅっとだきしめる。
「わたしのパートナー、隼人。わたしの恋人、隼人。やっと、わたしを恐れず、理解い合える人に会うことができてうれしい」
ふたりの唇があわされた。
永遠のコンビ。
パートナー。
最強の吸血鬼ハンターのチームがここに誕生した。

19

「妖霧の元を断たなければ」
「噴出口をふさいでもだめですよね。元をたたなければ。わたしもそのことを考えていました」
「それには、大谷の洞窟に、吸血鬼の牙城にのりこまなければなりませんね」
おそらく教会は監視されている。
壁を叩く音は途絶えている。
でもヤツラがあのままひきさがるわけがない。
裏口からひそかに三人は街にでた。


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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-26 07:53:23 | Weblog
5月26日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女 51 (小説)
一族が人と共存する。
わたしのように。
人と共存する。
ことを考えればいいのに。
窓の外。
大谷の方角から。
夜が訪れようとしていた。
渦巻く妖気は分厚い暗青色。
夜の雲となっていた。
操られたものたちが、塀の外に群れていた。
操られたものたちが、壁の外に群れていた。
塀を壁面をどんどん拳でたたいている。
中には体を叩きつけてくるものもいる。
鬼島が消滅した。
隼人に斬られた。
死なないわけの鬼島が灰となった。
それでいらだっている。
それでリベンジを企てている。
塀が壁が振動する。
建物全体が揺らいでいる。
迷惑ではという隼人のことばへの返事だった。
「ご心配なく。聖水で清められているこの領域には近寄れません」
そういわれても、夏子は肩をすぼめる。
「わたしたちは、会うべくして会ったのです。これは神の意志です。夏子さん。隼人さん。力を合わせてこの宇都宮と鹿沼を吸血鬼の侵攻から守りましょう」
夏子が元気をだす。うなずく。
隼人もおおきくうなずく。
ぼくが夏子と会えたのも。
神の御心だ。神に、従う。
隼人が決意する。
顔がひきしまる。
神父と、夏子、隼人は右手を重ねた。
鹿沼と宇都宮を死守することを誓う。
三人の合わせた手から青いフレアが立ち上った。
聖堂の天井に。
さらに、空に輝く星々まで。
青い炎を透かして見る夏子は美しかった。
一族のものを敵に回しても故郷を守る。
その決意に夏子は発光している。
その悲壮な覚悟に夏子を輝いていた。
母を助けるために兄とたたかった。
雨野を助けるために大谷の地下にのりこんだ。
でもこんどは故郷鹿沼のため。
宇都宮のため。人々を吸血鬼から守るため。
そのこと、そのためにこそ、決意した。
はやとは夏子を見守っている。
夏子といつまでもいっしょだ。
いつもいっしょにいたい。
絵を描きながら、永遠に生きたい。
いや、夏子とならいつでも死ねる。
生と死。それは同意語だった。

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吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-05-25 06:14:46 | Weblog
5月25日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 50 (小説)
宇都の峰教会の扉を押す。
聖堂入り口を入ってすぐの柱の聖水盆に指をひたす。
夏子は額と唇を聖水で清める。
十字を切る。
長いこと海外で過ごしてきた。習慣となっていた。
聖水に身体を焼かれるとはない。
聖水をいやがることはない。避ける習性もない。
夏子は吸血鬼としては特異体質なのだ。
隼人も夏子を真似て聖水で身を清めた。
十字を切った。
吸血鬼との忌まわしい戦いから清められた思いがした。
振り返ると聖堂の上部に聖人、聖ヨハネのレリーフが架かっていた。翼があるから天使なのだろうか。
隼人は呼吸がくるしい。出血したので体が衰弱している。
鬼島を斬り捨てた。腕に嫌悪感がのこっている。
それなのに、清々しい気分になった。ブルっと清涼感が心身を走った。
神父がふたりを待っていたように近寄ってきた。
神父は驚いている。
驚愕の色もかくさず、夏子と隼人に話しかける。
「わたしはこの教会の居候です」
なめらかな日本語だ。居候だなんて、おもしろいことをいう神父さんだ。
「わたしは神の戦士イエズス会士のなかでも武闘派、まあ日本でいえば比叡山の僧兵のような荒ぶる者なのです」
ますますかわったことをいう。
「あなたは、もしやあの伝説の……ラミヤさまでは」
「いまは、夏子。それにわたしの恋人の……」
「待ってください。わたしに当てさせてください。皐隼人」
「どうして、それを」
こんどは、隼人がおどろいて聞き返す。
「大谷の夜の一族のなかに、むかし神の庭園にいたころの記憶をそのままとどめている、DNAとして受け継ぎ聖水を恐れず、善きものとして行為するホワイトバンパイアがいる。
その名はラミヤ。その人と共にいてこれだけの剣気を秘めた男。噂に聞く死可沼流の皐隼人。それくらいのことは、パソコンで検索しなくてもわかります」
ここにラミヤ――夏子と隼人の理解者がいた。ふたりともうれしくなった。
「いま宇都宮はブラック吸血鬼の侵攻で危機にさらされています。こうしてお会いできたのも、神の思し召しかもしれません」
「ありがたいわ。夜の一族の侵略に気づいている神父さんがいたなんて」
「宇都宮ギョウザを流行らせた仕掛け人はわたしです。すこしでも、吸血鬼避けになるといいとねがって」
ふたりがマジな顔で聞いていると「ジョーク」ですと神父が笑う。
いまは、神の怒りにふれて吸血鬼となっているが、遥かむかしには神の庭園の庭師であったという伝承は、夏子も聞いている。
神を楽しませるために大輪の薔薇を咲かせていた。
たまたま、薔薇の棘で血を流し、その血をうっとりとすすっているのを神に見とがめられた。
天国から追放され、永遠に地上で血を吸う行為をつづける。木の棘で心臓を刺されると灰となる運命も、聞かされていた。
そしていま、血を吸うことのできない夏子が、彼女の属する種族の本来の姿だといわれて、うれしかつた。
シロッコ。奇形と蔑まれてきた。
いじめられてきた。
わたしのほうが正統派だった。
みんなが、わたしのようになれればいいのだが。そうはいかないだろう。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-24 05:45:40 | Weblog
5月24日 土曜日
吸血鬼/浜辺の少女 49 (小説)
「それでも、人と吸血鬼の間に生まれたラミヤ姫――夏子さまには人を愛するDNAが流れているそうです。人を愛することができれば、それが結晶する。妊娠するはずだと、鹿人さまはお考えです」
「そういうことね。だから……丁重におでだむかえしてくれたわけね」
夏子が鬼島と牽制し合っている。
「隼人すきみて逃げましょう」
夏子は隼人の太股の傷を心配している。
「隼人だけでも、先に逃げて。ここでは戦えない。人目がありすぎる。このRFが敵では戦えない。まだ人にもどれる可能性かある。噛まれたわけではない。ガスをすっただけだから」
夏子と隼人にだけできる心の会話だ。
地下への階段からはRFうじゃうじゃわきでてくる。
なにかおかしい。
なにかしっくりとしない。
隼人と夏子が愛し合うようになる。
これほど深く愛し合うとは……。
あの段階では……。
鹿人にはわからなかったはずだ。
考えすぎて隼人は……。
隼人は逃げるチャンスを逃してしまった。
鹿人の夏子への憎しみははんぱではない。
夏子が心のキレイなバンパイアを生むことを恐れている。
ホワイトバンパイアがふえること恐れている。
ただそれだけの理由で、夏子を、おそうのか。
それで夏子の抹殺を……くわだてているのか。
鬼島が間合いをつめてくる。
夏子と隼人はビルの壁際に追いつめられた。
それでも、じりじりと右に移動する。
右側、すぐそこに教会の尖塔に十字架が見えてる。
茜色の空に白い十字架が光っている。
鬼島がさらに間合いをつめる。
鬼島の手にナイフがきらめく。
田村もナイフを光らせている。
もうこれまでだ。
隼人は太股を刺されたナイフをすばやくとりだす。
田村に向って投げつける。手ごたえはあった。
それを確かめている余裕はない。
隼人はさらに腕をふるった。
こつぜんと、剣が隼人の腕に現れた。
大学の駐車場では遠山や信孝がいた。
それで抜けなかった破邪の剣だ。魔倒丸だ。
魔倒丸を正眼にかまえた隼人。
その剣気は、鬼島を圧倒する。
「いつのまにそんな技を」
魔倒丸の一閃は……。
ナイフごと鬼島の腕が中空にまった。
なまなましい切り口からは……。
吹きだすはずの血はみられない。
「むだなことだ。いくらでも再生する」
「そうかな」
「そ、その……剣は」
「こぞんじ、魔倒丸だ」
「ちくしょう」
鬼島が無念の形相。
「イマゴロキズイテモ、遅すぎます」
隼人が余裕をみせる。
鬼島の絶叫が薄闇にこだまする。

18

「いまのうちに、逃げるのよ」
「わかった。このRFたちは切れない。斬り殺せない」
「教会よ。あの教会に逃げこみましょう」

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-23 15:44:53 | Weblog
5月23日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 48 (小説)
地下への階段を下りる。
妖霧はさらに濃くなる。
分厚い黒の扉をあける。
むあっとタバコのけむりが隼人をむかえた。
むろんタバコの煙には妖気が混入している。
「夏子、タバコの煙は……? がまんできるかな」
「それほどきらいではないから」
夏子を気づかった隼人のほうが咳きこむ。
「みなさん憑かれているようね」
「この霧が街全体をおおったらたいへんなことになる」
「そういうこと。この霧の中では、RFでも真正の吸血鬼のように強くなる」
「ねえっ。なに独り言いってるの。おどろう。おどっぺよ」
玲菜の口元で犬歯がニョロっと伸びてきた。
「吸わせて。吸わせて」
犬歯が下唇の下まで伸びた。
鋼のように光っている。
「またね。こんどにしましょう」
夏子の指が玲菜の歯をパンとはじいた。
長く鋭い二本の犬歯が夏子の手のひらにのっていた。
「いまの悲鳴聞かれたな。ひとまずここはひこう」
「そうね。まだ人間にもどれるひとたちあいてに戦えないもの」
遅かった。
取り囲まれている。
シユツと威嚇音を発している。
いままでおどっていたものたちだ。
包囲網をちぢめてくる。
夏子が隼人を抱え込む。
「ぼくも自力で跳躍できる」
ふたりは階段の登り口をにらんだ。
背中で羽ばたきが聞こえたような気がした。
夏子と隼人は手をつなぐと地上の階段めがけて飛んだ。
「いつもいつしょだな」
「そうよ。いつもいつもいっしょよ」
隼人はしっかりとにぎりあわされた手から愛の鼓動を感じていた。
「そこまでですよ。夏子さん」
またまた鬼島が待ち伏せしていた。こんどは田村もいる。
「どうして、わたしたちをほうっておいてくれないの? わたしは、隼人といっしょにいられればいいの」
「それがもんだいなのです。ふたりで生活すれば妊娠するでしょうが」
夏子がほほを赤らめた。
「わたしがいくつだと思っているの」
「高年齢出産、てこともありますから」
からかっている訳ではないらしい。
「鹿人さまは、ホワイティ――血の吸えないバンパイァがひとりでもふえるのが耐えられないのです」
夏子の顔に紅がさす。
「バカいわないで。わたしが何歳だか知っているの。あんたらが、RFになる幾世代も前からずっと生きているのよ」

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-22 08:05:53 | Weblog
5月22日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 47 (小説)
きらびやかに飾り立てたショウインドウーが両側につづく。ブティック。宝石店。香水専門店。宇都宮餃子屋。閉館になった映画館。カレー専門店。乾物屋。書店。
妖霧は低く這っている。
「たしかに邪気はあの換気扇からも吹きだしているわね」
夏子が隼人のことばを受けていう。
「でも、この臭いには下水からよ。下水の臭いがする」
換気扇から吹きだした邪気が妖霧とまざりあってさらに濃くなる。空気中ににじみでている。
「やはりマンホールだ」
「そのようね」
夏子が悲しそう顔になる。
路地への曲りかどにあるマンホールの蓋から濃霧が吹きあがっていた。むろん、妖霧だ。
暗黒の地下を大谷から? 流れてきた妖霧なのだろう。
あの地下採掘場。廃坑からだ。
吸血鬼の巣窟からだ。
妖霧は若い女の子がとおりかかると生き物のようにからみつく。
体をなめまわすようにからみつく。襟首のあたりにまとわりつく。
ぴちやぴちやと血をすっている。錯覚だろう。
女の子の体が揺れた。妖霧が離れていく。
妖艶な姿態にかわっていた。
まだあどけない笑みをうかべてはいるが、男をからめとる顔だ。
妖霧にとり憑かれ脳を娼婦として操られている。
彼女たちの熱い流し目から逃れるのはむずかしそうだ。
この女の子の変身の怪異な現象にだれも気づいていない。
あたりまえの日常の風景がいまもここにはある。
「どうしてなんだ」
「見えているのはわたしと隼人だけ。だから怖いのよ。普通の人にはなにも見えていない。この妖霧さえ見えない。感じられないの。だから怖いのよ」
本人も操られていることなどわからない。
なにをしているのかさえわからないのだろう。だからこわいのだと夏子はいっているのだ。

17

手鏡に携帯の女子学生が漂っている。
がんがん携帯をかけまくって男をさそっている。
RF募集キャンペーン実施中。そんな感じだ。
「キライ。こんな、顔。オヤからもらった顔なんかきらいだもん。ほらだんだん薄くなっていく。こうなったらガン黒化粧するきゃないわ。……そのほうが好きよ。ね、アンチヤンにもわかっぺ。わたし玲菜。ね、わたしとツキあってよ」
妖霧にとりつかれると鏡に顔が映らなくなってしまうらしい。
さすがにそのことには気づく。
それで厚化粧のガンクロ娘が増殖している。
「きみらのたまりばどこ」
「うれしい。それって玲菜のことナンパしてるんだ。そうだっぺ」
とまざりっけなしの宇都宮弁でよろこんでいる。
かわいいあどけない顔をしている。
玲菜は妖霧を吸いこんだだけではなかった。
噛まれていた。
首にネッカチーフをまいていた。
血がにじんでいた。
ふっくらとして色白。
血がおいそうだ。
いけない、こちらも、もおかしくなってくる。
隼人はあわてて反省する。
玲菜は吸血鬼好みの顔をしている。
直接噛まれる栄光によくしわけだ。
妖霧がスープのように濃くなった。
松が峰のかっての繁華街にのこって営業している「宮の夜」。
地下にあるクラブに誘われた。
夏子が同伴しているのは見えていないようだ。

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吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-05-21 10:00:23 | Weblog
5月20日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女 46 (小説)
夏子はニチバンの絆創膏に彼女の念をそぎこむ。
傷口に唇をよせる。なめる。ゾクッとする快感。
隼人の太股に絆創膏を張る。
痛みがうすらぐ。
「これで出血も止まるはずよ」
吸血鬼の唾液まみれの銀のブレードで刺されたのだ。
鬼島は癖でナイフをなめていたわけではない。
ナイフをなめることで、吸血鬼のドクを付着させていた。
なんてヤツだ。
なんて邪悪な。
なんて、恐怖をもたらすヤツだ。
それにしても、銀に弱くなっているとは。
夏子に軽く噛まれた。
血を吸われたわけではない。
疑似吸血鬼症候群に侵されている。
「だから血がとまらなかったのよ。隼人ごめんね。アンビバレンスなのよ。感覚がするどくなったり跳躍力が飛翔能力といっていいほど力がついた。視覚や聴覚嗅覚がするどくなった。夜目が利く。でもこういうことになるとは、わたしも知らなかった。ごめんね。隼人」
「いやうれしいよ。これで夏子とおなじように感じ、おなじように生きていける」
「……だから血がとまらないと聞いたとき、すごく驚いた。ごめんね隼人。こんなことになるってしってたら……」
「夏子の生きてきた時間に比べれば、ぼくら人間の生なんか一瞬のことだろう。うれしいよ、これで夏子といられる時間がすこしは永くなった」
「若いのにそんなこと考えていたの。まだまだ人生これからだ」
夏子が泣き笑い。
止まらない血は、もういちど吸血鬼の唾液をぬらないかぎり、噛まれたものは出血死をまぬがれない。
それを知っている夏子の敏捷な行動に隼人は救われた。
ふたりはしっかりとだきあった。
「だからこんどはなにかあつたらじぶんの唾液を塗ることを忘れないで」
それを知っての隼人のよろこびだった。夏子と一緒にいられるなら吸血鬼になってもいい。
オリオン通りにもどった。
「ひとには見えない妖霧がたしかに漂っているわ。妖霧に吸血鬼の血、その成分が混じっている。これを吸い込むと疑似RF体質になるの。ひとりひとり噛んでいたのでは、従者をふやすのに苦労する。RFを増殖させるのに、こんなセコイ方法を思いついたのね。どこかに霧の噴出穴があるはずよ。歩ける? むりならオンブシテあげようか」
レストラン宇都宮の換気扇からはたしかに妖霧はでている。
でも弱すぎる。薄すぎる、と夏子。
「たぶんマンホールだ。マンホールは大谷までつながっているはずだ」
「ピンポン、それだわ。あったまいい、隼人」

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-20 09:46:38 | Weblog
5月20日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 45 (小説)
半地下のレストランの換気扇が発生源だ。
換気扇には油脂がこびりついていた。
油脂のためにどす黒い換気扇から吐きだされる空気まで汚れている。
厨房から排出された空気なのだろう。
アーケード街に吐きだされている汚れた空気。
だが、それだけではない。
空気が汚れている。
そんな単純なことではなかった。
空気が腐っている。妖気が混入している。
レストランの厨房だけではなく、倉庫にでも妖気の凝集箇所があるのかもしれない。
しかし、これは食材の腐敗した臭いなどではない。
そうだ、と隼人は思いついた。なぜ、この腐臭をかいで驚いたのか。
大谷の廃坑のじめじめした地下の臭いだ。吸血鬼の住む場所の臭いだ。
夏子と廃坑に潜入した場所で嗅いだ。小動物の死骸がごろごろしていたあの洞窟の臭いだ。巨大なかまぼこ型のアーケード街の上のほうまで妖気がただよっている。
渦をまいている。
隼人は心の回路を夏子にむけて全開した。
この距離からなら、念波はとどく。
夏子にアクセスできるはずだ。意識を夏子に集中する。
「夏子。夏子。夏子」
夏子を感じることはできる。でもかすかにだ。まだぼくの力ではだめなのか。
危機は知らせることができたと思う。でも、思うように意識は伝わらない。
「隼人。わたしを呼んだのは隼人でしょう」
携帯が着メロを奏でた。
夏子とたがいに携帯を持ち歩くようにして、よかった。
祖父がメカぎらいなので、遠慮していた。
今朝、別れてきたばかりだ。それでも、しばらく会っていないようななつかしさがある。
爽やかな声が携帯から流れてきた。
「夏子。街がへんなのだ。うつのみやの街に妖気がただよっている」
ウツノミヤと発音した。隼人の意識が遥かな過去にとんだ。夏子の意識とシンクロしているからだろう。これは夏子の記憶だ。ぼくは夏子の意識の中にいる。
夏子の記憶の集積回路とシンクロしている。
宇宙の都。宮殿。宇 都 宮。
「そうよ、隼人。鹿人兄さんは、首都機能が那須に移転されるから、この地方を制覇する
ものが、日本を征服する。日本を制するものが世界の制覇者となる。なんでカッコつけていた。ちがうの、宇都宮はね、わたしたち吸血鬼族が大古、日本に降り立った初めての場所なの。それで宇宙の彼方の故郷を想ってつけた地名なのよ。だからこの地の吸血鬼の長にはほかのセクトの一族を支配する権限がもともとあるのよ」
「妖気が濃くなっていく。めまいがする。太股から血が流れて止まらない」
「どうして、それを先にいわないの」
「鬼島に刺された」
「吸血鬼の唾液がぬりつけてあつたのね」
血が止まらないと聞いて、夏子がウッと息をのむのが伝わってきた。
「話つづけて。気力が萎えると吸血鬼に意識を乗っ取られるわ。コントロールされるわよ……いまそちらにむかっているから……」
「夏子まさか……」
「そうよ。昼間からコウモリになったの。こうでもしないと愛する隼人を救えないの。できるだけ、繁華街から離れた薄暗い人目につかないところに移動して」
夏子の声に励まされた。至福のよろこびが体のすみずみまでしみわたった。
「はい、オマタセ」
バサッと羽音がした。
夏子がそこに降り立っていた。


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