田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

披露宴

2007-09-30 21:55:48 | Weblog
9月30日 日曜日 曇り
●網戸では涼し過ぎるようになった。明日からは、窓を閉めてねなければ。ブラッキーが寝床にもぐりこんできた。かいまきを肩までひきあげて寝ていた。そろそろ掛け布団が恋しい季節になった。

●「かいまきってどう書くのかな」
鏡に向っているカミサンに声をかける。
「何にも聞かないで。髪がまとまらないの」
もうかれこれ一時間ほど鏡の前でおおあらわだ。
搔い巻き。わたしは、寒くなると毛布ではだめで、襟のあるかいまきをかぶる。これで、本格的に秋が来たていう実感がわく。でも、今朝の寒さはかくべつだ。これでは一気に掛け布団が欲しい。ブログを書くのをやめて、ブラッキーに二食分のエサを皿にいれてやる。わたしたちが、出かけるのが雰囲気でわかるらしい。寂しそうに、鳴いている。

●カミサンは和服、色無地を着ている。じぶんで和服が着られるのだから立派なものだ。今日は東京で息子の結婚披露宴がある。すべて息子とIちゃんでプロデュースしてくれた。わたしたちは、お客さんとして出席するだけでいいとのことだ。

●息子夫婦から花束を贈られた。目がしらが熱くなり不覚にもまた涙をこぼしてしまった。どうも、年らしい。先週の結婚式から涙をよくながすようになった。育児放棄のような状態で、小学校四年生で上京させた息子だ。それも学校でのいじめが原因だった。

●親はなくとも子は育つという。大勢の仲間に支えられ、逞しく育った息子をみて涙がでた。百五十人を超す人たちが集まってくれた。職場のみなさん。バイク仲間。スノーボードの仲間。学友。みなさんほんとうにありがとう。感謝します。

●カミサンは花束をブログに載せる気だ。
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プリント

2007-09-29 23:20:54 | Weblog
9月29日 土曜日 晴れ
●宇都宮のヨドバシカメラにインクジェット写真用紙を買いにでかけた。必要としているのは、カミサンだ。わたしは、ブログを打つだけの操作しかできない。カミサンは息子の結婚式の写真が撮りたくてカシオ・エクシリムEX-Z1200をまず買った。パソコン教室で写真をプリントするまでの行程を教えていただいた。
「ね、凄いと思わない。家で写真が現像できちゃうのよ」
まさにそのとおりだ。バンと蛇腹のとびだす写真機の時代だ。それも旧制中学で、江ノ島、鎌倉に修学旅行に行ったときには、わたしだけしかもっていなかった。戦後の糸へんブームの真っ最中。わが家が経済的に恵まれていた時代だ。写真屋さんなどなかつた。写真機など売っていなかった。父がセコハンで探してきてくれたものだった。だいぶ高かったらしい。

●まさに、隔世の感がある。

●「ねえ、パパ写真が撮れて、家でプリントできて、こんなうれしいことないわ」
床一面に息子夫婦、娘たち夫婦、Iちゃんのご両親、親族のひとたちの写真を並べて感激している。スタンド壁掛け兼用のマット台紙に息子夫婦のプリントをセットした。明日の披露宴に持参できるとよろこんでいる。
「ねえ、こんなきれいな娘がふえたのよ。息子が三人。娘が三人。孫がもっか四人。うれしいわ」
カミサンの声が華やいで聞こえる。
わたしは、小学校の四年生で息子を東京に転校させなければならなかつた苦境を思い出していた。あの時の苦労がいま報いられているのだ。

●写真はとある家の門口に咲いていた花です。ツユクサかと思いましたがちがうようです。
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老いては妻を労り

2007-09-29 05:12:27 | Weblog
9月28日 金曜日 晴れ
●熱燗で一合。息子に贈られた徳利セットでゆったりと飲んだ。結婚した息子との来し方を想い、秋の夜長をしみじみと過ごした。虫の鳴き方がすくないと思っていたら雨が降りだしていた。温度が下がりだした。酔って昨日のブログに最後の夏日と打ちこんだ。あれは、まちがい。28日の夜だったのに。いまは、うたたねをしていたらもう日付がかわってしまった。29日の明け方だ。やはり日記はその日のことをその日のうちにつけないと日付をまがってしまうおそれがある。

●カミサンは結婚式に着た黒留袖のしみ抜きを、宇都宮の近江屋さんに頼みにでかけた。わたしは塾の特訓が6時からあるので留守番。昼間ひとりで家にいることはめったにない。小説を書いた。

●宇都宮から帰ってきたカミサンはなにを思ったか床一面に並べてあったプリント済みの写真をアルバムのポケットに入れ出した。
わたしは、不安になって聞いた。
「持って行ってあげるの」
と、澄ましたものだ。30日の披露宴に息子に渡すつもりで整理しているのだった。カミサンが写真を整理するのを見たことがない。いままで、やらなかったことをやり出した。気になるものだ。それでなくても、たったいま石鹸の溶液でまちがって嗽をしたとさわいでいた彼女なのだ。
息子への愛情からの初仕事。アルバムの整理。
いつものソソッカシイ、軽率な行動。石鹸水での嗽。 と理解することにした。 若い気でいても、老いの波はひたひたと打ち寄せてきている。たえず、おたがいにメンタルケアが、観察しあい、注意をしあうことが大切だ。さびしいことだが。

●それから、熱燗でお酒と、わたしのほうはあいなった。カミサンはわたしがお酒を飲みだすと逃げてしまう。つまらぬGGのヨタ話などききたくはないのだろう。せっせとアルバムの整理をしているのだろう。もう一度見られる息子と嫁の晴れ姿を思いながら。

●30日の披露宴には晴れるといいな。いまは、29日、午前5時。外は雨。カミサンはすやすやと隣の部屋でお休みです。さあワードに書いたこのブログをコピーしてブログ欄に張り付けて少し休もう。

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紅葉狩

2007-09-28 10:10:39 | Weblog
9月27日 木曜日 晴れ
●野歩きをしていたら赤トンボがよってきた。年々赤トンボがふえているように感じるのはわたしだけなのだろうか。わたしが子供のころのように、紺碧の秋空一面に、大気を赤一色に染め上げるほどの大群ではない。赤い波のうねりのように大空を流れていくようなことはない。それでも野歩きをしているわたしの周りには群れをなして飛んでいる。

●「ほら、指をこうたててごらん」
「うわあ、トンボがじいちゃんの指にとまってる」
いつのころであつたか、都会育ちの孫たちと都賀町の「花之江の郷」を訪れたことがあった。コスモスに止まっていた赤トンボを指先にとまらせて、ほめられたものだった。

●鬼怒川の渓谷を彩る紅葉は今年は数日遅れるらしい。それでも10月の中頃には始まるだろう。待ち遠しい。川治、塩原、那須。今年こそ紅葉狩としやれこもう。
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 三橋鷹女
カミサンの好きな俳句です。

●わたしも「霜葉は二月の花より紅なり」と好きな漢詩でも口ずさみながら紅葉を観て歩こう。

●真夏日だつた。28日金曜日。明日からは涼しくなるらしい。いよいよ秋だ。紅葉が楽しみだ。
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紅葉

2007-09-27 06:55:23 | Weblog
9月26日 水曜日 晴れ
●これからがいよいよだ。田舎暮らしの醍醐味、とくにわたしの住む北関東の極みにある小さな田舎町での四季の移り変わり、夏から秋へと一番風景の美しい時期がやつてくる。清流K川の釣り人を見る。白鷺が川面の石にたたずんでいる。運が良ければ夕空を渡り鳥が群れをなして南に帰っていくのを俯瞰することができる。

●これからがいよいよだ。家をでて数分も歩けば里山の紅葉に取り囲まれてしまう。ここは、前日光高原、舟形盆地にある小さな田舎町。東京でのあわただしい生活を癒してくれるたのしい故郷の町だ。野歩きをしている。のんびりと歩いている。紅葉がもうじきはじまる。

●「今年こそ川治の紅葉を見に行こう」
「わたしは、日光でいいわ」
「それはけっこうなことですね」日光を見ずして結構というな。の、下手なモジリだ。日光だったら、JRでも東武電車でも30ぷんくらいの距離だ。恵まれ過ぎていて、わたしたちはあまり訪れない観光地だ。日本ロマンチック街道最後の観光地だ。あれから息子の作ってくれた地図を眺めている。電車やバスを乗り継いでロマンチック街道の町の景色を一か所ずつ見に行こう。と計画している。まず、日光近辺を観て歩くだけでも楽しいだろう。まして、いまカミサンはカメラを買ったこともあり写真に夢中だ。園芸、特にバラ作りのほかにまた趣味の幅がひろがった。ケッコウなことだ。秋の紅葉を撮るカミサンの姿がはや脳裏に浮かぶ。川治から日光にもどっても一日の日帰りの旅ですむ。川治は結婚の翌年、東京オリンピックの時、通訳としてなんどもおとずれている場所だ。新婚旅行も川治だった。あれから、アアア、43年も経っているのだった。わたしがパソコンに向って小説を書いている姿をだれが想像できたろう。

●「川治でもいいわよ」やっとカミサンがわたしの川治への想いに気づいてくれた。「そうね、川治の龍王峡の紅葉がいちばんいいわ」なにを思い出しているのかカミサンが頬を赤くした。

●写真は軽井沢、絵本美術館の駐車場で撮ったものです。
早い紅葉を探していたら「あっ、色づいている」とカミサンの声が後ろの席でした。運転席の息子が携帯をカミサンから受け取って撮った。


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十五夜

2007-09-26 18:32:27 | Weblog
十五夜の写真が二枚になってしまった。どちらもすてがたかったらしい。どちらをえらぶかまよったあげく、両方のせることになった。カミサンの性格がよくでている。わたしは両方ともすきだ。カメラも買ったことだし、これからますます腕を上げるだろう。期待してください。
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十五夜

2007-09-26 16:15:07 | Weblog
9月25日 火曜日 晴れ
●息子の結婚式も無事すんだ。日常の生活がもどってきた。カミサンと二人だけの静かすぎる田舎町での暮らしだ。だが、それは外見的なものだ。わたしは、これから小説を書きつづけなければならない。そして、まだじぶんのスタイルが決定していない。暗中模索、文体も内容もよりかかることができる、これだといえるものをまだ創りあげていない。なんたるGGだ。

●「十五夜だから休みます」
塾生の休みがおおかった。この地方では中秋の名月の夜「十五夜の藁(わら)鉄砲(でっぽう)」と子供たちが唱えながら家々を回って歩く風習がある。子供たちは、藁を束ねて、竹刀のようにしたもので地面を叩きながら宵闇のなかを嬉々として家から家へとまわって歩く。
子供たちのために「おひねり」を各家では用意しておく。子供たちにとってはたのしい行事だ。こういう風習はいつまでも大切に温存してもらいたいものだ。

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老いの身にむち打ち

2007-09-25 22:47:16 | Weblog
9月24日 月曜日 晴れ
●「パパ、腰曲がってる」
鋭い叱責が背後からとぶ。腰に銃口を突き付けられたようにびっくり仰天した。両腕をホールドアップした。そのまま後ろに腰をそらせた。イナバウアー。と声に出した。周りのひとがおどろいている。

●ごみ箱の蓋を開けるペタルがこわれてしまった。息子がいる。車でホームセンターKに来た。車を下りた。たった10ぷんのドライブなのに体がかたまっている。それでカミサンから声がとんだ。「パパ、腰曲がっている」小柄で華奢なので若く見えるカミサン。こちらは、肥満で大柄。年寄りだ。この二人どんな関係なのだ。そんな顔で大勢の人がわたしたちを注視している。そこで、わたしはおどけて、イナバウアー。とやったものだ。

●ごみ箱は手ごろなのが見つかった。体はぎすぎすしたままだ。ゼリア新薬のコンドロイチンでものもうかしら。年は争えないな。

●息子夫妻が東京へ帰って行った。新婚旅行は実家で、過ごしてくれた。四人で過ごしたこの三日間をわたしは生ある限り忘れない。うれしかつた。

●また、カミサンとふたりだけの生活がもどってきた。涼しくなってきた。原稿書けそうだぞ。がんばるぞ。老いの身にむち打ち小説を書き続けなければ。

●知らなかった。カミサンがひそかに写真を添えてくれた。庭に咲くホトトギスだ。花言葉は、永遠にあなたのもの。
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日本ロマンチック街道

2007-09-25 12:36:42 | Weblog
9月23日 日曜日 小雨
●「ガスってる」
隣で車のハンドルを握っている息子が しばらく沈黙した後でいう。霧がでた。というさきほどのわたしの言葉への返事だった。スノーボダーはこういう天候になった時、「ガスってる」というのだそうだ。息子はわたしにいろいろな言葉をおしえてくれる。それがむしょうにうれしい。本からしか言葉を学んでいないわたしには、おおぜいの仲間に支えられて生きている息子の言葉の知識はリアルで新鮮だ。                   

●碓氷峠にさしかかっていた。
雲の中を移動している。もじどうり視界0。車を止めて小休止。修理工場なのだろうか。オートバイの廃車が山積みとなっている。
「解体屋かもしれないな」と息子。酔い止めの薬「センパア」を飲んでいるのでうとうとしているカミサンを車にのこして外に出た。息子はタバコを吸い出した。Iちやんがそばに連れ添っている。新婚の二人と昨夜は、プリンスホテルウエストのコッテージに宿泊した。「一緒に泊まろうよ」と誘ってくれた。
そして、帰りは車で送ってくれることになった。

●休んでは走り、走っては休みした。濃霧の中をのろのろ運転して沼田に出た。息子のよりつけの店、「ゆき藤」で夕食。まさに割りばして食べられるほど柔らかなおいしいトンカツだった。口の中で肉のあじが広がり衣がサクサクとしておいしかつた。ここは群馬県。ときあたかも、地元出身の福田康夫自民党新総裁がテレビで記者会見にでていた。客がよろこんで拍手していた。

●金精峠を越えた。ときどき濃霧に脅かされた。R120を直進。湯ノ湖。戦場ヶ原。中禅寺。夜なので景色は見られなかったが、それが幸いした。なぜ、かわいい息子を小学校4年生の二月期に東京へ転校させなくてはならなかったか。どんなおもいで幼い息子を育てたか。長い話をすることができた。

●日光からR121を経て鹿沼。

●息子がパソコンで帰路の全行程を調べプリントアウトして地図を張り合わせてつくってくれた。

●「へえ、日本ロマンチック街道を走ってきたんだ」と息子。全長350キロ。
「スタート地点の上田の女性と到着点の鹿沼の男が11年の交際で愛をみのらせて結婚したってことだ。おれに脚本がかけたらNHKの朝ドラ向きの話がかけるのにな」とわたし。
スノーボードに青春のすべてを捧げた息子をまぶしい目であらためてみつめた。

●機会をつくり再度「日本ロマンチック街道」を走破したい。ともかく、わが家の前の道が軽井沢から上田に通じているのだ。ゆっくりと景色を楽しみながら小さな旅あるきをしたい。若かったら、自転車でということもあるのだろうが、それはむりだろうな。
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息子の結婚

2007-09-25 10:35:34 | Weblog
9月22日 土曜日 晴れ
●息子が結婚した。三日ほどブログが書けなかった。でも書くことはいっぱいある。
ブログの空白の三日間はぼつぼつうめていくつもりだ。

●息子が長い交際を経て美しく心やさしい妻をゲットした。これで二人の娘、長男にして末っ子も結婚した。こんなうれしいことはない。

●軽井沢は「石の教会」。内村鑑三記念堂にて結婚式をあげた。内村鑑三の「無教会」の考え方にも感動した。石造りのなんの装飾も施されていない堂内から秋の青空がみえていた。

●披露宴でのわたしのスピーチ。
みなさん、今日は息子の結婚式においでいただきありがとうございます。
ご挨拶がおくれました。すこし酔っています。嬉しさにも酔っています。
おやじはすこし酔ってから挨拶してもらった方がいい。という、息子の配慮だと思います。
素面だと堅苦しいことを言い出すかもしれない。まあそう思われても当然です。ひねもす書斎にこもって、あまり外にはでません。世間知らずのおやじ、昭和一桁生まれのスピーチです。いま、式をあげてきた教会。内村鑑三記念堂。わたしにはひとつの思い出があります。 終戦の翌年、最後の旧制中学に入りました。札幌農学校。クラーク先生の言葉。
Boys be ambitious. 少年よ、野望をいだけ。大志をいだけ。希望をいだけ。
いまでしたら、坂本九ちゃんの歌のように「上を向いて歩こう」くらいでいいような気がします。一歩一歩大地をふみしめ希望にもえる人生を若い二人には歩んでもらいたいと思います。悲しみにであったら、ふたりで泣いてください。涙をながしてください。こらえなくてもいい。
わたしがいま流しているのは、うれし涙ですからご安心ください。息子が生まれてから今日までの思いがこの一瞬に収斂して涙になってしまいまた。
これからは、ふたりで愛のある家庭、いつも笑顔、そして笑い声のある家庭を築いてください。

●披露宴でお世話にった「ホテルブレストンコート」のみなさんありがとう。
フランス料理おいしかつたです。モーニングの着付けを手伝っていただいた宇都宮大学卒のかたありがとう。


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