田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

きょうはリリの一周忌です。露縁に白猫がきてねています。

2017-04-30 13:44:05 | ブログ
4月30日 Sun.

●リリが永遠の闇の彼方に消えてしまってから一年がたった。まだわたしたちはリリとの別離のかなしみからは立ち直っていない。

●リリは虹の橋を渡って天国で仲間と遊んでいるといくら想像しても、悲しみが癒えることはない。

●リリに呼びかけても、リリは闇の彼方に消えていく。呼び寄せて、あのフワフワムムクしたからだを抱きしめることはできない。

●木村リリと俗名を書いた紙切れの文字がきょうもニジンデ見える。

●カミサンと顔をあわせても、できるだけリリのことは話題にしないようにしている。話しだすと、涙ぐんでしまう。

●リリ、いまどこにいるの。

●不思議なことが起きている。露縁にノラ猫がきてのびのびとねむりこんでいる。ときどき裏庭にくるので餌をあたえていた白猫だ。頭のうえの一部分はグレイ。あとは白。三毛猫リリも胴には色がついていなかった。

●朝から昼過ぎまでぐっすりねこんでいる。おなかのあたりはリリそっくりだ。

●リリの魂がやどって帰ってきたのだろうか。リリの命日に、よこになってのどかにねこんでいる露縁の白猫。

●わたしは「リリ。リリ」と呼びかけていた。

   白ちゃん
   


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季節の色彩。 麻屋与志夫

2017-04-19 12:14:35 | ブログ
4月19日 Wed. 晴れたり曇ったり

●強い風が吹き、雨が降った。夜来の雨は明け方には小止みとなる。4時に起きる。

●桜が散ってしまった。枝には蕊がのこった。遠くから見ると花弁のときよりも濃い桜色にみえる。蕊桜を楽しんでいるうちに、さらに赤味をおびたツツジの季節となる。そして葉桜、山には緑でむせかえるような季節が到来する。

●田舎町に住み、自然にとりかこまれた生活をしている。二階の書斎からは古賀志山と千手山公園が見える。鍵山がわが家の庭のような距離にある。この頃の自然の色彩のうつりかをじっくりとあじわいながら日々をすごしている。山々の木々や、わが庭の花々のさきみだれる風情などをたのしむことができるのは、まさに田舎住まいの醍醐味といっていいだろう。

●やがて、花ミズキのピンクと白の花。



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GGは老いる。でもこのままでは終わらない。傑作かくぞ!

2017-04-17 05:18:53 | ブログ
4月17日 Mon.

●さくじつは、授業がおわってからカミサンに誘われて散歩にでた。カミサンのほうから誘ってくれるなんてめずらしいことだ。どうやら、桜のおわりの風情、花吹雪、グランドに散った花弁が花さざ波となって風にながされるのを撮りたいらしい。GGも散歩にでる心づもりでいたのでよろこんで御伴する。カメラのケースを紛失していることに気づき、嘆くカミサンをなぐさめながら歩く。

●「千手山公園でおとしたのかも……」まだケースを失くしたことにこだわっている。まあ、いいだしたら……一時間くらいはこだわっている性質だから、こちらは柳に風と聞き流す。「ケースの形体を知らないの、黒い布製よ、わたしの持ちものに関心がないの」と手厳しい。公園の事務所はすでに閉まろうとしていたが、カミサンの遺失物の問い合わせには対応してくれたらしい。わたしはカミサンと離れて桜の梢をみあげてぶらぶら歩いた。このあたりは、子どもの頃の遊び場だったので、それこそいろいろな思いでがある。

●千手山から御殿山に向かう。いまは立派な舗道になっている「切通し」を上る。左手にセブンイレブンがある。そこでオコワ(方言かな。赤飯のことです)のおにぎりを一個、アンマンを二個買った。もちろんGGは外で待っていた。GGのワルイ習癖で、カミサンがこまごまとしたものを買うそばにはいられない。

●「この切通しの端のほうでわが家は、戦時中ロープの撚り合わせをしていた。車の往来はまったくなかった」往時をおもいおこしてカミサンに話す。いま書いている「尾長鳥」にその当時のことがでてくる。
「あそこは崖になっていて、上の方が粘土質だった。粘土を採りに崖を上るのは大冒険だった。すべってケガをするともだちもいた」

●カミサンはアンマンを食べてキゲンが直った。パチパチ撮りだした。わたしはめずらしくグランドで野球をしているヤングを眺めていた。

●もうGGにはボールを投げることも、グランドを走ることもできない。

●年年歳歳、桜は美しく咲く。GGはますます老いるばかりだ。はやく書きかけの、数々の小説を書き継がないと、未完のまま終わってしまうではないか。老いた駄馬に鞭打つおもいだ。このままで終わってなるものか。


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花吹雪の季節になりましたね。 麻屋与志夫

2017-04-16 07:15:09 | ブログ
4月16日 Sun.

●二階の書斎から眺める千手山公園の桜もすっかりいろあせてしまった。
昔は山の西の端に山清水が流れていた。
母につれられて澤蟹をとりによくいったものだった。
小学校にあがるまえだったと記憶している。
いまは山に木がすくなくなっている。
とくに千手山につづく背後の山々にはほとんどない。
団地になったり、ゴルフ場ができたりしてしまっている。
したがって、流れはとだえてしまった。

●渇水期。
黒川の流れも水量が激減し川底が剥きだしになっている。
かろうじて川の端の方を流れている。
青鷺がぽつんと立っていた。
魚が泳げるだけの深さは在るらしい。

●今日は日曜日だが塾生がくる。
無料特訓を三時間。
それがすんだら、御殿山公園の桜の風に舞う姿をみにいこうとおもう。
桜吹雪。
散る桜をみるのがすきなGG。
カミサンは大地を彩る落花が風に流されるさまをみるのがすきだ。
それぞれの桜の風姿にイメージをたくして公園を散策できるゼイタクを十分にあじわってこようとおもう。
おもっただけで胸がときめく。
こんなときだ、和歌か俳句か詩が詠めたらいいなとため息もらすのは。


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けっして犯罪を犯しそうにない人が犯罪者となる。何が起きているの。 麻屋与志夫

2017-04-15 06:34:55 | ブログ
4月15日 Sat.

●ベニマルで買い物をした。「安喜亭支店」のところまでたどりついた。どうして、たどりついたなどと表現するのか。荷物が重かった。10キロはこえていた。やはり、年なのだと自嘲してしまうのはこんなときだ。

●若いときは「じぶんの体重までは荷物を担ぐことができるのだ」と、父や義兄に気合いをかけられた。力石(ちからいし)というのが、力仕事を必要とする商店の裏庭にはあった。それを上げ下げして体を鍛えたものだ。義兄は小柄だったが穀屋だったから米俵16貫(60キロ)をヒョイと担いだ。いまは男たちが重量挙げそのたの力を必要とするスポーツ選手でもないかぎり、一般人の力は低下している。半俵30キロの紙袋さえ重いらしい。もつとも力仕事は作業用のキャリーがつかわれている。そのうち、すべての重量のある品物の運搬はロボッと任せとなるだろう。

●だいぶ話題が脇道にそれてしまった。安喜亭さんの前までたどりついたところまでだった。安喜亭さんの豚そばは、絶品ですよ。ともかく鹿沼で行列のできる人気店だ。なにをたべてもうまい。

●その安喜亭さんの前で近所の若者にであった。これからが本題に入る。
「宇都宮のO通りでスリにアッチャッタ。2万円すられチャッタ。バイトの金ぜんぶとられた」真昼間のことらしい。警察にはとどけたが、あまり相手にはしてもらえなかったらしい。「もっと重要な仕事をかかえているらしいから……。しかたないですよね」相手は外人だったという。

●O通りは昔日の繁栄のアトはない。空き店舗も目立つ。歩くのにも物騒だ。白昼からスリがでるなんて――。なんとか自警団でも組織してパトロールしないと客はますますベルモールのように警備員もいるショッピングセンターに集中してしまうだろう。

●警備員といえば松戸の女児殺し。おどろきましたね。テレビをみていると。保護者会の会長で、ボランテアで街頭に立ち生徒たちの交通指導をしていたというのだ。さらに、小学校の校長先生の推薦で中学生の補導委員も兼ねていた。犯罪に生徒たちがまきこまれるのを防ぐため街頭に立っている人間が、犯罪を犯す。世のなかどうなっているのでしょうね。怖いですね。困りましたね。けっして犯罪を犯しそうにない人が、最近では犯罪を犯す。

●過日も書きましたが、教師、警察官、そのた諸々の清く正しく自己の行動を規制しなければならないひとが犯罪者となる。あいた口がふさがらない。口をふさぐには花見団子でもたべて、口をもぐもぐやりながら、そして食べ終わったら口をむすび、沈思黙考。これから――学生の道徳教育の面から反省したいとGGは考えています。犯罪の心は学校教育の場ですでに芽生えていると思うのです……?

●体力も昔の人にくらべると落ちていますが、道徳観も劣化していますよね。

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「三度目のカアチャンけ」  麻屋与志夫

2017-04-14 08:08:31 | ブログ
4月14日 Fri.

●横浜から30年ぶりに会いにきてくれた古い友だちの画家、Mから封書がとどいた。

●「美しい奥さんとは初対面でしたが――」と書いてあった。

●「Mさんとは三越の個展の時も会ったし、なんどもお会いしているのに。わたしを二度目の奥さんとでも思ったのね」

●カミサンはルンルン。GGはフニャニャン。じぶんの老醜を省み、これからは外出するときはオシャレしてでかけようかなどとムダなことをかんがえた。

●身長差。体重差。年齢差――があると人の眼にはうつるのだったら、べつに訂正することはあるまい。三度目の若い嫁だ、くらいのとぼけかたをしてもツミにはなるまい。

●わたしの住む、田舎町では「奥さん、お若いですね」というかわりに、「二度目のカアチャンけ」というのが最高の誉め言葉となっている。カミサンの若さは「三度目のカアチャンけ」といわれてもおかしくない。

●苦労の多い、いままでの暮らしだが、カミサンガ朗らかなのが唯一のすくいだった。

●カミサンは「100分 de 名著 NHK」のフアンだ。もっか、三木清。「人生論ノート」があったわけなのだが。いくら本棚を探してもみつからない。70年近く前に、中学生のころ読んだはずだ。GGもせめて精神的にはカミサンと対等にいこうと、この歳になって人生論など再考しようとしている。いままでの越し方をかんがえ、これからどう過ごすか。

●でも、この生き方はもうかえることはできないのだろうな。ただひたすら小説を書きつづける。それでいいのだろう。だいたい、生き方をかえられる年齢ではない。酒をのむのをやめる。……そんなことしかできやしない。おまえバカか。幾つだと思っているのだ!




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「南国土佐を後にして」 故郷は遠きありて思うもの。 麻屋与志夫

2017-04-13 08:47:53 | ブログ
4月13日 Thu.

●「南国土佐を後にして」の若々しい歌声はいまでも記憶にある。生涯現役をつらぬいたペギー・葉山さんが亡くなった。GGと同年齢だ。

●あの歌声が街にひびくころ、GGはYGで、麻布霞町にあった「シナリオ研究所」に四期生としてかよっていた。木村正一だ。まだ麻屋与志夫というペンネームをつかいだす前のことだった。

●土佐の高知出身の和田澄夫君がいた。よさこい節をよく口ずさんでいた。埼玉大学の教育学部に在籍していた。それでアダナは「先生」

●野口恭一郎君は「神父」。九州の出。彼は後に出版社「竹書房」を創業して社長となった。

●板坂康弘(義彦)君は官能小説の大家となった。いまは台湾で隠居生活をしていると風の便りに聞いている。なんども「官能小説」でご一緒していたのに――。おたがいにペンネームで書いていたのでしらなかった。

●あのころ皆に再会していたらたのしかっただろうな。運命のいたずらか、研究所を卒業してから会ったのは松元力君だけだった。その松元君の所在はわからない。元気でいるのだろうか。

●わたしは志なかばにして都落ちした。青山一丁目の下宿から急きょ帰省した。
「都落ちだ」
 一丁目の地下鉄入口の靴磨きにつぶやいたところ。
「粋なことをしますね。ごくろうさまです」
 といわれた。GGのニックネームは「殺陣さん」。強面のサムライ面をしていたので、ヤクザとでもおもわれたのかもしれない。名誉なことだ。

●GGはヤングとしての終りの季節に知りあった友だちがむしょうに懐かしい。元気でいるものもいる。亡くなったものもいる。

●集団就職の、終りの世代でもある。故郷への想いはいまの若者とはかなりちがうようだ。『思いだします 故郷の友が 門出に歌ったよさこい節を』

●故郷は遠くから思っていたほうがいい。わたしは故郷に戻って来てからの苦労をいまだにつづけている。東京と故郷の間を行き来して生活しているが、筆一本の生活にはいまだに戻れないでいる。カナシイ。でも、現役完全復帰の努力はつづけている。

●いまのところは、浪人生活だ。主君(出版社)がほしいよ。だれか拾ってくれないかな――。

●ペギー・葉山さんの冥福を祈りながら、いろいろおもいだしてしまった。


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いまは黄泉の国にいるともだちに

2017-04-12 06:45:59 | ブログ
いまは黄泉の国にいるともだちに

ことしも葉桜の季節になった
どうして花をみずに葉をみにくるのだろう
花が咲くころは華やかすぎてきらいだ
人ごみのなかで花など見上げてたのしくなるなんておかしなことだ
いつもきみたちと会っていたのはここだ
千手山公園の天辺のベンチ
葉桜の下で故郷の街を見下して青春の夢を語り合った
政治家になりたかったきみ
お金もちになりたかったきみ
女の子にモテタくていたきみ
演劇にうちこみたかったきみ
絵かきになりたかったきみ
小学校の先生になりたかったきみ
成功したものも挫折したものも
いまはみんな泉下のひと
さびしいよ さびしいよ
桜の葉をみあげながらいまぼくは言の葉をつむいでいる
いつになっても完成しない小説をかいている
いちばんひ弱だったぼくが長生きして
こうして言の葉を茂らせているなんて
不公平だよな
でも でもいますこし猶予をくれ
ぼくらの生きた
この街でのぼくらの青春を
ぼくがきみらとのことを書きとめるまで
いますこしそこでまっていてくれ
そのうち会いにいくから





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花見はたのしい。人ごみはウトマシイ。 麻屋与志夫

2017-04-11 08:29:25 | ブログ
4月11日 Tue.

●千手山公園の桜を観て来た。寒い日がつづいていた。満開のままで、まだ散りはじめていなかった。桜も開いたのはいいが、あまりの寒さにふるえているようだった。

●山のてっぺん。観覧車の横にベンチある。ここから街の全景が望める。街を眺めながら、将来の希望を語り合った友だちは――。みな黄泉の国のほうに移住してしまっている。知り合いに会うことはなかった。

●最近、人とふれあう機会が少ない。賑やかな所が苦手なカミサンが帰るといいだした。たしかに、高齢者になると、周囲の若者の声高な話声がウトマシイ。こどもを叱咤する母親の声がキンキンひびく。体育系高校生が追いかけっこをしている。奇声をあげる。そんなこと気にしないで、桜を見上げていればいいのだが――。

●花見は早々にきりあげた。母校の前をとおった。この北小学校はよくロケで利用される。ともかく昔のままの木造建築が全国的にも珍しいらしい。木工の町にあるので、地元の人たちが、営繕に、奉仕活動に精を出してくれているからだろう。藤だなの藤の節くれだった幹に、歳月の流れを見た。



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分割睡眠で小説を書き続けています。 麻屋与志夫

2017-04-10 10:56:47 | ブログ
4月10日 Mon.

●歳を重ねてきて、睡眠のとりかたが変わってきた。
若い時は短時間睡眠を誇っていた。
ナポレオンなみの3時間ていどの睡眠で小説を書きつづけることが出来た。
いまでは、分割睡眠。
いつでも、眠いときに眠るようにしている。

●眠気がさしたときに自然に任せて寝こんでしまう。
いまのところは、まだホリゴタツをかけている。
そのまま体を横たえて寝る。
これがすこぶる気持ちがいい。
識者は、こうした分割睡眠は体によくないという。
そんなこと知ったこっちゃない。
眠くなれば寝る。
起きれば小説を書く。
自然に任せ時間など気にせず暮らしていけるのは老人の特権だ。

●唯困ったことには、小説が売れていない。
売文業とはよくいったもだ。
文章をいくらつらねて小説を書いてもオファがないかぎり、干されている限り、いつかは生活にいきづまる。
年金にはいっておけばよかった。
わが人生の一大失策だった。
村八分にあったりしていたので、まわりのひとと交流を断たれていた。
そんなことが、年金の勧誘におおおじなかった理由になっている。

●でも、生活していくのになんの保障もないのが、その不安が小説を書きつづける原動力となっているのだから、皮肉なモノだ。
生活が安定していたらこれほど必死で小説ととりくまないだろう。
人気作家とまではいかなかったが、毎月雑誌に二、三本書きつづけていたころがなつかしい。
別にそれほど売れなくても、カミサンと生活出来るくらいは原稿料がはいるように、ともかく精進をつづけている。

●分割睡眠だが、眠れるだけ寝られるのはしあわせなのかもしれない。
毎日、朝になると今日はなにをしようと悩むという老人たちをシリメニ、いそがしい、いそがしい、といえるのは、しあわせなのかもしれない。
「夜もよくねむれない」
という老人たちが多い中、小説を書いた疲れで熟睡できる。
「ああ、ぼくはしあわせだな」








古い怪談のある栃木。いま新しい怪談誕生。恐怖、戦慄保証付き

栃木には大中寺の七不思議がある。特に『馬首の井戸』や、秋成の日本吸血鬼物語の嚆矢(こうし)ともいわれている『青(あお)頭巾(ずきん)』は有名だ。―― その土地は、いま外来種ル―マニヤ吸血鬼の侵攻(しんこう)を受けている。吸血鬼監察官の文子と龍之介は敢然(かんぜん)とその敵に立ち向かう。龍之介のジイチャン翔太も愛する九(きゅう)尾(び)玉(たま)藻(も)と、命がけの抵抗をする。二組の恋人同士が最後にたどりついた境地(きょうち)、1000年の時空(じくう)を超えた愛の不滅(ふめつ)の物語。あなたは恐怖し、そして純愛に涙する。











 ●角川ブックウォーカー惑惑星文庫で検索してください。
 はじめの4ページくらいは立ち読みコーナーがあって気軽に読めますよ。
 ブログとは違ったGGの小説の文章を読んでみてください。








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