田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

鹿沼土の里に春がくる。 麻屋与志夫

2018-02-18 06:16:27 | ブログ
2月18日 Sun.

●庭の土が黒みをおびてきた。冬のあいだは永久凍土のようにかちかちに凍りついていたのに――。このところだいぶ寒さがやわらいだので融けだしたのだろう。いま少し待っていれば、花壇の土は、ぽっこりともりあがったような感じになる。土のニオイがしてくる。この土のニオイはことばでは表現しにくい。

●わたしの郷里は、たったひとつ全国に知られていることがある。鹿沼土の産地なのだ。産地といっても、べつにつくりだしたわけではない。関東ローム層の黒土、赤土の下に堆積している。それを掘りだすだけだ。崖などをみると帯状に鹿沼土の層が露呈していておもしろい。

●黒川の河川敷から眺めると、水神山の崖にこの鹿沼土の層がみえたのだが、いまは住宅が乱立してざんねんながら見ることは出来ない。この鹿沼土の産出のおかげで、サツキの栽培が盛んだ。

●鹿沼は水害などの自然の災害はほとんど無い。あまりに住みやすいのでみんなのんびりとしている。これで景気が良ければいうことなし。黒っぽい表情を見せだした庭を眺めながら考えた。

●園芸好きのカミサンはこれからいそがしくなる。鉢植えのバラの植え替えを今年は出来なかったとこぼしている。

●すべて世はこともなし、といったうららかな春がもうそこまで来ている。




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夢見るGGの夢占い。「骨までしゃぶってぇ」  麻屋与志夫

2018-02-16 10:11:29 | 夢見るGGの夢占い
2月16日 Fri.

●数匹の子猫が血だまりでモガイテいた。車にでも跳ねられたのだろうか。口元に血がついている。血をなめたのだろうか。のどが渇き水がないので血をのんだのか。そんなことはあるまい。吸血ネコであるわけがない。事故で内臓破裂? とてもかわいそうで、正視できない。夢の中なのに涙がこぼれ子猫が何匹いるのかすら、眼が霞み見極めることが出来ない。血の臭いすらする。あまりにリアルな夢なので、冷や汗をかいていた。

●過日、事故にあったらしい子猫を妻と街歩きをしていて見かけた。黒白のぶちで、道端に屈みこんでしまっていた。そのことはブログにも書いた。妻が頭をなでてやってもまんじりとも動かなかった。翌日気になっていってみたが、影も形もなかった。どうなったのだろうか。

●心の表面では「汝が性(さが)の拙(つたな)きを泣け」などとウソブイテいたが、心の奥底では罪悪意識がはたらいていたので、こんな夢を見たのだ。

●甘いものを食べてもギルティフリー、罪悪感なし、ふとらないチョコレートなどが評判をよんでいるが、このわたしの行為はネコの生死にかかわることなので罪悪感なしとはいかなかったようだ。

●その後も、黒ヒョウのような黒猫に襲われて骨の髄までしゃぶられる悪夢がつづいた。これも解釈がなりたつ。

●むかし痩せた人を「骨皮筋右衛門(ホネカワスジエモン)」といったが、寄る歳波で、すっかり背筋がゴツゴツしてきたブラッキ―を抱いて寝ているからだ。ブラッキ―の背筋の骨を意識してネテいたからだ。

●でも、ブラッキ―! パパに怨みはないよな。もっとも愛するブラッキ―に食べられるのならパパは満足だからな。「骨までしゃぶってぇ」


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周りの人に向ける視線のやさしさ。麻屋与志夫

2018-02-15 06:33:34 | クノイチ48帝都の夜に散る
2月15日Thu.

●老人性膝関節炎の痛みもだいぶ薄らいだ。もう歩けなくなるのかと心配したがどうにか健常者の歩きにもどった。普通に歩けることのありがたさが身に沁みてわかった。

●すこしでも足を引きずって歩くとか杖をついているとかすると、どうしてもごくあたりまえに二足歩行で街を移動している人に、ヒケメを感じてしまう。わたしはGGだから、さして気にしない方がよかったのだろうが、そうはいかなかった。じぶんの肉体的劣勢をなんとか人に気づかれないようにと苦労した。

●あらためて弱者への労わりの念が湧いた。

●差別用語を使用しないことも、やさしさかもしれない。あまりおおくの差別用語をしりウカツニ文章がかけなくなった。でも、言葉だけの問題ではないような気がする。眼差しも大切だ。眼は口ほどにものをいい。という。周りの人に向ける視線の優しさ――そなことをこのところ考えている。


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さて、今日はどんな日になるの。 麻屋与志夫

2018-02-14 09:31:29 | ブログ
2月14日 Wed.

●今朝は寒かった。真冬に逆戻りしたようだ。ホリゴタツで仕事をしているので下半身はあたたかなのだがパソコンをうつ指がつめたい。若いときには寒さなど気にならなかった。股引もはかなかった。いまでは、トホホ、ナサケナイ。パンツ、股引、ももひき、。スラックス。ももひきは分厚いメリヤスだ。

●小さな田舎町の明けがた。ひとり起きて小説を書きだす。そういえば、この前にも書いたが半村良が晩年をこの街で過ごしていた。全く知らなかった。半村さんはこの街でなにを考えていただろうか。日記にでもこの鹿沼のことを書いていないだろうか。ご存知のかたがおいででしたら、知らせてください。

●ゴルフ場の多い街なので、晩年をゴルフ三昧の生活をするには最適の街です。

●さて、今日はどんな日になるのだろうか。原稿を何枚くらい書けるだろうか。


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長生きラリーだぞ、ブラッキー。 麻屋与志夫

2018-02-13 09:59:22 | ブログ
2月13日 Tue.

●まだ寒い。庭の霜柱を踏んでブラッキ―が外に出る。野生のたくましさを見るおもいだ。だって、昨日からほとんどたべていないんですよ。20年も共に暮らしています。だいぶ弱って来たな。もうそろそろかな、と心配しているのに、外にでたがって鳴き叫ぶ。

●メス猫らしい「ニャ」というカワイイ鳴きかたではない。「ンギャ」「ギャ」というような声をはりあげて威張る。

●外にでて何をしているのかな?

●塀の外の日だまりで重箱座りでくつろいでいるだけだ。日の光を浴びて、風のニオイを嗅いで、草花が風にそよぐのを眺めて、じぶんが野生の小型肉食獣であることをたしかめているようだ。

●そういえば、若いときにはモグラをくわえてきた。小鳥も、カエルもバッタもブラッキ―の獲物になった。ときには自慢そうにわたしのパソコンの傍らまでそれらの獲物を運んでくることがあった。

●いまは、部屋にもどるとわたしのパソコンのそばではなく、ホリゴタツにもぐりこむ。おたがいに歳を重ねたがまだまだがんばろうな。

●長生きラリーだぞ。ブラッキー。


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●「汝が性(さが)の拙(つたな)きを泣け」 麻屋与志夫

2018-02-11 22:22:48 | ブログ
2月11日 Sun.

●わが家からヤオハンスーパーに向かって歩き、左側。道の端に子猫がウズクマッテいた。右はスーパーの駐車場。子猫がよくこの道を横切っていた。危ないなとは思っていたのだが、どうやら車にはねられたらしい。生まれてまだ半年くらいだろうか。幼さの残る顔がゆがんでいる。わたしたちが近寄るといつもはパット機敏に逃げるのだが、じっとしている。反応がない。助からないだろう。妻はどうしたのと背中をさすっている。動かない。どこか痛むのだろう。息がクルシそうだ。

●「汝が性(さが)の拙(つたな)きを泣け」
わたしはこうした、わたしの力ではどうしようもないアクシデントを目撃したときは、芭蕉の「野ざらし紀行」の一文をお経のように唱えて見過ごすことにしている。

●心やさしい妻は涙目になってわたしの後からついてくる。「元気をだすんだ」どうしょうもないことだ。嘆くな。と声をかけてもむだだった。

●「野良ネコはかわいそうね。かわいそう。リリのこと、おもいだしちゃった」
涙がほほをつたっている。

●わが家に迷いこんで来たリリは、わずか一年八カ月で死んでしまった。野良猫だったので、血液の病気にかかっていた。リリはしだいに衰えていった。あのときのリリの病状を思いだしてしまったのだろう。

●妻の膝で冷たく固まってしまった。リリとの別れは、非情なものだった。わたしは、野ざらし紀行の前記の一節を唱えていた。

●この歳まで生きていると、どうにもならない、悲しい場面に直面する。これからも幾たびか、こうした場面に遭遇するだろう。あまり唱えたくない言葉だが、唱えると、心が安らぎますよ。



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超短編小説 60年後の街角で  麻屋与志夫

2018-02-10 08:36:06 | 超短編小説
2月10日 Sat.
60年後の街角で

●チサンホテルのレストラン「だいだい」で和食をたべた。ひさしぶりの外食なのでふたりともなんとなくギコチナイ。
「初めてあったとき、こうして向い合って話すの……恥ずかしかった」
「映画の話をした」
「そうよ。相似形モンタージュで画面を繋ぐ技法について語っていたわね」
「麻布霞町にあった「シナリオ研究所」に通っていたから」
 映画の話となるとふたりとも饒舌になる。気がつくと食事はすんでいた。
 レストランの入り口から街にでる。彼女と熱く語りあった映画の一こまのような風景、知らない街にいるような錯覚にとらわれた。
「パパ」
 ふいにだいぶ離れたところから呼びかけられた。パパはないだろう、こんなオイボレGGにパパ――。
 ホテルの正面入り口で妻が手をふっている。ドキッとした。
「レジがフロントのほうだったの」
 ドギマギしているわたしに妻がいう。
 若い彼女に呼びかけられたような、驚き顔のわたしに妻がケゲンナ顔でいう。
なに考えていたのかしら。
顔を傾げる彼女のしぐさはあの頃とすこしも変わっていない。
なにを考えていたの。


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わたしボケたのかしらと妻が心配しているが――。麻屋与志夫

2018-02-08 03:55:46 | ブログ
2月8日 Thu.

●カミサンはよく忘れ物をする。先日も松戸の娘のところに出かけたのはいいが、みやげの菓子おりをわすれてしまった。しかたがないので現地で買った。

●娘の家についたがカギがかかっていた。いくら玄関の扉を叩いて返答がない。携帯をかけようとしたら、あら、どうしましょう、いくらさがしても見当たらない。なくした。なくしてしまった。

●「気にすることはない」
「いやだぁ。ボケたのよ」
「あなたどなたですか、わたしの隣に知らない老人がいるのってどういうこと」
 そんなことをいわれたら驚くけど。まあ昔からもの忘れはひどかったから、心配いらない。そう慰めた。買い物に出かけるのに、びっしりとメモをとって、その用紙をわすれるなんてことはよくあることだ。

●幸い携帯は届けてくれた親切なひとがいた。今日、駅まで受け取りにいく。身分を証明するものを持参しなければならない。こんどは、その身分を証明するものを忘れないように注意してやらなければ――。彼女から持っていくモノの名を聞いたのだが、忘れてしまっているわたし自身に気がついた。医療保険証だったかな???


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街を歩きたい。 麻屋与志夫

2018-02-05 18:01:59 | ブログ
2月5日 Mon.

●長いものばかり書いていると、ショートショートを書きたくなる。長編となると遅筆なので一年に一作ということになる。都合によったら何十年もかかる。今、新作に取り組んでもいつ完成するのかわからない。それでははなはだ面白くない。

●短編やショートショートはアイデア勝負なので、GGには辛い。読者を意識してしまう。孫のような年齢の若者に読んでもらいたいのだから、モノの考え方はもちろんだが、感性がちがう。塾の卒業生が土曜日にでも遊びに来てくれるとありがたい。でも、みなさん忙しいようですね。

●膝関節症も快癒した。今年はすこし外を歩き回りたい。学生時代に住んでいた青山一丁目、子どもたちと住んだ西早稲田。どうなっているだろうか。神楽坂の商店街。再訪したい場所はたくさんある。元気でいる旧友も訪ねてみたい。

●出歩くことで硬化している頭に新しいイメージや着想をインプットしたいものだ。



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