音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハ・フランス組曲第 5番クーラントの手稿譜が伝えていること■

2010-02-04 01:24:00 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハ・フランス組曲第 5番クーラントの手稿譜が伝えていること■
                    10.2.3   中村洋子


★昨日の、雪の「節分」に続き、

本日は、「立春」。

凍えるような、寒い春です。


★2009-12-26 の 私のブログ

≪ご質問へのお答えと、バッハとシューマン・「パピヨン」との関係≫に、

以下のようなコメントを、いただきました。

●私は最近、ようやくバッハの音楽の重要性と美しさに惹かれ、
またインヴェンションからもう一度新しくアナリーゼをし直そうと
思っています。ブログの内容を拝見し、本来ならば、ぜひ公開講座に
出席いたしたかったところなのですが、場所もかなり遠く(福岡なので)
状況は厳しかったのです…が、その内容が書籍になる、
という文面を目にし、とてもうれしく思います!!
はやく、その本を手にしたくてなりません!!


★暖かいご声援をいただき、とてもうれしいです。

ご期待に沿えるよう、頑張ります。

病院の解剖室のように、冷たいベッドの上に、

「インヴェンション」が横たわっている、

というような本には、したくありません。

「インヴェンション」を、直ぐにでも弾き、楽しむことができるような、

血の通った、分かりやすい本にしたいと、思います。

バッハが、“音楽愛好家に楽しんでもらいたい”と、思って作曲した、

その願いに、近づくことができるように、努力したいものです。


★インヴェンション序文に記されている「1723年」、

平均律クラヴィーア曲集第1巻の「1722年」、

バッハは、この前後、目もくらむような作品を、たくさん作曲しています。

「ヴァイオリン独奏のためのソナタとパルティータ」(1720年の日付)、

「無伴奏チェロ組曲全 6曲」(1720年ごろ)。

さらに、「フランス組曲」(1722~25年)も忘れることができません。


★チェロ組曲とフランス組曲を、比較しますと、

チェロ組曲は、「前奏曲」、「アルマンド」、「クーラント」、

「サラバンド」・・・。

フランス組曲は、第1曲目が「アルマンド」、2曲目が「クーラント」、

そして「サラバンド」と、続きます。

両組曲とも、「サラバンド」が、「曲の要」の位置を占めています。

チェロ組曲では、「前奏曲」に組曲のすべての要素が、

内包されており、アルマンドからクーラントへと、

テンポが上がり、サラバンドで、落ち着く、

という作り方に、なっています。


★「フランス組曲」は、充実したアルマンドに、

その曲の主要なモティーフが、すべて含まれており、

それを、次々と発展させていく形に、なります。

「要」のサラバンドに対し、第1曲目との橋渡し役の曲は、

クーラント1曲に、なります。

チェロ組曲は、アルマンドと、クーラントの2曲が、

前奏曲とサラバンドの間に、存在します。


★フランス組曲の「クーラント」の演奏は、

一筋縄では、いかないと思います。

フランス組曲第5番の「手稿譜」を、じっくり見てみました。

横長の楽譜で、「アルマンド」は、見開き 2ページに納められ、

1ページは 3段です( 2ページに追加記譜がありますが、基本は 3段)。

以下のクーラントなども、全く同様に書かれています。

長大なジーグだけは、4ページですが、各ページは基本的に 3段です。

( 2ページと 4ページに追加の記譜があり、そこは 4段になります)。


★バッハは、インヴェンションも、このフランス組曲5番と同様に、

同じ寸法の物差し( 2ページ、 3段)で、記譜しており、

同じ考え方で、作曲したことが分かります。


★この手稿譜で、大変に興味深い部分は、「クーラント」の

「 6、 7小節目」の上声です。

現在、流布しています「実用譜」では、ここの部分は、

「符尾」が、 6小節全部~ 7小節 2拍目まで、

「上向き」に、記されています。


★しかし、バッハ手稿譜では、

6小節目 2拍目頭部の「 ミ 」の音のみ、「上向き」とし、

それに続く、「 レ ド シ 」、3拍目「 ラ ソ ラ ド 」から、

7小節目 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」 、

2拍目「 ファ♯ ソ ラ シ 」、3拍目「 ド ラ レ ラ 」まで、

すべて、符尾を「下向き」に、しています。

あたかも、8小節目の第 1拍目「シ」の 2分音符に向かって、

駆け上がるように、勢いよく記譜されています。


★7小節目の 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」は、

ソプラノ記号で、書かれているとはいえ、

第 2間 第 2線、第 1間 第 2線 となっていますので、

通常の記譜法では、符尾を「上向き」にするのが、常識です。


★しかし、バッハが、あえて、

記譜法の“ルール破り”をして、符尾を「下向き」にしたのは、

ここから、8小節目冒頭までの 5拍分は、

「一つの大きな、途切れることのない、音楽的まとまりである」と、

視覚的に捉えることが、できるようにするためです。


★6小節目2拍目「 レ ド シ」について、1小節目 1拍目上声で、

奏される「ソー ファ♯ ミ」の、主題頭部と同じ、

3度の順次進行下行形を、用いることにより、

テーマを、より膨らませたものであることが、

自ずと、分かるようにしています。

そして、8小節目の第 1拍目、

2分音符の「シ」を、この「音楽的なまとまり」の、

頂点に、据えています。


★ルール違反の「下向き符尾」により、記譜されたこの全 5拍は、

息をもつかせぬ緊迫感をもたらし、ピアノで弾く場合は、

「Crescendo」で、奏されるべきでしょう。


★この 8小節目冒頭の 2分音符「 シ 」は、この楽譜の、

一枚目の、ちょうど真ん中に位置し、

周りの音符を睥睨するように、他より大きく、描かれています。

実に、視覚的です。

バッハが、“ここに頂点がくるのだよ”と、

一目瞭然で分かるように、記譜したのでしょう。


★ 2枚目では、 24小節目の 2分音符「 ミ  e2 」が、同様に、

真ん中に位置し、大きく描かれています。

ここを、このクーラント後半での、

頂点としていることは、明白です。


★この 24小節目の 「 ミ e2 」 が、第3曲の Sarabande の、

2小節目の 2分音符 「 ミ e2 」 に、呼応しているのは、明らかです。

クーラントの頂点が、組曲の要である「 Sarabande 」 を、

大きな力で、手繰り寄せているのです。 


                                     (椿)
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