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■バッハ・フランス組曲第 5番クーラントの手稿譜が伝えていること■
10.2.3 中村洋子
★昨日の、雪の「節分」に続き、
本日は、「立春」。
凍えるような、寒い春です。
★2009-12-26 の 私のブログ
≪ご質問へのお答えと、バッハとシューマン・「パピヨン」との関係≫に、
以下のようなコメントを、いただきました。
●私は最近、ようやくバッハの音楽の重要性と美しさに惹かれ、
またインヴェンションからもう一度新しくアナリーゼをし直そうと
思っています。ブログの内容を拝見し、本来ならば、ぜひ公開講座に
出席いたしたかったところなのですが、場所もかなり遠く(福岡なので)
状況は厳しかったのです…が、その内容が書籍になる、
という文面を目にし、とてもうれしく思います!!
はやく、その本を手にしたくてなりません!!
★暖かいご声援をいただき、とてもうれしいです。
ご期待に沿えるよう、頑張ります。
病院の解剖室のように、冷たいベッドの上に、
「インヴェンション」が横たわっている、
というような本には、したくありません。
「インヴェンション」を、直ぐにでも弾き、楽しむことができるような、
血の通った、分かりやすい本にしたいと、思います。
バッハが、“音楽愛好家に楽しんでもらいたい”と、思って作曲した、
その願いに、近づくことができるように、努力したいものです。
★インヴェンション序文に記されている「1723年」、
平均律クラヴィーア曲集第1巻の「1722年」、
バッハは、この前後、目もくらむような作品を、たくさん作曲しています。
「ヴァイオリン独奏のためのソナタとパルティータ」(1720年の日付)、
「無伴奏チェロ組曲全 6曲」(1720年ごろ)。
さらに、「フランス組曲」(1722~25年)も忘れることができません。
★チェロ組曲とフランス組曲を、比較しますと、
チェロ組曲は、「前奏曲」、「アルマンド」、「クーラント」、
「サラバンド」・・・。
フランス組曲は、第1曲目が「アルマンド」、2曲目が「クーラント」、
そして「サラバンド」と、続きます。
両組曲とも、「サラバンド」が、「曲の要」の位置を占めています。
チェロ組曲では、「前奏曲」に組曲のすべての要素が、
内包されており、アルマンドからクーラントへと、
テンポが上がり、サラバンドで、落ち着く、
という作り方に、なっています。
★「フランス組曲」は、充実したアルマンドに、
その曲の主要なモティーフが、すべて含まれており、
それを、次々と発展させていく形に、なります。
「要」のサラバンドに対し、第1曲目との橋渡し役の曲は、
クーラント1曲に、なります。
チェロ組曲は、アルマンドと、クーラントの2曲が、
前奏曲とサラバンドの間に、存在します。
★フランス組曲の「クーラント」の演奏は、
一筋縄では、いかないと思います。
フランス組曲第5番の「手稿譜」を、じっくり見てみました。
横長の楽譜で、「アルマンド」は、見開き 2ページに納められ、
1ページは 3段です( 2ページに追加記譜がありますが、基本は 3段)。
以下のクーラントなども、全く同様に書かれています。
長大なジーグだけは、4ページですが、各ページは基本的に 3段です。
( 2ページと 4ページに追加の記譜があり、そこは 4段になります)。
★バッハは、インヴェンションも、このフランス組曲5番と同様に、
同じ寸法の物差し( 2ページ、 3段)で、記譜しており、
同じ考え方で、作曲したことが分かります。
★この手稿譜で、大変に興味深い部分は、「クーラント」の
「 6、 7小節目」の上声です。
現在、流布しています「実用譜」では、ここの部分は、
「符尾」が、 6小節全部~ 7小節 2拍目まで、
「上向き」に、記されています。
★しかし、バッハ手稿譜では、
6小節目 2拍目頭部の「 ミ 」の音のみ、「上向き」とし、
それに続く、「 レ ド シ 」、3拍目「 ラ ソ ラ ド 」から、
7小節目 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」 、
2拍目「 ファ♯ ソ ラ シ 」、3拍目「 ド ラ レ ラ 」まで、
すべて、符尾を「下向き」に、しています。
あたかも、8小節目の第 1拍目「シ」の 2分音符に向かって、
駆け上がるように、勢いよく記譜されています。
★7小節目の 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」は、
ソプラノ記号で、書かれているとはいえ、
第 2間 第 2線、第 1間 第 2線 となっていますので、
通常の記譜法では、符尾を「上向き」にするのが、常識です。
★しかし、バッハが、あえて、
記譜法の“ルール破り”をして、符尾を「下向き」にしたのは、
ここから、8小節目冒頭までの 5拍分は、
「一つの大きな、途切れることのない、音楽的まとまりである」と、
視覚的に捉えることが、できるようにするためです。
★6小節目2拍目「 レ ド シ」について、1小節目 1拍目上声で、
奏される「ソー ファ♯ ミ」の、主題頭部と同じ、
3度の順次進行下行形を、用いることにより、
テーマを、より膨らませたものであることが、
自ずと、分かるようにしています。
そして、8小節目の第 1拍目、
2分音符の「シ」を、この「音楽的なまとまり」の、
頂点に、据えています。
★ルール違反の「下向き符尾」により、記譜されたこの全 5拍は、
息をもつかせぬ緊迫感をもたらし、ピアノで弾く場合は、
「Crescendo」で、奏されるべきでしょう。
★この 8小節目冒頭の 2分音符「 シ 」は、この楽譜の、
一枚目の、ちょうど真ん中に位置し、
周りの音符を睥睨するように、他より大きく、描かれています。
実に、視覚的です。
バッハが、“ここに頂点がくるのだよ”と、
一目瞭然で分かるように、記譜したのでしょう。
★ 2枚目では、 24小節目の 2分音符「 ミ e2 」が、同様に、
真ん中に位置し、大きく描かれています。
ここを、このクーラント後半での、
頂点としていることは、明白です。
★この 24小節目の 「 ミ e2 」 が、第3曲の Sarabande の、
2小節目の 2分音符 「 ミ e2 」 に、呼応しているのは、明らかです。
クーラントの頂点が、組曲の要である「 Sarabande 」 を、
大きな力で、手繰り寄せているのです。
(椿)
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