ひと月ほど前から左手にしびれを感じていた。
手だけでなく、手足全体が軽くしびれる感じがするのだが、特に左手の親指から人差し指にかけてピリピリする。このところ耳鳴りや不整脈で医者にかかってばかりで、これ以上新しい診察券を増やすのも気が進まないので、手がしびれる程度ならまあいいか…と我慢していたけれど、しびれは止まらない。さらに半年以上悩まされ続けている腰痛も相変わらずで、これもそのうち検査を受けようと思っていた。加えて、今年1月に受けた人間ドックで、医師から、首の骨がちょっと歪んでいますね~との忠告も受けていた。首や腰の症状が、手のしびれに関係しているかもしれない。そう思うと、ちょっと薄気味悪くなってきたので、仕事も一段落した先週の火曜日(7日)、駅前にある西○整形外科というところへ行ってみたのである。
初めて行った医院なので、手渡された問診票に症状を書きつけた。
▽腰が痛い。特に椅子から立ち上がったとき、腰を伸ばすと痛みを感じる。
▽首がギスギスする。人間ドックで、首が片方に歪んでいる、と言われた。
▽手足、特に左手の親指・人差し指部分がピリピリしびれる。
そう書いたあと、現在治療中の病気と服用している薬の名前も列記した。
しばらくして、診察室に呼ばれた。僕がひととおりの症状を語ると、50年配の親切そうな医師がパソコンに入力したあと、僕に、顔を天井に向けて30秒間じっとして…と言った。言われるままにしたら、左手がジワ~ンとしびれてきた。椅子に座ったまま顔をあお向けにして頚椎を圧迫すると、右手親指と人差し指がしびれがくる、という因果関係があるみたいだった。
次に握力検査をした。両手に力が入るかどうかの検査だ。
僕はもともと握力は強くないが、まあ、ほどほどには握れた。
「手の力が抜けてお茶碗を落としたようなことはありませんか?」
「…それは、ありませんねぇ」
手足のしびれの原因のひとつに、脳卒中が疑われることもあるそうだ。
次に細い金具の先っぽで、両足の甲と足首当たりをトントンと軽く叩く。
両手も、甲と指、手首などをトントンと叩く。
「どこか、特に痛いところはありませんか?」と叩きながら、医師。
「はぁ、特にはありませんけど…」と僕。
では…と、レントゲン室に案内された。
首の写真を何枚か撮り、腰の写真も撮ってもらった。
レントゲンは、正面、側面、斜めなど、何通りかの格好で撮影する。
また診察室に戻り、今撮影した首や腰のフィルムを見せてもらいながら、説明を受けた。やはり首の部分の頸椎が変形している、ということだ。
具体的には、椎間板が狭くなり、骨の出っ張りもある…みたいな話だ。
「つまり、変形性頸椎症というやつですね」と西○医師。
腰のほうも椎間板が変形し、弾力性が失われ、クッション作用が弱くなっているということで、これもやはり変形性ナントカということになるそうだ。しかし、医師は「重症ではありませんから」と言ってくれたので安心した。要するにトシのせいなんだろうね。医師は、はっきりとは言わないけれど…。それと、以前マラソンをしていたことも影響しているのかもしれない。
「予防には腹筋をつけるのが一番ですから」と医師は僕をベッドに寝かせて、腹筋運動のやり方を教えてくれた。仰向けに寝てヒザを立て、手を頭の後ろに回してグッと頭を上げ、おへそを見るようにして腹筋に力を入れ、10秒間静止する。頭を下げて休憩して、また頭を持ち上げて10秒間やる。それを10回繰り返してしてワンセット。朝晩2セットをするのが効果的だという。
診察が終わった後、「リハビリを行いますから」と隣の部屋に入る。
ジャージにエプロン姿のおばさんたちがいろんな器具の間を忙しそうに立ち回っている。お年寄が神妙に機械の前に座って電気治療を受けていたり、ベッドに横たわって何だかの治療を受けていたりしている。僕は「頸部の牽引」と「腰伸ばし」と「ウオーターベッド」の3つのリハビリを受けることになった。どれもこれも、生まれてはじめての経験である。腰掛けて首を引っ張ったり、寝転んで腰を引っ張ったりするのである。首と腰はそれぞれ8分間。ウオーターベッドはもう少し長くて、10分間だ。
そのウオーターベッドというのにはびっくりした。
ベッドに仰向けに寝ると、いきなりベッドの中からニョキニョキと何本かの「手」が出てきて、僕の身体の裏を撫で回し始めたのである。ちょうど手を軽くグーに握った感じのものがベッドから突き上げるよう出てきてプルプルプルッと動くのだ。思わず「ぎゃぁっ」と叫びかけたが、なんとか声を出さずに済んだ。なんやねん、これは。
ベッドの下からふくらはぎやお尻をなで回す。もちろん人の手ではなかったが、うっかりすると間違いそうだ。ほんと~に人の手のようなのである。
不意に僕は、江戸川乱歩の短編小説「人間椅子」を思い出してしまった。
「手」は、ふくらはぎからお尻、そして次にプルプルプルプルと左の腰を撫でたり叩いたりしたかと思うと、次は右の腰に移る。その動きは次第に背中に上がってきて、背中をさすったり軽く叩いたりしながら、肩まで来る。そして肩を揉んだり叩いたりしてくれる。まったく生身の人間にマッサージをしてもらっているのと同じ感触である。全てが水の力の作用だそうである。これをフーゾクで使ったら人件費が安くつくかもしれないなぁ…な~んてつまらないことを考えながら、プルプルクネクネトントンされているうちに、だんだんそれに慣れてきて、気持ちがよ~くなり、目を閉じてウトウトしかけてしまった。
長い診察とリハビリが終わり、最後に看護師さんからコルセットを渡された。これを巻いて腰を安定させるのだそうだ。「この位置で、こういう具合に締めつけて…」と看護師さんがコルセットをつけてくれた。
こんなのをつけるというのも、生まれて初めての経験である。
お腹が締められ、窮屈で暑いけれど、腰はたしかに安定する。
「ずっとつけている必要はありませんからね。お仕事中でも、昼休みにリラックスするときは、取ったりしてかまわないのですよ」そう説明された。
そんなことで、先週からコルセットをつけている。
秋風が吹く季節でよかった。真夏なら暑くてたまらない。
しかし、ずっとつけているわけではなく、そのへんは適当にしている。
つけっぱなしだと、お腹のベルトが苦しいからね。
今は2、3日に一度そのお医者へ行き、リハビリで首を吊り、腰を伸ばし、ウオーターベッドでクネクネ気分を味わっている。こんなことで腰痛や手のしびれがよくなるのかどうかわからないけど、まあモノはためしである。
これで耳鳴りと不整脈に加え、変形頸椎・腰椎症の三冠に輝いた僕である。
それ以前からの糖尿病と高尿酸値(痛風)の持病を入れると、五冠だ。
こうなったらもう…自慢するしかないのである 。