もう2週間ほど前になるけれど、10月8日(水)に大手○病院へ行った時のことである。
耳鳴りのTRT療法が終わり、僕は薬がほしいと技師さんに伝えた。
抗不安剤のデパスと睡眠導入剤のマイスリーである。
「それなら、耳鼻咽喉科の受付窓口でそう言ってください」
という技師さんの言葉に従い、僕は受付に行き「薬をくださ~い」と頼んだ。
受付の女性は「は~い、お薬ですね。いいですよ~ん」
…とは言ってくれなかった。額にシワを寄せて、
「最近、診察を受けられましたか?」と訊いてきた。
「TRTの療法はいま終わったところですが…」
「いいえ、そうじゃなくて、宇○先生の診察です。いつ受けられました?」
「診察ねぇ。え~っと、受けてから、もうだいぶなるかなぁ…」
「2ヶ月くらい前ですか…?」
「でなくて、その倍、くらい…かな」
「4ヶ月前…ですか。3ヶ月に一度は診察を受けてもらわなければ」
受付の女性はそう言って僕を見た。
診察…といっても、僕の場合、聴力検査をするだけである。
前回はさんざん待たされて、聴力検査をして、そのあとまた待たされて、ようやく診察室に呼ばれても「変わりありませんねェ」とひとこと言われただけである。薬をもらうのにそんな手続きって、面倒だし時間の無駄じゃないのか。
ふだんは温厚で、何事にも決してゴネたりはしない僕だけど、ここはひとつ頑張ってみようと決め、すぐには引き下がらなかった。
「診察といっても聴力検査をするだけですよ。僕は急いでいるんです。何とかなりませんか?」
すると女性の態度が、少し変わった。
「じゃあ、宇○先生に聞いてきますから…」
女性はしぶしぶ僕の書類を持って診察室の廊下のほうへ消えて行った。
そしてすぐに戻ってきて、
「やっぱり、診察は受けてもらわなければなりませんので…」
僕の顔を覗き込むようにして、そう言った。
「じゃ、いいです。診察を受けることにします」
と、僕はすぐに態度を軟化させて、待合のソファに座った。
言うだけ言ってだめだったら、それはもう仕方ないことだ。
まあ、急ぐとは言ったけれど、それほどでのことでもなかった。
妻とこの病院の1階のロビーで待ち合わせているだけである。
特に何時に、という約束もしていないし…。
「のんさん、こんにちは~」
と、yukariさんが顔を見せたのはその時だった。
yukariさんはさっきからずっと待っていた、とのことであった。
僕と同様、TRT療法を終えて薬をもらおうと思ったら、受付で、診察を受けないと薬は出せない、と言われたのだ。
そんな話をしているときに、
「○○昇さ~ん」と、今来たばかりの僕の名前が呼ばれた。
yukariさんのほうが、ずっと先から待っていたというのに…。
僕はyukariさんと顔を見合わせ、「え…? 僕が先…」と戸惑った。
「私、忘れられているのかも」
「そうやね、確認した方がいいよ」
なぜだか知らないけれど、僕のほうが先に診察室に呼ばれるっていうのは、なんだかyukariさんに申し訳ない気分であった。
名前を呼んだ看護師は、僕に、
「宇○先生は順番が混んでいるので、▽▽先生の診察を受けていただきます」
と言い、診察室の前の廊下に招き入れた。
そして、僕はすぐに名前を呼ばれて▽▽先生の診察室に入った、
▽▽先生はパソコン画面を眺め、
「ふむふむ。別に問題ありませんね?」
と僕に問いかけているのか、つぶやいているのかわからない口調で言った。
とりあえずそれに合わせて「はぁ…。問題はありません」と答えたら、
「結構です」と言って僕に退室するよう促した。
聴力の検査も何もない。診察室にいた時間はわずか20秒ほどであった。
待合室に戻ると、これまたすぐに受付から名前を呼ばれ、会計の書類と薬の処方箋をもらった。受付の女性に談判した効果はてきめんで、実にすばやく薬の手続きが終わったのである。あとは会計でお金を支払い、薬局で薬をもらうだけだったが、待合でyukariさんがお母さんといっしょに待っておられたので、すぐには帰らず、その隣に座って話をした。
僕よりはるかに早くから来てまじめにおとなしく待っていたyukariさんは、聴力の検査は終わったが、診察の順番がまだだった。あとから来た僕のほうが、ひとこと文句を言った分、早く終わってしまったわけで、これはずいぶん心苦しかった。おとなしい人が損をする世の中というのは、基本的に良くないと僕も思うから。
「何でも言わんとあきませんね~」
yukariさんの言葉に、ますます恐縮してしまう僕であった。
すみません。厚かましい姿を見せてしまって…。
やがてyukariさんが診察に呼ばれて行くと、今度はyukariさんのお母さんと話し込んだ。話に夢中になってしまい、時間の経つのを忘れてしまった。
ふと、目の前の受付窓口を見ると、先ほどの女性事務員と目が合った。
彼女はじぃっと僕のほうを睨むように見つめていた。
その鋭い視線が、痛いほどに僕の心臓を射抜いた。
ううううぅぅ…。
女性事務員の目は、まぎれもなく、こう語っていた。
「あなた、まだここにいるのですか? 急いでいるのではなかったのですか?あたしがどれだけ苦労して早くお薬を出せるようにしたかわかっているの?」
僕はうなだれて、「yukariさんによろしく」と言ってお母さんと別れた。
もう少し、話をしていたかったのだけどな~。
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1階ロビーで妻と落ち合ったのは午前11時ごろだっただろうか。
この日は休暇を取っていたので、このあと、京都府の亀岡市に行くことにしていた。11月に仕事で、僕が勤務する市の周辺都市の関係者たち10名近くで亀岡市役所へ研修に行くことになっていた。今年は僕が幹事に当たっており、皆を「引率」する立場なので、きょう、妻と遊びがてら、その下見に行くことにしていたのだ。
京都で食事をした後、山陰線で30分、鈍行列車に揺られて亀岡市に着いた。
駅から約15分かけて市役所まで歩き、また駅まで歩いて戻った。暑かった。
当日昼食をとる場所や、タクシー乗り場もチェックしておいた。
ところで、亀岡~嵯峨嵐山間には、有名な「トロッコ列車」が走っている。
まだ乗ったことがないが、以前から興味はあった。
せっかくここまで来たのだから、帰りはそれに乗って帰ろう…
我ながらうっとりするほど素晴らしい思いつきであった。
妻も大いに喜んだ。
しかし…。鉄道の窓口で問い合わすと、出てきた女性が、
「本日はトロッコは走っておりません。運休です」と、ひとこと。
が~~~~~~~~~~~~~~~ん。
「今日は水曜日で、運休なのです」
と、窓口の女性はきっぱりと言った。
その女性の顔を見て、僕はハッとした。
彼女は、午前中の大手○病院の受付窓口の女性とそっくりであった。